美しい食事マナーはこうして生まれた…世界の約3割で使われる「お箸」を日本だけが横向きに置く理由
プレジデントオンライン / 2023年5月19日 17時15分
※本稿は、小倉朋子『世界のビジネスエリートが身につけている教養としてのテーブルマナー』(SBクリエイティブ)の一部を再編集したものです。
■日本の箸は、単なる食事の道具ではない
食事で使われる道具を人口ベースで見ると、ある調べでは、世界の28パーセントが「箸食」、28パーセントがナイフやフォーク、スプーンを使う「カトラリー食」、44パーセントが「手食」と、大きく3つに分けられます。
世界の約3割の人が使っているお箸ですが、そもそもどこで誕生し、いかなる経緯で日本人が箸食をするようになったのか、実は確たることはわかっていません。
一説によると、お箸が誕生したのは紀元前16世紀の中国。日本にもたらされたのは、遣隋使として中国に渡った小野妹子が持ち帰り、聖徳太子に献上したことが始まりとされています。
こうしてお箸が日本に広まったとされる説とは別に、お箸は弥生時代に、食事の道具としてではなく、まず神事で用いられるようになったともされています。
遣隋使以前の地層からお箸らしきものが出土しており、これが日本のお箸の原型なのではないか、という説もあります。
同じ箸食でも、中国のお箸は象牙製や陶器製、韓国のお箸は金属製ですが、日本のお箸は本来は木製です。調べると木は土に還るために多く出土していないだけで、日本は日本で古来、独自に木製のお箸を使ってきたのではないか、とも考えられるのです。
また、家族内でお箸を共有せずに「自分のお箸」があるのも日本だけです。そこからも、日本の箸食文化の発祥や歴史的経緯は、その他の箸食文化とは少々違うようにも受け取れます。
おそらく、総合的に考えてもっとも有力なのは「小野妹子が中国から日本に持ち帰った」説だろうとは思います。ただ、ごく当たり前のように見えて、実は断言できないというのは歴史のおもしろみであり、考えがいのあるところではないでしょうか。
■中国や韓国では、器を持ち上げるのはタブー
私は長年、お箸についても研究し、学術論文も書いてきました。発祥について断言はできないとしても、日本の箸食文化、そこから派生している和食のマナーは、他の箸食文化のなかでも特殊だと考えています。
まず、スプーンを併用せずに、お箸だけで食事が完結するのは日本だけです。今では蓮華や小さな木さじが出されることもありますが、もともと、液状の食べものをすくって食べる食べ方は和式にはありません。
でも、お吸い物やお味噌汁など、和食にも汁状の料理はあります。みなさんは、どのようにして、こうした料理を食べますか? そう、器を手で持ち上げ、具をお箸で取って口に運びますよね。おつゆを飲むときは、器に口をつけます。
中国や韓国では、器を持ち上げるのはタブーです。中国料理には陶器の蓮華、韓国料理には金属製のスッカラというスプーンがあるので、これらの国の人たちは、器を持ち上げず、器からすくって食べるのです。東南アジアの国々も同様です。
背筋をピンと伸ばして、スッとお椀を持ち上げて汁物をいただくというマナーが身についている人の身のこなしは、それは美しいものです。和食では、もともとスプーン状の食器を使わない。だから「お椀を持ち上げて、美しく食べる」というマナーが発展したのです。
■お箸を横向きに置くのは日本だけの理由
お箸そのものに目を向けてみても、やはり日本独自のものが見えてきます。
日本には、お箸にまつわる諺が100近くもあるのをご存知ですか?
古今東西、諺には生き方の訓戒が込められています。お箸を生き方に見立て、訓戒としたものが数多くあるというのは、つまり、それだけお箸という道具が日本人の精神性と切っても切れないということでしょう。
お箸を単なる「食べる道具」として見ているのなら、日本文化の根底に流れる思想を見過ごしているも同然なのです。
外国の方でも、お箸を上手に使う人が珍しくない現代です。
日本で生まれ育ったのなら、日本の食文化に対する理解度は深めておいたほうがいいのではないか、というのが私の考えです。
では、日本におけるお箸には、どのような意味があるのでしょう。
「いただきます」と同様、根底に流れているのは神道の思想です。
「八百万の神」を信じる神道に則れば、食べものとして目の前に並んでいる動植物すべてが神様に近いもの。
祭事の際、大元の神様にお供え物をするとき、「手づかみは失礼だ」という意識から、神様のための特別な道具として箸はあります。
その表れの1つが、お箸の置き方です。
和食では、お料理と自分の間に、横向きにお箸を置きますが、これには神様が宿る食べもの=神様の世界と、自分たちの世界との間に一線を引く「結界」の意味があります。
中国料理でも韓国料理でも、お箸はだいたい縦に置かれています。その他、東南アジアの国々でも同様です。箸食文化の分布は広しといえども、お箸を横向きに置くのは、神道の思想をもつ日本だけの習慣なのです。
■絶対にやってはいけない「嫌い箸」
お箸の使い方には、いくつもの禁忌、「嫌い箸(忌み箸・禁じ箸)」があります。
・箸から箸へと食べものを運ぶこと(移し箸)
・箸を器に渡した状態で置くこと(渡し箸)
・箸をなめること(ねぶり箸)
・箸で人を指すこと(指し箸)
・箸で料理を突き刺すこと(刺し箸)
・汁物や飲みもので箸を洗うこと(洗い箸)
・料理の上で箸をさまよわせること(迷い箸)
・器の上で箸を立てて箸先をそろえること(そろえ箸)
などなど、嫌い箸は総計50種以上にも上りますが、すべてに共通するのは、神様のための道具だったお箸を粗末に扱わないため、より美しくお箸を使うための戒めである、という点です。
これほどお箸の使い方に厳しいのも、やはり日本人にとって、本来、お箸とは神様と結びついている神聖な道具だからでしょう。
みなさんも、お箸を「神様のための神聖な道具」として見たら、無作法を避け、なるべく美しく使いたいと思うはずです。おのずと嫌い箸のような使い方はしなくなる、というわけです。
嫌い箸に限らず、すべてのマナーには「生まれた文化的根拠」があります。
文化圏が変わればマナーも変わりますが、「どういう思想が根底に流れているのか」を知れば、納得して守れるようになるでしょう。
マナーとは、ただ「正しいとされている型」をなぞるだけではなく、そこに根付いている精神性から理解し、自分のなかで腑に落ちてこそ、本当の意味で身につくものなのです。
また、基本的な文化的背景を理解しておくことで、細かいマナーがわからないときでも、臨機応変に振る舞えるようになるはずです。そうすれば、大きく礼を失することはありません。
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フードプロデューサー
青山学院大学文学部卒業。トヨタ自動車(株)広報、国際会議運営ディレクター、海外留学を経て、現職。企業や飲食店への事業提案、メニュー開発、一連のフードプロデュースのほか、諸外国のテーブルマナーと食文化を主に総合的に“食”を学ぶ教室「食輝塾」を主宰。食環境と心の大切さを柱に、食事作法のほか、動向分析、伝統食からトレンド情報、食育など専門は幅広い。亜細亜大学、戸板女子短期大学講師。東京食育推進ネットワーク幹事。著書に『グルメ以前の食事作法の常識』(講談社)など多数。
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(フードプロデューサー 小倉 朋子)
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