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中国から「次のコロナ」が再び出てくる恐れ…米紙が指摘する「中国のウイルス研究所」が抱える重大リスク

プレジデントオンライン / 2023年5月18日 7時15分

世界保健機関(WHO)の調査団が訪れた中国湖北省武漢市のウイルス研究所(=2021年2月3日) - 写真=AFP/時事通信フォト

■中国から新たな感染症大流行が始まる恐れがある

世界保健機関(WHO)は5月5日、新型コロナウイルスに関する「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を終了すると発表した。日本では8日から、感染症法上の位置づけが「2類相当」から「5類感染症」に格下げとなった。

丸3年以上の我慢を経て、ようやく日常の暮らしが戻ろうとしている。

ところが、次のパンデミックを招きかねないとして、アメリカで危機感が広がっている。中国のウイルス研究所やワクチン工場では、いまだにずさんな管理体制がほとんど改善されていないようだ。

米ワシントン・ポスト紙は4月、中国の研究所などの不十分な管理体制を指摘したうえで、また新たなパンデミックが巻き起こるおそれがあると指摘した。記事は「中国で研究所の安全性確保が難航し、新たなパンデミックの危険を広めている」と題されており、強く危機感を訴えかける内容だ。

同紙は、アメリカや世界の科学者・議員たちにより、中国のラボの安全性をめぐり複数の徹底した調査が実行されたと述べている。綿密な調査の結果、「死を招く病原体がこれまでに流出しており、さらには今後再発するおそれも十分に高く、場合によっては新たなパンデミックを誘発する懸念があるとして注目を集めている」と同紙は警鐘を鳴らす。

■1万人が感染し、激しい痛みと発汗…中国の研究所で起きた漏洩事故

ずさんな管理体制を示す具体例として同紙は、2019年の夏に内陸部・蘭州市の医薬品工場で発生した、病原体の漏洩事故を取り上げている。工場からわずか1ブロックの距離に住む39歳の男性は、2019年の秋、健康状態が不可解に悪化したと振り返る。

男性は中国国営ニュースサイトに対し、「激しい背中の痛み、発汗、眠気、そしてむくみに悩まされました」と語っている。男性は入院し、その後数カ月にわたり、抗生物質の投与を受けることとなった。ブルセラ症だった。

この感染症は、汚染された乳製品の摂取やエアロゾルの吸入などを原因として、ブルセラ属菌を体内に取り込むことで発症する。主にインフルエンザ様の症状を呈するが、まれに心内膜炎が生じるなどして死に至るケースがある。

ワシントン・ポスト紙によると、甘粛省の保健当局が調査したところ、7万人近い検査対象者のうち少なくとも1万人が陽性反応を示したという。男性は「私の知る限り、この地域のほぼすべての家庭に感染者がいます」と語る。

■中国政府は「感染症史上最大の実験室事故」を隠蔽

問題の医薬品工場は、ブルセラ症のワクチンを製造していた。周囲には高層マンションが立ち並ぶ立地上、一度漏洩が起きたなら住民に多大な影響を生じることは明らかだ。だが、生物学的な処理体制は明らかに不十分だった。

このワクチンの製造においては、発酵タンクに生きた細菌を投入し、工程の最後に化学消毒剤を用いて病原体を死滅させる。だが、地元メディアの情報を基にワシントン・ポスト紙が報じたところによると、工場は2019年7月以降、使用期限を大幅に超過した化学物質を使っていたという。廃棄物処理の工程が設計通りの水準で機能せず、多くの細菌が生きたまま外部へ排出されることとなった。

ギリシャの感染症専門医であるゲオルギオス・パッパス氏は、報告書を通じ、「排出された気体には、エアロゾル化しやすいことで知られる病原体が含まれており、それが南東の風に乗って運ばれた」と指摘する。結果、「感染症史上最大の実験室事故となった」という。

だが、政府の隠蔽(いんぺい)体質がこの一件の情報拡散を封じた。事故から3年以上が経ったいま、1万人以上が漏洩により健康被害を受けたというデータは、公式な記録として残っていない。パッパス氏は「まるで患者が存在しなかったかのようです」と憤る。

蘭州とカラフルな黄河
写真=iStock.com/Alberto Sánchez cerrato
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Alberto Sánchez cerrato

■アメリカ政府が「新型コロナは中国から広まった」と主張する理由

新型コロナウイルスの起源をめぐっては、これまでに、野生動物や市場を発生源とする自然由来説が提示されている。一方、武漢のウィルス研究所からの漏洩が原因だとする説も、いまだにアメリカの複数の政府機関から支持されている。

米国営ラジオ放送局のボイス・オブ・アメリカはパンデミックの到来から間もない2020年4月の時点で、1500種以上のウイルスを保管する武漢の研究所が「少なくとも2年前から、米政府関係者のあいだで懸念の種となっていた」と指摘していた。

武漢大学のヤン・ジャンキ病原体生物学部長は2020年2月、中国国営メディアの環球時報によるインタビューに応じ、「中国の研究所は生物学的廃棄に十分な注意を払っていない」と指摘している。研究所から排出されるゴミには、人間を含む動物に致命的な影響を与えるおそれのある人工的なウイルスや、細菌・微生物が含まれていることがあるという。

同紙はまた、2004年に別のコロナウイルスの漏洩が起きていたと振り返る。SARS(重症急性呼吸器症候群)コロナウイルスの小規模な感染が発生しており、これは研究所におけるウイルスの不活性化処理が不十分であったために発生したものであったと同紙は指摘する。

■研究所の設計は「欧米並み」と言われているが…

新型コロナウイルスの震源地となった武漢でも、状況は同じだ。米ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、武漢だけでも複数の研究機関が存在すると指摘している。

その多くは、2002年からのSARSの流行という「中国のトラウマ的な経験」を受け、新設あるいは拡張されたものだという。武漢ウイルス研究所のほか、中国疾病管理予防センターや、ワクチン研究所のキャンパスなどが立地する。

だが、欧米のバイオセーフティー・レベルを満たすよう設計されたこうした研究所も、不十分な生物学的管理体制により、常にウイルスの漏洩リスクを抱えながら運営されている状況だ。

ボイス・オブ・アメリカは、世界最高レベルであるバイオセーフティー「レベル4」の基準を満たすよう、武漢の研究所が設計されていると紹介している。しかし記事は、「ラボの設計(だけ)では、訓練不足やヒューマンエラーを補うことは不可能である」とも指摘する。

ワシントン・ポスト紙によると、バイオセーフティー「レベル4」の施設では、危険度や感染性が最も高い部類のウイルスを扱うべく、部屋全体が気密室として設計されるという。給排気の両方にHEPAフィルターを用い、さらに室内にクラス3のバイオセーフティー・キャビネットを設置し、そのなかでウイルスを操作する徹底ぶりだ。

■安全管理は手抜き、実験動物を外に持ち出すケースも

入室者は全身を与圧スーツで覆い、室内の空気の流入を避ける。入室までに4枚の扉をくぐる必要があり、各部屋で更衣、スーツ着用、殺菌剤のシャワーを浴びるという厳格な手順が定められている。

しかしワシントン・ポスト紙は、「ところが少なくとも一部の研究所において、スピードと野心から時に手抜きが行われることがあった」と指摘する。

武漢に位置するある「レベル4」研究室では、フランスの設計による万全の対策が期待されていた。ところが同紙によると、中国当局は段階的にフランス企業を締め出したという。コスト削減の目的の下、複数の重要な安全装置を、「レベル4」基準でテストされたことのない地元製の部品に置き換えた。

これとは別に、人為的に漏洩の危険が生じたケースも確認されている。中国の農業大学の研究所に勤めるある58歳の教授は、実験で使用された動物を違法に販売したとして、逮捕・起訴された。

ワシントン・ポスト紙は、実験動物に触れたことで感染被害が生じたかは不明だとしながらも、同件に触れた報告書が「公の場ではまれにしか言及されない安全性の問題を公式に認め」る内容になっていると報じている。

■手袋なしでコウモリの排泄物を採りに行く研究員

渦中の武漢のウイルス研究所でも、2019年以前、研究員たちが危険な状態で調査に臨んでいたことがわかっている。同紙によると、研究員たちが2万個のウイルスサンプルを収集した際の写真がソーシャルメディアで公開されている。

記事は問題の写真を基に、「感染症を媒介する何千匹ものコウモリがひしめく洞窟で研究者たちが作業にあたり、意図しない感染を防ぐために必要な手袋などの防護具を時として使わず、コウモリとその排泄物を扱っている様子が写っている」と指摘している。

衛生状況も好ましくないようだ。武漢のメインキャンパスから少し離れた場所では、武漢大学が「レベル3」の研究施設を運営している。中国当局が2019年10月に立ち入り検査を行った際、そこには「多くのゴミ」があり、研究室は「過密かつ混沌(こんとん)としている」状況だったという。

もっとも、感染事故や漏洩事故が起きているのは中国の研究所だけではない。ボイス・オブ・アメリカは、最新の注意を払って運営されている欧米の研究所であっても、事故は起き得ると指摘する。例としてメリーランド州の米国陸軍感染症研究所では、人への感染には至らなかったものの、漏洩事故が過去に数回発生しているという。

ロックダウン中の上海・徐匯市
写真=iStock.com/Graeme Kennedy
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Graeme Kennedy

■資金難で安全性が後回しになっている

だが、中国では状況はさらに深刻だ。武漢大学の件では検査報告書が、「実験と生活エリアが(中略)分離されていない」問題があり、「化学廃棄物と生活廃棄物が混在している」との課題を挙げていた。こうしたことからワシントン・ポスト紙は、欧米ならば遵守して当然のはずの基準が中国では無視されていると指摘している。

ボイス・オブ・アメリカは、アメリカが2016年に行った中国のバイオセーフティーに関する検査結果を引用し、中国では「実験室のバイオセーフティーを専門とする役人、専門家、科学者が不足している」と述べている。

原因は資金難にあるようだ。ワシントン・ポスト紙によると、武漢ウイルス研究所のユアン・ジーミン副所長は2019年、科学ジャーナル『Journal of Biosafety and Biosecurity』に寄せた原稿のなかで、「日常的だが重要なプロセスに回せる運営資金が不足している」と認めていた。

ジーミン氏はさらに、「現在、ほとんどの研究所には、専門のバイオセーフティー管理者やエンジニアが存在しない」とも明かしている。

バイオセキュリティの専門家であるロバート・ホーリー氏は、同紙に対し、「(中国の)バイオセーフティーに関する訓練が極小であることは、非常に、非常に明らかである」と強調した。

■武漢のウイルス研究所が疑われている理由

新型コロナウイルスのパンデミックは、私たちの生命と暮らしに深刻な影響をもたらしてきた。英ガーディアン紙は、2020年初頭から新型コロナウイルスが広く拡散し、世界中で700万人近い死者を生じたほか、交易や旅行にも深刻な影響を及ぼしたと振り返る。

このパンデミックの起源が武漢のウイルス研究所からの漏洩であるとする説に、どの程度妥当性があるのだろうか。少なくとも、米エネルギー省が今年2月に発表した報告書は、この見方を一定程度肯定する内容となっている。報告書はあくまで「信頼度低」の確度としているが、アメリカのメディアに広く取り上げられた。

分析の経緯の子細は明かされていないものの、「中程度の信頼性」で研究所漏洩説を示したFBIとは異なるプロセスを経て、同一の結論に至ったという。

エネルギー省はエネルギー問題だけを扱う機関でなく、全米の国立研究所のネットワークを統括している。このことから同紙は、今回の発表は「重大な意味を持つ」とみる。

■パンデミック直前には研究者の体調不良が報告されていた

アメリカでも研究所漏洩説は、いまだ関心を集めている。ウォール・ストリート・ジャーナル紙はまた、アメリカでの議論の推移を振り返っている。当初、過去と同様に動物から人間への自然感染による発生説が大半を占めたものの、時間が経過しても動物の宿主が見つからなかった。

このことから、武漢のコロナウイルス研究が注目を集め、次第に実験室からの意図しない流出が議論されるようになったと同紙はまとめている。

ただし、アメリカの国家情報委員会など5つの機関は「低い信頼性」で自然感染説を支持しており、2つの機関は結論を保留するなど、必ずしも研究所漏洩説が主流となっているわけではないようだ。

一方で同紙は、2019年11月の異変を取り上げている。新型コロナウイルスが報告される直前のこの時期、武漢ウイルス研究所の研究者3人が体調に異変を来し、病院での治療を必要とするほどの事態となった。記事はこうした事実も、研究所起源説を示唆する今回のエネルギー省発表を裏付けるものであると論じる。

武漢ウイルス研究所
武漢ウイルス研究所(写真=Ureem2805/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

■「大きな問題は、中国が協力的でないことです」

パンデミックとの闘いは3年以上続くが、いまだ出所の確定に至っていない。これほどまで時間を要している理由は、中国政府の非協力的な態度にあるとの見解も聞かれる。

ウォール・ストリート・ジャーナル紙のリポーターであるマイケル・ゴードン氏は、米国営ラジオ放送局のNPRに出演し、「大きな問題は、中国が協力的でないことです」と指摘している。

中国側は武漢研究所のデータの提供を拒み続けているほか、世界保健機関(WHO)が検査チームを派遣した際にも、非協力的な姿勢を貫いた。「チームを追い返したようなものだった」とゴードン氏は述べている。ウイルスが発生した当事者国の協力なしに調査を強いられているため、アメリカの情報機関の分析は非常に困難になっていると氏は歯がゆさをにじませる。

米CBSニュースも3月、将来のパンデミック防止のためにも起源の解明は急務であると指摘した。だが、中国が長期にわたり必要な情報の提供を拒み続けており、一部の重要書類はすでに破棄されているなど、課題は多いとの指摘だ。

■感染症から人々を守る研究施設が、世界中を苦しめている

新型コロナウイルスの起源を追求する動きついては、科学的に重要な行為である一方、アジア人への人種差別を助長する恐れもあるとして慎重論もアメリカで出ている。

しかし、米大手紙であるワシントン・ポスト紙が、あえてこの時期に研究所起源説に触れる記事を公開しなければならなかった背景には、このままでは新たなパンデミックが起きかねないとの危機感があったからに他ならない。

仮に武漢の研究所がウイルスの起源であったとしても、すでに起きてしまったパンデミックを巻き戻すことはできない。過去は過去として失敗に学び、今後のパンデミックを世界全体でどう防いでいくかの知見を高めればよい。

しかし、このような建設的な議論への転換を妨げているのが、ほかならぬ中国政府だ。パンデミック発生直後の貴重なデータを隠蔽・破棄し、さらに現地のウイルス研究所は、ずさんな管理体制で運営を続けている。

また、中国では2000年代のSARSの流行後、同じ事態を繰り返さぬようにと、多くの研究施設が建設された。ところが、これらの拠点における安全管理がおろそかになり、むしろ新たなパンデミックの原因になり得ると指摘されているのは、極めて皮肉な事態だ。

中国は、起源解明の妨害と研究所の安全性確保を怠るという二重の意味で、新たなパンデミックの危険性を高めているといえよう。惨事を繰り返すことのないよう、体制の早急な改善が求められる。

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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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