これができないと寂しい老後が待ち受ける…「70代だからアナログで十分」という考えがもたらす悲劇
プレジデントオンライン / 2023年5月22日 14時15分
※本稿は、弘兼憲史『弘兼流 70歳からのゆうゆう人生「老春時代」を愉快に生きる』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
■「愛すべきバカ」の行動は旺盛な好奇心の表れ
「本当に落ち着きがないなあ」
小学生、あるいはそれ以下の幼稚園児などを見ていると、つくづくそう思います。とくに男の子は本当にジッとしていません。
「危ないな。あの柵に上ったりしないよな」
「あの泥んこの中に入ったりしないよな」
「まさか、落っこちてるあのペットボトル、蹴飛ばさないよな」
たまに公園などを散策していて、そう思いながら遊んでいる男の子をちょっと観察してみます。すると十中八九、危惧していた通りのことをします。
私がネーム(漫画の筋書きやセリフ)を作るときに利用するファミリーレストランでも似たような風景に出くわします。
意味もなく卓上のソースに手を伸ばしたり、爪楊枝をテーブルの上にまき散らしたり、とにかく大人にとっては意味不明の所業のオンパレード。親に注意されると、今度は、たとえば靴下を脱ぎはじめる。
「ホント、男ってバカだな」
「同病相憐れむ」ではありませんが、自戒の意味も含めてそう感じることがあります。
自身、男の子の親である方はもちろん、身近に男の子がいる方なら、ほとんどの方が似たような経験をしたことがあるのではないでしょうか。
ただし、この「バカ」には批判や軽蔑の意味はありません。いわば「愛すべきバカ」といった思いが込められています。おそらく、私の子ども時代も似たようなものだったと思います。この「バカ」は、決して悪いことではないのです。
なぜなら、そうした行動はまさに旺盛な好奇心の表れだと思うからです。私は脳科学者ではありませんから、脳のメカニズムのことはわかりません。
けれども、そうした落ち着かない行動は、まだなにも書き込まれていない、真白な状態の脳が刺激を受けた結果のように思えるのです。
■「バカ」ではなく「お利口」になり失われるもの
「あれ、なんだろう?」
まず、何かが目に入るとそう反応します。そうすると「面白そうだ」「見てみよう」「触ってみよう」「蹴飛ばしてみよう」と脳が指令を出す。そうやって男の子は無意識のうちに脳に新しい情報を書き込んでいるのではないか……。そんな風に感じます。脳の中でそういう一連の反応が起きているように私には思えます。
だから、そのネタ探しのために、落ち着きがなく、いつもキョロキョロしているのではないでしょうか。
ところが、成長するにつれて、こうした反応の機会は減ります。もちろん、中学、高校、大学、社会人とそれぞれのフェーズでそれなりに「エッ? ワー! ヘー」はあるのでしょうが、新しい情報の書き込みへの情熱が失せていきます。ましてや、中高年にもなれば、その「症状」はさらに進むでしょう。
乱暴な言い方になりますが「バカ」ではなく「お利口」にはなるけれど、好奇心もなくなってしまっているわけです。けれども、ヘタにお利口になるよりも、バカでも好奇心が健在であるほうが、人生は愉快なはずです。
好奇心こそ、新しい発見、新しい自分の原動力だからです。場合によっては、「ウソから出たまこと」ならぬ「バカから出たまこと」の可能性もあります。
ちなみに「待ち合わせ時間の1時間前に」は私のモットーです。
たとえば誰かと6時に待ち合わせる場合、その場所には5時に行くのです。そして周辺をゆっくり歩きます。すると、知らない脇道に逸れただけで突然、景色が変わったり、予想もしなかったような店に出会ったりすることがあります。これだけで、小さな刺激、小さな驚きを味わえます。
日ごろの生活の中でも、最寄り駅のひとつ先の駅で降りて歩いてみる、快速をやめて各駅停車に乗ってみる、いつも電車ならバスで帰ってみる、タクシーで1000円の距離を歩いてみる……。自分のルーティンをちょっとやめるだけで、「エッ? ワー! ヘー」は生まれるはずです。
「人間、好奇心がなくなったら、おしまいだ」
作家の遠藤周作さんは、そうおっしゃっていたそうです。「おしまい」よりも「バカ」のほうが人生は愉しく、快適です。
■「申しわけないけど、教えてもらえないかな」と言えるか
「俺はアナログで結構」
そんな主張をする人は、現在ではさすがに少数派だとは思いますが、50代、60代はもちろんのこと、70代以上の世代でも可能なかぎりITのスキルを高めておくべきです。
では、どうやってそれを克服すればいいのでしょうか。
簡単なことです。得意にしている若い人に尋ねればいいのです。ところが、「言うは易く行うは難し」のたとえ通り、これができない中高年が多いようです。
知人女性から聞いた話があります。ある会社で実際にあった話です。
「部長、クライアントから私にもCCでメールが送られてきているんですが、写真はギガファイル便です。私は外出してしまうので、ダウンロードして、社内サーバーにアップお願いします。それから、プリントアウトして、今日中に常務に渡しておいていただけますか」
新人社員のリクエストに対して、IT恐怖症の部長はこう答えます。
「えっ、えっ……。う、う、うん……」
そして、戻ってきた新人社員に尋ねられます。
「部長、やっておいていただけましたよね?」
部長はただ無言でうつむいていたそうです。
彼女は「うんって、おっしゃったじゃないですか」という言葉を飲み込んで、パソコンに向かったそうです。「こりゃ、ダメだ」と隣の同僚に耳打ちしながら……。
「申しわけないけど、教えてもらえないかな」
若い人に対して、これが素直にいえない中高年は少なくありません。
■ITは人生後半の「快適幅」を広げる
もっとひどい例もあります。私がイベント会社の重役と話していたときのこと。その70代の重役が私にこういいました。
「今度、ちょっとご相談したい企画がありまして、後日、お電話させていただきます」
私はこう答えました。
「メールで企画書を送っていただけますか」
私のいつもの仕事の進め方です。するとこんな答えが返ってきました。
「すみません。メール、できないもので……。エヘヘ」
私がもらった名刺には、しっかりとメールアドレスが書いてあります。戸惑っている私の表情に気づいたのか、彼はこういいました。
「わかりました。部下にメールさせます」
私はどう答えていいのかわかりませんでした。
知人から聞いたエピソードにせよ、私が遭遇した御仁にせよ、なぜ若い人に「教えてください」といえないのでしょうか。それができない高齢者は悲しい存在です。
百歩譲って、人前でそれがいえないなら、誰も見ていないところで頭を下げてみてはどうでしょうか。日常生活に困らない程度のスキルはすぐに身につきます。なにもグラフィックデザイナーやプログラマーになれといっているわけではありません。
もし、あなたがパソコンなどのITを苦手にしているのなら、いまからしっかりと学習しておくべきです。これからはビジネスシーンであれ、プライベートシーンであれ、直接人に会う機会は激減します。クラス会、同郷人会といったイベントも同じでしょう。
他人とのコミュニケーションが、好むと好まざるに関係なく、IT中心になることは間違いありません。
「携帯電話がある」
そう反論する人がいるかもしれませんが、若い人の中には、一切電話には出ないという人も少なくありません。ましてや、年齢を重ねれば耳が遠くなる可能性もあります。
ITがわからない人は「孤立」の憂き目にあうことを覚悟しなければなりません。ITは「散り散りの時代」を「老春時代」にするために不可欠なものです。
「教えてほしい」これだけでいいのです。人生後半の「快適幅」が広がります。
■「老春」を過ごすためには欠かせないたった1つの要素
知人からの受け売りですし、それがどこにあるのかは忘れてしまいましたが、ある古代遺跡の壁には「最近の若い者は……」という意味の古い言葉が刻まれているそうです。「そうかもしれないな」と思わず納得してしまいます。古今東西、高齢者の口癖なのでしょう。
高齢者はとかく、自分の経験則、価値観に縛られ、新しいこと、自分がにわかに理解できないことに対して、一方的な拒否反応を示してしまいます。こういう発想をしているかぎり、その人に「老春時代」は訪れません。
「春」は英語では「SPRING」。ほかに名詞としては「泉」「水源地」といった意味やほかにも「弾力」「活力」「成長期」という意味があります。動詞としては「跳ねる」「飛び立つ」「芽を出す」といった意味があります。
いずれにせよ、ポジティブで清々しいイメージを喚起する言葉です。
ところで、「最近の若い者は……」という言葉ではじまる発想からはほとんどの場合、古臭くて、かたくなで、独善的な結論しか導き出されません。
もちろん、古いことがすべて悪とは思いませんし、キャリアを積んだ人を「最近のジジババは」とひとまとめに否定するつもりもありません。それでは「最近の若い者は」と同じ穴のムジナになってしまいます。
けれども、古くていいものを評価することがそのまま、新しいものへの評価を拒む姿勢につながってしまうのは悲しいことです。そうならないために忘れてはならないことがあります。
「わからない」
先にも述べましたが、新しいことに対して、まずこういえるようなスタンスを持つことが、「老春」を過ごすためには欠かせません。
「わからない」と素直にいう姿勢は、そのことに対する好奇心、理解への努力を生み出します。そのうえで、自分にとって必要なものなのか、そうではないものかを判断すればいいのです。
新しいものに対して、知ったかぶりをしたり、確かめもせずに拒否反応を示したりするだけでは、残りの人生をつまらないものにするだけです。
■「自分はバカだ」と思えると学びと発見がある
精神科医の和田秀樹さんの著書『先生! 親がボケたみたいなんですけど……』(祥伝社)によれば、認知症を発症させない、あるいは進行させないために大切なことは「脳を悩ませること」だそうです。
その意味から考えると、新しい水を受け入れて自分の脳を「泉」のようにしておくことが大切なのではないかと感じます。
「新しい水=わからないこと」を受け入れなければ、水はすぐに澱んでしまいます。澱んだ水の場所には新しい生き物が誕生したり新しい植物が芽を出したりすることはありません。
なにか新しいものに遭遇したら、まず「おや?」と疑問を抱いてみる。ちょっと眺めたり、触ったりして「面白そう」と好奇心を喚起させる。いろいろと情報をインプットして「わからない」を経て「なるほど」と理解する。そして「わかった」と自分のスキルとして身につけたり、誰かに話したりしてアウトプットする。
こういう姿勢こそが、人生の後半期を「老春」にするために必要なのです。新しい情報に対して好奇心を喚起させ、インプット、アウトプットを繰り返すことは「脳を悩ませること」そのものにほかなりません。認知症を遠ざけることにもつながります。
「自分が利口だと思っているからダメなんだよ。自分がバカだと思っていれば、いろいろなことを教えてもらえるし、発見もあるんだよ」
2008年に亡くなられた、私の大先輩で敬愛する赤塚不二夫さんはそんな意味の言葉を残しておられます。
残念ながら、親しくおつきあいをする機会はありませんでしたが、この言葉通り、どんなときでも素直に「わからない」といえた方なのでしょう。
戦後ギャグ漫画の祖ともいうべき方ですが、その作品の根底には、果てしなく湧き上がる好奇心、そしてその好奇心に従って行動するパワーがあふれていたのではないでしょうか。もちろん、素直に学ぼうとする謙虚さもお持ちだったのでしょう。
想像の域を出ませんが、赤塚さんはいつでも「若い者は、面白いね」というマインドをお持ちだったのではないだろうかと感じます。
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漫画家
1947年、山口県生まれ。早稲田大学法学部卒業後、松下電器産業(現・パナソニック)に入社。74年に漫画家デビュー。作品に『人間交差点』『課長 島耕作』『黄昏流星群』など。島耕作シリーズは「モーニング」にて現在『会長 島耕作』として連載中。2007年紫綬褒章を受章。
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(漫画家 弘兼 憲史)
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