決して冗談でやっているわけではない…阪神・岡田監督が徹底して「優勝」をNGワードにする超戦略的な理由
プレジデントオンライン / 2023年5月21日 14時15分
※本稿は、喜瀬雅則『阪神タイガースはなんで優勝でけへんのや?』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
■負け続きのオリックスを岡田監督が変えた
インターネットの検索ワードに「2010年」と入れてみる。
プロ野球界は、セ・リーグ優勝が中日。パ・リーグは3位の千葉ロッテがクライマックス・シリーズを勝ち抜き、日本シリーズでも中日を下して「下克上」の日本一を達成した。
どれもなんだか、ついこの前のことのように思える。
そう言い出したら、人間、年を取った証拠だとよくいわれるものだが、こうした「歴史の1ページ」を開いてみただけで、時の流れの早さを身に染みて感じるものだ。
その年、セ・パ交流戦で「優勝」したのが、岡田彰布が監督1年目のオリックスだった。
岡田が監督に就任する直前までの10年間で、最下位5度を含むBクラス9度。まるで勝ち方を忘れていたかのようなオリックスに、岡田は新たな風を吹き込んだ。
まず、平野佳寿をリリーフに回し、交流戦前には岸田護もストッパーに転向させた。
先発でもローテーションの軸になれる2人でブルペンを強化し、打線も当時22歳のT―岡田を「4番」に据えると、交流戦の始まる5月頃から、投打がうまくかみ合い出した。
借金「6」で突入した交流戦は、巻き返しのための絶好の機会だった。
「そら、貯金作らなアカンわ。交流戦でつまずくと悪なるし、その逆もあるからな」
当時の交流戦は24試合制だから、15勝9敗でいけば勝率5割に戻せる計算になる。その成績ならば、交流戦優勝の可能性だって膨らんでくる。
■「いらんこと言うたらアカン」
岡田の言葉を読み解けば、優勝して5割復帰、いや貯金生活へ、という勝敗ラインを想定しているとなる。
番記者たちは、だから「優勝」へと水を向けてみた。
ところが、そこにやすやすと乗ってくれない、こちらの期待するような見出しを立てさせてはくれない。心はお見通しとばかりに、釘まで刺してきた。
「言うたら、おかしなことになるんよ。いらんこと言うたらアカン」
つまり「優勝」という単語を封印する、というわけだ。
■なぜ優勝という単語を封印するのか
理由を説明するために岡田が持ち出したのは、阪神監督時代の2008年、ソフトバンクと交流戦の優勝を争い、最終戦で逃したというエピソードだった。
「コーチがな、ミーティングでよ。『お前ら、こんなんやったら優勝でけへんぞ』って言いよったんよ。あれからアカンようになったんよ」
そのコーチの意図は、もちろん選手の気を引き締めるためのものだろう。
しかし岡田は、それを逆に“心のスキ”と見たのだ。
「優勝」へ向かう「船」の舵を取り、方向性を示すのが船長の岡田なら、コーチたちは安全航行のために、船の中の持ち場で、それぞれの役目をこなすことが大事なのだ。
なのに船内より、船外の方に意識が向いている。地に足がついていない。
「そやから俺、言うたんよ。『そんなしょうもないこと、絶対言うな』って。その気になったら、アカンということよ」
その日から、岡田オリックスでは「優勝」が“NGワード”となった。
■「アレ」が誕生したきっかけ
オリックスは、交流戦で優勝戦線に浮上してきた。
6月2日の中日戦(ほっともっとフィールド神戸)では、8回裏の時点で0―7のビハインド。そこから終盤2イニングで同点に追いつき、最後は延長11回、T―岡田が3ランを放っての劇的なサヨナラ勝利を飾った。
「この勝ちは大きいよ。最後まで諦めへんかったら、こういうことは起こるんよ」
ミラクルモードに入った岡田オリックスに、周囲の期待も盛り上がってくる。
しかし、ここが関西のチームらしさだ。
激励に来たオーナーの宮内義彦も「言いません。監督が言わないのに、私も言いません。『アレ』のことですよね? 言いませんよ」
京セラドーム大阪に、毎試合のように応援に訪れていた岡田の母・サカヨさんも「アレやろ? 言うたらアカンから、私も言わんようにしてるんよ」
報道陣と岡田の会話でも「アレ」が頻出し、決して「優勝」のワードを出さなかった。
その“努力のかい”もあったのか、交流戦の最終戦で見事に優勝を決めると、球団は「交流戦優勝Tシャツ」を作成した。
左胸には「アレしてもうた」という、どでかいロゴがプリントされていた。
「ホンマか? 作ったんや?」
岡田も、大笑いしていた。番記者だった私も、球団から“アレTシャツ”をいただいたが、それを着て外へ出る勇気(?)はなく、引っ越しの際に処分してしまった。
今となっては、取っとけばよかったかな……。
それはともかく、岡田は阪神復帰とともに「アレ」をフル活用している。
■番記者が感じた選手とのギャップ
オリックス監督時代の3年間を、私は番記者として見続けてきた。
岡田の野球観は鋭く、さらに独特の“岡田語”のロジックは、その二手先、三手先の結論が先に来るものでもある。プロセスの詳しい説明が省かれるケースがほとんどなのだ。
岡田は、それを「プロやん。察さなアカン」という。
しかし、当時のオリックスの選手たちには、悲しいかな、それを読み切る力がまだなかった。勝ち方を知らない弱いチームでは“岡田の意図”を瞬時に理解できないのだ。
2004~2008年の阪神・第1次岡田政権当時は、金本知憲、下柳剛、藤川球児、新井貴浩(広島/駒大/08年移籍)、桧山進次郎ら経験豊富で、実力も実績も兼ね備えた主力たちが、それこそ全盛期の時代だった。
岡田が「1」を言えば「10」分かってしまうような選手ばかりだ。
大きな指針を示せば、選手たちは目的地に向かって、それぞれのやり方で、きっちりと定められた時間にたどり着くことができたのだ。
その“成熟した阪神”と“未熟なオリックス”とのギャップは大きかった。
阪神時代のスタンスだった岡田に、次第についていけなくなったオリックスの選手たちとの溝が、年々深まってしまっていたことを、番記者の一人としてひしひしと感じていた。
■「阪神優勝」の準備は整った
阪神監督復帰が決まった直後の2022年秋季キャンプ。
岡田は足繁く選手のもとへ足を運び、直接アドバイスを送り、自らスイングをして見せたり、守ってみたりと、実際に動きまで見せ、実に懇切丁寧な指導をしていた。
時代の流れ、選手の気質、育ってきた環境。そうした変化を踏まえたのだろう。岡田は間違いなく、かつての“アプローチ”を変えている。
そして、就任会見でも、新人選手の入団発表でも、岡田は「アレ」と言い続けている。笑いのオブラートで包みながら、進むべき方向を指し示しているのだ。
そうした岡田の一連の言動は、かつてのドラフト1位たちの心にも響いている。
彼らはそれこそ、異口同音に「阪神は強くなる」と力説するのだ。
■矢野前監督との違い
「岡田さんが監督になって、ちょっと阪神は変わるでしょうね。岡田さんって、僕、実はすごく好きで、めちゃくちゃ野球に関して気難しいところはあるんですけど、選手を見る目はピカ一です。ちょっと楽しみにしたいな、と思っているんです」
そう語る藤田太陽は、岡田が指揮を執った2004年からの5年間で、わずか2勝しか挙げられず、うち3シーズンは未勝利だった。
西武へ移籍したのは、岡田が退任した翌年、2009年途中のことだった。
岡田政権下で、決していい思いをしたわけではない。6人の先発投手に、勝ちパターンでの「JFK」、負けているパターンでの「SHE」と、リリーフでも強固な6人が揃っていて、藤田の入る余地はなかった。
それでも「僕は好きな監督の一人なんです」と藤田は言うのだ。
中込伸は、晩年の岡田彰布と一緒にプレーしたことのある一人だ。
「岡田さんって情はあるけど、勝負って言ったら、パチッと切り替えることができるでしょ? だから、阪神は強くなると思うんだよ。矢野(燿大前監督)さんとか金本(知憲元監督)さんって、やっぱり情があるよね。一緒にやってた連中をまた使って、蘇らせてやろうとか、一生懸命やってる2軍の選手を持ち上げてやろうとか、そういうのがある。岡田さんはオリックスにも行って監督もやっているし、勝負に対してはすごいからね」
その“情に流されない”というシビアな部分を、中込はひしひしと感じるのだという。
■2025年に阪神優勝
藪恵壹は「岡田さんがやるから、2023年は優勝します」とまで断言する。
「だって、戦力はありますから。野手も軸になるのがいるし、今から佐藤輝明が脂、乗ってきますからね。2022年だって、開幕9連敗から6月、7月であれだけチームが上がって来たのは、大山(悠輔)のお陰でもありますからね」
2023年シーズンは、大山が7年目の28歳、佐藤輝は3年目の24歳。さらなる経験を積みながら、年齢的にもまだまだ力がついていく時期なのだ。
この2人を中心に据えたチーム作りを、岡田は着々と進めている。
そして藪は、大阪万博が開催される2025年にも注目している。
「阪神、20年周期なんですよ。1985年、2005年、そして2025年です。2025年は、絶対にいい年ですよ。万博で関西が盛り上がります。だから、タイガースも盛り上げて、絶対に勝たないとアカン。右の森木(大智・高知/高知高/21年1位)と西純矢に、左の及川(雅貴・千葉/横浜高/19年3位)、このあたりの若いピッチャーが中心になって、2025年に阪神優勝。もう先駆けて、本、書いたらどうですか?」
そんな提案までいただきました。
岡田が指揮を続けていれば3年目。年齢的にも集大成だろう。あるいは、岡田からバトンを受けた次期監督が“新生・阪神”を引っ張っているかもしれない。
そうしたビジョンを球団が描き、選手をその気にさせ、関西全体の機運も盛り上げる。
1935年創立の球団にとって「2025年」は90年の節目にもあたるのだ。
岡田が「アレ」と言い続けていくことは、そうしたムードも醸成されていく力がある。
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スポーツライター
1967年神戸市生まれ。関西学院大学経済学部卒。90年に産経新聞社入社。94年からサンケイスポーツ大阪本社で野球担当として番記者を歴任。2008年から8年間、産経新聞大阪本社運動部でプロ・アマ野球を担当。産経新聞夕刊連載「独立リーグの現状 その明暗を探る」で11年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞。17年7月末に産経新聞社を退社。以後は業務委託契約を結ぶ西日本新聞社を中心にプロ野球界の取材を続けている。
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(スポーツライター 喜瀬 雅則)
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