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脳トレは根拠なし、ゲーム脳はウソ、糖分で情緒不安は間違い…京大名誉教授が「脳の迷信」に警鐘を鳴らすワケ

プレジデントオンライン / 2023年5月19日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

「脳トレ」に脳を鍛える効果はあるのか。京都大学名誉教授の櫻井芳雄さんは「『脳トレ』には科学的な根拠がないことが、大規模調査で明らかになっている。同じように世間には科学的な根拠のない『脳の神話』が広まっており、注意が必要だ」という――。

※本稿は、櫻井芳雄『まちがえる脳』(岩波新書)の一部を再編集したものです。

■「脳の迷信」を広めている研究者の責任

脳の迷信には、3歳児神話のように、研究とはまったく無関係の有名人が唱えたことで世間に広がったものもあるが、ほとんどの場合、脳科学の研究成果が多かれ少なかれ関わっている。つまり、迷信の誕生と広がりに対して、研究者も決して無縁ではない。

データの捏造(ねつぞう)や改変は論外であるが、たとえ真面目な研究から得た成果であっても、それをわかりやすく伝えるため、あえて簡略化、あるいは誇張して公表することで、まちがった内容で広まることがある。また、きわめて不十分なデータから大胆な結論を出したり、単なる推測や仮説をあたかも事実であるかのように断言することで広まることもある。

その背景には、常にわかりやすい解説を求めるマスメディアの存在があるが、それに迎合して迷信を広めている研究者にも大きな責任がある。

■「血流増大=脳がよく働いている」は本当か

生きている人の脳活動を測定できる脳機能イメージングは、データの正しい見方さえ知っておけば、大変意味のある魅力的な研究方法である。そのため、人がさまざまな課題を行っているときの脳機能イメージングを比較することで、言語、認知、記憶、感情などに関わる脳活動を調べた研究が世界中で行われており、多くの知見をもたらしてきた。

大学で講義するときも、ニューロンの発火やシナプスでの信号伝達については、脳に特別に興味をもつ学生は別として、あまり反応がないが、脳機能イメージングの話になると、対象が人であるということと、データ(画像)が綺麗でわかりやすいということもあり、文系・理系を問わず多くの学生が顔を上げてくれる。

しかし、画像に表れる活動量(血流)の増大が意味していること、つまりその解釈については注意する必要があり、それは研究者にとっても同様である。

一般的に、ある部位の血流がより増大していると、その部位がより働いていると解釈される。たとえば、他者の顔を覚える課題を行っているとき、側頭葉の血流が増えれば、顔を記憶するときは側頭葉が働いており、そこで記憶が形成されると解釈される。そして、働いているということは「よいこと」であると解釈される。よく働く人が高く評価されることと同じである。

そのような、血流量が増大している=脳がよく働いている=それはよいことである、という解釈の典型が、一時期、全国的というか世界的にも流行ったコンピュータゲームやドリルによる「脳トレ」であった。

■「脳トレ」では脳機能は改善しないことが分かった

脳トレの根拠となった研究では、単純な計算、あるいは漢字の演習や音読などを繰り返すと、特に高次機能に関わるとされている前頭葉の血流が広い範囲で増大するという結果が得られた。

スマホを使用して脳トレするイメージ
写真=iStock.com/metamorworks
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

その結果から研究者は、脳トレが脳を鍛えて衰えを防ぐ、あるいは脳の機能を向上させると結論づけ、実際に認知症が改善した患者さんの例も紹介した。そして、脳トレ用のコンピュータゲーム機は全世界で3000万個以上売れ、シリーズで発売されているドリル類も、国内で合計数百万冊のベストセラーとなり、それは現在も続いている。

しかし、海外で実施された大規模調査の結果、高齢者が脳トレを繰り返しても、認知機能や記憶機能が改善するという事実は確認されず、認知症の予防効果もなかった。脳トレをすると前頭葉の血流量が増えるというデータはまちがいない事実であることから、脳の血流量の増大、つまりニューロン集団の活動量の増大は、必ずしも機能の向上にはつながらないということがわかる。

■機能が向上すると、むしろ血流量は減少する

脳の機能が向上すると逆に血流量が減ること、正確にいえば、血流が増大する範囲が狭くなることがわかっている。それまでできなかったこと、あるいは不得意であったことができるようになると、つまりそのことに関わる脳の機能が向上すると、脳の広い範囲で増えていた血流が、次第に狭い範囲でのみ増えるようになるのである。

たとえば、筋電義手という身体補綴(ほてつ)装置を動かす学習をした際の脳活動を測定した研究がある。この装置は、腕の肩から先あるいは肘から先を失った人が、残された肩あるいは肘の筋肉が出す電気信号(筋電信号)を使い、腕と指の代わりになる義手を動かすというシステムである。

横井浩史教授(電気通信大学)の実験によると、この筋電義手を装着した当初は、なかなか思うように義手が動いてくれなかったが、そのときの脳の血流量をfMRIで計測すると、運動野だけでなく脳全体で血流量が増大していた。しかし、数週間にわたり動かし方を学習し、思い通りに義手を動かせるようになったとき、脳の血流量は運動野を中心とした非常に狭い範囲でのみ増大していたのである。

また、酒井邦嘉教授(東京大学)の実験によると、英語が不得意な学生は、英語を話そうとしているとき、言語に関わる左半球の広い範囲で血流が増大していた。しかし、英語をしっかり学習し熟達した学生は、文法処理に関わるとされている前頭葉の狭い部分だけで血流の増大が見られたという。

■研究者の解説は必ずしも正しいとは限らない

脳の血流の増大はニューロン集団の発火の増大を意味している。そのため、血流が増える範囲が狭くなるということは、学習によりある機能が向上するにつれ、より少ないニューロンの集団でその機能を実現するようになることを意味しているが、たしかにそれは理にかなっている。

テクノロジーのイメージ
写真=iStock.com/metamorworks
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

これは、学習によりニューロン集団はより同期して発火するようになり、この同期発火がより高精度で、つまりより正確なタイミングで生じるようになれば、より少数のニューロンが発火するだけで信号をより確実に伝えるようになるからである。このようなメカニズムが、脳の機能が向上するにつれ血流増大の範囲が狭くなるという現象に関わっているのであろう。

fMRIで測定できる脳の血流量については、その増大が意味することについて、研究者の解説が必ずしも正しいとは限らないことに、十分注意する必要がある。

■社会問題にもなった「ゲーム脳」は科学的ではない

何か社会的な問題が起きたとき、いわゆる有識者や専門家と呼ばれる人たちがマスコミに登場し、その原因や解決方法を解説することがある。たとえば、2000年前後に、小・中学校での校内暴力が大きな問題となったことがある(校内暴力は教師による暴力も含め現在も続いている)。

当時、脳科学者も新聞やテレビなどのマスメディアに登場し、原因や対処法について解説することがあった。それらのうちで最も頻繁に登場し、また全国的に広まったものが、コンピュータゲームに夢中になっている子どもたちの脳に原因があるという解説であった。いわゆる「ゲーム脳」である。

記憶している人も多いかもしれないが、簡単にいえば、コンピュータゲームを毎日何時間もやっていると前頭葉の機能が低下し、それは認知症と同じであり、注意力が散漫になり衝動性も増すため、暴力的にもなるという理論である。

しかし、その根拠となったデータは、脳科学の主要な雑誌には掲載されておらず、ゲームをすることで起こる脳波の変化が認知症と同じであるという事実も確認されていない。そもそも認知症が一般的に、衝動性と暴力を増すかどうかも定かではない。ゲーム脳の理論はすべてが不正確であり、当時から他の研究者や精神科医などから多くの批判の声が上がっていた。

精神的疲労と脳の疲労のイメージ
写真=iStock.com/tadamichi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tadamichi

■学校関係者に歓迎されたが根拠はなかった

とはいえ、どのような問題であれ、一般の人は常にわかりやすい原因を求めている。校内暴力のようなやっかいな問題に対し、ゲームが原因であると独断的にいい切ったことで、この脳科学を装った理論はたちどころに全国に広がり、特に学校関係者や保護者の間では歓迎された。教育委員会主催の講演会まで開催されたほどである。

さらにゲーム脳は、マスメディアが盛んに取り上げたこともあり、校内暴力以外のさまざまな問題にも広がりを見せ、凶悪事件が起こると、犯人はゲーム脳だった可能性があると報じられたこともあった。

死者107名を出した2005年のJR福知山線脱線事故でさえ、運転手はゲーム脳だったという新聞の見出しを見た記憶がある。もちろん、現在、この理論は完全に否定されており、ゲームが前頭葉の機能を低下させるということも、またそれによって暴力的になるということもない。

■犯罪の問題と栄養不足は関係がない

暴力や犯罪などの問題を、特定の栄養素の不足と関係づけようとする解説も多い。

シナプスを介したニューロン間の信号伝達では、ナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン、グルタミン酸、γアミノ酪酸、ドーパミンなど、非常に多くの物質が働いている。それらの中から、食品の栄養素として聞き覚えのある物質を取り上げ、それを食事でしっかりとっていないから脳がおかしくなっているという解説は珍しくない。

たとえば、よく取り上げられる栄養素がカルシウムである。今から15年ほど前にテレビ番組で紹介された医師の解説によると、脳の信号伝達にはカルシウムが必要であるが、現代の子どもたちはそれが不足しているためイライラしているという。

この前半部分は、正確にはシナプスでの信号伝達に必要な物質はカルシウムではなくカルシウムイオンであるが、大きくまちがってはいない。しかし後半部分は意味不明である。たしかにシナプスでカルシウムイオンが不足すると信号伝達は難しくなるが、それがイライラにつながるかどうかはまったく不明である。

■食品に含まれる栄養素は脳に直接影響を与えない

そもそも、ある栄養素を食べたからといって、それがそのまま脳に直接届いて働くわけではない。

櫻井芳雄『まちがえる脳』(岩波新書)
櫻井芳雄『まちがえる脳』(岩波新書)

たしかに食品中の成分は血液中に入ることで脳にも運ばれるが、血管の壁とニューロンの間にはグリア細胞のアストロサイトがあり、そこを通った物質だけが血液中からニューロンに届くからである(血液脳関門)。この関門を通れる物質は、酸素、ホルモン、ブドウ糖、アミノ酸などに限られており、食品や大気から血液中に入った物質のほとんどは止められてしまい、脳に直接影響をおよぼすことはない。

これは脳を守るための重要な防御メカニズムである(ただし、アルコールや特殊な薬物は通過してしまう)。もちろん、カルシウムをはじめとする栄養素をある程度摂取することは健康を保つ上で必要であり、複雑なメカニズムを介して身体にも脳にも影響をおよぼしている。

しかし、牛乳や魚からカルシウムを沢山取っても、すべてがそのまま血液中に入るわけではなく、また血液中から直接脳に届くこともない。当然、脳内のカルシウムイオンがそのまま増えシナプスでの信号伝達がよくなるということもない。このことは、脳に効くと宣伝されている多くの食品やサプリメントについても同様である。

■「いい切る専門家」には注意すべき

この医師はさらに、子どもたちは糖分を取り過ぎており、その結果、インシュリンが体内に大量に分泌され、それが大脳皮質の機能を低下させることで情緒が不安定になっているとも述べていた。これも最後の部分はまったく意味不明である。インシュリンが大脳皮質の機能を低下させることも、また大脳皮質の機能が低下すると情緒が不安定になるということも、ほとんど根拠がない。

わかりやすい単独の原因を指摘したり、手っ取り早い解決法を述べたりする専門家は、これからも絶えずマスメディアに登場するであろう。マスメディアは常に、わかりやすい言葉で「いい切る」専門家を求めているからである。しかし、脳が関わる問題の原因はたいてい複雑であり、解決法も単純ではない。

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櫻井 芳雄(さくらい・よしお)
京都大学名誉教授
1953年生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程中退、広島大学助手、富山医科薬科大学助教授、京都大学霊長類研究所助教授、生理学研究所客員助教授、京都大学大学院文学研究科教授、同志社大学大学院脳科学研究科教授などを経て,現職。医学博士。専門は行動神経科学、実験心理学。著書に『脳と機械をつないでみたら』『ニューロンから心をさぐる』(岩波書店)、『脳の情報表現を見る』(京都大学学術出版会)、『考える細胞ニューロン』(講談社選書メチエ)、『まちがえる脳』(岩波新書)がある。

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(京都大学名誉教授 櫻井 芳雄)

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