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社員は“マジメで勤勉”なのに、会社はアナログのまま…富士通の「DX請負人」が痛感した日本企業の重大な欠陥

プレジデントオンライン / 2023年5月19日 18時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gremlin

なぜ日本企業のDXはうまくいかないのか。2020年4月、富士通の最高DX責任者になった福田譲氏は、就任してすぐ富士通でDXが進まない最大の原因に気づく。それは、グループ全体を覆う「会社に対する無関心」だった――。(第2回)

※本稿は、Ridgelinez編、田中道昭監修『HUMAN ∞ TRANSFORMATION』(日本経済新聞出版)の一部を再編集したものです。

■SAPジャパン元社長をDX担当に招き入れた

富士通株式会社の時田隆仁社長(以下、時田と略す)は全社変革を推進する上で、既存の組織や人間関係にとらわれない外部人材の登用を通じて多様性のあるマネジメントチームを組成していく。その中でも変革の核となる全社デジタルトランスフォーメーション(のちにFujitsu Transformation=〔フジトラ〕としてプロジェクト化する)の推進のために外部から招き入れたのが、富士通の現・執行役員EVP、CDXO(最高DX責任者)、CIO(最高情報技術責任者)である福田譲である。

福田は1997年に大学卒業後、ERP(統合基幹業務システム)の世界最大手であるSAPジャパンに入社した。化学・石油の大手メーカーを担当する法人営業のエキスパートとしてキャリアを磨きながら、新規事業開発の担当役員や営業統括本部長を歴任。

14年にはSAPジャパンの代表取締役となり、20年4月に富士通に転じるまで23年間、SAPに在籍していた。

■各国グループ会社の状況を把握できていない

そのSAPジャパン時代に福田は、時田の前任だった前社長の田中達也の依頼で、米国のシリコンバレーを案内したことがあった。SAPは2000年代初め、マイクロソフトに買収されるかという事態に直面したことがあり、世界企業へと脱皮すべく、シリコンバレーに研究所を移して組織変革に弾みをつけたという歴史を持つ企業でもある。

その経緯を説明しながら、富士通の当時の社長である田中にSAPの経営ダッシュボードなどを含めた事業経営の有り様を直接説明した福田は、富士通のグローバル経営の実態を聞き、驚きを禁じ得なかった。

世界的に通用するブランドとポジションを築いていながら、経営者がグローバルの数字を経営の意思決定に繋がる形でタイムリーに把握することができておらず、グループ会社のガバナンスもほとんど利いていないという印象を持ったという。

■「富士通でこれなら日本の他の企業は…」

田中の再びの依頼によって、福田は翌年に富士通の取締役全員のシリコンバレー視察を受け入れ、SAPのデータ駆動型経営について改めて説明した。それをきっかけにして富士通が変わることを期待していたからだ。

しかしながら、メディアなどを通じて富士通の変革が進んだという話を聞くことはなかった。

「富士通でこのようなレベルなら、多くの日本企業は相当に危ないのではないか」。

そう思った福田だが、一方で富士通は世界的に競争力のある技術や優良な顧客資産、そして良い人材も持っているとも感じていた。企業としてのカルチャーも、時代錯誤になっている部分はあるが良いものを持っている。社員一人ひとりが「きちっと」している。真面目で勤勉というのは世界的に見ると大変価値があるし、資本主義に傾倒して多くの欧米企業が失ってしまったもの、GAFAM(グーグル、アマゾン・ドット・コム、フェイスブック〔現・メタ〕、アップル、マイクロソフト)にないものがあると考えていた。

福田は富士通を変えられたら多くの日本企業のリファレンスになると考え、時田の招聘(しょうへい)を受け入れて富士通に転じ、富士通のトランスフォーメーションの指揮を執ることになる。

■会社に対する無関心レベルが度を越えていた

福田が富士通に入社して最大の問題だとすぐに気づいたのは、グループ全体を覆う「会社に対する無関心」だった。

「会社を変革することに対して、実は抵抗勢力らしき存在がいませんでした。みんなが変革には賛成する一方で、会社に対するエンゲージメントが非常に低く、何のために富士通にいるのか、何のために仕事をしているのかを考えているように見える社員が少なかったのです」と福田は懐述する。

「上司に言われて仕事をしている」「残業代がつかなくなるので、幹部社員になりたくない」という従業員のリアルな声もあった。数万人が参加しているはずの社内SNSで社長の時田がコメントをつけても、「いいね!」などの反応が100に満たない。グループ12万人が閲覧できるはずの社内ポータルにトップメッセージをアップしても、閲覧数が2万~3万しかいかない――。その一方で、社員アンケートを取ると「他の部署が何をやっているのかが見えない」という不満も出てきていた。

■経営に関心が向かないような仕組みがあった

社員が会社の成長や未来について、なぜこれほどまでに無関心なのか。

「無関心レベルが想像を超えていた」と福田は当時の状況を振り返るが、徐々に「富士通という組織の中に、会社の経営に関心を向かわせないような仕組みや構造があっただけに過ぎない」と思うようになる。会社が進んでいる方向性について、社員に疑問を抱かせないような環境を会社自身がつくっている、ということに気がついたのだ。

福田のこの気づきは、その後の改革に大いに活かされている。富士通は2020年5月にグループのパーパスを「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていく」ことと制定し、全社変革の軸として掲げた。

【図表1】富士通グループのパーパス
出所=『HUMAN ∞ TRANSFORMATION』

しかしながら、全社変革はトップダウンだけでは実現できない。欠かせないのは、今は無関心な多くの従業員の、多様な個の力による変革をボトムアップで進める意識と意欲だ。

■まずは社員個人が生きることの意義を見つめ直す

彼らの心を動かし、行動を起こす原動力は何なのか? その第一歩として、社員個々を理解し、その原動力をドライブする取り組みとして「パーパスカービング」を経営陣主導で開始した。

「パーパスカービング」とは個人が働くことや生きることの意義を改めて見つめ直した上で、企業のパーパスと自己のパーパスを掛け合わせ、そこで生まれる多様な力を変革の原動力にするという取り組みである。パーパスカービングは全社にわたって実施され、何よりもこの後、変革の先鋒に立つべきリーダー層に変化をもたらした。

「変わらない富士通」に諦めの気持ちを持っていたものが、トップファースト(=経営陣から順に)で行われたパーパスカービングの実施によって、時田をはじめとした経営陣の全社変革への本気度を感じることができた。全社を横断して変革を実践するリーダーシップへ、少しずつ意識の変容が見られてきたのである。

■変革の対象は「聖域」なく選ぶ

富士通は先のパーパスを基に2030年のあるべき姿を設定し、富士通グループ全体で変革を推進するプロジェクトとして「FUJITRA(以下、フジトラ)」を20年10月から開始。プロジェクト名のフジトラとは「Fujitsu+Transformation」を略したもので、社長である時田がCDXO(当時)として、またCIOの福田がその補佐として、パーパスを基点に富士通グループ全体をデジタルの力で変革していくプロジェクトである。そして、経路“相互”依存性を打破するために同時多発的に変革を実践していく。

変革テーマの対象は“聖域”なく選び、事業部門から管理部門まで部門を問わない。上がってきたテーマを分類・分析し、優先順位をつけて同時並行で推進。現在では150ほどのテーマがグループ全体において同時並行で取り組まれている。

「現場が主役・全員参加」というスローガンを掲げ、主要組織、主要グループ会社、リージョンごとにDX責任者(DXO)を配置し、DXO同士が推進するテーマの課題や悩みを相互に共有し、DXOたちによるコミュニティが解決し合うプロジェクト推進の基盤も構築できている。

【図表2】フジトラのプロジェクト体制(2023年3月時点)
出所=『HUMAN ∞ TRANSFORMATION』

■ファーストペンギンとしての出島組織をつくる

フジトラの本当の目的はデジタル化を進めることではなく、顧客の悩みや社会課題に対して自らが課題を設定し、解決し、新しい変革を起こしていくための意欲と能力を醸成していくことだ。

これは、これまで富士通がやりたくてもできなかったことでもあり、富士通という企業そのものの変革を体現してみせることでもある。

「果たして全社DXプロジェクトだけでそのような姿になれるのか?」「もっと加速させる手段はないのか?」――。その解の1つとして生まれたのが、社外から変革を加速させるDXコンサルティングファームとしてのリッジラインズである。

富士通の抱える変革に向けた課題は、多くの日本企業にも共通しており、富士通でそれらを解決できれば、同じような境遇に置かれている日本企業にとって貴重なリファレンスモデルとなり得る。

しかし同時に、大企業である富士通では新しい施策や実証実験などに向けた意思決定や、必要なタレント・チームの組成がスピード感を持った形で実施できない場合が多い。そのためのファーストペンギン役として出島組織(この場合は資本関係で繋がってはいるが、経営の自主性を高く持てる組織の意)であり、プロフェッショナルファームとしてのリッジラインズの存在が生きてくる。

■人を起点にした変革5つのステップ

取り組みの例としては、ジョブ型人事制度を前提にした360度評価や、組織間での人材の移動を柔軟にするプラクティス制、経費精算などの社内のバックオフィス業務をデジタルツールをフル活用して完全自動化する取り組み、新たな知見の創出活動としての「Human & Values Lab.®」などがある。いずれもリッジラインズで始まり、富士通本体でも活用・検討されている取り組みだ。

ここまでの富士通の変革の現場を振り返ると、人を起点とした企業の変革に取り組む際のファーストステップとして捉えることができる。

人起点変革のファーストステップ
ステップ① 変革に取り組む明白な理由を示す
ステップ② 企業としての新しい目的を設定する
ステップ③ 対話を通じて企業の目的と従業員の原動力を共鳴させる
ステップ④ 新しい目的や変革に熱意ある現場が行動変容できる環境をつくる
ステップ⑤ ファーストペンギンを設定し、変革を加速する

まず前提としてあるのは、いかに素晴らしい戦略が描けたとしても、トップから現場に至るまでそこにいる人々の行動変容が起きなければ、外から見ていても会社は変わっていないと思われるし、実際、変わっていないということである。そのため、変革に取り組む理由や自社の目的を従業員一人ひとりが理解し、行動に繋げられるための環境づくりがDXの初期ステップでは肝要となる。

■「考えたこと」を「実践」に移せる環境を整える

富士通では経営方針説明会においてDX企業への転身を宣言し、全社員に対する強い意識付けを実施した(ステップ①)。続けてパーパスを制定し(ステップ②)、自社が向かう方向性を明確にした上で、対話を通じてパーパスを浸透させていった。それが12万人に向けたメッセージや、パーパスカービングである(ステップ③)。

【図表3】人起点の変革のファーストステップ
出所=『HUMAN ∞ TRANSFORMATION』

ここまでくると、ただのスローガンや一過性の取り組みではないということに従業員が気づき始める。本気で取り組みたいという熱意ある現場もちらほら出てくるが、そのときにポイントになるのが、彼らが考え出した新たな施策をすぐに実践できる環境をつくるということだ。

フジトラは全社の変革活動としてそれらを見える化し、活動やその成果がすぐに共有できるような環境を提供した。こうなると、後続が変革に向けて動きやすい状況がつくられ、自発的に挑戦しようとする動きも加速してくる(ステップ④)。

■出島会社でうまくいったものを本丸に取り込む

その頃には抜本的に変化を起こす必要があるテーマや、これまでの常識にとらわれては決して解決できないテーマも明らかになってくる。そこでファーストペンギンを設定し、既存の組織やプロセスの影響を受けにくい状況で試行錯誤をさせ、うまくいったものを「本丸」に取り込んで一気に変革を進めていく。富士通にとっては、リッジラインズがまさしくファーストペンギンであり、出島として新会社を設立したのもそれが狙いの1つであった(ステップ⑤)。

富士通の場合は、これらのステップを経ることによって、変革を推進する人が自ら考え、行動を起こし、成果を生み出していくことが可能になる状態を創り出していった。

繰り返しになるが、変革を起こすのはまぎれもなく人である。リーダー自らが行動を起こし、周囲の行動を変容させていくためのアプローチとして、これらのステップを活用できる。

■「ただデジタル化すればいい」のではない

日本企業の変革・DXで特に重要となるのはステップ①~③である。アナログ・物理データをデジタルデータ化したり、個別の業務をデジタル化したりするだけでは、トランスフォーメーションとはいえない。

Ridgelinez編、田中道昭監修『HUMAN ∞ TRANSFORMATION』(日本経済新聞出版)
Ridgelinez編、田中道昭監修『HUMAN ∞ TRANSFORMATION』(日本経済新聞出版)

組織を横断した全体の業務・製造プロセスのデジタル化・見える化を行い、事業運営やビジネスモデルを変革してこそDXが達成されるといっていいだろう。そのためには、繰り返しになるが自社の(変革の)目的を戦略的に設定し、一人ひとりに理解を促し、浸透させていくことが必要になる。この①~③のステップをおろそかにして、個別の業務におけるツール導入を検討しても、大きなインパクトを出すのは難しい。

そしてこれらのステップは、変革を起こすための序盤に必要なものに過ぎない。活動を更に活性化させていくことで、ムーブメントを起こし全社に広げていくことが重要となる。一過性の取り組みに終わらせることなく、上層部から現場まで巻き込んで変革の理由をそれぞれのレイヤーが「自分事化」し、時に新たな目的を設定し更なる行動に繋げていくこと、このサイクルを継続していくことによって大きな変革を遂げていくことができるようになる。

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田中 道昭(たなか・みちあき)
立教大学ビジネススクール教授、戦略コンサルタント
専門は企業・産業・技術・金融・経済・国際関係等の戦略分析。日米欧の金融機関にも長年勤務。主な著作に『GAFA×BATH』『2025年のデジタル資本主義』など。シカゴ大学MBA。テレビ東京WBSコメンテーター。テレビ朝日ワイドスクランブル月曜レギュラーコメンテーター。公正取引委員会独禁法懇話会メンバーなども兼務している。

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(立教大学ビジネススクール教授、戦略コンサルタント 田中 道昭、Ridgelinez)

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