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「君たちがやっているのはサッカーではない」名将オシムが見抜いた日本人選手に共通する根本問題

プレジデントオンライン / 2023年5月20日 15時15分

サッカー日本代表候補選手の練習を見るイビチャ・オシム監督(=2007年2月16日千葉市内) - 写真=時事通信フォト

なぜ欧州のサッカーチームは強いのか。サッカー日本代表の監督を務めたイビチャ・オシム氏は、ジェフユナイテッド市原・千葉の監督時代に、日本人選手の決定的な問題点を鋭い言葉で表現している。ジャーナリストの島沢優子さんの著書『オシムの遺産』(竹書房)から一部を紹介しよう――。(第3回)

■主体的に考えないコーチを叱りつけた

池上は当時ジェフにいた指導陣のなかでは、オシムの練習を最も長い時間外側から見ていた。

「これからシャトル・ランをするからコーンを置け」とコーチングスタッフに命じる。コーンを置いて開始すると、眉間にしわを寄せた顔でつかつかとやって来る。

「サッカーで、決まったところでターンする、なんてことがあるのか?」

コーチたちが混乱していると、腹立たしそうに指示を加えた。それは、2人でオフェンスとディフェンスに分かれ、オフェンスが次にターンし、ディフェンスはそれについていけという。バスケットボールなどで行うフットワークに似たものだった。

「こんなの当たり前だろう?」

つまり、サッカーは攻撃側に守備側がついて行くと言いたかったようだった。そこで、フォワードとディフェンスの選手は30メートルぐらいを。ミッドフィルダーには「こっちに来い!」と呼び寄せ、68メートルでターンさせた。中盤は動く範囲が広いのだから距離も長くなる。あくまでも試合のイメージを持たせようとした。

これを見学していたという池上は「じゃあ、なんで最初にコーンを置けって言ったの? ってなりますよね」と思い出し笑いが止まらない。

「恐らくオシムさんは、コーチに何のために置くのかをなぜ最初に考えないのだ、疑問に思わないのだと歯がゆかったのかもしれません。そんなふうにわざと試すことは多かった。コーチにも選手にも学んでほしかったのだと思います」

■「言われた通りにしか動かない」が日本人の欠点

「日本の選手は他人の言うことを聞き過ぎる。日本の選手はコーチが右に行けと言ったら、右に行く。ヨーロッパの選手はわざと左に行くよ」

そう言って、自己判断力と創造力を求めた。オシムが自分が設定したグリッドから飛び出して動こうとしない選手を叱ることは少なくなかったが、池上もその場面を何度も見た。

「どうして動かないんだ? そこじゃもらえないだろう?」
「グリッドがあるので」と説明すると、再び怒られる。
「試合のピッチにグリッドなんてあるのか!」

池上は懐かしそうに笑って言う。

「それやったら、なんで(グリッドを示す)マーカー置いてんねん? と選手は言いたくなるでしょ? やってる選手には申し訳ないんだけど、本当に面白かったです。オシムさんは選手にいつも、これがゲームやったらどうするの? と問いかけてました。常に実戦をイメージして動いたら、決まりごとなんて忘れるものだろ? と言いたかったんだと思います。一見すると、はちゃめちゃなことを言っているようですが、言われた通りにしかプレーしない日本人の欠点を修正したかったのかもしれません」

グラウンドに重ねて置かれたマーカーコーン
写真=iStock.com/Thank you for your assistant
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Thank you for your assistant

■日本人と外国人選手との決定的な違い

練習時のギャラリーが多いと、さまざまな試みを見せてくれた。日本と世界レベルの違いを見せてくれることもあった。池上たちが見ていると「ちょっと見ておけ」といった風情でチラッとギャラリーのほうを見て手をこまねいた。

ある日はポストシュートの練習を始めた。オシムがゴール裏に立ち、選手がシュート動作に入る瞬間に人差し指を左右上下に振って、シュートを突き刺す場所を指示するのだ。始めると、日本人選手はうまく蹴り分けられなかった。

「でも、崔竜洙など外国人選手は全員間違いなく、ノッキングを起こさずにスムーズに蹴り込む。スキルの違いを見せつけられました」

ノッキングとは、走ってきて合図が出て蹴るまでに、一瞬躊躇して止まることを指す。日本人選手は動作がぎくしゃくするが、外国人はスムーズに蹴った。池上によると「彼らはボールを見ながらオシムさんを見るのではなく、オシムさんを見ながらボールが見えていた。でも、日本人はそれができなかった」と言う。

そんな実験も含め、オシムは日本人の弱点をよく知っていた。

「日本人は自分で責任取りたくないんじゃないの。だから背番号10は育つけど、センターフォワードやセンターバックが育たないだろう」

痛いところを突かれたと池上は思った。このようなメンタリティの違いは、日本にいるだけではわからない。特に中学校、高校と3年間で成果を出すために戦うサッカーでは育てるのが難しい。最後にゴールを仕留めたり、砦になるポジションの選手は勝つためにはミスできないためチャレンジしづらい。小さくまとまってしまう

■「メッシはまだ子どもだ」

オシムがフォワードというポジションを語るとき必ず名前が挙がったのが、当時バルセロナに所属したメッシだった。池上は言う。

「メッシがドリブラーっていうふうに言われているけど、彼のドリブルがあるからこそ、彼のパスはすごく有効なんですよね。最後の最後、足を出すしかないような状況まで、彼はドリブルができるから、もらったほうは、ほんとにフリーでシュートが打てたりする。相手守備が警戒してメッシをマークに行った途端、ワン・ツーで抜けてしまう」

そのメッシに対し、オシムはもっと高い要求をしているようだった。

「メッシはまだ子どもだ。メッシがもう少しシャビやイニエスタみたいなことができる選手になれば、もっとすごくなれるはずなのに、彼は自分のやりたいようにやっている。それをシャビとかイニエスタがカバーしている。バルサはメッシのチームにしてはいけないのに」

オシムさんにはそんなふうに見えているのだ――言葉のひとつ一つに池上は懸命に耳を澄ませた。

■ドリブルが上手いだけの選手はいらない

「サッカーにエゴイストは必要ない」

この言葉も何度聞いたかわからない。そのたびに、自分ひとりでドリブルしてしまう子どもたちの姿が目に浮かんだ。

「勝ち負けのあるメニューにすると、時折出現するのがエゴイストな子です。特にドリブルが上手い子はひとりで勝手に行ってしまう。自分さえよければいい、自分ひとりでやってしまうことは、サッカーではマイナスだと子どものころから理解してもらわなくてはいけません」

例えば4対4など少人数のミニゲーム。池上は子どもたちに「全員がパスを繋いでゴールしたら5点ね」などと声をかける。そのようなルールを設け、たとえドリブルの上手い子がひとりいて得点しても相手につながれてゴールされるとかなわない設定にする。5点というボーナスポイントでもって、パスを繋ぐ価値を子どもに理解させるのだ。

サッカーの練習中の子供たち
写真=iStock.com/matimix
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/matimix

オシムは、ひとりよがりなプレーを好まなかった。

「日本人は、サッカーをしていないよ」

勝手にプレーするな、周りを活かせとジェフでは口酸っぱく言った。味方同士が互いにやろうとしていることをわかり合いながら、呼応、連動してゴールへ向かっていく。それがサッカーの本質であることを伝えた。

■日本と欧州では育成手法がまるで違う

これについては、小学生から改善していかなくてはいけないと池上は考えている。例えば欧州の子どもたちは、相手とぶつからないようプレーする。コーチからも「(相手に)押し負けるな」「コンタクトで負けるな」といった声が一切出てこない。

なぜなら、幼児のころから「どこでボールをもらうといいか」を認知できるトレーニングが施されるため、相手から離れてボールを受けることが身についている。日本の子どものようにボールを奪いに来る相手を体で押さえてコントロールするのではなく、フリーな状況でパスを受ける。守備をする側は、攻撃をしてくる相手のパスカットを狙ううえ、相手に体をぶつけるようにしてボールを奪いに来ることもしない。つまり「トレーニング全体にボディーコンタクトがないのです」と池上は説明する。

そうなるのは、育成する順番が日本と違うからだ。欧州の育成を池上は「認知→判断→行動(プレー)」の流れだと言う。具体的には以下のようなものだ。

自分がボール保持者だとしたら、味方がどこにいるか把握する。2対1と数的優位の状況で、自分がドリブルでゴールに向かうべきか、味方にパスしたほうが得点の可能性が高いのか。守備をする相手選手の位置によって、いつパスをしたほうがいいのか。そのような「認知する力」を幼児から小学校低学年までの間に養う。

■チームプレーの役に立たない練習ばかりしている

つまり、どこにスペースがあるのか、誰に渡せばチャンスになるのか。そこを見極めたら、判断してプレーする。プレーはスキル、技術を指す。せっかくいい認知をし判断したのに、最後のプレーの段階でトラップミスをすれば、子どもは「チャンスだったのに」と悔しがる。足元の技術を高めようと意識し、自ら練習する。そうやってサッカーを自分のものにしていく。

グラウンドでリフティングする少年
写真=iStock.com/Michael Blann
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Michael Blann

ところが、日本の子どもたちはこれを逆にした順番で指導されている。行動(プレー)→判断→認知の順番で教えられているのだ。サッカーに出会ったら、まずインサイドキックを教わる。コーンドリブルをし、リフティングも目標回数を与えられ、長い期間をクローズドスキルに費やす。その後、小学3~4年生になると突然こう言われる。

「蹴るだけじゃだめ」
「まわりをみて」
「スペースを探して」
「ボールをもらえる位置に動いて」

そう言われても、何もベースを教わっていない子どもたちは困ってしまうのだ。子どもたちが「認知→判断」をスムーズにできるよう、池上はオシムがやっていた多色ビブスのトレーニングをやらせる。

選手に4色か5色のビブスをつけさせる。最初は2タッチでプレー、自分と同じ色のビブスの人にはパスできない、などのルールを告げる。慣れてきたら、もらった人にはリターンパスができないといった制限をつける。選手はリターンパスができると楽だからだ。

■「周りを見る」ということの本当の意味

次は同じ条件でダイレクトパスを回すよう指示する。選手は自分の周囲にどの色のビブスの選手がいるのか、誰にパスするのが最も有効なのかという情報を仕入れて判断してもらう。それがすなわち「周りを見る」という動作であることを会得させるのだ。

島沢優子『オシムの遺産』(竹書房)
島沢優子『オシムの遺産』(竹書房)

池上はスロベニアのコーチに指導を受けた際「パスが来たら(受けるまでの)ボールが転がっている間に周りを見なさい」と言われた。自分も含め日本のコーチは「周りを見てからパスをもらいなさい」と指導していたので衝撃的だったという。ボールが転がっている間に状況は変わる。そのくらいスピーディーな展開を目指さなくてはいけないと学んだ。

オシムからも指導のポイントをたくさん学んだ。例えば視野の確保。

スペースに動いてボールをもらおうとジェフ選手が走ると、オシムは不機嫌な顔で選手に尋ねた。

「左右を見ていたのは知っている。だが、前方はどうだったか? 後ろは?」

次に選手が前後左右を意識してプレーを選択しても褒めない。プロであれば、当然だからだ。次に、左右前後を意識したうえで斜めに走った選手に、初めて「ブラボー!」と言って拍手を贈った。

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島沢 優子(しまざわ・ゆうこ)
ジャーナリスト
筑波大学卒業後、英国留学等を経て日刊スポーツ新聞社東京本社勤務。1998年フリーに。近著に『スポーツ毒親 暴力・性虐待になぜわが子を差し出すのか』(文藝春秋)『世界を獲るノート アスリートのインテリジェンス』(カンゼン)『部活があぶない』(講談社現代新書)など。『高学歴親という病』(成田奈緒子/講談社α新書)『教えないスキル ビジャレアルに学ぶ7つの人材育成術』(佐伯夕利子/小学館新書)など企画構成した書籍もヒット。「東洋経済オンラインアワード2020」MVP受賞。日本バスケットボール協会インテグリティ委員。沖縄県部活動改革委員。

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池上 正(いけがみ・ただし)
サッカー指導者
1956年生まれ。大阪府出身。大阪体育大学卒業後、サッカーの指導者の道へ。2002年ジェフの育成・普及部コーチに就任、幼稚園・小学校などを巡回指導する「サッカーおとどけ隊」隊長として千葉・市原市を中心に延べ40万人以上の子どもたちを指導。その後、京都サンガF.C.の育成・普及部部長などを歴任。京都府内でも出前授業「つながり隊」を行い約5万人を指導。著書に『サッカーで子どもをぐんぐん伸ばす11の魔法』(小学館)など多数。

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(ジャーナリスト 島沢 優子、サッカー指導者 池上 正)

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