1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. ライフ総合

夫との温泉旅行のための出費すら認められない…ハズレの成年後見人に当たってしまった妻の後悔

プレジデントオンライン / 2023年5月19日 11時15分

図版=最高裁判所ホームページの公開資料「後見人等による不正事例(平成23年から令和4年まで)」より

「成年後見制度」は認知症の人の生活や財産を守るための制度だが、利用者が増えない。介護現場の取材をしているフリーライターの相沢光一さんは「仕組みがわかりづらく、手続きも煩雑である上に、後見人が“ハズレ”だった場合に変更がききにくいというデメリットがある」という――。

■国の肝いり制度「成年後見人」の不正がなくならない

この3月に、あるNPOの元理事長が福岡地裁から懲役3年執行猶予5年(求刑懲役3年6カ月)の有罪判決を言い渡された。

森高清一被告(66)は複数の高齢者の成年後見人で、複数の高齢者の口座から約1280万円を着服したとして業務上横領の罪で起訴された。こともあろうに同被告は「NPO法人権利擁護支援センターふくおかネット」という組織の元理事長で、成年後見制度についての勉強会の講師を務め、制度の普及を啓蒙(けいもう)する立場だった。

最高裁判所の調査によると2021(令和3)年の成年後見人による不祥事の被害総額は約5億3000万円(169件)。被害総額が56億7000万円(831件)と最も多かった2014(平成26)年と比較すると減っているが、依然として被害を受ける人は少なくない。

そのため成年後見制度に対してマイナスのイメージを持つ人が増えているようだ。良い制度なら利用者は増えるはずだが、横ばい状態が続いており、「成年後見人をつけて後悔している」という話を聞くことも多い。賢い利用法はあるのか。成年後見人としてのキャリアが長い司法書士に現状の制度の解説・課題を聞いた。

認知症などで判断能力が不十分になった人は、契約行為などができなくなる。例えば、銀行預金の引き出しができなくなり、不動産の売却なども不可能になる。また、将来的に高齢者施設に入所するつもりで、その費用に自宅の売却代金を充てようと考えていたとしても、判断能力低下によりそのプランが実行できず施設の入所契約もできない。本人が思い描いていたライフプランが崩れるだけでなく、家族が介護費用を払う羽目になるなどさまざまな問題が生じるのだ。

そうした事態を補うために制定されたのが、成年後見制度だ。判断能力を失った本人についた成年後見人が前述のような契約行為を代理できる制度で、認知症になった高齢者などの権利と財産を守るという目的で導入された。施行されたのは介護保険制度と同じ2000年。高齢化社会に備え、介護保険とセットで生まれた制度だ。

ところが、介護保険によるサービスの利用者は約600万人いるのに対し、成年後見制度を利用しているのは約21万人にとどまっている。利用率は3%程度にすぎない。

■成年後見制度の2つの種類をさくっと解説

その理由のひとつが、制度が複雑で難解なことだ。成年後見制度には、任意後見(①)と法定後見(②)の2種類がある。

任意後見(①)は、まだ認知症になっておらず判断能力が十分ある人が、将来、自分が認知症になった時に備えて、自分が選んだ人(子供、親戚、知人、弁護士、司法書士、社会福祉士、福祉関係の公益法人など)を後見人として契約しておくケース。ただ現実的には、元気なうちは「自分は認知症にならない」と思い込んでいる人も多く、実際にはこの任意後見人の準備をしておこうという考えには至りにくい。

もうひとつの法定後見人(②)は、当事者が認知症になるなど判断能力が衰えた人がつけるケース。法定後見人は家庭裁判所が選任した人がなる(主に弁護士、司法書士など)。本人の症状に応じて後見人の種類は3つある。本人に代わり、第三者の後見人が預貯金の引き出しや、契約などの行為ができるようになるため手続きが厳密になるのは当然だが、かなり煩雑だ。

この法定後見の場合、手続きはまず家庭裁判所(家裁)への申し立てからスタートする。申し立てには被後見人本人の戸籍謄本から始まり、申立事情説明書だの財産目録、親族関係図、親族同意書、医師の診断書など10種類以上の書類をそろえて提出する必要がある。

申し立てが済むと次に家裁で本人、申立人、後見人の調査などを行う「審理(申し立てに問題がないことを確認)」が行われ、「審判」を経て、「後見登記」にたどり着く。このプロセスに2~4カ月かかるそうだ。

厚生労働省【法定後見制度】精神障害者における保佐の活用編「成年後見はやわかり」のビデオ画面キャプチャ画像
厚生労働省【法定後見制度】精神障害者における保佐の活用編「成年後見はやわかり」のビデオ画面キャプチャ画像

とりわけ法定後見(②)の場合、利用するには相当の手間暇がかかるうえに、「成年後見人をつけて良かった」という話を聞くことはあまりない。前述した難解な手続きとは別に「デメリットの多い成年後見制度」とか「成年後見人で地獄を見た家族」といった批判的な見方も多い。

『成年後見制度の闇』(飛鳥新書)という書籍では、被後見人に寄り添い財産を守るという姿勢を持たず、割の良い稼ぎ口として見ている“ビジネス後見人”が多い実態が書かれている。

また、こうした問題のある後見人でなかったとしても、任意後見(①)でも法定後見(②)でも、弁護士・司法書士などに後見人を依頼すると1カ月あたり2万円程度の報酬を払う必要がある。これを大きな負担と感じる人も多いだろう。このように、ただでさえ制度の評判が芳しくないうえに冒頭に記した成年後見人による横領事件が起きた。これでは利用者が増えるわけがない。

■夫との温泉旅行のための出費すら認められない

こうした状況を反映してか、成年後見人と利用している本人や家族とのトラブルがメディアで報じられるようになった。例えば、2022年暮れに放送されたNHK「クローズアップ現代」では成年後見人をつけて後悔している人が登場した。

不満をもらすのは認知症の夫を介護している妻だ。会社員として働いていた夫が脳梗塞を発症。それが原因で認知症になり、労災の認定を巡って会社と争う過程で司法書士が(前出②の法定)後見人がつくことになった。だが、生活に必要な最小限のお金が振り込まれるだけで、一家は不自由な生活を強いられることになったという。

番組内で妻は次のように訴える。

「主人は温泉が好きなので、連れて行ってあげたいが、後見人はその出費を許してくれない」

妻は夫が喜ぶことをして、笑顔を見たいという思いを持っているのだが、後見人は「温泉に行って病気が治るのですか?」などと気持ちを逆なでするようなことを言うのだそうだ。

温泉
写真=iStock.com/Gyro
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Gyro

妻は続けて、こう話す。

「成年後見人は家に来ることもない。そんな対応で、こちらは不自由な生活を続けている。といって、一度つけた成年後見人を簡単には解任することはできない決まりがある。今では成年後見人をつけたことを後悔している」

番組後半では、対照的に面倒見の良い成年後見人(司法書士)が登場。担当する人のもとに足しげく通い、本人や家族の意に沿うよう誠実に仕事をしている様子が紹介されたが、最初の事例のインパクトが強かったせいか、「成年後見人はつけないほうが良い」という印象が残った。

この番組の録画を、成年後見人を務めるようになって8年の経験になる司法書士のKさん(45)に見てもらい、専門家の立場から見解を聞いた。なお、Kさんは番組後半に登場した司法書士と同様、担当している被後見人や家族からの評判が良い後見人だ。

「この番組を見た人は、温泉に連れて行ってあげたい、という奥さんの思いを拒絶する後見人に対して憤りを感じるかもしれません。ただ、家族に頼まれたからといって、すぐに認めるようでは実は後見人失格なんです。長年、後見人をやっているとわかるのですが、家族に問題があるケースがかなりある。被後見人のためといいながら、自分がそのお金を使いたいという人がいるんです。この奥さんの場合はNHKの番組に顔を出して訴えているんですから、そんなことはないと思いますが……」

後見人は被後見人本人について、その財産を守る役目を負っており、家族につくわけではない。そのため、温泉に行かないという判断は仕方がない面があるという。それでも、Kさんはこの後見人にも問題があると指摘する。

「被後見人ご本人や家族に会いに来ないことです。司法書士の団体が設立した“リーガルサポート”という組織があります。成年後見人を務める司法書士を育成・監督したり、成年後見制度を利用したい方の相談を受け付けたりする組織ですが、ここでは成年後見人に対して被後見人や家族の元を訪問するよう指導しています。何度も会って話をしていれば、被後見人の方や家族の人柄や両者の関係性がわかりますからね。

信頼関係があって家族が自分のためではなく、被後見人のためにお金を使おうとしていることがわかれば、そのための出費は受け入れる判断もできるわけです。そうした地道な行動もせず、ただ財産を守る仕事をしていればいいという対応をしているような後見人は間違っています。ただ、担当する家を訪問するのはあくまで努力目標であって、会わない人がいることも事実です」

■「認知症による資産凍結」を防ぐにはどうしたらいいか

担当する後見人が、そのように問題の多いハズレの人物だったとしても一度選定された成年後見人を代えることはできないといわれる。不満があったとしても我慢するしかないのだろうか。

「成年後見人の解任はできないわけではないんです。『不正な行為』『著しい不行跡』『その他後見の任務に適しない事由』の3つに該当する場合は解任できます。横領などは『不正な行為』に当たるわけです。家族が不満を持っている場合は3つ目の『後見の任務に適しない事由』に該当しそうですよね。ただ、これは後見人が病気になるなどして任務ができない場合であって意向が通るわけではない。家裁という裁判所が下した決定は重いんです。解任を請求したとしても審理に時間がかかりますし、却下されることも少なくありません」

こういう話を聞くと、ますます成年後見人などつけない方がいいと思う人が多いだろう。しかし現実問題、家計を担う一家の主が認知症になると、生活費を使うことができなくなってしまうわけだ。こんな事態に備えてできることはあるのだろうか。

「ベターなのは(前出①の)任意成年後見人を立てておくことです。世帯主ご本人が、将来自分が認知症になることを見越して、『この人になら安心して自分の法律行為を代行してもらえる』と思える人を選定。成年後見人として契約するんです。信頼できる司法書士や弁護士も頼んでもいいし、親族でもいい。自分の子どもとかね。別に法律に詳しくなくても、成年後見人にはなれますから」

とはいえ自分が将来、認知症になることは想像しづらいもの。実際“自分だけは認知症にならない”と思っている高齢者は少なくない。認知症になることを想定して任意の成年後見人をつけるという判断はなかなかできないものだ。

成年後見人をつけなくても、家族が生活費の出し入れや財産管理ができる方法として、「家族信託」という制度もある。委託者(財産を託す人:主に親)と受託者(財産を管理する親族:主に子)が信託契約を結ぶことで、受益者(生活費などを受け取る家族)の意向に沿って受託者が金銭管理をする形態。「認知症による資産凍結」を防ぐ制度だ。

署名をするシニア女性の手元
写真=iStock.com/SetsukoN
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SetsukoN

これは家族間の契約であり、家庭裁判所が介在する成年後見制度よりは利用するうえでのハードルは低い。だが、受託者が親族であっても、お金の使い込みをする人がいないわけではないし、受託者を誰にするかで親族間でトラブルが起きることもある。

また、家族信託にしても、任意の成年後見人をつけるのと同様、委託者本人が認知症になることを想定した準備であり、利用する気になりにくいという問題もある。

「結局、一番の問題は家計を握っている一家の主が認知症になると、そのお金が生活費として使えなくなることなんです。家庭の多くは家計をご主人の預金口座で賄う形になっている。それが凍結されて困るわけです。だから、金銭的に余裕のある家庭の場合、奥さんの口座にも一定の暮らしが成り立つだけの金額を確保しておけば大丈夫なわけです」

ともあれ家族のことを考えたら、認知症をひとごとと思わず、備えをしておくことが大事なのだ。

----------

相沢 光一(あいざわ・こういち)
フリーライター
1956年生まれ。月刊誌を主に取材・執筆を行ってきた。得意とするジャンルはスポーツ全般、人物インタビュー、ビジネス。著書にアメリカンフットボールのマネジメントをテーマとした『勝利者』などがある。

----------

(フリーライター 相沢 光一)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください