恋人が贈ったエメラルドは海に投げ捨てた…ココ・シャネルが「イミテーション・ジュエリー」を作ったワケ
プレジデントオンライン / 2023年5月21日 12時15分
■女が宝石に夢中になるのは「高価だから」
首の周りに小切手をつけているのと同じことではないだろうか。
女ならば宝石に夢中になって当たり前。それを男から贈ってもらえれば自分は特別な存在になった気持ちになれる。
それは、宝石がキラキラと美しいことだけではなく、高価なものだから。それを贈られる価値、身に着け見せびらかす喜び、なにより、自分に自信を持たせてくれるものが宝石だから、と女たちは思うことだろう。
愚かなことだと、シャネルは言う。
男が女を自分のものにするときに贈られる宝石は、その代償にも似た存在であるとシャネルには思えてならなかった。ましてや、それをネックレスとして首の周りに着けて喜んでいるなんて、あさましい限りではないかと。
宝石とひきかえにその男の言いなりになんかなるものかと逆らうのは、シャネルだけなのだろうか。
■女は男の言いなりだと思われることが腹立たしい
確かに高価で、きらびやかな宝石を贈ってもらえたら、正直誰だって嬉しいはずだ。ただ、そのお返しはどうすればいいのだろう。やっぱり、シャネルの言うとおりなのだ。
高価な宝石をプレゼントすれば、女は男の言いなりだと思われること自体、腹立たしい。なにごとにも言いなりになるのが大嫌いなのが、シャネルという女なのだから。
しかし、シャネルに贈り物をする男たちは絶えなかった。当たり前の、男の「おもてなし」なのだから。ルビーやエメラルドが人気で、男たちはおつきあいしたいという意思表明のためにも宝石を差し出してくる。
ロシア革命が起きて、多くの貴族たちがフランスに亡命、文化人たちも大挙してパリに滞在するようになる。知りあって親密になったディミトリー大公から高価な宝石をプレゼントされたシャネルは、新たな創作のインスピレーションを得る。
■ジュエリーをバラバラにして「偽物」とミックス
イミテーション・ジュエリー(ビジュー・ファンテジー)の発想が湧きあがる。贈られたネックレスをバラバラにして、オリジナルな「偽物」とミックス。
新たなファッション・アイテムを誕生させたのだ。
偉大なるジュエリーへのオマージュとも言える、クリエイティビティ溢れる創作。大胆な発想でリメイクされたネックレスは斬新で、シャネルはまたまた素敵な「発明」を世に打ち出すことになる。
自分がつくる偽物は、本物よりもずっときれいだ。と誇らしげに言う。勝利宣言にも思えてならない。オリジナリティ溢れるイミテーション・ジュエリーはオリジナルな創作品なのだから、高価な商品として人気を博した。
その後、恋愛関係となったイギリスのウエストミンスター公爵から贈られた数々の宝石もアレンジしてしまったという。
■恋人に贈られたエメラルドを海に投げ捨てた
緑が美しいエメラルドは憧れの宝石だ。
これをイギリスの長者番付ナンバー・スリーに数えられる富豪、ウエストミンスター公爵から贈られたとき、彼の所有するカティ・サーク号の船上にいたシャネル。月夜にかざしてみたエメラルドはたいそう美しかったという。
シャネルはその宝石を、贈り主の想いなどお構いなしに海に投げ込んだというのだ。
とにかく、人を魅了する宝石を忌み嫌ったシャネル。高価なものだから、と自慢するためにギラギラと着けて見せつけることも嫌悪した。
映えるアクセサリーで着飾るときは本物の宝石など無用。洗練され斬新なアクセサリーとは。偽物の宝石でつくったネックレスに、そういった思いを込めて、世に打ち出したシャネル。
彼女のメッセージが込められたイミテーション・ジュエリーは、その意味を放って輝いていたことだろう。
■時折、本物のパールを身に着けるいたずらも
彼女自身が着こなしたリトル・ブラック・ドレスに良く映える、重連のパールのネックレス。
このときすでに、シャネルは50代だったそうだが、唯一無二にも思える洗練されたみごとな美しさは圧倒的である。
ドレスの黒とパールの輝き。シンプルさの中に、究極のエレガンスを魅せる。
シャネルお気に入りのスタイルは、ハリウッドに渡り映画の仕事に関わったときに撮影されたものだという(本書のカバーに使用しているカットもその一つ)。
何連ものパールのネックレスは本物か偽物か! もちろんイミテーション・ジュエリーであるはずだが、本物と偽物のパールの粒を混ぜているのか、あるいは時折本物を着けたりもして惑わすシャネル。
そんないたずらめいたこともおしゃれのうち。
■シャネル・スタイルが溢れている名作映画
ルイ・マル監督のフランス映画『恋人たち』に主演したジャンヌ・モローの衣装をいくつもつくったシャネル。その中でも究極の着こなしを披露して、当時発禁本にもなった原作のきわどさや、映画の秀逸さと美意識を高めることに一役買った。
モローは、若い恋人と愛を交わすベッド・シーンで、シャネルのパールのネックレスを重連にし、全裸を披露する。
その衝撃的でエロチックなシーンはあまりに過激で公開時には物議を醸したと言われるが、シャネルのおしゃれなエスプリ(精神)が溢れていて、映画とモローの品格を美しく描いている名作だと思える。
ヌーディーなその「着こなし」こそ、シャネル・スタイルの神髄とも思えて拍手したくなるほど。
パールのネックレスの究極の身に着け方を世に打ち出したシャネル。
向かうところ敵なしの才能に溢れている。
■おしゃれの極意は「足し算」ではなく「引き算」
ファッションに関わる人たちの間では、これがおしゃれの極意とさえ言い伝えられているシャネルの金言!
大事な打ちあわせで勝負を賭けるとき、今日こそ愛を打ち明けなくてはいけないとき、大勢が集まるパーティで埋もれないようにしなくてはという気負いがあるとき、意気込みがあればあるほど、人はプラス思考で装うもの。
心理学的にも、なにかを得たい、いまより得をしたいというときには、「味方」だと思い込んでいるアクセサリーや、派手な服などを身に着けると安心することも事実。
そこを、出がけに全身を見直してなにか一つ外しなさい! と言うのだから、これは結構な難題である。
だって、「キマっている」と思うからこそ、出かけようとしているのだ。そのときにあえてなにかを引き算するというのは、なかなかの難題もいいところ。
それが難なくできるようになったら、あなたも着こなしの達人。
おしゃれって、そういうことなのだ。
■香水「No.5」に込めた女性たちへのメッセージ
「自分へのご褒美」という言葉はなかったにせよ、自分のために香水を買うことを奨励するなんて、1920年代では、まだ衝撃的なことだ。
財力を男に依存していた時代には、女は自分のために香水や宝石といった高価なものは、まず買えなかった。妻や恋人への最高の贈り物として販売されていたのだから、購入ターゲットも男だったと言える。
贈られるものはもらっておいてもいいかもしれないが、自分が自分らしくなる香りを自分で選んで購入して、身に着ける。それが20世紀の新しいおしゃれな女性像であることを、「No.5」という香水をつくって売り出したシャネルは伝えた。
香水は女にとって重要なおしゃれアイテム。
異性と会うときや、さらに親密に愛を交わすときなどの、大人の女としての証しでもあるのだから。
エロチックで挑発的な自分の香りが、贈った男の好みであっては悲しい。自分だけのお気に入りの香りを自分のものにしましょう。
シャネルは女たちを煽った。
同時に、女も香水くらい買えるように仕事をして自立しなさい。
自由な女は男に頼ることなく金銭面でも自立していないといけない。
仕事を持つということは、お金を自分で自由にできるということなのだ。
シャネルは生み出す製品にその想いを込めたことだろう。
■アート作品のような容器で、ほかの香水を圧倒
男の言いなりにならない「No.5」は、飾り気のない実用本位のようなガラスの容器が特徴で、当時、実に斬新な印象だった。これも20年代のアール・デコ時代が生み出したデザインであると言える。
その媚びないストイックさはアート作品のようで、アメリカのMoMA(ニューヨーク近代美術館)にも殿堂入りしている。
アール・ヌーボー時代の装飾的で文学的でポエムのような表現の名前を冠した香水を、古臭い、時代遅れだと消滅させるほどの勢いで、シャネルの香水はデビューした。
身に着けると、すぐさま消えていくのが香水だと思われていたが、シャネルの香水は、それまで誰も試みることのなかった有機化合物を混合。香りが持続することも、当時はほかに類を見なかったのだ。
香水には自分の体臭と混ざりあい、自分らしい香りが生まれるための十分な持続力が必要なのだから。
本当に発明家のように功績を重ねていくココ・シャネル。
エルネスト・ボーという、ロシア皇室ご用達の調香師と言われた専門家との出会いを得て、唯一無二の香水を誕生させるに至った。彼女自身が完成後に、ボーには本当に苦労をかけたものだと吐露するほど、思いの丈を彼に投げかけ、世界一高価な香水をつくることをめざした。
■マリリン・モンローも愛用し、ロングセラーに
その想いを彼女は、ベージュと黒の製品カタログの中にメッセージにして込めた。
「洗練されたセンスをお持ちの、選び抜かれたお客さまのものでなければいけません」
当初はカンボン通りの店とドーヴィルの店で顧客のためだけに販売された。
その後、香水の会社設立に伴い、第二次世界大戦終結の時にも、戦勝国の兵士たちの高価な土産物として重宝され、負けを知らないロングセラーのアイテムとなって、いまに至っている。
ハリウッドで人気絶頂の、スター女優マリリン・モンローが、「寝るときはシャネルの『No.5』を着ている」と発言したことも有名だ。
この影響力は絶大で、シャネルが企まなくても、本物だからこそ必然的に評価は高まり広がっていく。
シャネル自身はシャネル・スーツにたっぷりと染み込ませ、彼女が近づくとすぐわかると言われるほど愛用していたのだ。
彼女のつくるものは、すべてまずは自分がつくりたいものでしかなかったのだから。
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映画プロデューサー、シネマ・エッセイスト
株式会社ティー・ピー・オー、株式会社巴里映画代表取締役。東京生まれ。美大卒業後、新聞記者を経て、『anan』など女性誌の編集者・ライターに。その後、雑誌・広告の企画制作会社ティー・ピー・オー』、洋画の配給・製作会社『巴里映画』を設立。多くのフランス映画の配給・製作を担う。著書として『ココ・シャネル 女を磨く言葉』『ブリジット・バルドー女を極める60の言葉』『マリリン・モンロー魅せる女の言葉』(いずれもPHP文庫)、『仕事と人生がもっと輝くココ・シャネルの言葉』(イースト・プレス)『恋愛合格! 太宰治のコトバ66』『職業としてのシネマ』(集英社新書)『ココ・シャネルのことばと人生』(監修・ポプラ社)ほか。映画関連の執筆、映画関連の授業・講演活動も行う。「巴里映画GARAGE」でもセミナー、イベントを主宰。
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(映画プロデューサー、シネマ・エッセイスト 髙野 てるみ)
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