プーチンの焦りでロシア特殊部隊が"ほぼ全滅"…米紙が報じた「ソ連のターミネーター」の末路
プレジデントオンライン / 2023年5月22日 10時15分
■無謀な作戦の犠牲になったロシアの特殊部隊
ロシアの特殊部隊「スペツナズ」が、ウクライナ侵攻後の1年間でほぼ壊滅状態に追い込まれている。
米ワシントン・ポスト紙はインターネット上に流出した米国防総省の機密文書をもとに、旅団によっては兵員の90~95%が失われたと報じている。2022年夏にウクライナから帰還した5つのスペツナズ旅団は、「1旅団を除くすべてが大きな損失を被っている」ことが判明したという。
スペツナズはロシアの特殊部隊の総称だ。なかには暗殺など秘匿性の高い任務を担う部隊もある。要員の育成に少なくとも4年間のトレーニングが必要とされており、プーチン大統領や軍部にとって再建への道は険しい。
米ワシントン・ポスト紙によると機密文書は、スペツナズ第346旅団は兵士900人中775人が死傷し、「旅団全体をほぼ失った」状態にあると分析している。こうした「驚異的な死傷者数」により、ウクライナ以外の地域でもロシア軍の活動レベルが低下する可能性があると文書は指摘する。
米国防総省の流出文書は、本来高度な訓練を受けているスペツナズが大きな打撃を被った原因は、ロシア司令官らの無謀な作戦にあると指摘している。ウクライナ侵攻を加速したいあまり、高難度のミッションに投じるべき高スキルの人材を前線に放り込み、こうした専門部隊が「格好の餌食」になる状況を自ら招いたようだ。
■東部ドンバス地方から生還できたのは7人に1人だけ
軍事・防衛産業関連のニュースサイトである米タスク&パーパスは、スペツナズは「ロシア連邦が擁する最高のエリート部隊」であるとしたうえで、こうした部隊が「ウクライナで破壊されつつある」と報じている。流出文書の内容を取り上げ、スペツナズはウクライナの地で「全滅しつつある」とする内容だ。
スペツナズの戦闘員は昨年来、マリウポリやヴュレダルの街、そして東部ドンバス地方の作戦に投入されてきた。ところが同文書によると、スペツナズ第346旅団は900人のコマンドー(特別奇襲隊員)が所属していたところ、戦闘から帰還したのは125人だけだったという。7人に1人に満たない。
ワシントン・ポスト紙も流出文書を分析し、スペツナズが「大量の死者とけが人に苛まれている」と指摘する。ロシアの複数のスペツナズ部隊がウクライナ侵攻で「完全に破壊された」とし、プーチン政権はその再建に数年単位の歳月を要するとの見方を示している。
記事によると一連の流出文書には、例えばロシア南部の第22スペツナズ旅団が使用する基地について、侵攻の前後を写した衛星写真が含まれていた。侵攻数カ月前の2021年11月と、その1年後に撮影されたものだ。
■衛星写真で明らかになった“全滅”の実態
前者には「ひしめく車両で賑わう車両保管所」が写っていた。一方、ウクライナからの帰還後にあたる後者では、参戦前に保有していたティグル小型戦術車両の数が半分以下に減っていた。こうした情報をもとに米当局は、車両が「極度の枯渇状態」にあると結論付けたという。
兵員の損耗はさらに激しいようだ。ワシントン・ポスト紙によると流出文書は、この第22旅団を含む3つのスペツナズ旅団について、兵員の90~95%が死傷したと分析している。「全滅しつつある」との表現も、あながち誇張ではないようだ。
記事はさらに、2月には東部ドネツク州ウグレダルの町で、スペツナズ旅団長の死亡が明らかになっていたとも報じている。
ロシア軍に詳しい米外交政策研究所のロブ・リー上級フェローは、「(上官が)あれほどまで前方に出ているということは、おそらく何らかの問題があるのだろう。部隊の損失が大きすぎるか、あるいは想定外の使われ方をしているかのどちらかだ」との見解を示している。
■「ソ連のターミネーター」という残虐なイメージ
スペツナズは1957年、冷戦下のソ連時代にロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)内に創設された。戦場の偵察や破壊工作を担うほか、暗殺や諜報(ちょうほう)活動を担う専門性の高い部隊もある。米インサイダーは、その秘匿性の高さやソ連亡命者が記した書籍の影響から「ソ連のターミネーター」との残虐なイメージを帯びた部隊であると紹介している。
記事はスペツナズの具体例として、いわゆる暗殺部隊と位置づけられる参謀本部・特殊作戦指揮部の特殊作戦部隊(KSSO)を筆頭に挙げる。ほか、陸軍スペツナズとして8旅団と1独立連隊、および海軍スペツナズとして4艦隊など、約1万7000人がいるという。
実際には、必ずしもすべての部隊が暗殺をミッションとしているわけではない。同記事は、「FSB(ロシア連邦保安庁)特別指定センターのまさにエリートの対テロ部隊から、連邦林業局のそれほど手ごわくない即応部隊まで」のさまざまな部隊が存在すると述べている。
このようにスペツナズは、秘匿性に関してはさまざまなレベルが存在する。だが、いずれにせよ、専門の訓練を積んだ精鋭部隊であることは確かだ。
元スペツナズの退役軍人はインサイダーに対し、一般の部隊とは異なり、スペツナズは勇気ではなく決断力に重きを置いていると語っている。その意味するところを問うと、「勇気とは、目的達成のために死をいとわない覚悟である。決断力とは、死なずに目的を達成する方法を見つける意志である」と答えたという。
■最前線に送られ格好の餌食になった
そのスペツナズが、ウクライナ戦争で壊滅状態に陥っている。何故か。
軍事サイトの米タスク&パーパスは、「この大規模な損失は、戦争の初期に用いられた戦術に起因している」と分析する。首都キーウの迅速な攻略を図ったロシアの司令官らは、一気に片を付けるべく、高度な専門スキルを備える貴重なスペツナズ部隊を惜しげもなく前線へと派遣した。
だが、砲弾が飛び交う戦場の只中に特殊部隊が派遣されたところで、本来の専門性を生かした諜報活動や工作を実施できるわけではない。この愚行が「専門部隊を格好の餌食へと変えた」と同サイトは論じる。
ワシントン・ポスト紙は、スペツナズは本来、例えばゼレンスキー大統領の捕縛のようなリスクの高い隠密行動に投じられるべき部隊だと指摘している。あるアナリストは同紙に対し、開戦当初からロシアの上級指揮官たちがロシアの戦闘機の能力を疑問視しており、侵攻を加速する目的でスペツナズを投入したと述べた。
外交政策研究所のリー上級フェローは、ロシアにとって陸軍の兵士の能力も心許なかったと指摘している。自動車化狙撃団の歩兵らが十分な成果を上げておらず、キーウ攻略や東部と南部での作戦が不調に終わったことを受け、エリート空挺(くうてい)部隊やスペツナズなどを前線に出すよう方針を転換したと氏は語る。
高度なボディーアーマーや暗視ゴーグル、熱検知機器など最新の装備と共に戦場に投入されたスペツナズだが、活躍の機会は限定的だったようだ。ワシントン・ポスト紙は、リー氏による分析をもとに、「その多くが殺されたり、捕虜になったりした模様だ。ビデオや写真によると、彼らの特殊車両の一部は破壊された」と述べている。
■一部部隊はボランティアの寄せ集めになっている
スペツナズ自体の能力も、部隊によっては欧米の特殊部隊ほどは高くないようだ。ロシア独立紙のノーヴァヤ・ガゼータは、スペツナズの一角を成す民間軍事企業の部隊にボランティアで加わった若者の話を報じている。
38歳エンジニアのこの男性は、NATOの軍拡を防ぐためになるのだと信じ、スペツナズの義勇軍に参加したという。メッセージアプリのTelegramで見た情報をもとに応募すると、6カ月の参加が許された。隊の兵士の半分はこの男性と同じように、まったくの軍隊未経験者だったという。高校を出たばかりの若者から、白髪の老人までが、ボランティアとして同じ隊に所属していた。
スペツナズとは名ばかりで、訓練は十分でなかったようだ。「訓練場には2~3回行っただけです。AKやマシンガンを何発か撃ちました」と男性は語っている。1カ月ほどを訓練に費やしたが、いかに狙いを定めるかといった技法は、ついに教わることがなかった。新人の足下を教官が狙撃し、戦場に慣れる訓練などを受けたという。
インサイダーは、結局のところ多くの、あるいは大半のスペツナズは、徴兵制による寄せ集めであると指摘している。通常の兵士よりは「特別」だが、アメリカのグリーンベレーやイギリスのSAS(陸軍特殊空挺部隊)とは比肩しないとの評価だ。
■短期決戦というプーチンの目論見が裏目に出た
一方、ロシア軍内に視点を絞れば、比較的高いスキルと装備を有する部隊であることに間違いはない。その壊滅はロシアにとって大きな痛手だ。米CNNは「特殊部隊は数年にわたる訓練を要し、攻撃上重要な役割を担っている。よって、このような損失が痛手であることは疑いようもない」と指摘している。
ワシントン・ポスト紙は流出文書をもとに、スペツナズ崩壊の影響は非常に大きいと述べている。スペツナズの人員を補うには、新規に採用した戦闘員の訓練を一からやり直す必要があるためだ。
高度な部隊では少なくとも4年の専門的な訓練を必要とすることから、侵攻前の状況にまで回復するには、今後10年ほどかかると流出文書は分析しているという。
短期決戦を目指したロシアは焦りが高じるあまり、特殊部隊のスペツナズを消耗の激しい前線に送り込むという失敗を犯した。この焦りこそが兵士の消耗率を高め、攻略の失敗と長期化を招いた一因にもなったようだ。
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フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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