1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. ライフ総合

日本の大学院は院生にひたすらストレスをかけてふるい落とす…内田樹が指摘する日本の教育に足りないもの

プレジデントオンライン / 2023年5月23日 14時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/hrabar

若手を育成していくうえでは、どのようなことに気を付けるべきか。思想家の内田樹さんは「教える側は『親切』を心がけるべきだ。本当に思っていることを話してもいいと思われるような関係性を築いたほうがいい」という。ウスビ・サコさん、稲賀繁美さんとの鼎談をお届けしよう――。

※本稿は、内田樹/ウスビ・サコ著『君たちのための自由論 ゲリラ的な学びのすすめ』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

■教える側は「親切」を心がけるべき

【内田】人に教えるのって、教える側にとってもすごくよい勉強になるんですよね。自分が習得した知識や情報の「入力」は自分の言葉で「出力」することによって初めて身につくものだし、教える過程で自分固有のメソッドも出来上がってくる。

だから、「教えてやってる」というよりは「教える機会をいただいている」と考えるべきだと僕は思います。「アカデミックな訓練」というと、ふつうの人は徒弟修業のような理不尽でつらいものを想像するかもしれませんけれども、本当に良質な弟子を育てようと思うなら、教える側は「親切」を心がけるべきです。

日本のアカデミアでは、「親切」という美徳が非常に軽んじられています。日本の大学院ではひたすら院生たちにストレスをかけて、それに耐えられない者を脱落させて、ストレステストに生き残った人間だけで学問をやろうとする。でも、これは日本全体の知的パフォーマンスを見たら、実にもったいないやり方です。

非常に優秀でも、メンタルがあまり強くない子たちがどんどん脱落しちゃうのですから。磨けば光るはずのたくさんの宝石を原石のうちに捨てているようなものです。だから大学教育の方針としては、「正直」「親切」、そして「愉快」というのがすごく大事だと思いますね。

■日本独自の論文作法は世界では通用しない

【稲賀】今、日本で「優しくする」とか「親切」というと、誤解が生じやすいですよね。サコ流に「何やってんの?」とピシッと怒ることも、実は優しさであることが見逃されてしまう。「親切」というのも、なかなか難しい言葉です。

専門家にとって最も難しいのは、専門外の人にわかる言葉で話すことです。自然科学系の先生たちはそれができなくて困っているし、日本のジャーナリズムでもそこがすごく遅れている。英語の論文は、初心者が初めて読んでもわかるような文章で書かれていることが最低条件ですが、日本の論文の場合は、“通”にしかわからないような文章で書かないと怒られる。

高校生の頃からとにかく難しい言葉を教科書で丸暗記させ、それらを使えている人が偉いという価値観を植え付けた結果でしょう。でもこれは日本独自の論文作法であって、他のアジア諸国では通用しませんよね。

【サコ】通用しませんね。

■同じテンプレートだらけの日本社会

【稲賀】ひたすら自ら外に通用しない象牙の塔を高く積み上げようとしている。これは自己満足です。ふるいにかけるというのは、ある大きさのものを選別する、つまり均質化することですよね。そこで拾われた人は、どこに入れても使える汎用性のある人です。

日本の近代化というのはそういう部品のような人間、ジェネラリストをつくることに他ならなかったわけです。でもふるいで振り落とされてしまうものが必ずあって、京都精華大学は、そうした型にはまったふるい分けから外れた、おもしろい若者たちを集めている大学なのではないか、そこがいいところだと思っているのですが。

【サコ】私も最近「フレーム化」とか「テンプレ」という言葉を使うことが多いのですが、日本社会はひとつのテンプレートに合わせたモジュール型の人間をつくろうとしていますね。普通、社会というのは家庭には家庭のフレーム、地域には地域のフレームがあり、全体としてはマルチフレームになっています。それが日本ではどこに行っても同じテンプレート、フレームが使われていて、大学入試にしても就職活動にしても、すべて同じフレームに合わせて動いている。

■自分と向き合うことを妨害されている

先ほど内田先生が日本人は怯えているとおっしゃいましたが、それはまさに、すべてを社会が決めているからですよね。自分たちに選択権がないのです。大きなスケールの社会はもちろん、小さな単位である家族までが「君、そろそろ就職活動の時期じゃないの?」と迫ってくる。

だからみんな「時期が来たら就職しなくちゃ」と思ってしまう。まるで洗脳されているかのようです。こんなに若者を洗脳して、同じような部品人間ばかりつくり、それらを組み立てる人がほとんどいないというのは、どういう社会なのかと問いたいくらいです。

若者一人ひとりが「ヴォイス(声)」を上げるようになるには、まずはこれまで生きてきた社会のあり方が当たり前ではないということに気づかせる必要があります。これは非常に難しい。こういう社会矛盾に若者が巻き込まれ、自分と向き合うことを妨害されている状況は、一体どうしたらいいのでしょうか。

■大切なのは「自分の心と直感に従う勇気」

【内田】スティーブ・ジョブズの言葉ですが、若者にとって最も大切なのは、自分の心と直感に従う勇気を持つことだと思うんです。誰にでも心と直感はあります。「こんなことをやっていていいのかな」とか「こっちのほうに行きたいな」とか思うことはある。でも、今の若い人たちはその直感と自らの気持ちに従わない。「そんなこと誰もやっていないよ」と周りに反対されたら、それで簡単に挫けてしまう。

米アップル共同創業者のスティーブ・ジョブズ氏=2010年1月27日、カリフォルニア州サンフランシスコ
米アップル共同創業者のスティーブ・ジョブズ氏=2010年1月27日、カリフォルニア州サンフランシスコ(写真=AFP/時事通信フォト)

周りの反対を撥ね除けて心と直感に従うことができる若者が本当に少ない。そもそも日本の学校では子どもたちに「勇気を持て」と教えることはありませんからね。そういう教育を20年もの間受けてきた子どもたちに、いきなり大学で「勇気を持て」と言っても無理です。

だからその前段として、「親切にする」ということが必要だと僕は思っています。親切にしてあげて、この人にだったら自分が本当に思っていることを言っても処罰されない、という保険をかけてあげる。周囲の人から明らかに反対されるようなことも、この人になら言っても大丈夫なんじゃないか……そんな寛容さを担保してあげる。

■まず親切にして、ロールモデルを見せる

また、サコ先生のように、他の人とまったく違う逸脱した人生を送っていながら陽気にゲラゲラ笑っているという大人のロールモデルを見せてあげること。「あれぐらい世間を舐めていても平気なんだ」「陽気に暮らしていけるんだ」と(笑)、現物の見本を見せることはすごく大事ですよ。

子どもに言葉で「勇気を持て」と発破をかけても、それで「はい、勇気を持ちます」とはなかなかなりません。だったらまず親切にする。お気楽に生きている大人でも平気で楽しく仕事をしている様子を見せてあげる。鎧兜に身を固めている子どもたちの武装解除をしてやるには、この二つが大事な気がします。

【稲賀】まったく同感です。国際文化学部では、「海外短期フィールドワーク」などを通して、学生を早い時期に海外に出す予定です。これはある意味大きな冒険ですが、とても必要なことで、内田さんが今おっしゃった「親切」のひとつの形だといえます。

18歳まで日本の教育を受けてきた子どもの大多数は、日本社会しか知らないし、この社会しかないと思っています。でも「外」の世界ではここでの常識は通用しない。「日本の常識は世界の非常識」。その落差を危険のない範囲で見せてあげることは、若者の人生にとって非常に大切です。そしてそうした経験は、若ければ若いほど効果が高い。

■自分で文字にしたことはちゃんと話せる

また、先ほどサコさんがおっしゃった「ヴォイス」に関してですが、これを引き出すには工夫が必要です。学生たちは授業で発言するのは怖くても、「意見を書いておいて」と言うと、ちゃんと書くんです。それを集めて「来週はこれに基づいて話してください」と了解をとっておくと、自分で文字にしたことはちゃんと話せる。ここには、日本の漢字文化圏としての特性もあるのではないかという気がしています。

漢字文化圏の我々は、人名にしても漢字を視覚的に捉えているところがあります。一方、ヨーロッパでは語ること、音が基本になっていますから、口頭でメッセージが伝わらなければダメだというのがある。法学部の授業では黒板は一切使わないほどです。入力方法がはなから違うのです。

だとしたら、その利点は活かしたほうがいい。日本人とヨーロッパ人とでは脳内の仕組みはずいぶん違うはずなのに、これまでの教育理論はそういう違いをまったく勘案していない。そこにも問題があるように感じます。

■失敗を語り、若者をサポートするのが仕事

【サコ】今のお話を聞いていても、まずもって教育は誰のためにあるのかを問い直さなくてはならない、と感じます。そして、社会のめざす方向を決めるのは誰なのか、ということ。日本では、会社勤めならとっくに定年を過ぎた年齢の政治家が社会の向かう方向を決めている。ほとんど転びそうな老人たちが、後ろからサポートしてくれるのではなくて、私についてこい、と言っている。ここにも問題があると思います。

我々教員は、自分たちの失敗を含めた経験を語りながら、若い人たちがやりたいと思っていることをサポートするのが仕事です。社会に出ると、誰も自分の失敗を語っていません。下手をすると家庭内でもほとんどの親は失敗談を語らない。失敗しても立ち直ることはできる、それを伝えるのは実は非常に重要なのですが。

これからの若者たちは、自らがめざす社会のイメージをしっかり持たないと、老人たちの描いた実現性のないものに従っていくことになってしまいます。私たちは彼らに何をしてあげられるでしょうか。

■正しい方向を見極める「直感」を鍛える

【内田】コロナ禍によって、グローバル資本主義のシステムは大きく変動しました。コミュニケーションのあり方も、国のあり方さえ変わりつつあります。さらに人口減少、気候変動など、さまざまな地球規模の問題も起きている。あまりに変数が多すぎてとてもじゃないけど先行きは予測不能です。

社会がこれからどうなるのか、過去の経験に基づいて予測することは、きわめて困難です。そうした予測不能の社会に若い人たちを送り出していかなくてはならない。彼らをどんなふうに支援し、どんな能力を身につけてもらえば生き延びていけるようになるのか。それが教育者の喫緊の課題だと思います。

それはやはり「直感を鍛える」ことだと思います。僕らが未来の社会を正確には予測できない以上、彼ら自身に行き先を選んでもらうしかない。だからこそ、正しい方向を見極める力を養う必要がある。

■スキー板の「正しい位置」はどこか

「正しい方向」ってあるんですよ。僕のスキーの先生が以前とてもおもしろいことを言っていました。「スキー板の『正しい位置』に乗るのが大切です」と先生が言われたので、僕はつい「先生、正しい位置ってどこですか?」と訊いてしまったんですけれど、その時に先生が「いつでも正しい位置に戻れる位置です」と言われた。「なるほど」と思いました。

スキーをする人たち
写真=iStock.com/JulPo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/JulPo

「正しい位置」というのは固定的な点ではない。その通りです。スキーでは気温や斜度や日照角度などによって雪面の状態は刻々と変わります。こういうラインで滑ると決めていても、必ず予想外の変数が入り込んできて、当初のプランを変えて対応せざるを得ない。ですから「スキー板の上の正しい位置」とは、「今ある選択肢の中で最も自由度の高いところ、最も次の選択肢の多いところ」だということになります。

そういうポジションに立っていれば、連続的に変化する状況に対応して、そのつどの「正しい位置」を選択することができる。つまり、「正しい位置」というのは、事前にはわからないけれど、事後的に、難局を切り抜けた後になって、「あの時は正しい位置にいた」とわかるというものなんですね。

■「何が起きても、なんとかなる」が強い

内田樹/ウスビ・サコ著『君たちのための自由論 ゲリラ的な学びのすすめ』(中公新書ラクレ)
内田樹/ウスビ・サコ著『君たちのための自由論 ゲリラ的な学びのすすめ』(中公新書ラクレ)

未来はどんどん分岐していきます。ですから生物としては、多くの分岐を萌芽(ほうが)的に含んでいるような位置に立っている時に気持ちが落ち着くはずなんです。「これしかない。これ以外のことが起きたらおしまい」というのが一番弱い。「何が起きても、なんとかなる」というのが強い。未来の選択肢が減れば減るほど、生物は恐怖を覚えるはずなんです。逆に「これだけ選択肢がある」と思えれば、この先何があるかわからないけれど、それほど怖がる必要はない。

それは生き物として皮膚感覚で直感できるものだと思うんですよ。狭いところに閉じ込められていると、息苦しくなってきますが、広々した風通しのよいところにいれば、ほっと息がつける。何でもできそうな気がするから。そのわずかな気持ちの変化を感知できる力があれば、これからの見通しのきかない時代も、なんとか生きていけるのではないでしょうか。

----------

内田 樹(うちだ・たつる)
神戸女学院大学 名誉教授、凱風館 館長
1950年東京都生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。専門はフランス現代思想、武道論、教育論など。2011年、哲学と武道研究のための私塾「凱風館」を開設。著書に小林秀雄賞を受賞した『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書)、新書大賞を受賞した『日本辺境論』(新潮新書)、『街場の親子論』(内田るんとの共著・中公新書ラクレ)など多数。

----------

----------

ウスビ・サコ 京都精華大学 教授
1966年マリ共和国・首都バマコ生まれ。北京語言大学、南京の東南大学等を経て、京都大学大学院工学研究科博士課程修了。博士(工学)。2018年4月~2022年3月京都精華大学学長。アフリカ系として初めて、日本の大学の学長になった。社会と建築空間の関係性について様々な角度から調査研究。著書に『サコ学長、日本を語る』(朝日新聞出版)などがある。

----------

----------

稲賀 繁美(いなが・しげみ)
京都精華大学 特任教授
1957年東京都生まれ、広島県育ち。東京大学教養学部フランス科卒。同大学大学院比較文学比較文化専攻。フランス政府給費留学生・パリ第7大学博士号。三重大学助教授を経て、国際日本文化研究センター副所長、総合研究大学院大学教授・研究科長。2021年より京都精華大学国際文化学部勤務。著書に『蜘蛛の巣上の無明 インターネット時代の身心知の刷新にむけて』(編著、花鳥社)などがある。

----------

(神戸女学院大学 名誉教授、凱風館 館長 内田 樹、京都精華大学 教授 ウスビ・サコ、京都精華大学 特任教授 稲賀 繁美)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください