「3億人の仕事を奪うAI」は無視できない…大学教員が「今すぐChatGPTを使いこなす力を身に付けよ」と勧めるワケ
プレジデントオンライン / 2023年5月24日 11時15分
■開発企業は日本語対応に前のめり
米OpenAI社が開発した生成系AI、ChatGPTが話題だ。「スマホに匹敵する発明」とか「Googleが要らなくなる」とまでいう人もいる。
4月、OpenAI社のアルトマンCEOが岸田首相と面会した。ChatGPTの可能性と活用、リスクへの配慮などについて意見交換し、日本語サービスの拡充を検討するとした。このときのアルトマンCEOのプレゼン資料は、会合に出席した塩崎彰久衆議院議員がネット上で公開している。
資料では、日本に向けて「言語の壁・ITの壁がなくなる。誰でもOpenAI API+ChatGPTによって英語やプログラミングなしでAI技術を使える」と利点を強調。AIに「大阪のおばちゃん風」に回答させた例も紹介している。
■企業、中央省庁も業務効率化に活用へ
ChatGPTとは、人工知能AIを使って自然な会話が行えるチャットサービスだ。2022年11月に公開され、日本語を含む多言語に対応。23年3月には月額20ドルの「GPT-4」がリリースされ、23年第4四半期には「GPT-5」がリリース予定だ。
ChatGPTの性能は非常に高く、小説を書いたり、プログラミングをしたり、大学のレポートの作成もできる。ビジネスメールの作成などもできるため、一般の企業でも業務効率化に活用できるなど、可能性は広がっている。
パナソニック コネクトは日本マイクロソフトと組んでChatGPTの技術を活用した独自の生成系AIを開発、2月から全社員に導入した。業務の資料の雛型作成や、社内会議の式次第作成、プログラミングコード作成支援などに活用している。その後、パナソニック ホールディングスは、子会社である同社の支援を得て、国内全社員9万人への「PX-GPT」導入を決めた。そのほか、業務効率化のために社員にChatGPT利用を支援する企業も現れている。
中央省庁も「要機密情報」は扱わないという前提のもとで、活用に前向きだ。まずは農水省が先陣を切り、ChatGPTを電子申請システムの利用マニュアル改定などに活用し始めている。
■「本屋大賞作品」を説明させてみると…
このように注目が集まるChatGPTだが、苦手なこともある。実際に試して確信を持ったが、固有名詞や事実関係はかなり怪しい。
「本屋大賞作品の一覧を述べて」と質問をしたところ、「2022年の本屋大賞作品は『麻疹の島』(佐藤哲夫著、集英社)」と堂々と存在しない作品を挙げた。さらに、「過去の本屋大賞作品は、村田沙耶香の『コンビニ人間』、山本文緒の『蛇にピアス』、三浦しをんの『万延元年のフットボール』」と続けるなど、嘘ばかり。
また、講師を務める大学の講義で出したお題でレポートを書かせたところ、どこかで見た薄っぺらい内容のものが瞬時に現れたのには驚いた。これが出されたら、高い評価こそできないが、単位は出さざるを得ないだろう。
しかし、よく見ると文章が支離滅裂なところもあり、複数回試して一番よかったものでも理解が低い学生がとりあえず出したレポートという体。しかも、「根拠となる記事のURLを述べること」と伝えたのに、存在しない記事のURLを挙げてきた。記事のタイトルも存在しないものだった。
■知ったかぶりのハッタリがうまい“詐欺師”
間違いだらけで中身がないのに、それっぽく述べることだけはうまい。油断すると騙されそうになる、知ったかぶりのハッタリがうまい詐欺師のようだ。
現在のGPT-4は2021年9月までの情報で動いているため、最新の情報に関しては反映されない。感情を理解したり、倫理観や道徳を踏まえて判断したりすることも難しいとされる。
しかし、有料版「ChatGPT Plus」では最新情報を回答に含んだ新機能が登場するなど、日々進化しており、今後、機能が改善されていく可能性は高い。
まだまだ改善の余地が大きいとはいえ、現状では学生本人が書いたレポートか、AIが書いたものかを大学教員が見分ける方法はない。
そこで文部科学省は、ChatGPTの学校現場での活用方法と注意点の指針を作成予定だ。そのほか、多くの大学が「生成系AIのみを用いてレポートを作成することはできない」「リポートや学位論文などでの使用は認めない」など、AIに対する指針を発表している。多くの教育現場は、ChatGPTの可能性は認めつつ、脅威に感じているのだ。
■大学生の認知度は半数、利用は1割止まり
では、当事者である学生たちは、ChatGPTについてどう感じているのか。
大学の初回講義内で、受講生の実態を知るためにアンケートをとってみた。有効回答者数は164名、1年生が約半数を占め、1〜4年生まで参加しており、男女比はほぼ半々だ。
「ChatGPTについて知っていましたか?」という質問に対して、「知っていたし使っていた」は10.4%、「知っていたが使っていない」は45.1%と、認知率は半数強にとどまる。「名前は聞いたことがあるがよくわからない」は15.9%、28.7%と約3割は「知らなかった」と回答している。
ニュースに取り上げられない日はないほどの盛り上がりを感じるが、「この講義で初めて聞いた」という学生も複数名いた。
講義内で使わせようとしたが、学内のネットワークからは弾かれ、講義内では利用できなかった。そこで自宅で使った感想をミニレポートとして提出してもらったところ、「当大学について聞いたら間違った学部があることになっていた」「要約や調べ物などには便利そう」などの感想があった。
■Z世代でも「新しいものが怖い人」はいる
感想の最後に「これは練習としてChatGPTを使って書きました」と早速活用する学生が数名いる一方で、「メールアドレスの登録が必要なので、自己判断で使いませんでした」とした学生も複数名いた。
新しいものに対して腰が重い学生もいることがわかっていたので試す機会としたかったが、仕方がない。Z世代だからといって誰でも抵抗なく新しいものを受け入れられるわけではないのだ。
「適切な利用方法で効率化や生産性を上げることには賛成。うまく使うことで学習の質も上げられるのでは」などの期待の声に混じって、「レポートや読書感想文なども書けてしまうので思考力が下がりそうで注意が必要」「法制度が整っていないので必要ではないか」といった懸念点を挙げる意見も多かった。
大学生らしく、「エントリーシートなどに悪用されてしまうのが心配」「エントリーシートに活用できるとSNSでよく見かけるのでうまく使いたい」と、エントリーシートへの言及も目立った。
受講生が多いため、昨年までは主にレポートで学生の理解を図り、単位を出していた。しかし、今年からは少なくともレポート提出のみで単位を出すことは難しいと考え、講義の評価方法も変えざるを得なかった。あえてChatGPTを使ったレポートを全員に書かせる課題なども出したいと考えるが、依然模索中だ。
■個人情報流出、著作権侵害、サイバー犯罪も
ChatGPTは入力したものから学ぶ仕組みのため、個人情報流出や著作権侵害の問題も起きている。たとえば韓国サムスン電子が社員にChatGPTを利用させたところ、ソースコードなど3件以上の情報漏洩があったという。
前述の通り、パナソニックグループは国内全社にAIアシスタントサービス「PX-GPT」を導入したが、このようなリスクに備え、社内情報や企業秘密、個人情報などを入力しないなどのルールを定めている。
フィッシング詐欺やマルウェアなどのリスクも高まる。フィッシング詐欺に使うメッセージもマルウェアも、ChatGPTを利用すれば容易に作成できてしまうためだ。
事実、チェック・ポイント・ソフトウェア・テクノロジーズは、ChatGPTによる悪質なコード生成がサイバー犯罪者の最新トレンドとなりつつあるとしている。
■世界全体の3億人分の仕事がAIに奪われる
このように利用リスクがある一方で、「AIが我々の仕事を奪う」という問題は現実になってきている。
米金融大手ゴールドマン・サックスが今年3月に公表した報告書は、生成AIによって世界全体の3億人分相当の仕事が置き換えられる可能性があると結論付けた。特に事務職と弁護士がもっとも影響を受け、建設作業などの肉体的に負担が大きい仕事や屋外での業務はほとんど影響がないという。
さらに同社のアナリストたちは、米国や欧州では現雇用の約3分の2がAIによる自動化の影響を受け、全職業の最大4分の1はAIが完全に行うようになるとも試算しているのだ。
アメリカでは、創作活動を巡る議論も巻き起こっている。米脚本家組合(WGA)が、AIが生成した文章を「文学作品」や「原作」として扱わない、脚本家による作品をAI学習に利用しない、といった規制を要求したが、ハリウッドをはじめとしたメディア業界は拒否。脚本家たちによる大規模ストライキに発展した。
■リスクを正しく理解し、活用する力を培うべき
イラストを自動生成する画像生成AIも人気だが、中国ではゲーム会社が積極的に使うようになった結果、失職するイラストレーターが増えたと報道されている。
このようなAIによる職業への影響の波は、間違いなく日本にも訪れる。避けようとしても避けられないところまできているのだ。
世界はAI以前と以後とで大きく変わるだろう。今後、ChatGPTをはじめとしたAIの動向を無視して以前と同じように振る舞うことは難しい。
ところがまだ多くの保護者は、これまでスマホを禁じてきたように、AIを子どもから遠ざけるべきもの、禁止すべきものとしてとらえているようだ。しかしそもそも完全な禁止などはできないし、禁止は明らかな損失につながるのではないか。
アンケートで「よくわからない」「セキュリティが不安だから使いたくない」と答えた大学生たちも、いずれ仕事などでAIを扱う場面に遭遇することになる。
新しいものを怖がって避けていると、時代に取り残されるだけだ。既に多くの企業では積極的な活用を始めており、活用する力が求められている。これからを生きる子どもたち、若者たちには、利用するリスクを正しく理解したうえで、いち早くAIを使いこなす力を身に付けることこそが必要なのだ。
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成蹊大学客員教授
ITジャーナリスト。書籍、雑誌、webメディアなどの記事の執筆、講演などを手掛ける。SNSや情報リテラシー、ICT教育などに詳しい。著書に『ソーシャルメディア中毒』『できるゼロからはじめるLINE超入門』ほか多数。「あさイチ」「クローズアップ現代+」などテレビ出演多数。元小学校教員。
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(成蹊大学客員教授 高橋 暁子)
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