体からツンと腐った臭い、万年床にカビ…10年閉じこもり46歳兄の「年84万円収入」を段取った妹の見上げた執念
プレジデントオンライン / 2023年5月20日 11時15分
■10年前に無気力状態になり働くのをやめた46歳兄
ひきこもり状態が10年続いている兄(46)について相談したい。そのようなことで筆者の元に訪れた妹(44)から事情を伺うことになりました。
■家族構成
兄(46)無職 ひきこもり
父(78)年金生活者
母(75)年金生活者
妹(44)既婚。兄、家族とは別居。都内在住。
兄と両親は同居で長野県在住。
■収入
父 公的年金 月額 約16万円
母 公的年金 月額 約5万円
■支出
基本生活費など 月額 約19万円
■財産
両親の預貯金 合計3000万円
兄の預貯金 0円
自宅土地 500万円
妹は胸の内にある不安を口にしました。
「兄は36歳で仕事を辞めてからひきこもるようになり、もうすぐ10年がたちます。46歳になった現在も仕事をする様子はなく、一日のほとんどを自室の中で過ごしています。兄も両親(共に70代)も将来を不安視している様子はなく、何も行動を起こそうとしないのです」
「なるほど。それは心配ですね。お兄さまの今までの状況について、もう少し伺ってもよろしいでしょうか」
妹は、ひきこもりの兄について語り出しました。あらましは以下のようなものです。
兄は小さい頃、自分の思い通りにいかないと大声を出して怒りをあらわにし、自分の思い通りにさせるような子だったそうです。そのため、幼稚園や小学校では級友とのけんかが絶えませんでした。
お調子者の面もあり、小学校低学年の時、教室の窓から校庭に向かって放尿をしてしまい先生と両親に怒られたこともありました。本人に理由を問い詰めると「窓からおしっこをしたら気持ちいいだろうし、みんなも面白がると思ったから」と答えたそうです。
また、忘れ物も多く、学校の勉強は苦手。興味関心のないことは、たとえ大事な約束でも頭の中に入っていかず、約束を守らないこともしょっちゅうありました。
小さい頃は「少し変わった子」というキャラクターで何とか過ごしてこられましたが、年齢を重ねるにつれ、徐々にそれが通用しなくなっていきました。
社会人となった兄は仕事をしていた時期もありました。しかし、職場で上司から指示命令を受けてもその内容が頭の中に入っていかなかったり、優先順位付けができずに先延ばしにしてしまったりしてしまい、いつも叱責を受けていたそうです。そのため、どの職場でも仕事が長続きしませんでした。最終的には派遣会社に登録して仕事をするようになりましたが、2カ月程度の短期の仕事しかできなくなってしまいました。
徐々に自信を失くしていった兄が36歳になった頃。「同級生は出世したり家庭を持ったりして幸せな人生を歩んでいる。なんで俺にはそれができないんだ」と絶望してしまい、その後は仕事をすることもなく、自室にひきこもる生活になってしまったそうです。
現在、兄は家の外に出ることもなくなり、無気力状態になっているとのこと。両親と会話することもほとんどなく、自室にこもってばかり。自室は昼間でも厚手のカーテンを閉め、窓を開けて換気することもしないので、部屋はカビのような臭いが充満しているそうです。
布団も敷きっぱなしなので、汗や皮脂で布団にカビが生えていたこともありました。入浴もほとんどしておらず、体からは食べ物が腐ったようなツンと酸っぱい臭いがしています。臭いがあまりにもひどくなると、母親が何度も入浴するよう促し、兄はしぶしぶシャワーだけを浴びるとのこと。
身だしなみに気を使うこともなくなり、髪もひげも伸び放題。見かねた母親が床屋へ行くように促しても、兄は髪を切りに外出することはありません。気が向いた時にハサミを手にして自分の髪を切ることがあるようですが、切った後は段々畑のような頭になってしまうのでした。
当初は違和感を持っていた両親もだんだんと慣れてきてしまい、いつしかそのような生活が当たり前になってしまったのでしょう。妹は「両親が何か行動を起こすといった考えも浮かばないくらい感覚がまひしてしまったのではないか?」と感じるようになったそうです。
■怠惰で何もしないのではなく、精神疾患なのではないか
そこまで話した妹は、家族のお金についても触れました。
「両親の預貯金(3000万円)は、今までぜいたくもせずにコツコツとためてきた大切なお金です。ですので、そのお金は将来の両親の介護費用に充ててほしいと考えています。そうすると、兄の一生涯の生活費まではまかないきれないかもしれません。兄はこの先、仕事をして収入を得ることが難しそうなので、兄自身が貯蓄をすることも期待できません。このまま何もしなければ、親亡き後、お金が足りずに兄は生活ができなくなってしまうかもしれません。そこで『兄は障害年金が受給できないか?』ということも考えてみたのです」
妹は、以前から兄はただ怠惰で何もしないのではなく、何かの精神疾患なのではないかと感じていたらしく、今回筆者のところへ相談に来る前に、障害年金についていろいろと調べてみたようです。
すると障害年金の請求をするためにはさまざまな書類をそろえる必要があることが分かりました。病院で書いてもらう書類、本人または代理人が書く書類、どの書類にどのような記載をすれば障害年金の受給の可能性が高まるのか。妹では判断がつきません。夫に相談を持ちかけようとも考えましたが、それはやめました。
夫は兄がひきこもった当初、心配するそぶりを見せていました。しかし、何年たってもひきこもり状態が改善しなかったため、夫は「わが子に悪影響を与えてしまう。もう義兄とは一切係わりたくない」と言い放ち、兄家族と接点を持たないようになってしまったからです。そのようなこともあり、夫も頼りになりません。
「はたして私(妹)一人で請求までこぎつけることができるのか?」
協力者が誰もいない妹は強い孤独を感じ「誰かに協力してほしい」と思っていたところ、筆者にたどり着いたそうなのです。
そこまで話を聞いた筆者は、妹に質問をすることにしました。
「事情はよく分かりました。障害年金の請求に向けて最初に確認することは『初診日がいつなのか?』ということです。初診日とは『その障害で初めて医師等の診療を受けた日』をいいます。お兄さまの場合、初診日はいつ頃なのでしょうか?」
すると思いがけない答えが返ってきました。
「兄は今まで一度も精神科や心療内科などの病院を受診したことはありません。これから病院を受診してもらおうと思っているのです」
「なるほど。そうなのですね……」
いくらきょうだいとはいえ、ひきこもり当事者を説得し病院に受診させることは容易ではありません。果たしてうまくいくものだろうか。筆者の心の中には一抹の不安が浮かんでいました。
すると妹は筆者の気持ちを察したかのか、次のように言いました。
「これから兄を説得し、何としてでも病院を受診してもらおうと思っています。私が何とかしますので、障害年金について教えくださいませんか」
妹は決意のこもった目で筆者を見据えました。そこからは妹の並々ならぬ覚悟が伝わってきます。
「分かりました。それでは、まず障害年金の請求に向けてクリアすべき3つのポイントから確認していきましょう」
筆者はそう答えました。
■障害年金を受給できれば月約7万円の収入になる
① 初診日の証明
② 保険料の納付要件
③ 障害等級表に定める障害の状態にあること
上記3点について、筆者は妹とひとつずつ確認をすることにしました。
「一番目は初診日の証明です。初診日の証明は、原則、病院で書いてもらう書類(受診状況等証明書または診断書)で証明します。お兄さまはこれから初めて病院を受診されるとのことなので、その病院で初診日の証明書を入手することになります」
妹は黙ってうなずきました。
筆者は説明を続けることにしました。
「二番目は保険料の納付要件です。保険料の納付要件をざっくりいうと『初診日の前日時点で、公的年金の未納期間が多すぎないか』というものです。具体的には次の通りです」
■原則
初診日の前日において、初診日がある月の2カ月前までの被保険者期間で、国民年金の保険料納付済期間(厚生年金保険の被保険者期間、共済組合の組合員期間を含む)と保険料免除期間を合わせた期間が3分の2以上あること。
■特例
初診日が令和8年3月末までにあるときは、次の2つの条件に該当すれば、保険料納付要件を満たすものとする
①初診日において65歳未満であること
②初診日の前日において、初診日がある月の2カ月前までの直近1年間に保険料の未納期間がないこと
妹からの聞き取りによると「兄は36歳で仕事を一切しなくなってから現在まで、父親が国民年金の保険料を支払ってきた」とのことでした。それであれば、少なくとも特例の方で保険料の納付要件はクリアできることになります。
三番目は障害等級表に定める障害の状態にあることの確認です。
「障害年金は、原則、初診日から1年6カ月たった時に請求できます。この1年6カ月たった日を障害認定日といいます。この障害認定日に、障害等級表に定める障害の状態にあることが重要です。精神疾患の場合、医師の書く診断書と本人または代理人が書く病歴就労状況等申立書(日常生活の様子を記載する書類)の内容で、障害年金の受給の可否が判断されます」
「なるほど。診断書と病歴就労状況等申立書が大事なのですね」
筆者は、最後に障害年金の金額についても説明することにしました。
「初診日に加入していた公的年金は国民年金になるので、障害基礎年金を請求することになります。障害基礎年金は1級と2級があり、より障害状態が重い方が1級となります。仮に障害基礎年金の2級に該当した場合、金額は月約7万円、年約84万円になります」
障害年金生活者支援給付金 月額5140円
合計 7万1390円
筆者は合計金額の所に指で丸を描きました
「親御さんと同居している間、障害年金約7万円のうち6万円を貯蓄していったとします。仮に、父親が93歳、母親が90歳、ご本人が61歳になる15年後まで貯蓄できたとすると、月6万円×12カ月×15年=1080万円になります。このお金とご両親が残したお金を合わせれば、親亡き後の生活費も何とかなるかもしれません」
「月約7万円の収入は大きいですよね。兄と両親に金額の話も伝えようと思います」
「何はともあれ、まずはお兄さまが病院を受診するところから始めなければなりません。通院は月に1回程度で構いませんので、定期的に続けるようにしてもらってください。初診日から1年6カ月過ぎた日に障害年金が請求できますから、その2カ月くらい前から書類の準備をしていきましょう。もしよろしければ私もお手伝いいたします」
「それはとても助かります。大変心強いです」
妹はほっとした表情になりました。
■受診をやめたら15年で1000万円超が入らなくなる
筆者との面談後、妹は休日を利用して兄家族の実家を訪れ、障害年金の話をしました。しかし兄からは「何をやってももう遅い。病院を受診するのは面倒くさい。もう放っておいてほしい」といった返事が返ってきました。
また、両親も「障害年金を受給するのは難しいのではないか?」といった反応を示し、なかなか思うようにいきません。
それでも妹は諦めませんでした。その後も何度も実家を訪れて兄と両親を説得。時には何時間も議論をすることもあったそうです。妹の熱意が伝わったのか、兄はしぶしぶ病院を受診することを了承。妹が事前に調べていた精神科を受診することになりました。
初診の際には妹も同席し、医師に今までの経緯を説明。すると医師からは「うつ病の他に発達障害の疑いもありそうですね」との診察結果が言い渡されました。医師からのアドバイスで、通院は最初のうちは2週間に1回、しばらく様子を見て大丈夫そうなら月に1回とすることにし、治療は服薬とカウンセリングを行うことになりました。
「無事、病院を受診することができた」
妹がほっと胸をなで下ろしていたのも束の間。思いがけない出来事が起こってしまったのです。それは3回目の通院の時。兄は病院に連絡することもなく、受診を急遽取りやめてしまったのです。通院当日は雨が降っており、どうしても気分が上向かず、外出が面倒になってしまって通院したくなかったとのこと。さらに悪いことに、兄も両親も予約の取り直しをしていないというのです。これでは、月7万円(年84万円)の障害年金を受給できるのに、できなくなってしまうかもしれません。先ほど計算したように、15年で1000万円超の“収入”がフイになってしまうのです。
これに対して妹は腹立たしさと情けなさの気持ちがあふれ出てしまい「もうどうでもいい」と投げやりな気分になりました。しかし、すぐさま「こんなことで諦めてしまってはいけない」と気持ちを切り替え、妹が病院に連絡を入れて謝罪するとともに予約を取り直し、有給休暇を取得して兄を病院まで連れて行くことにしました。その後、妹は休日を利用して実家を定期的に訪れるようにしました。
妹の情熱が母親にも伝わったためか、母親にも変化が出てきました。兄の服薬に関しては、当初は兄本人に任せていましたが、1週間に半分程度は飲み忘れてしまっていたそうです。それを知った妹は母親に手伝ってもらうようお願いし、母親が薬と水を用意するようになりました。
兄に通院の意識を持ち続けてもらえるよう、母親にお願いをして次の通院日をカレンダーに大きく書いてもらい、さらに通院日を書いたメモ用紙をリビングの壁に貼ってもらうようにしました。通院日が雨の日は、お金がかかってしまいますが、タクシーで病院まで行くうようにしました。母親の協力もあり、兄は何とか通院を続けることができました。
そして初診から1年4カ月が過ぎた頃。妹と筆者は障害年金の請求に向けて、まずは二つの書類を準備していくことにしました。
一つ目の書類は医師に見てもらうための参考資料です。参考資料には、兄の日常生活の困難さを記載していきます。例えば、自分で食事の用意ができるかどうか、食欲はあるか、入浴はどのくらいの頻度か、自室の掃除はできるか、金銭管理はできるか、社会との接点はどのくらいあるのか、契約能力はどのくらいあるのかといったようなことを具体的に記載していきます。この参考資料を医師に見てもらい、可能な範囲でその内容に沿った診断書を作成してもらえるようにします。
二つ目の書類は病歴・就労状況等申立書です。この書類は本人または代理人が作成します。兄には発達障害があるとのことなので、病歴・就労状況等申立書は生まれた時から現在までの日常生活の様子や当時の学校での様子を記載していくルールとなっています。
■障害年金受給に結びつけた妹の苦労と情熱
二つの書類の説明を終えた筆者は、妹に言いました。
「参考資料および病歴・就労状況等申立書は私(筆者)の方で作成します。妹さまにお願いしたいことは、お兄さまやご両親から当時の様子を聞き取っていただき、その内容を私にお伝えいただくことです」
「分かりました。兄や両親から聞き取って、そのエピソードをまとめておきます」
その後、妹からエピソードを聞き取った筆者が参考資料を作成。参考資料を妹から医師に渡してもらい、無事、兄の現状をふまえた診断書を入手することができました。さらに筆者はその他の必要書類もそろえ、障害年金の請求を完了させました。
請求から3カ月が過ぎた頃。妹から報告がありました。
「おかげさまで障害基礎年金の2級が受給できたとの通知が届きました。一時はどうなるものかと不安でいっぱいでしたが、何とかなりました。弟も収入を得られるようになり、少しは気持ちが安定したようです。この度はご協力いただき、どうもありがとうございました」
妹はうれしそうな声でそう言いました。
妹には自分の家庭があり、子育ても仕事もしています。目まぐるしい毎日を送っている状況のなか、兄と両親を説得し、兄を病院に受診させ、時には通院に同行し、障害年金の受給にまで結びつけた。その妹の努力や苦労は計り知れません。苦難にもくじけずに情熱を絶やさなかった妹に対し、筆者は尊敬の念を抱かずにはいられませんでした。
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社会保険労務士・ファイナンシャルプランナー
平成23年7月に発行された内閣府ひきこもり支援者読本『第5章 親が高齢化、死亡した場合のための備え』を共同執筆。親族がひきこもり経験者であったことからひきこもり支援にも携わるようになる。ひきこもりのお子さんをもつご家族のご相談には、ファイナンシャルプランナーとして生活設計を立てるだけでなく、社会保険労務士として利用できる社会保障制度の検討もするなど、双方の視点からのアドバイスを常に心がけている。ひきこもりのお子さんに限らず、障がいをお持ちのお子さん、ニートやフリータのお子さんをもつご家庭の生活設計のご相談を受ける『働けない子どものお金を考える会』のメンバーでもある。
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(社会保険労務士・ファイナンシャルプランナー 浜田 裕也)
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