会議中に「子供のお迎えなので帰ります」日本とは全然違う…フランスの医師が"5週間のバカンス"を取れるワケ
プレジデントオンライン / 2023年5月25日 9時15分
※本稿は、髙崎順子『休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■休暇取得の時期を定め、仕事を段取りする
「ひと」を相手にする医療福祉の職業の休暇取得事例を見ていきましょう。
医療福祉には、児童福祉、障害者福祉、社会福祉、高齢者福祉、医療などの分野があります。養成課程と資格取得を必要とする専門職ながら、日本では人手不足と不規則な労働時間などにより、働き方がハードで過重労働が常態化しているイメージがあります。
フランスでも、医療福祉分野では常に人手不足が懸念されています。それでも各業界でそれぞれやり方を変えて、年次休暇の取得義務を果たしながら仕事を回しています。
たとえば保育園のように通園児童の生活拠点が家庭にある施設は、8月の1カ月間など決まった期間に施設全体を閉めてしまい、従業員全員に同時に休みを取得させます。親達は保育所の休園日に合わせて仕事を休み、社会もそれを許容しています。
児童養護施設やDVシェルター、ホームレス受け入れ施設など、困窮にある人々の生活拠点になっている施設は、このような一時休業ができません。支援の継続性と従業員の休暇取得の折衷案として、居住者の日常生活に支障を出ない範囲のルーティンを維持し、急を要しない支援(行政手続きや健康診断など)は、支援担当者の休暇取得期間の前後にずらして行うそう。たとえば未成年外国人に住居と生活支援を提供している非営利団体では、従業員の「休暇取得期間」と「同じ部署で一度に休暇を取得できる人数」を狭く設定し、半年前から業務調整を行っているといいます。
方法は違えども、「休暇取得の時期を定め、仕事を前もって段取りする」との考え方は、他の業界でも共通しています。
■「5週間休める働き方」をする外科医師
医療福祉分野の方々へのインタビューで印象的だったのは、公立総合病院に勤める外科医師と、私立総合病院の集中治療室で働く看護師のお話でした。どちらもしっかり法定の休暇日数を取得し、かつそれが個人の特殊ケースではなく、勤務先の職場みんなのスタンダードになっていました。
お話を伺ったこのお二人は、日本の総合病院での勤務経験を持ち、フランスでその「休める働き方」を実践している日本人です。フランスは日本と類似の国民皆保険制度がありますが、その体制や医療へのアクセスは、日本とまた異なっています。私自身が医療従事者ではないこともあり、医師・看護師の実例取材は、日本の現場を良く知る人にお願いしたく、日本人・日本での勤務経験を持つ方を探しました。
そのお二人から見た医療現場での「5週間休める働き方」は、優劣の判定なく日仏の違いを教えてくださり、多くの示唆に富んでいます。この記事では、外科医師のお話をご本人の語り口調でお伝えしますね。
■ボスも「5週間の年次休暇」を消化している
公立総合病院 脳神経外科医 Aさん
日本勤務歴12年間、フランス勤務歴3年間
日仏の大学病院間の協定で、研修医(レジデント)として派遣されていますが、実質的には専門医(チーフレジデント)として働いています。大学病院の常勤教授のもとに配置され、当直はなし。契約は「公立医療職の労働協約(IDCC5022)」に準じ、残業込みで週平均55時間ほど勤務しています。
うちの病院では、常勤教授の手術は毎週火・水・金曜日にやると決まっていて、脳神経外科全体の予定手術は毎日2〜4件ほどで組まれています。平日は朝のカンファレンス(会議)から始まり、外来と入院患者の回診。木曜日は主にデスクワークの日です。
年次休暇は法定通りの5週間で、私以外もみな、消化しています。ボスの教授もです。3連休も休むのが難しい日本の状況とは違いますね。なぜフランスでは可能なのか。それは、日常の働き方を見ると理解できます。
■分業が徹底していて、雑務が少ない
まずフランスの勤務医は、とにかく雑務が少ない。それは医師・看護師以外のスタッフとの分業が徹底しているから。常勤医になると基本的に、仕事は手術・外来・病棟診察・カンファだけで、それ以外の事務仕事、紹介状や書類関係の書類もすべて秘書が担います。外来と手術のスケジューリングも、カレンダーアプリを使って秘書が管理し、検査オーダーや結果の受け取りも秘書がします。常勤教授には一人につき一人、専門医には二人につき一人、秘書がつきます。
専門業務以外の分業は、看護師でも同じです。手術室の清掃や手術道具の消毒を行うのは日本のように看護師ではなく、他に専門の人員がいます。手術室から病室に患者を移送するのも、力自慢の専用人員が2、3人いる。院内業務の分業が、医師と看護師以外の多くの人員に担われているのです。
■日本のような担当医制ではなく完全当番制
そうして雑務を少なくした上で、フランスは外来も手術も入院中の診察も、完全当番制で行います。執刀担当医はもちろんいますが、その先生が術後にも主治医として病棟を回診するとは限りません。回診は主に研修医が担い、「今週は君が3階病棟、来週は5階病棟の担当ね」と週替わり・入れ替わりで当番を割り振られます。患者さんもそれを分かっているので、執刀医を求める人はあまりいません。
教授クラスの外科医になると「この先生に執刀してもらうために」と病院を選ぶ方も多いので、回診中に「教授と話したい」との要望を受けることもあります。ですがそれも「教授は今多忙なので伝言しますよ」と言えば、深追いされることはほぼないです。
土日の当直も完全当番制で、専門医と研修医がコンビで担当します。まず研修医が診察し、手術が必要であれば専門医が執刀、難しいケースは教授に連絡が行きますが、それも電話の指示程度で、教授が当直に来ることは珍しいです。
日本は主治医が診察から執刀、手術後の回診も担う担当医制ですね。私もその中で学び経験を積んでいるので、治療の継続性やカルテの引き継ぎなどで担当医制の良さは実感しています。が、治療のゴールという点では、当番制もそこまで大きな違いは感じません。チームで担って「この病院ではどの先生が回診に来ても同じ治療になる」と患者さんに感じてもらえたら良いのだと思います。
■救急対応は6つの大学病院が輪番制で対応
もう一つの違いは、集約化です。たとえばパリ圏では、重篤なケースの救急対応を6つの大学病院で日替わり輪番する連携体制「グランド・ギャルド(大当直)」があります。救急対応も集約化しているんです(*1)。各病院は6日に一度の担当日の当直日に人員を多く配置し、24時間体制で救急車を受け入れる一方、残りの5日間の当直はより少ない人員配置で回せる。集約化は医療アクセスの距離が伸びる面もあるので、良いことばかりではありませんが、医療側としては余力を作れる方法です。
少し話が逸れますが、フランスの脳神経外科の専門医は数にして日本の10分の1以下で、その分、手術できる先も集約化されています。たとえば私がこちらで教授について修業している脳外科手術は、今の病院では年間200〜300件くらい行っています。日本の勤務先では同じ手術の実績は年間50ほど。同じ都道府県内にある、別の総合病院に分散していたんですね。
フランスでは1カ所の病院で手術経験を豊富に積めるので、ある領域に傑出したスター外科医を育てやすいとも言えます。ただそうして専門性に特化していく半面、専門以外の一般的な手術に関しては、日本の医師のほうが対応力が高いと感じます。
■「誰かの不在が、誰かに負担をかける」ことが起こりにくい
最後に、働き方の違いをもう1点。フランスの同僚の勤務医はみんな、自分の仕事が終わったらさっさと帰る。日本だと上司の医師がいたら自分の仕事が終わっても帰宅しづらい……ということがありますが、フランスではそれは全くないです。会議中でも「子どものお迎えの時間だから帰ります」と、19時頃に医師が抜けていきます。上司の教授がいても「あ、また明日ね。お疲れさん」で済んでしまう。そのへんがサクッとしているのは良いですね。
このような仕組みやスタンスで回っているので、フランスの病院では、「誰かの不在が、残った誰かに負担をかける」ということが起こりにくくなっています。
だからでしょう、フランスの勤務医は研修医も専門医も常勤医も、教授クラスでも、数週間のバカンスを取得できます。医師のバカンス次第で手術の日程が変わるのはよくあることですし、それは開業医のほうも同じと聞きます。患者さん達も、執刀医が学会やバカンスでいないとなっても「あ、そうなの。じゃあ仕方ないわ」と。医師であっても、ちゃんとバカンスを取って休暇を楽しむのが当たり前なんです。9月に病院に戻ると、患者さん達も「きれいに日焼けしたね。バカンスをしっかり楽しめて良かったね」と明るく会話をしてくれます。
■バカンス後は「遊んだから仕事しなくちゃ!」と思える
私自身もフランスで働くうち、バカンスが仕事に必要なメリハリと考えるようになりました。今では春先あたりから、夏を楽しみに働くようになっています。4週間、家族としっかり遊んで、バカンスが終わると「だいぶ遊んだから仕事しなくちゃ!」と思える。
日本で働いていた経験を振り返ると、担当医制は、医師個人への負担がどうしても大きくなってしまうと感じます。業務量的にも、患者さんとの精神的な関係や責任面でも。担当医制は患者さんと医師の信頼関係が密に築けますが、その関係が深くなりすぎる危険もあります。
2024年からは日本でも、医師の働き方改革が始まります。「休まない・休めない・休みにくい」日本の医師の働き方を考えるために、フランスで私が経験した当番制や分業の考え方が何か役に立てればと、インタビューに協力しました。
■医療以外の業務スタッフとも分業し、雑務を減らす
■当番制で「チームの誰がやっても同じゴールの治療」をする
■誰かの不在が同僚の負担にならない仕組みを作る
出典
*1 パリ公立病院連合(通称AP-HP)の救急専門対応について 2023年3月閲覧
Assistance Publique - Hôpitaux de Paris, “Pour les professionnels : les urgences spécialisées qui nécessitent d’être adressées par un médecin”, consulté en mars 2023
Hôpital Lariboisière, “Accueil de la Grande Garde de Neurochirurgie”, consulté en mars 2023
AP-HPの一つ、ラリボワジエール病院の脳神経外科では、6日に1日の「大当直」の日に以下の医療者を24時間体制で配置し、イル・ド・フランス県の脳神経急患を受け入れている。
脳神経外科医2名、手術室神経放射線科医1名、脳神経外科研修医2名、同非常勤医2名、麻酔医2名、上級蘇生医1名、蘇生研修医1名、看護師2名、看護助手1名、手術室専門看護師2名、麻酔看護師1名
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ライター
1974年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、都内の出版社勤務を経て渡仏。書籍や新聞雑誌、ウェブなど幅広い日本語メディアで、フランスの文化・社会を題材に寄稿している。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)、『パリのごちそう』(主婦と生活社)などがある。
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(ライター 髙崎 順子)
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