「ミニトマトの生産性は全国平均の4倍」じつはトマト嫌いの社長が売上9割減の家業を立て直すまで
プレジデントオンライン / 2023年5月24日 8時15分
■家業の農業を継ぐ気がなかった
三重県津市の浅井農園は近年、急成長を遂げて、国内外から注目されている農業法人だ。現在、グループ企業も合わせた従業員数は約500人。ミニトマトの生産が主力で、2023年のミニトマトの予想収穫量は約3000トンと、日本の農業法人では、トップクラスの規模を誇る。
同社中興の祖ともいえるのが、11年に就任した浅井雄一郎社長である。同社は明治40年(1907年)創業の老舗で、浅井社長は5代目に当たる。ところが、浅井社長は当初、「家業を継ぐつもりがなかった」と明かす。
「高校生の頃まで農業はカッコよくない、家業を継ぎたくないと思っていました。関西の私立大学に進学したんですが、農学部ではなくて、理学部で化学を専攻しました。すると、大学1回生の夏休みに、農産関係の米国企業のインターンとして『3カ月間の研修を受けてみないか』と、父に勧められたんです。海外に興味があったので、軽い気持ちで参加してみました」
その米国研修が、浅井社長の運命を変えた。研修先は米国北西部、ワシントン州シアトルの種苗会社。見聞きするすべてが新しかったが、何よりも驚いたのは、家族経営の日本の農業とは違って、米国の農業が“産業化”されていたことだった。
「そして、米国の農業に憧れると同時に、日本の農業に危機感を抱きました。ウチの農園も、日本の農業も、ビジネス、産業にしていかなければ、と痛感しました。父にうまく乗せられて、すっかり就農する気になったわけです」
■家業はピーク時の1割程度に縮小
とはいえ、浅井社長は大学卒業後、すぐには農業を継がず、経営コンサルティング企業に就職し、さらに環境エネルギー関連のベンチャーに転職、「他人の釜の飯」を食べて武者修行を重ねた。結婚を機に実家に戻ったところ、父は「後はお前の好きなようにやれ」と、経営の一切を任せてくれた。
しかし、浅井社長は重大問題に直面する。浅井農園の経営が、予想以上に悪化していたのだ。サツキ、ツツジといった花木生産がメーンで、公共工事の植栽などでかつては需要も大きかったのだが、実家に戻った08年頃には売り上げが最盛期の1割程度にまで落ち込んでいた。
「実態を知ったときは、目の前が真っ暗になりましたが、何か手を打たなければ、もう先がありません。そんなとき、閃いたのがミニトマトの栽培でした」
■異色の農業を科学することに挑戦
浅井社長は実家に戻る前、ベンチャー時代に知り合った静岡県の企業の経営を手伝っていたが、その企業が新規事業としてミニトマトの栽培を手がけていたのだ。
「もともとトマトが好きじゃなかったんです。ところが、その会社のミニトマトは、甘くておいしかった。品種選びや栽培方法を工夫すれば、トマト嫌いの人でも食べられるトマトができる。チャレンジのしがいがある仕事だと、考えたんです」
早速、花木の苗木育成用の空きスペースを転用して、ミニトマトの栽培を始めた。試行錯誤の末、やっと「おいしい」と言えるトマトが実ったのだが、収穫量が少なく、費用がかかりすぎて、採算割れした。それでは、事業化など到底おぼつかない。
「農業には経営コンサルなどの経験がまったく通用せず、自信を失いかけました。そうしたなかで誰も手を付けてこなかった“農業を科学する”ことに、事業化の成否を賭けてみようと思い至ったのです」
■最適な環境を整えれば収穫量は最大化できる
浅井社長によると、農業における生産性は、品種の選定、その品種の能力を最大限引き出す生産管理技術の2つによって決まる。植物は実に正直で、最適な生育環境を整え、最適なタイミングで栽培管理を行えば、収穫量を最大化できることが、すでに科学的に実証されている。しかし、熟練の農家は、経験と勘に基づいて農作業をしてきたので、その最適解が個人の“暗黙知”としてしか存在していなかった。他者が共有できる客観的なデータは、どこにもなかったのだ。
「そこで、まず“標準化”を目指しました。どんな条件で、どういった農作業をすればいいのかというデータと理論があれば、質のいい農作物を安定的に、しかも、効率的に低コストで生産できると、仮説を立てたわけです」
清水の舞台から飛び降りる思いで持っていた資金を叩き、10年に農業先進国であるオランダから「複合環境制御システム」を導入。センサーの設置によって、ハウスの温度や湿度、CO2(二酸化酸素)濃度といったトマト栽培に関わる、さまざまな環境データの集積から、まず着手した。「収穫の結果と照合すれば、どんなファクターが、トマトの生育に好影響を与えたのかがわかります。今度は、そうしたデータをフィードバックして、トマトの生産に生かせばいいわけです。言い換えれば、農業の“見える化”による生産改善です」
■栽培ノウハウの最適解を5年で手中に
浅井社長は地元の三重大学大学院に入学し、トマトのゲノム育種の研究にも取り組んだ。約6年間在籍し、16年には博士号を取得。自身が「科学的な農業」に携わるための「リスキリング」であり、外部の研究拠点との交流を通じて、幅広く知見や人材を集めるためでもあった。現在標榜している「研究開発型の農業カンパニー」の実現に向けて、動き出していたわけだ。
農業の見える化が「第1フェーズ」だとすれば、「第2フェーズ」ではデータの解析の進化に取り組んだ。その結果、「PDCAサイクル」がうまく回り始め、事業開始から5年ほどで、トマト栽培の最適解を手に入れることができた。そこで、実だけでなく、葉や茎も含めたトマト全体の生育状況を把握したりするなど、見える化の精度をさらに高めていった。一方で、タブレット端末での作業指示、動画マニュアルの作成によって、パートの新入社員でもすぐに農作業をこなせるようにするなど、労働生産性の“平準化”にも取り組み始めたのだ。
■デンソーが自働化の共同パートナー
さらに現在、「第3フェーズ」として、農業の自働化にも取り組む。4年前から4.2ヘクタールの実験ハウスで、トヨタグループのデンソーと合弁会社を設立しての共同実証をスタート。そのなかでは、産業用ロボットによるトマトの自動収穫、無人運送システムによるトマトの実や葉の搬出などのテストを行い、実装段階に入っている。
「とりわけ、重労働だったトマトの収穫や運搬作業が減り、労働時間を大幅に短縮できました。一方で、単位面積当たりのミニトマトの収穫量も全国平均に比べて4倍になり、それだけ農業生産性を高められたわけです。トマトは日照量の長い夏には冬の2倍収穫できるため、季節による作業量のバラツキが必然的に大きくなります。ロボットと手作業をうまく組み合わせることで、対応できるようになるのではないかと期待しています」
ちなみに、農林水産省の「2002年産野菜出荷統計」によると、ミニトマトの10アール当たりの全国平均の収量は5.88トンである。
■トマトの根を地上高1メートルにするわけ
とはいえ、自然の産物を扱う現場の作業を100%自動化するのは無理で、どうしても人材の確保が必要になる。「そのなかでも弾力的な作業のシフトのことを考えると、パートの主婦などを含めた女性従業員が戦力の主体になってきます」と浅井社長は言う。実際に、同社の従業員の約90%を占めるのが女性だ。そして、彼女たちから寄せられた要望に耳を傾けながら、働きやすいシステムに切り替えてきた。
「フルタイムの正社員とパートの中間として、“フレキシブル社員”という雇用形態を3年前に設けました。育児や家族の介護といったライフスタイルに応じて、『週4日勤務、1日6時間労働』といった具合に、働き方を自分で選べる仕組みを導入しています。子どもが大きくなって手がかからなくなったら、フルタイムに移行することもできます。女性従業員からは好評で、採用にも苦労していません」
そうした女性従業員が働きやすい現場にしていくための改善にも余念がない。通常のトマトの収穫は、かがんだ姿勢で行うため、どうしても腰が痛くなってしまう。ミニトマトを水耕栽培している浅井農園では、根の高さを地表から1メートルほどに持ち上げて、そこから茎を伸ばしている。なぜなら、腰をかがめなくても収穫ができるようになるからなのだ。当然、生産性のアップという副次効果も得られる。
■変わらぬ農業変革への探求
一方で、全国のスーパーに「プライベートブランド用」のミニトマトを直接納入するなど、生産販売一貫のバリューチェーンを構築しているのも、ほかの農業法人とは異なる浅井農園の特徴だろう。中間マージンを省くことで適正利益を確保しつつ、価格競争力も維持できる。また、生産と販売との間の情報共有をはじめとするDX(デジタルトランスフォーメーション)化を進めることで、出荷ロスの低減につながっていく。そうしたことで、積極的な研究開発に回せる原資を確保でき、さらなる成長の芽がぐんぐん伸びていく。
「当社のノウハウを水平展開すれば、さまざまな地方の、さまざまな農作物の生産性を、劇的に高められるでしょう。ただし、自動化やDX化はあくまでも手段。真の目的は、日本の農業を変革し、国民の食生活を守ることです」
大きく変貌した浅井農園だが、浅井社長の夢は、学生時代から微動だにしないようだ。
(ジャーナリスト 野澤 正毅)
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