「飲み水を使い切って不安になった」と救助要請…登山客から次々舞い込む "呆れた110番・119番通報"の中身
プレジデントオンライン / 2023年6月2日 15時15分
※本稿は、羽根田治『山のリスクとどう向き合うか 山岳遭難の「今」と対処の仕方』(平凡社新書)の一部を再編集したものです。
■コロナ禍以来、3年ぶりに登山者数が戻ってきた2022年
2022年、新型コロナウイルス感染拡大防止のための行動制限がなくなったことで、休業を続けていた南アルプス南部の山小屋は3年ぶりに営業を再開し、富士山も前年に続いて山開きを行った。
登山地図アプリを運営するヤマップが利用者を対象とした調査では、この年の7月~8月に登山のために移動した距離は、コロナ禍前と同じ水準にまで回復しており、登山者の動きが活発になったことがうかがえる。
都道府県別の登山者数は、富士山や日本アルプスなどの高い山を訪れる登山者が増えたためか、前年と比較して山梨、長野、静岡の3県で最も増加した。ただし、標高2500メートル以上の山を訪れた登山者は、前年を上回ったものの、コロナ禍前の水準にはもどらなかったという。
また、長野県警が発表した夏山期間中(7月1日~8月31日)の山岳遭難の発生状況によると、北アルプスをはじめとする各山域で、天気のいい週末を中心に多くの登山者で賑わったが、遭難発生件数100件、遭難者110人で、コロナ禍でいずれも最多となった。遭難者のほとんどは県外者であり、山域別に見ると北アルプスや八ヶ岳など標高の高い山での遭難が約9割を占める。事故要因については転倒が3割強と最も多く、3割を占めた疲労・病気がそれに続いた。
■コロナ禍以降、経験も体力も足りない人たちの事故が増えた
従来と違っていると感じるのは、コロナ禍になってからは、経験の乏しい登山者や体力不足による事故が増えているように感じることだ。コロナ禍の影響による自粛下で、三密を避けるレジャーとして、今まで山に登ったことのない人たちが登山をはじめたことが、その背景にある。また、長らく自粛を強いられて運動不足に陥っていた人たちが、自粛解除となって登山を再開したことも一員だろう。
とくに2022年は、ちょっと呆れてしまうような遭難事故が多く目についた。
たとえば4月22日、香川県さぬき市にある標高788メートルの矢筈山に登った50代の男性が「山に登って下りられない」と警察に救助を求めてきた。登山が趣味だというこの男性、翌日にはケガもなく救助されたが、なぜ下りられなくなったのか、自力でどうにかできなかったのか、不思議で仕方ない。
■タクシーを呼べる場所で救助要請を出したソロキャンパー
福岡県宮若市の犬鳴山(標高584メートル)では5月28日、友人3人と入山した73歳男性が行方不明となり、2日後にボランティアの捜索者に発見されるという事故が起きた。男性は犬鳴山に登頂後、仲間と別れて近くの西山に向かったが、こもの峠付近で仲間のひとりと合流したのち、「疲れたからここで救助を待つ」といって、山中に留まり続けていたのだった。
9月4日には、伊豆・達磨山(標高982メートル)の風早峠付近でソロキャンプをしていた50代の男性が、「水分がなくなったので助けてほしい」と消防に連絡し、助けられるという騒動もあった。男性は、準備してきた飲料水を使い切ってしまい、不安になって救助を要請したとのことだが、現場はすぐそばを西伊豆スカイラインが通っているところで、救助を要請するのではなく、タクシーを呼べば済むことだった。
■「疲れて歩けない」「ライトがつかない」呆れた富士登山客
そしてとりわけひどかったのが富士山だ。2022年夏の富士山では、ほぼ毎日のように事故が起きた。そのいくつかを次に記す。
・7月18日 男性と2人で富士山の御殿場ルートを下山していた26歳の女性が、できた靴擦れを庇いながら歩いていたところ、ほかの箇所も痛めてしまい、歩けなくなって救助を要請した。警察と消防に無事救助される。
・7月26日 午後10時前、中国籍の28歳の男性単独行者が、「富士山を登山中に道に迷った。辺りが真っ暗でどこにいるかわからない」と救助を要請。携帯電話のGPS位置情報により、男性は御殿場ルートの登山道上にいることが判明し、出動した救助隊といっしょに下山した。ライトは携行していたが、点灯しなくなってしまったという。
・7月29日 単独の70歳男性が、御殿場ルートを下山中に「疲労で動けない」と110番通報し、出動した救助隊員に付き添われていっしょに下山した。男性はその後、自力で帰宅した。
・8月8日 子供2人と須走ルートから山頂を目指した40歳男性が、九合目付近で登頂を断念して下山する途中、両膝が痛くなって歩けなくなり119番に通報。連絡を受けた警察が、山小屋などに物資を上げる民間ブルドーザーの出動を依頼し、男性を救助した。
・8月28日 単独の66歳男性が富士宮ルートを元祖七合目まで登ったのち、体調が悪くなったため下山を開始。新七合目まで5時間かけて下山したものの、長時間雨風にさらされたため低体温症に陥り、救助を要請した。男性は救助隊員によって担架で運ばれたのち、病院に搬送された。
・8月29日 富士宮ルートを下山していた4人パーティのなかの61歳女性が、元祖七合目付近で岩の間に左足を挟み、足首を捻る。女性は防災ヘリで救助され、病院に運ばれた。
以上はほんの一例であり、「疲れて歩けなくなった」「転んでケガをした」「寒くて動けなくなった」といった救助要請が、次々と警察や消防に舞い込んだ。それぞれの事例の詳細がわからないので、もしかしたらやむをえない事情があったのかもしれないが、報道をみるかぎり、お粗末な印象を拭えない事例が多すぎる。富士山の遭難救助では、前出のブルドーザーの使用が見込めるという利点はあるものの、こんな状況では警察や消防はたまったものではないだろう。
■台風が近づく中で上がってくる登山客に山小屋管理人が苦言
富士山にかぎらず、2022年の遭難事例を見ると、山の基本を知らない、そして自分の体力・技術レベルを把握できていない人たちによる遭難事故が目立っているように思う。それを改めて感じたのが、SNS上で論議を呼んだ、南アルプス南部にある赤石岳避難小屋の管理人の投稿だ。
![富士山の登山者](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/e/1200wm/img_be00fafb0488dad9a0d19581087321111700598.jpg)
発端は、8月16日、管理人がツイッターで登山者に対して苦言を呈したことだった。現地では台風8号の影響でずっと悪天候が続いており、管理人はずっと天気予報の情報を流し続け、注意喚起を促していた。それにもかかわらず、山には次から次へと登山者が上がってきた。管理人はその様子を写真に写し、次のコメントとともにツイッターに投稿した。
〈ぞくぞく避難してきます。遭難一歩手前の登山者ばかりです〉
〈これからぞくぞく来るでしょう。何日も前から情報を発信してますが、今、山を歩いている方たちは天気予報を見ているのかと疑ってしまいます〉
管理人には、「危険を回避してほしいから、何日も前から情報を発信しているのに、なぜ強引に突っ込んできてしまうのだろう。ちゃんと天気予報をチェックしてほしい」という思いがあったという。
■悪天候下の高山で行動するリスクを本当にわかっていたか
この投稿に対し、同意の声が上がる一方で、「避難小屋って避難するためにあるんじゃないの?」「山の天候は変わりやすいからなあ」といった批判のコメントも多く寄せられた。
赤石岳避難小屋に続々と逃げ込んできた登山者が、それぞれどれぐらいの登山経験があり、どの程度の力量だったのか、実際のところはわからない。
ただ、事前のリスクマネジメントとして天気予報をチェックするのは当たり前であるし、悪天候の予報だったら計画を中止・変更するのが賢明な判断だろう。もちろん、力量のある登山者なら、「それでも行く」という判断をするのもありかと思うが、「遭難一歩手前の登山者ばかり」という管理人の投稿を見るかぎり、どうもそういう登山者ではなかったようだ。
赤石岳避難小屋のロケーションが、南アルプス中央の最奥部にあること、コロナ禍の影響によって山小屋が予約制となり、宿泊を取りやめるにはキャンセル料がかかってくることなどを考えると、計画の中止・変更がしにくいことは理解できる。
だが、悪天候下の高い山で行動することのリスクを考えると、管理人の苦言はもっともだと思える。
このとき赤石岳避難小屋に逃げ込んできた登山者と、前述した富士山で遭難した人たちが、私には重なって見えたのだった。
■人間社会が変化しようと山に潜むリスクは不変
青天の霹靂ともいえる新型コロナウイルスの出現によって、私たちはどう山と向き合っていくべきかを改めて考えさせられた。この先、コロナ禍によって世界がどうなっていくのかは不透明であり、それ次第で登山のあり方も、我々の山との向き合い方もまた変わっていくのかもしれない。それでも私たちは、手段や方法を変えて山を楽しもうとするだろう。
ただ、そうした変容のなかでも、山に潜んでいるリスクは、昔も今も未来も、おそらく変わらない。大事なのは、標高の高低や季節に関係なく、どんな山にもリスクが存在することを認識し、それぞれのリスクについて知ることだ。
■「自分の力量に見合った山を選ぶ」という言葉の本当の意味
![羽根田治『山のリスクとどう向き合うか 山岳遭難の「今」と対処の仕方』(平凡社新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/8/1200wm/img_48039cb1629ca77e5c1d2512a51c6df5302820.jpg)
登山は、実際にやってみればわかるが、単なるレジャー、スポーツではなく、体に大きな負荷がかかる、かなり過酷なアクティビティである。そのうえあちこちにリスクが潜んでいるのだから、ちょっとしたミスが命取りになることもある。登山をはじめたばかりの人はもちろん、それなりの経験がある人も、そのことをしっかりと心に留めておくべきだろう。
仕方のないことかもしれないが、ビギナーはその認識が欠けがちである。逆にベテランを自認する人たちには、油断や慢心が生じやすく、ともすれば自分の体力や技術を過信してしまうことがある。
大事なのは、山にも自分にも、謙虚に向き合うことだ。そうすれば、山に潜んでいるリスクを正しく理解でき、対処・回避もしやすくなる。それが、近年よくいわれている「自分の力量に見合った山を選ぶ」ということにつながるのだと思う。
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ノンフィクションライター
1961年埼玉県生まれ。おもな著書に『ドキュメント 生還』『ドキュメント 道迷い遭難』『野外毒本』『人を襲うクマ』(以上、山と溪谷社)、『山の遭難――あなたの山登りは大丈夫か』(平凡社新書)、『山はおそろしい――必ず生きて帰る! 事故から学ぶ山岳遭難』(幻冬舎新書)などがある。
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(ノンフィクションライター 羽根田 治)
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