社員12万人全員がひとつのSNSに入っている…富士通が「日本最大規模の社内SNS」を導入した本当の狙い
プレジデントオンライン / 2023年5月26日 18時15分
※本稿は、Ridgelinez編、田中道昭監修『HUMAN ∞ TRANSFORMATION』(日本経済新聞出版)の一部を再編集したものです。
■「従業員12万人の力を使い切れているだろうか」
【時田隆仁・富士通社長(以下、時田)】2019年6月に富士通の社長に就任することになったとき、最初に何を考えたかというと、「富士通とは一体、どういう会社なのか」ということでした。
改めて考えるに、世界180カ国・地域で事業を展開しているのでグローバル企業であることは間違いない。富士通グループ全体では世界に約12万人の従業員がいるのですが、社長になる以前にその12万人もいると認識していたかというと、必ずしもそうとはいえなかったのです。
自分自身は金融のお客様を担当する金融システム本部に長く所属していたシステムエンジニア(SE)として、部門内の数千人や、関連するグループ会社の従業員を入れても数万人という規模のイメージしかありませんでした。視野の狭さを実感せざるを得なかった、というのが実情でした。
富士通がお客様にソリューションサービスを提供すると考えたとき、「この12万人という従業員の力を、本当に存分に使い切って仕事ができているか」を自問し、社長としてまずは人事制度、人材登用の仕組みに手をつけようと思っていたのです。それが就任した19年の課題でもありました。
■「いいものを、安く売る」従来のマインドは通用しない
富士通は製造業から始まった伝統的な企業ですから、ご多分にもれず「良いものをつくれば売れる」というプロダクトアウトの思考が埋め込まれているわけです。より良いものをつくろうとして、ともすればものすごく機能が豊富なものをたくさんつくろうとする。
そうなると、もちろん高くなるはずなのですが、それを今度は「お客様のためにできるだけ安く売る」というのが富士通のビジネスモデルでした。
多くの日本の製造業にもこれは当てはまるでしょうし、「それこそが日本の良さだ」といわれてきた時代もあったように思います。
しかし、ハードウェアのビジネスが中心の時代からソフトウェアやサービスへ重心が移っていった中でも、そのマインドは変わらなかったのです。
過去30年で富士通ではシステムインテグレーション(SI)事業がハードウェア事業よりも大きくなりましたが、日本型SIビジネスの特徴は「お客様の要件を聞いて、それを忠実に実装すること」でしたから、その過程で自ら何かを考えて提案するという行動がほとんどありませんでした。
■コンサルティング機能を「別会社」として立ち上げた
今、世の中がどんどん変わり、多様性も拡大している中で、お客様自身も何をすべきかわかっていない時代になったわけです。
そういう中で、お客様の悩みや社会の課題に真正面からリーチできる機能が富士通グループの中にも必要だと考えました。お客様とのコミュニケーションの中から問題を抽出して、自ら解決策を提案して実装し、そこからまた新しいフィードバックをもらって改善していく。そんなコミュニケーションをベースにした社会課題解決型のコンサルティングを、富士通でやりたいと思っていました。
しかし、富士通の長い歴史の中で沈殿してきた仕事のやり方やカルチャーをすべて払拭するのは難しい。これまでも、いろいろな先輩方がチャレンジしてきたものの、なかなか形にしきれませんでした。
そこで、新しい会社を富士通とは全く違うブランドで、できるだけ富士通という“しがらみ”がない形で事業をやらせてみたいと思って設立したのがリッジラインズなのです。
■日本企業型ビジネスモデルでは「変化」に対応できない
【今井俊哉・Ridgelinez社長(以下、今井)】課題解決というのは初めから正解があるわけではなく、お客様と一緒に「探しにいく」ものです。
リッジラインズが提供しているコンサルティング・ビジネスでは、その探しにいくプロセスに価値を感じてもらい、そこに対価を支払っていただいております。我々は個々のビジネスモデルの特徴を理解しておくことが重要な気がしています。
一番わかりやすいものはハードウェア・ビジネスかと思いますが、ハードウェアという商品を買う場合には、その性能なりデザインなりの価値が購買時に見えていて、その後は減価償却によって、だんだんと価値が下がっていくことになります。
一方で、GAFAMと呼ばれる米国のプラットフォーム企業は、サービス提供によって実現される「付加価値」を軸にしてビジネスをしています。GAFAMは日本企業と何が違うのかと考えたときに、「働いている人たち一人ひとりが個体として強く、それぞれがいろいろな意見を言い合い、ぶつけ合いながら一緒になって新しい価値をつくっていこうとしている姿勢」だと思うに至りました。
■必要なのは「優等生」ではない
サービスを利用し始める際の値段を無料もしくは低く抑えて、まずはお客様になってもらい、その後で積極的にサービス内容を改善していくことで、結果的にお客様を繋ぎとめ、より多くの売上を上げることを狙っているわけです。
お客様から見れば、たとえ少しぐらい値上がりしても「それだけの価値があるし、使わないといけないから」と納得感があるから払い続けていくのです。即ち、一般的にサブスクリプション型といわれる月払いのサービス・ビジネスでは、提供されるサービスの内容によって価値が増大し、それが収益の増大に繋がっていくという、従来の日本企業とは全く異なった発想に基づいたビジネスモデルだということです。
ここから先のVUCA(変動性・不確実性・複雑性・曖昧性、将来予測が困難)の時代には、従来の顧客、サービス提供者など、それぞれの関係性が大きく変わっていきます。環境変化の少ないスタティック(静的)な時代では、昔の受験勉強のように「これだけ覚えておけばOK」というような前例踏襲型ビジネスアプローチで何とか乗り切れたと思いますし、日本企業にはこの優等生タイプが多かったのかもしれません。
しかし、これから求められるのは、変わっていく環境において、自分としてどう考え、必要に応じて自分自身をどう適合させていくのかを明確にコミュニケートできる能力ではないか。これは個人の集合体としての組織である企業でも同じことではないかと思います。
■個々のエネルギーを組織の力に変えるためには
私はよく大企業のトランスフォーメーションの在り方について、「羊の群れ」に例えることがあります。
個々の羊にはやりたいこともあって、時には道草を食ったりしてしまうのですが、最後は集団の向かっていく方向に沿って動いていくことで、群れ全体としてのエネルギーを発揮できる。羊飼いは個々の動きの違いには多少なりとも目をつぶってでも、全体としての進むべき方向をしっかりと示し続けていく。ここでも組織の構成員である一人ひとりの個人がしっかりとした意思を持って集団としての行動に参画するということが必要かと思っています。
時田さんはダボス会議でお会いした経営者の話をされましたが、違いがあるとすれば「視座」ですよね。視座=目線の高さを、どう持つかということでもあります。
ですから、「自分はこういう役割だから、これをやっておけばいいんだ」という仕事のやり方では、今のような変化が大きい時代に対応しきれない可能性が大です。「言われたことは、やっているからね」というところで終わってしまい、先に進まないからです。
これを繰り返していては、我々自身も日本企業も競争力を維持できないし、強くならない。結果として、企業の稼ぐ力もなくなっていく。今は何とかなっているように見えていても、自分たちの将来の社会のためにリスクを取ってチャレンジする人が少ない企業は環境変化の中で次第に競争力やリスペクトをも失い、最後は淘汰されてしまう。
■目指すべき方向が全体で共有されているか
そうならないためにも、一人ひとりがどう活躍していくのか、組織や社会とも折り合いをつけながら、自分個人のやり方、生き方を貫いていても居心地の悪さを感じなくて済む、というような個人と組織がポジティブに共鳴していく環境が必要です。自らが納得しているからこそ実現できる組織的な行動変容が、これまでとは異なったビジネスパフォーマンスを叩き出していく。
リッジラインズが掲げている「人起点」というのは、各企業や組織が持っているパーパスやその競争力を高めるために、目指すべき方向としての「戦略」を皆がしっかりと共有していて、各自が現実的に何をどう変えなければならないかを話し合っている状態に導くアプローチです。
DXというと多くの企業では「デジタルテクノロジーを使って新しいビジネスモデルを打ち出したい」という意見が出てきます。しかし、これは簡単なことではありません。
先ほど時田さんも「12万人のパワーを本当に使いきれているのか」と、当初の命題について話されましたが、同じように考えている企業はとても多いと思います。その組織が本来持っている潜在的なパワーをフルに引き出せないケースが、実は多いと見ています。
■やはり最後は「人」がどう動くか
また、デジタルとテクノロジーで何ができるかを多くの企業が考えるときに、多くの場合はユーザーエクスペリエンス(UX)を高めよう、ユーザーインターフェース(UI)を使いやすくしよう、サプライチェーンの中間在庫を最適化しよう、という話が出てきます。
しかし、やはり最後は「人間がどう動くか」が重要になります。人が本気になって「これを何とかしなければ」と真剣にならないと、UI/UXなんて絶対うまくいかないし、サプライチェーンも本気で変えようとする人がいなくて「この程度でいいや」などと思ったら、最適化なんて実現できません。
やはり組織全体を捉えて、EX(エンプロイー・エクスペリエンス)がある一定の水準に達してこそ、初めてCX(カスタマー・エクスペリエンス)やOX(オペレーショナル・エクセレンス)が実現するし、それらがうまく回れば皆のボーナスが増えるはずです。そうした“連立方程式”をきちんと解けるようにするのがMX(マネジメント・エクセレンス)です。
経営状態を可視化して、経営トップがパーパスを語り、方向性を示して、従業員と一体となって成果を上げていく。これは相互に整合性を持って語られるべきで、どこか一部が変わったとしても組織としての結果には結びつかないことがほとんどです。
■現場の声が階層を超えて届くようになった
【時田】富士通は2020年から「Fujitsu Transformation」、略して「フジトラ」をリッジラインズと一緒に進めてきました。「その後、富士通はどれだけ変わったのか」と聞かれたら、少なくとも私が現場のSEとして働いていた20~30年前からは全く違う環境になったといえるくらいの変化はあります。
現代は不確実性が高く、予測不可能なことも多い。一人ひとりが自律的にやるべきことを探して行動し、それが社会的なインパクトに繋がるように、もっともっと変わっていく必要がある。富士通の規模から考えると、まだまだできることはある。
ただ、社内SNS上でいろいろなコミュニティが立ち上がり、そこで様々な議論が出始めています。「自分はこう思う」という意見が出ると、それに「いいね」ボタンで賛同を示し、改善案や対案を示すことも増えています。そこはポジティブに感じていて、10~20年前には見られなかった状況です。
自らコミュニティを立ち上げ、何かイニシアチブを取っていこうという声が上がり始めたのはすごい。過去にはやはり階層があって、現場の声がなかなか届かなかった。そのギャップのせいで組織が停滞することもありましたが、それがフジトラの活用で克服されつつあると思っています。
■全世界同時通訳で開かれる富士通の役員会
もちろん、有体にいえば今でも階層や強いヒエラルキー構造はあります。まだ、がっしりと(笑)。しかし、10人に満たない人たちが自ら課題を定義し、パーパスを基に「こういうのをやろうよ」と声を上げて新たな活動を始め、事業に繋がっていけたら最高ですね。富士通という大組織のマネジメントでいえば、ヒエラルキーと階層の中でまだまだ縛られることの方が多いのは事実です。規模の小さな会社ではないので、そこはやはり非常に難しい面がありますね。
【今井】ここ1年ほど富士通の役員会に出させてもらっていますが、他の会社でいう常務クラス以上にかなりの数の外国人がいますよね。私が知っている頃の富士通は35年も前なので、その当時から比べると随分変わってきた。全世界同時で通訳をつけながら議事が進行する一方で、チャットも使いこなしながら議論が足りないところを補い合ったり、会議の中でやろうと決めたことは必要な連携が役員同士で即座に行われたりしている。これは非常に面白いなと思って見ています。
私が日本語で意見を述べると通訳者がそれを訳すのですが、それに対して「いいね、それ」といった反応がチャットで複数のボードメンバーからどんどんくる。誤解を恐れずにいえば、昔の“御前会議”のような役員会議では、おそらく起きなかった事象です。そういう意味ではテクノロジーや役員クラスの意識改革の影響が大きいと思います。
■「マインドの問題」にした瞬間変化できなくなる
【時田】うまくいかないのを、よく「マインドの問題だ」と言ってしまいがちな風潮がありますが、僕はそうではないと思っています。マインドのせいにすると、「もうそれ以上は解決策がない」と言っているのと同義です。やはりマインドや風土を変えるには「時間がかかる」と言い訳をしていると思えてしまうんですよね。
やはり「仕組み」や「仕掛け」に問題があるということです。役員会議も単なる報告の場ではなく、チャットも使いながら進行することで、インタラクティブな議論を同時並行で動かせる。これがまさにツールの力だと思います。だから、マインド論で考えることをやめるのではなく、やはり「こういうツールを使って変えてみよう」という一歩目のメッセージが大事になるのだと思います。
【今井】最近、時田さんは「行動変容」とよく言っていますよね。僕はそれが正しいと思っていて、「行動」というのは数えられるんです。動いた回数というのはデジタルに結果が残る。マインドというのは人の心の中ですから、本当は何を考えているかはわからない。少なくとも行動を取れば、何らかの結果が出ます。行動すれば、マインドセットは後からついてくる。
■社内SNSは日本企業最大の規模に
リッジラインズのコンサルタントとして富士通の改革に一緒に参加させてもらっている立場からいうと、富士通は本当に日本中心のドメスティックな文化があった会社だったわけです。それが今や英語と日本語を使ってチャットで意見をやりとりできるぐらいにはなっています。富士通の社内SNSは、多分日本企業で最大のユーザー数になったと思います。
「変われないかもしれない」と思っていた富士通が、一緒にやっていく中で大きく変わってきているという事実は、我々コンサルティング会社としては非常に嬉しいことですし、それを公表させてくれるという意味では、ありがたいクライアントでもあります。
【時田】富士通グループ12万人のうち約3分の2が日本人で、本社も日本にあるため、やはり日本的な風習やドメスティックな文化が大勢を占めていることは事実です。しかし、外国籍の役員から議論の中で「ケミカルリアクション(chemical reaction)とは、すごく興味深い言い方をしますね」と言われたことがありました。
いわゆる「化学反応」を期待しているという文脈を面白がっているのです。要は多様性なんですね。日本人と外国人がいろいろなツールを使いながら、できるだけ共通言語で話そうとする。これによって化学反応が起きる方が、マインドセットを変えるよりも力強いな、というのが実感としてあります。
■海外拠点は「日本本社の意思決定がわからない」と不満だった
私はロンドンで勤務した経験がありますが、日本企業で働く現地の方からは、意思決定のわかりづらさに対する不平不満などは山ほどありました。富士通は当時から「One Fujitsu(1つの富士通)」というスローガンを掲げてグローバル化を進めていましたが、実態は全く別会社でした。日本国内からはリーチできる情報に、海外からは手が出せなかったケースもありました。
私は最近、世界各地で従業員を集めたタウンホールミーティングを開いて、各地で彼らに「『日本と海外』という言い方は、もうしない」と約束しています。しかし、そういう言い方をしなければいけないというのは、それほどウチとソトの意識が根強くあったということです。
なぜ分けてしまうかというと、シンプルな話で恐縮ですが、やはり言葉ですよね。日本語で話しているというのは世界でビジネスをするのに障壁でしかない。世界でのビジネスは、英語を話せるか話せないかでまず決まってしまうわけです。
■日本企業がグローバル化できない最大の壁は「英語」
日本がグローバル化できない最大の理由、それはやはり英語です。でも、そこを乗り越えようと努力するところで信頼関係も生まれていきますよね。
私はSEとしてドイツに出張に行ったことがありますが、会議室にはドイツ人の経営者しかいないので、最初はみんなドイツ語で話しています。しかし私が部屋に入った瞬間に、全員が英語で話し始めるのです。英語が下手な私よりもっと下手な人もいましたが、英語で話そうとする。このように、「ちゃんと話そうとする姿勢」が大事ですよね。
【今井】コミュニケーションスタイルをグローバルにする必要はありますね。
■人事交流で「出島効果」が期待できる
【時田】そして、やはり多様性です。リッジラインズには富士通総研にいた社員が出向したり戻ったりしています。富士通総研はトラディショナルな富士通の中にあった1つの組織ですから、それほど多様性が高いとはいえなかった。ですが、リッジラインズで他社から来た優秀なコンサルタントとも同僚になって、見えてくる景色も変わってきたでしょうし、新しい経験を積んだ人は多いと思います。
江戸時代に唯一、オランダに開かれていた長崎の「出島」で蘭学を勉強した人たちになぞらえて「出島効果」と言ったりしていますが、やはり何がしかの影響を受けて変わっていく面は強いと思います。
ただ、12万人もいる富士通は母体が大き過ぎるので、100人、200人が出向したところで結果が大きく変わることは難しいのですが、行動変容を促すきっかけづくりの方がより重要です。トップからのメッセージが伝わるスピード感や事業の仕方などを変えていく機動力が維持できるかどうかが、これからの課題だと思っています。
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立教大学ビジネススクール教授、戦略コンサルタント
専門は企業・産業・技術・金融・経済・国際関係等の戦略分析。日米欧の金融機関にも長年勤務。主な著作に『GAFA×BATH』『2025年のデジタル資本主義』など。シカゴ大学MBA。テレビ東京WBSコメンテーター。テレビ朝日ワイドスクランブル月曜レギュラーコメンテーター。公正取引委員会独禁法懇話会メンバーなども兼務している。
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(立教大学ビジネススクール教授、戦略コンサルタント 田中 道昭、Ridgelinez)
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