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斎藤幸平「映画を倍速視聴するタイパ思考は、なぜ最悪の時間術なのか」

プレジデントオンライン / 2023年5月26日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/komta

「時間術で効率化をがんばっても、自分の時間は増えないまま」「生産性向上のためだというけど、なぜか仕事が増えている」「頑張れば頑張るほど、ツラくなる」――なぜ私たちは時間と戦ってしまうのか。自分の時間を取り戻すための思考法を、著書『人新世の「資本論」』(集英社新書)などで知らせる東京大学の経済学者・斎藤幸平さんに伺った。5月26日(金)発売の「プレジデント」(2023年6月16日号)の特集「毎日が楽しくなる時間術」より、記事の一部をお届けします――。

■週15時間労働で済むはずだったのに

今から約100年前、イギリスの経済学者ジョン・メイナード・ケインズは「2030年には、技術の進歩によって生産性が向上し、人々は週15時間程度の労働をすれば済むようになるだろう」という未来を予測しました。

経済学者 ジョン・メイナード・ケインズ
経済学者 ジョン・メイナード・ケインズ「2030年には、技術の進歩によって人々は週15時間程度の労働で済むようになるだろう」

ケインズが見た未来まで7年と迫った2023年の今日、技術は遥かに進み生産性も格段に向上しましたが、人々は長時間労働に疲れ、時間に追われる日々を過ごしています。しかも、その長時間労働が豊かな生活をもたらしてくれる実感がまったくありません。

それどころか、経済活動に寄与するほど地球環境を破壊しているのではないかという、絶望的な現実に直面しています。これは、近代の巨大な「パラドックス(逆説)」です。

資本主義が抱えるこうした矛盾に気づいた人たちが、増えてきた実感があります。『人新世の「資本論」』(斎藤幸平著、集英社新書)や『限りある時間の使い方』(オリバー・バークマン著、高橋璃子訳、かんき出版)といった、資本主義や効率主義を真っ向から批判する本が異例のベストセラーになっているのも、そうした証左だと思います。

欧米においては、ミレニアル世代(1981~1990年半ば生まれ)やZ世代(1990年半ば~2000年代生まれ)が、資本主義に批判的です。彼らは新自由主義が規制緩和や民主化を推し進めてきた結果、格差や環境破壊が一層深刻化し、その尻ぬぐいをさせられる世代です。日本でもそうした傾向が見られます。

東京大学大学院総合文化研究科准教授 斎藤 幸平氏
東京大学大学院総合文化研究科准教授 斎藤 幸平氏

ただ“気づきを得た人たち”の行動が、今のところ社会を変えるに至っていないのは残念です。そういう人たちが今向かっているのは、マインドフルネスであったり、エコロジーに配慮した暮らしであったり、オーガニックな生活であったりと、いずれもマインドセットが「個」にとどまっています。

しかし、マインドセットが「個」にとどまるかぎり何も変わりません。気候変動は止められないし、人生の貴重な時間は刻々と失われていきます。

むしろ、それで何かを「やったつもり」になって、かえって状況を悪化させている可能性もあります。

私はいろいろなところで「SDGsは“大衆のアヘン”である」と言っています。マイボトルを持ち歩くことやハイブリッドカーに乗ることが「私は地球温暖化対策に貢献しているんだ」という精神的な免罪符となって、真に必要とされる実効性のあるアクションを起こさなくなってしまう。

週末のヨガ教室に行く時間を捻出するためにスマホで動画を倍速で見て、地球に優しいオーガニックな食事のために食材を遠方から航空便で取り寄せていては本末転倒です。目の前のことしか考えられなくなっているのも、そもそも個が忙しすぎるせいでしょう。スキマ時間でしか趣味を持てないから、SNSのように目の前の快楽を追い求めることになってしまうのです。

■個人の問題ではなく社会の問題だ

日本は、労働時間が長すぎますし、労働の対価として見合った賃金が支払われていません。日本人は不満があるときに労働組合をやって使用者に待遇改善を迫るより、個人でなんとかしようとする傾向があります。収入が足りなければ資格取得や副業をしたり、プライベートの時間が足りなければ効率化や時短の努力で捻出したりと、個人主義的な豊かさを求めてしまいます。

他者に依存しない自己責任社会を許容するので、ひろゆき氏のようなスタンスが人気なのでしょうが、社会のあり方を変えなければ根本的な問題は解決しません。本当に得るべきもの/大切にすべきことは何なのか、どうなれば私たちは幸せを実感できるのかを皆で考え、議論する必要があります。

「そんなの議論をしたところで、何も変わらないのは同じじゃないか」と諦めているとしたら、それは違います。ハーバード大学の政治学者エリカ・チェノウェスらの研究によると、3.5%の人々が非暴力的な方法で本気で立ち上がると、社会が大きく変わるというデータがあります。

フィリピンの「ピープルパワー革命」(1986年)もグルジアの「バラ革命」(2003年)も、3.5%の市民不服従がもたらした社会変革です。ニューヨークの「ウォール街占拠運動」(11年)やバルセロナの「座り込みデモ」も、少人数の抗議活動がSNSで拡散し大きな影響をもたらしました。

過半数ではありません。本気で変えようとする人が3.5%集まれば、社会は変えることができるのです。諦めることはありません。

■資本主義は時間を無限に奪う

社会のあり方を変えるには、まず社会のシステムを知る必要があります。つまり、資本主義について知る必要があります。

若者は資本主義にNOと言っている! アメリカ国民の社会主義と資本主義への見方

カール・マルクスは資本主義の本質を「資本の回転を加速させる経済」と言いました。例えば、農家が耕運機を導入すると、農作業は効率化します。しかし、資本主義では隣の農家が新型の耕運機を導入すると、旧型を使っている農家は生産性や価格競争で敗れてしまいます。結果、旧型の耕運機は廃棄され新型への買い替えが進む。そうして技術革新の回転が速まるのです。

さらに言えば資本主義は、生産を急ぐ経済です。生産設備に投資してできるだけ速くモノを作り、できるだけ速い流通に乗せ、できるだけ早くキャッシュに換える。そうして回収したキャッシュを、次の投資に使うのです。資金を速く回すことに成功した者が、社会の勝者になります。

かくして、資本主義では回転のプロセスを速めていくことが、すべてにおいて是とされます。マルクスは「資本主義のエコノミー(節約)とは、時間のエコノミー(節約)である」とも言いました。無駄を排除して時間を圧縮し、生み出した時間をさらなる資本の増殖に使う。時間を圧縮したら、次は空間を圧縮する。通信や移動手段を革新し、生産拠点や市場を拡大していく。

もちろん、マルクスが生きたのは19世紀ですから、通信手段は手紙か電報、移動手段は蒸気機関車や蒸気船が主でした。そうした技術が発展した先に、今日のような情報化社会やグローバル化があることを、マルクスは見抜いていたのです。

マルクスの予測が現実となった今、私たちは資本の回転をどれだけ速くしても、ちっとも幸せになれないことに気がつきました。技術革新により半分の時間で仕事ができるようになれば、半分の時間は余暇に充てられるようになるはずだとケインズは予測しましたが、実際にはもっと忙しくなったのです。それは、量が効率化を上回って増大しているからです。

手紙はメールになって書くのも伝えるのも速くできるようになりましたが、そのぶんやり取りが増えて読んだり仕分けたりに時間がかかるようになりました。高速鉄道や飛行機によって速く遠くに行けるようになりましたが、そのぶん出張が増えました。技術が進んでも効率化の努力をしても、私たちはますます忙しくなるばかりで、いつまで経っても余暇の時間がつくれません。

なぜ、効率化が進んだのにますます忙しくなってしまうのか。理由はシンプルで、資本の成長のために人間の欲望を無限にしたからです。ケインズが見誤ったのもここで、彼はあらゆるモノが大量に安価に作れるようになり、ある程度のモノが行き渡れば、需要はどこかで飽和すると思っていたのです。

しかし、実際には何が起きたか。ジョン・ケネス・ガルブレイスが指摘したところですが、地位財や広告によって刺激された人々の欲望は尽きることがありませんでした。例えば、自動車でいえば、性能に大差がなくても、ブランドやグレードでほんの少しだけ意味付けし、差別化すれば、買い替えを促す理由になります。車としては、国産車だって、昔の外国車よりずっと性能がいいにもかかわらず、私たちは満足できないで、外国車を求めてしまうのです。そのために、ローンを組んで、必死に働くことになる。

結局のところ私たちは、無限の消費/無限の成長/無限の加速を要求されるばかりで、時間を奪われ続けています。それに、どんどん生活のテンポが加速していく生活はストレスフルで、メンタルヘルスを蝕んでもいます。

今、私たちが直面している事態とは、資本主義の“意図せざる結果”です。だとすればこの事態を前にして、私たちは資本主義に“ある種の制限”をかけなければいけないのではないでしょうか。加速を強いるシステムには、皆でブレーキをかける必要があります。

これは、あなた1人の心掛けや取り組みで、できることではありません。1時間ヨガでマインドフルネスをしても、その間に20件も未読メールが溜まったら意味がないからです。社会を変革する、本気の仲間が必要です。

資本主義のせいで地球も疲弊している 所得階層別の二酸化炭素排出量の割合

■働きすぎにブレーキを

加速する社会にブレーキを掛けるといっても「皆で遅いインターネットを使おう」「飛行機や新幹線を控えてバスや船舶で移動しよう」というのではありません。不便を強いられる世界は誰も望まないし、社会運動として共感を得られないでしょう。

私が提案しているのは、キャップ(上限)制です。1つには、まず社会全体で労働時間を減らしていく。「週休3日制」をルール化し、24時間営業や日曜営業も減らしていくことを目指します。現在でも自主的に週休3日制を採用している企業はありますが、競争原理がそのままだと「自分(たち)だけが休む」のは勇気が要ります。

年末年始やお盆休みなどは皆も同じだから休業にしやすいわけで、社会的にルール化することが大切です。商業店舗の24時間営業や日曜祝日の営業も日本ではあたりまえになっていますが、ヨーロッパでは逆に深夜や週末に開いているほうが珍しい。それで生産性が下がったという話も聞きませんし、労働者の幸福度や満足度は休暇が多いほど上がっているなどポジティブな調査結果が出ています。

もう1つには、年収にキャップをかける方法があります。例えば「どんなに稼いでも1億円以上は収入にできない」というルールを作る。そうすれば1億円を稼いでなお働こうとは思わないでしょうし、投資で資産を際限なく増やそうとする試みも無駄になります。年収の上限は3000万円くらいでもいいと思います。

このようにしてルールとして労働時間が短縮し、かつ一定額以上は稼げなくなると、人々は新たに生まれた時間を家族や友人と過ごしたり、ボランティアをしたり、趣味など好きなことをして人生を深めることになるでしょう。労働のストレスから解放され、過労で倒れることもなく、本来の人間らしい人生を取り戻せます。

20世紀は、労働者が使役者に「もっと働くから金をくれ」と要求する時代でした。しかし、21世紀は「皆で休みが取れる企業にしていこう」と提案し、議論していく時代です。

もちろん、企業は収益を上げているからこそ雇用を維持しています。特に大企業はグローバルな市場でしのぎを削っているので、日本だけで完結する話でもないかもしれません。国が国際社会に「資本主義の加速に何らかの歯止めを」と訴えることも必要でしょう。

それでも、これがまったくありえない話でもないのは、私たちは3年前にこの試みを実現しているからです。新型コロナの感染拡大に際し、世界各国はそれぞれに経済活動に制限をかけ、資本主義を減速しました。いろいろ問題はありましたし、ひずみも生じましたが、やってやれないことはなかった。いずれ同じことを、気候変動を前にしても考えざるをえなくなります。

日本は“資本主義にキャップをかける試み”で先行して、世界をリードする国であってほしい。それによって日本は世界から「真に魅力的な国」と映るでしょう。日本の価値はGDPではありません。教育、安全、食、文化、自然、水、医療――日本の持つ魅力はGDPには加味されていません。

今、私たちが不幸なのはGDPという数値、金銭的価値に囚われるあまり、こうした数値化できない素晴らしい面に目が向いていないことです。資本主義にキャップをかけることで、私たちが幸せに過ごすようになれば、日本は脱成長のモデルを世界に示すことができます。それは資本主義を加速させ分断・対立・攻防を生むよりも、ずっと素敵なことではないでしょうか。

■毎日が楽しい人生の本質とは

脱成長的なシステムに移行していくシナリオは、もしかしたら皆さんには現実的と思えないかもしれません。しかし、私が大学などで接する若い世代は現状に逼迫した危機感を持ち、資本主義のあり方に疑問を抱き始めています。この中から「3.5%のうねり」が起こり、社会が変革して行く可能性を、私はリアルに感じています。

例えば、先述の「週休3日制」が実現すれば「皆で集まって何かしよう」という余裕が生まれます。酒を飲む、スポーツをする、地域の祭りに参加する。楽しい時間を共有できれば、新しい価値観が生まれるに違いありません。

■お勧めしているのは「友達をつくる」こと

豊かな時間、実りある人生を過ごすために、私たちができることは何か? 私がお勧めしているのは「友達をつくる」ことです。それも確実性やコスパとは無関係の友達が理想です。偶発的な出会いがあれば、さらに良いです。

自省を込めて言えば、私は余暇ができるとすぐ「原稿が書ける」などと考えてしまいます。資本主義の加速から逃れられていないのです。酒を飲む相手は、昔からの友人が多い。無意識ながら、気心の知れた仲間内で飲むほうが、失敗が少ないと思っているのでしょう。リスクヘッジしやすいのです。

せっかくの休日に残念な思いをしたくないと思うと、どうしても保守的な過ごし方になってしまいます。ですが、何かにつけてコスパ/タイパ(費用対効果/時間対効果)で考えるのは、非常によくない習慣です。人生なんてコスパの悪いことばかり。恋愛、結婚、子育て、人づきあい――どれも失敗がつきもので、コントロールが利きません。

しかし、人生の喜びは偶然がもたらす、思い通りにはいかない、面倒な関係性の中から得られるものではないでしょうか。確実性とコスパから離れた人間性を築いていくと、価値観も変わっていくかもしれません。

そう思って最近、東京・高尾山の土地を1口20万円で購入するプロジェクトを始めました。高尾山の自然を守り、後世に残していこうという主旨に賛同した見ず知らずの40人が集まり、仲間を増やそうという試みです。すでに出資したメンバーが集まり、現地視察を兼ねて山登りをしたのですが……。

いざ自分たちが所有する土地を見ると「ロッジを建てて貸したらどうか」「歩道を設けてイベントを開こう」など、投資家目線の意見がポロポロと出るのです。資本主義のマインドから脱却するのは、かくも難しいことなのだとあらためて思い知りましたが、同じ考えを持ったメンバーで集まれることはプライスレスだと実感しています。

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斎藤 幸平(さいとう・こうへい)
東京大学大学院総合文化研究科准教授
1987年東京生まれ。ウェズリアン大学卒業、ベルリン自由大学哲学科修士課程・フンボルト大学哲学科博士課程修了。大阪市立大学准教授を経て現職。著書に『大洪水の前に――マルクスと惑星の物質代謝』(角川ソフィア文庫)、『人新世の「資本論」』(集英社新書)、『ぼくはウーバーで捻挫し、山でシカと闘い、水俣で泣いた』(KADOKAWA)、『ゼロからの『資本論』』(NHK出版新書)など。

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(東京大学大学院総合文化研究科准教授 斎藤 幸平 構成=渡辺一朗 撮影=宇佐美雅浩 図版作成=大橋昭一)

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