佐藤優「冷戦期より危険かもしれない」ウクライナ戦争→核戦争のシナリオが"絶対ない"とは言えない理由
プレジデントオンライン / 2023年6月15日 10時15分
※本稿は、手嶋龍一・佐藤優『ウクライナ戦争の嘘 米露中北の打算・野望・本音』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■冷戦期より危険だと思ったほうがいいかもしれない
【手嶋】1990年代の半ば、僕は統一ドイツから、佐藤さんは新生ロシアから、旧ソ連の巨大な兵器廠だったウクライナの核弾頭や大陸間弾道ミサイルが撤去されていく様子を見守ってきました。
【佐藤】半ば破綻国家だったウクライナに核兵器を残しておけば、ならず者国家に売り払われてしまう危険もありましたから。“ウクライナの非核化”は、米国、ロシア、西欧諸国そして日本にとって共通の利害だったのです。
【手嶋】ウクライナから核が持ち去られる様を目の当たりにし、“東西の冷たい戦争”は彼方に去っていったと僕は愚かにも思っていました。しかし、ウクライナで繰り広げられている戦争を前にして、我々は21世紀のいまもなお核の時代のまっただなかにいると認めざるを得ません。
【佐藤】見方によっては、冷戦期より危険だと思ったほうがいいかもしれない。冷戦期の米ソ両核大国は、核軍縮・管理条約という安全装置を備えていましたからね。
【手嶋】米ロ両国はいま、核弾頭を装備した長距離核ミサイルを双方ざっと1500発ずつ備えています。どちらかが一発でも核ミサイルを相手の都市めがけて発射すれば、たちまち全面核戦争となって、地球は滅んでしまう。つまり、米ロの長距離核に関しては、相互の抑止が効いている。プーチンとバイデンが“マッドマン”でないことを祈りたいと思います。
■「戦術核」への抑止は不十分
【佐藤】地球最後の日は誰も望んでいませんからね。プーチンがアメリカに突如戦略核をぶっ放すようなことはない。そこは彼の8割の合理つまり“非マッドマン”の範疇です。
【手嶋】ただ、ウクライナの戦域に限ってみると、そう安心するわけにはいきません。ウクライナの戦域の周辺には、小型核を装備したロシア軍の部隊が配備されています。射程の短い核ですから戦術核の範疇にはいります。ロシアの戦術核を抑止し、対抗する部隊がNATO側にあるかといえば、まったくないわけではありませんが、全体として極めて脆弱です。トランプ政権では小型核の配備が真剣に考えられましたが、バイデン政権は取り組んできませんでした。その結果、ロシアの小型核に対する西側の抑止は十分に効いていないといっていい。
【佐藤】だからといって、プーチンが直ちに戦術核を使うとは思えません。しかし、射程が長く、全面核戦争に発展する恐れがある戦略核に較べて、戦術核の使用をためらわせるバリアは相対的に低いことは事実です。
■ロシアが核を使えば、第三次世界大戦にエスカレートしてしまう
【手嶋】それを考えるうえでも「佐藤優訳のヴァルダイ会議録」の核に関するプーチン発言を真剣に読み返してみました。
【佐藤】プーチン大統領は、ヴァルダイ会議の質疑で「核兵器が存在するかぎり、その使用の危険性は常にある」と発言しました。ただ、「ロシアは、核兵器を使用する可能性について積極的に発言したことはない」とも付け加えています。
【手嶋】バイデン大統領も、戦術核の使用の危険性を認識しているのでしょう。「ロシアが戦術核兵器を使えば、途方もなく深刻な過ちを犯すことになる」と警告を発しています。ロシアが戦術核を使えば、NATO軍は大量の地上兵力を投入すると示唆したのです。
【佐藤】アメリカによる“管理された戦争”では、戦費や武器の供与は行うが、ウクライナの戦域にはNATOの実戦部隊を投入しない。これは、バイデンのプーチンに対する変わらぬメッセージです。ただ、プーチンが核に手を伸ばしたときには、話は別だというのでしょう。
【手嶋】ウクライナの戦域にNATOの地上部隊が雪崩(なだ)れ込むような事態になれば、米ロ両軍が激突する第三次世界大戦にエスカレートしてしまいます。
![ロシア国旗とミサイル](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/d/1200wm/img_cde679ca9277a3259f9229063ae2e2162067868.jpg)
■核使用の可能性について、楽観すべき材料はない
【佐藤】そうなれば、戦術核だけでなく、戦略核兵器の使用にまでいってしまう可能性がある。人類の人口が100分の1になっても、我々は生き残るかもしれない、みたいな発想になってきます。手嶋さんが指摘するように、核使用の可能性については、楽観すべき材料はないんですよ。
【手嶋】ヒロシマ・ナガサキの悲劇の後も、我々人類は、何度か核戦争の深淵を覗き見ています。幾度も紙一重のところで「地球最後の日」を回避してきました。1962年10月のキューバ・核ミサイル危機がまさしくそうでした。当時のクレムリンは、あろうことかアメリカにドスを突きつけるように出現したカストロの革命政権に核弾頭と弾道ミサイルを密かに持ち込んだのです。結果的には、このキューバ核危機は、最後の土壇場で米ソの衝突が回避されました。この未曽有の危機に対処した若きケネディ大統領と側近たちの賢明な判断で核戦争は辛くも免れたというのが一応の“定説”になっています。私はこの危機に直にかかわった人々から話を聞いてきましたが、歴史の実相は少し違うのではないかと思うようになりました。
【佐藤】歴史の大事件ほど、公式の記録や当事者が後に語った証言では掬(すく)い取れない真相がありますからね。外交の分野でいえば、公電は重要ですが、そこに描かれていない事実もたくさんあります。
■「ケネディにツキがあったから」核戦争にならなかった
【手嶋】米ソの戦略兵器制限交渉(SALT-I)のアメリカ代表などを務め“核の時代の語り部”と呼ばれたポール・ニッツェ、弾道ミサイルの専門家としてキューバ危機に際して緊急招集され、後に国防長官を務めたウィリアム・ペリーらがそうでした。彼らは揃って、米ロ核戦争に至らなかったのは、結局、ケネディにツキがあったからだと漏らしていたことが忘れられません。
![手嶋龍一・佐藤優『ウクライナ戦争の嘘 米露中北の打算・野望・本音』(中公新書ラクレ)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/5/1200wm/img_0513c830c22b08f8acbd78ecda4061d9404385.jpg)
【佐藤】別の言い方をすれば、紙一重で核戦争になっていたということですね。
【手嶋】少なくとも、米ソ双方が合理的に行動して、ゲーム理論を実践するように衝突を防いだというのは、実相から相当にかけ離れているんだと思います。
【佐藤】核を持つ相手が何を考えているのか。次にどう出てくるのか。先が読めない局面で合理的に、的確に行動するのは至難の業です。キューバ危機も、アメリカのU2偵察機がソ連軍に撃墜され、搭乗員が死亡していれば、局面は一変した可能性がある。あるいは、キューバの封鎖海域に近づいたソ連の貨物船が、命令に従わず米軍のラインを強行突破しようとすれば、どうなっていたことか。
■人類はいまも究極の“核のジレンマ”のなかにいる
【手嶋】ホワイトハウスとクレムリンの間では、一種のゲームが成立していたとしても、キューバのフィデル・カストロが抗った可能性もあり、その点でも、運に恵まれて、核戦争が回避されたというのが、当事者たちの実感だったのでしょう。
【佐藤】いつ爆発してもおかしくないダイナマイトの上にいるのは、キューバ危機でもウクライナ戦争でも、本質的には変わりません。人類はいまも究極の“核のジレンマ”のなかにいる、そう考えるべきなのでしょう。
【手嶋】ウクライナは、国家の大義を貫くため、ロシアに奪われたすべての領土を奪還するまで戦い続ける――核の時代の真っただ中に我々が身を置いていないなら、それを支持することもあり得ると思います。しかし、戦争は錯誤の連続です。戦闘は一刻も早く止めなければと繰り返し言っておきたいと思います。
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外交ジャーナリスト、作家
9・11テロにNHKワシントン支局長として遭遇。ハーバード大学国際問題研究所フェローを経て2005年にNHKより独立し、インテリジェンス小説『ウルトラ・ダラー』を発表、ベストセラーに。『汝の名はスパイ、裏切り者、あるいは詐欺師』のほか、佐藤優氏との共著『インテリジェンスの最強テキスト』など著書多数。
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作家・元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了。2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『獄中記』(岩波書店)、『交渉術』(文藝春秋)など著書多数。
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(外交ジャーナリスト、作家 手嶋 龍一、作家・元外務省主任分析官 佐藤 優)
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