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なぜ研修は「ムダな時間」になりがちなのか…日本企業が抱える「スキルを使う場所がない」という根本問題

プレジデントオンライン / 2023年5月29日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/electravk

なぜ研修の成果を仕事に生かすのは難しいのか。パーソル総合研究所の小林祐児・上席主任研究員は「スキルを身に付けることと、それを実際に使って仕事に生かすことに乖離がある。とくに日本企業では、職場メンバー間で仕事をフォローしたり助け合ったりする、『相互援助』の文化がある。このことが仕事のやり方を変えることをためらわせる原因になっている」という――(第5回)。

■なぜ学びがムダになってしまうのか

いま流行している「リスキリング」の要点は、従業員の学びや新しいスキル獲得を促進することです。しかし、当然のことながら、新しい知識や技術は獲得するだけではなんの価値発揮にもつながりません。学び直された知識や技術は、現場で使われてこそ意味があります。このことを専門用語で「学習転移」と言います。リスキリング・ブームでいかに研修だけ増えようとも、この学習転移が起こらないのであれば、リスキリングに投じられた予算は無駄になります。

しかし、この「スキルを身に付ける」ことと「仕事に変化を起こす」ということの間には、大きな間隙(かんげき)が開いています。「教室」と「現場」の間にある谷、ともいえるでしょう。筆者が実施した調査では、現場には、変化を起こすことを躊躇(ちゅうちょ)させてしまうメカニズムがあることが定量的にわかっています。

業務で変化を起こすことを従業員が自ら抑制してしまう心理のことを筆者は、〈変化抑制意識〉と呼んでいます。〈変化抑制意識〉とは、組織の中で業務上の変化を起こすことを「負荷=コスト」として捉えてしまい、自発的な変化を起こすことを避けようとする意識のことです。

具体的には、「今の組織で仕事のやり方を考えることは大変だ」「自分だけが仕事のやり方を変えてもしょうがない」「今の組織で仕事の進め方を変えると混乱を招くと思う」といった意識を指します。聴取してみれば、こうした変化に対する負荷の意識について、就業者の3割以上が「ある」ないし「たまにある」と答えます。

【図表1】変化抑制意識の実態
出所=パーソル総合研究所「リスキリングとアンラーニングについての定量調査」

■「変化抑制意識」が強いと人は学ばない

私たちは、会社の中で一人きりで働いているわけではありません。自分の仕事は、多かれ少なかれ周囲の誰かの仕事と関わりあいながら実践されています。相互関係の中で仕事をしている私たちにとって、自分が起こす業務上の「変化」は、職場の周囲の人々にも少なからぬ影響を与えます。その「影響」への対処は、変化を起こす側にとって「コスト」や「負担」として認知されます。そうした時、〈変化抑制〉は起こるのです。

たとえリスキリングを行って統計技術やデジタルスキルなど、よりよい変化を起こせる新しいスキルや技術を身に付けたとしても、職場に戻ってから「この変化を現実にするのは大変だろうな」「こんな事を自分が言い出したら同僚は困るだろうな」という予期が生じてしまえば、人はそのスキルを活用することから遠ざかってしまいます。

また、逆もしかり。変化を起こすのが面倒なのであれば、人は、学ぶことによって新しい知識やスキルを得ようとは思いません実証研究においても、やはりこの〈変化抑制意識〉が強いと、アンラーニング(学習棄却)にもリスキリングにもマイナスの影響が確かめられました。

■「助け合い」の罠

つまり、リスキリングを推進するためには、どうしてもこの「谷」を乗り越える必要があります。しかもそれは研修訓練を増やしたり、自律的な学びのサポートをいくら充実させるくらいでは全く歯が立たない領域です。そこで、組織が持っている特徴とこの〈変化抑制意識〉との関係を再度分析してみると、さらに興味深い事実が浮かび上がってきたのです。

それは、職場メンバー間で仕事をフォローしたり助け合ったりする、「相互援助」の文化を持っていることが、この変化抑制の意識を「上げる」方向に作用していたことです(基本属性を統制した多変量解析の結果)。言い換えれば、「助け合う」「フォローし合う」ような極めて健全に見える関係性が、この「変化抑制」を高めていたのです。

このことは、リスキリングを考える私たちに、さらに重い難題を突き付けます。なぜなら、この「助け合い」のような相互依存性の強さは、国際的に見た時の日本の組織の特徴として長らく指摘され、時に称賛されてきたものだからです。

ミーティングをするビジネスチーム
写真=iStock.com/RRice1981
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/RRice1981

しばしば指摘されるように、日本の組織は職務分業意識が低く、相互依存性が高い働き方をしています。ジョブをまたぐような相互の「助け合い」は当然のように奨励されてきましたし、「手が空いている人がフォローし合う」というのは一般的な感覚としても、規範意識としても広くみられるものです。

先ほどのデータが示したのは、こうした「相互依存性の高いメンバーが、チームで仕事を行う」という日本の慣習が、現場での変化とスキルの発揮を「抑制」する方向に作用していそうだということです。

その他にも〈変化抑制意識〉を高めていた要因分析の結果を列挙してみれば、仕事が「自律的でないこと」、「タスクが個人で完結していないこと」、「成果が明確でないこと」などです。こうした傾向をみても、やはり「みんなで助け合って、チームで仕事を分担しながら働く」という日本組織の特徴は、ことごとく「変化創造」というプロセスと相性が悪いことを示しています。

これらの日本企業の横のつながり――メンバー間の職務横断的な協働関係が、「個の新しいアイデア」や「変化を生む意思」を削いでしまうというのは、極めて興味深いことです。いわばこれは、「善意に基づく足の引っ張り合い」です。

■処方箋①「変化報酬」を設ける

では、こうした抑制メカニズムに対抗して、積極的に変化を生んでいきたい組織はどうすればいいのでしょうか。データからの示唆をそのままひっくり返し、「もうこれ以上、メンバー同士は助け合わないようにすること」というルールでも定めるのでしょうか。

むろん、そうではありません。今まで助け合っていた同僚がいきなり助け合わなくなるようなことは、「この会社は人に冷たくなった」といった反感や抵抗を生み出すでしょう。

この変化抑制のメカニズムに対抗する手段については、アンラーニング促進についての統計解析の結果から、すでにヒントが得られています。ここでは、そこでの発見事項を整理して、「変化報酬」と「挑戦共有」という二つの方向性を提示したいと思います。

【図表2】変化抑制への処方箋
図版作成=筆者

一つ目の方向性は、「変化報酬」型です。これは、変化抑制についての予期されてしまった負荷を「打ち消す」タイプのやり方です。職場内で何かしらの変化を起こすことは確かに大変かもしれません。しかし、その予期された「大変さ=コスト」を凌駕するような、より多くの「見返り=報酬」を用意すれば、人は変化を起こすことを厭わなくなるということです。

では、ここでの具体的な報酬として何が考えられるでしょうか。一つは、「キャリア」にとっての報酬、つまり具体的な「ポスト」や「役職」です。

近年、各企業でDX推進部が雨後のたけのこのように続々と新設されていく中で、課長・部長・ディレクターといったポストも当然新設されていきます。「DX」が世論含めた一大潮流となっている今、そうしたポストにつけることは個人のキャリアにとっては「報酬」の一つになるでしょう。

役職による報酬とも紐づきますが、もう一つの変化への報酬は、金銭的報酬です。

DX推進やデジタル推進の新設部署を設定する企業では、賃金制度においても「出島」方式で、特別に他の高い報酬レンジを準備する企業も増えてきました。メリハリのある処遇のつけ方や、賞与のメリハリや特別なインセンティブを設計して「変化」や「挑戦」へと報いていく、その見返りを期待させることによって〈変化抑制〉意識を抑え込むということは検討に値するでしょう。

■変化を起こした経験は転職市場で有利

役職、金銭的報酬とは別に、「経験」という報酬もあります。

新規事業開発や、新しい顧客の開拓、組織に変化を起こした経験などは転職においても有利になります。安定的な大手企業でも、自社に何か新しい風を起こしてくれる人を採用したいというニーズは極めて高いものです。新しいサービス、事業、プロセスを創出してきた経験は、いまの日本の転職マーケットで高い価値として認められます。そうしたキャリアへの魅力を伝えていくのも報酬系施策としては有効でしょう。

■処方箋②「変化が歓迎される」と共有する

〈変化抑制意識〉において、職場での変化を抑制していたのは「実現するのは大変だろうな」という少し先の未来のコストへの予期です。

なので、そうした予期を「そもそも発生させなくさせる」という施策も考えられます。大変だろうと思わせない、つまり「変化が歓迎されるだろう」という予期を発生させればいいということです。それがここでいう「挑戦共有」系の施策です。

さて、こうした「挑戦共有」のために大きなハードルとなるのは、「目標管理制度」の形骸化です。

目標管理制度は、70年代頃からアメリカから輸入され、90年代後半の成果主義導入によって中小企業含め大半の企業に導入されています。9割以上の企業にあるという調査も存在します。

目標管理制度は、基幹の人事制度と日々の従業員の仕事との極めて重要なタッチポイントです。ジョブ型だろうが目標管理制度とそれに基づく評価制度が形骸化していてはなんの意味もありません。

小林祐児『リスキリングは経営課題』(光文社新書)
小林祐児『リスキリングは経営課題』(光文社新書)

例えば、通常の業務目標とは異なる「チャレンジ目標」の項目を作り、組織全体で公開していくこともできるでしょう。実際に、サッポロビールは目標管理制度において「ストレッチ・ゴール」の記載欄を新設し、結果を問わず挑戦する行動だけを評価する取り組みを始めています。

また、目標管理におけるメンバー間の「目標の公開」も、いくつかの大手企業で見られる取り組みです。また、MBO(Management by Objectives)の代替として一部に導入されているOKR(Objectives and Key Results)といった目標管理手法も、挑戦的な目標を全社で共通のものにしようとする発想は同根です。

他にも、組織的サーベイで人々の実際の意識を可視化することもできるでしょうし、経営層からの強いトップメッセージを発することによって認知を変えていくこともできるはずです。リスキリングで学んだスキルや知識が本当に現場に生かされるには、このような組織による「仕掛け」が必要不可欠なのです。

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小林 祐児(こばやし・ゆうじ)
パーソル総合研究所上席主任研究員
上智大学大学院総合人間科学研究科社会学専攻博士前期課程修了。NHK放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年パーソル総合研究所入社。労働・組織・雇用に関する多様なテーマの調査・研究を行う。専門分野は人的資源管理論・理論社会学。『働くみんなの必修講義 転職学 人生が豊かになる科学的なキャリア行動とは』(KADOKAWA)、『残業学 明日からどう働くか、どう働いてもらうのか?』(光文社)、『会社人生を後悔しない40代からの仕事術』(ダイヤモンド社)など共著書多数。新著に『リスキリングは経営課題~日本企業の「学びとキャリア」考』(光文社新書)がある。

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(パーソル総合研究所上席主任研究員 小林 祐児)

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