100円ショップにもある「ペグ」が1本400円以上…なぜスノーピークは「高くても売れるブランド」になれたのか
プレジデントオンライン / 2023年6月2日 10時15分
■勢いを支える熱狂的なファンの存在
アウトドアは、一過性のブームでは終わらずに、中長期的なトレンドとなって広がっている。矢野経済研究所の調査によると、日本のアウトドア用品・施設・レンタル市場は右肩上がりの堅調な成長を続けており、コロナ禍が始まった2020年に微減したものの、2021年にはすぐに成長軌道に戻り、2022年は約3500億円の市場規模まで拡大している。コロナ禍でも発展を続けた、数少ない成長市場の1つである。
人気のアウトドア用品の市場は、世界で高い人気を誇るパタゴニアやノースフェイス、国内ブランドとして会員数100万人超で高い支持を集めるモンベル、他にも数多くのブランドによる激戦が繰り広げられている。その中で、「最も勢いのあるアウトドアブランド」といえる存在が、スノーピークだ。
高品質・高価格帯のキャンプ用品を主力とするスノーピークは、2012年には36億円だった売り上げを、2022年にはじつに8倍超の307億円まで伸ばすことに成功している。この10年間にわたって勢いが失速しない要因には、「スノーピーカー」と呼ばれる熱狂的なファンの存在がある。
■「高く売れる」ブランドとして成長している
スノーピークを熱狂的に愛するファンたちは、その魅力を自ら積極的に発信し、ファン同士の交流も盛んだ。ファンが目立つと、それに反発する「アンチ」も生まれやすくなるが、ファンが新たなファンを呼ぶ現象も生まれやすくなる。アンチが多いというのは、ブランドの個性が強く、ファンが目立っている証拠でもある。そのアンチの発生も含め、スノーピークの商品やファンは、キャンプ場でもSNSでも人目を惹き、ファン拡大の影響力を発揮している。
日本のブランドが、ファンから熱狂的に支持されて商品・サービスを「高く売れる」ブランドになることはとても難しい。自動車や時計でも、ジュエリーやアパレルでも、「高く売れる」ブランドになれているのは欧米ブランドばかりだ。国内ブランドは、「安い割に品質が高い」というコストパフォーマンスに優れている方が支持されやすい。アウトドアであれば、モンベルがその良い例で、商品のコストパフォーマンスに優れ、会員特典も初年度からお得だ。そうした中、「高く売れる」ブランドとして成長を続けるスノーピークは、日本のブランドの中でも珍しい成功事例といえる。山井太社長は「アウトドアにおけるエルメスのような存在」になることを目指していたという(日経ビジネス「「グランピング」は地方創生とつながっている」2018年2月2日より)。
■商品には「永久保証」が付けられている
スノーピークは、1958年、新潟県三条市で金物問屋「山井幸雄商店」として創業され、その後、登山家だった創業者の「本当に欲しいものを自分で作る」思いから、登山や釣りなどのアウトドア用品を手掛けるようになった。本格的なキャンプ用品を始めたのは、1986年、現在も社長を務める、創業者の息子の山井太氏が入社して以降のことだ。家業を継ぐ前、外資系商社で欧米のラグジュアリー・ブランドを日本に展開させる仕事をしていた経験を踏まえ、自身でラグジュアリーなキャンプ用品の展開を開始した。
今も昔も、スノーピークがファンの心を掴んで放さない最大の特長は、高価格でも高品質で、デザイン性にも優れた商品力にある。商品は、品質に徹底的にこだわり、無期限に品質保証する「永久保証」が付けられている。金属加工に秀でたモノづくり集積地である燕三条の技術力と、それを活かす開発力によって、数々のヒット商品が生み出されている。
■100円ショップにもある「ペグ」が4倍の値段で売れる
その1つで、スノーピークの商品のシンボルにもなっているのが、テントなどを固定するときに地面に打ち込む杭「ペグ」である。ペグ自体は、100円ショップでも売られているが、スノーピークのペグは1本で400円ほどという高価格だ。それでも、アスファルトを貫通するほどの強度を誇り、消耗品ではなく、曲がっても叩いて直し、長く愛用できる「最強のペグ」として、300万本超のヒット商品になっている。
![キャンプ場](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/0/1200wm/img_e0edf740bcc04ac57a5361507eea11de405028.jpg)
ペグの他にも、テントやタープ、ダッチオーブンなどの調理器具、マグカップなどのテーブルウェア、焚火台など、多岐にわたるラグジュアリーなキャンプ用品が人気を集めている。これらはデザインにもこだわり、一貫して、道具の構造や用途を熟知した社内デザイナーの手でオリジナルのデザインが作られている。キャンプ用品などに精通していない外部デザイナーによる表面的なデザインではなく、道具としての独自性を確立したうえで、無駄を削ぎ落とした機能美ともいえる洗練されたデザインが、ファンの心を掴んでいる。
■ファンを集めた「キャンプイベント」が転換点
キャンプを愛する立場から、最高品質のモノづくりでファンを魅了するスノーピークだが、ずっと順風満帆だったわけではない。キャンプブームの陰りと共に、思うように商品が売れない時期も経験した。そこで1998年に初めて開催したのが、ファンの声を直接聞くためのキャンプイベントだった。30組のファンと一緒にキャンプをしながら、腹を割って本音で話してみると、「モノは良いけど高すぎる」「お店の品揃えが悪い」といった不満が続出したという。
当時は商品を問屋経由で販売していたため、中間流通コストが発生してしまい、どこで何が売られているかも正確に把握・管理できていなかった。それを、ファンの声に応えるために、問屋を通さずに販売店と直接取引する大改革に踏み切った。その結果、中間流通コストを削減することで、もともと8万円だったテントを5万9800円まで下方修正するなど、商品全体で20~30%の価格改善を実現した。また、約1000店あった販売店を、品揃え豊富に扱ってくれる約250店まで絞り込み、ファンに満足してもらえる売り場環境を整備した。こうした取り組みが功を奏し、2000年頃から業績を改善し、現在まで続く成長軌道を進み始める転換点となった。
■「ファンと繋がるイベント」に注力している
ファンと繋がることでビジネスを軌道修正できた成功体験を踏まえ、スノーピークは、専門誌などへの広告費を削減し、その代わりに、ファンと直接交流できるイベントの運営を充実させていった。
社長や幹部を含む従業員が、ファンと一緒にキャンプをするイベントは、今では「スノーピークウェイ」と呼ばれる定番イベントになり、毎年20回ほど全国各地で開催されている。そのキャンプの夜、焚火を囲みながら社員とファンが本音で語り合う「焚火トーク」は、キャンプでの困りごと、商品への要望などを本音で話し合い、クレームへの即対応や、ニーズに応えた商品・サービスの開発に結び付ける大切な場になっている。
![焚火](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/7/1200wm/img_b710342443043440c60094110ae29f81398831.jpg)
累積ポイントが高い「ブラック」以上の会員ランクのコアなファン限定で、経営幹部と一緒に焚火を囲みながらキャンプをする特別なイベント「スノーピークウェイプレミアム」も年に3回ほど開催されている。ここでは、コアなファンと経営層がより踏み込んだ議論を行い、今後の方針を一緒に考える場になっている。他にも、年2回の感謝祭「雪峰祭」など、ファンと繋がる場づくりが多種多様に展開されている。
■SNSが浸透する前から「コミュニティ・サイト」を運営
2011年には、燕三条の5万坪の広大な敷地に本社・工場・キャンプ場を開設し、キャンプ場はファンの集う「聖地」となっている。さらに2022年には複合型リゾート施設もオープンし、メーカーの枠を超え、「衣食住働遊」の5つの体験を通じてアウトドアの魅力や、アウトドアを通じて人生を豊かにするライフバリューの提案を進めている。
また、ファンと繋がるのはリアルだけでなく、デジタルでも、現在のようなSNS環境ができる前からコミュニティ・サイトを運営している。2005年から運営され、約7万人のファンが集まったコミュニティ・サイトは、その後にフェイスブックのグループを経て、ファン同士が繋がるアプリ「Snow Peak Community」へ形を変えながら、キャンプの情報や体験について発信・共有して交流を深める場となっている。
■「2種類のファン層」に支えられている
スノーピークは、近年話題の新しいブランドのように思われがちだが、じつは、ファンを作る商品力も、ファンと繋がる場づくりも、長きにわたって挑戦を積み重ねてきた歴史あるブランドだ。多くの日本ブランドがモノづくりにこだわりを見せるが、ファンと繋がる取り組みについて、スノーピークほど重視し、展開して、成功させている企業はそうそうない。
だからこそ、スノーピークには2種類の強力なファン層が生まれている。スノーピークは、ライトなファン層にとっては、キャンプ場で一目置かれる、高品質・高価格の「手の届く憧れのブランド」だ。それと同時に、コアなファン層にとっては、話し合いながら一緒に挑戦・成長していける「応援したくなるブランド」にもなっている。
スノーピークは、ブランドに「憧れるファン」と、ブランドを「応援したくなるファン」という2種類のファンと繋がることができた稀有な成功事例である。2種類のファンに支えられながら、ラグジュアリーを目指して挑戦を進める特別なブランドとして、勢いを緩めることなく成長を続けている。
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高千穂大学商学部准教授
1986年生まれ。専門はマーケティング戦略、消費者行動、イノベーション。産学官連携活動、企業団体支援、企業との共同研究および企業研修などのマーケティングとイノベーションに関わる幅広い活動に従事。主な著書に『マーケティングの鬼100則』(ASUKA BUSINESS)、『嫉妬を今すぐ行動力に変える科学的トレーニング』(秀和システム)、『リープ・マーケティング 中国ベンチャーに学ぶ新時代の「広め方」』(イースト・プレス)などがある。
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(高千穂大学商学部准教授 永井 竜之介)
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