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イェール大名誉教授「キシダノミクスの経済政策はアベノミクスを超えられるのか」

プレジデントオンライン / 2023年6月2日 9時15分

4月15日、岸田文雄首相が演説に訪れた和歌山市の漁港で筒状の物体が投げ込まれ、現場が騒然となった。(写真は目撃者提供。一部画像処理あり)(時事=写真)

■官僚や専門家の言いなりではいけない

2023年4月の統一地方選挙のなか、岸田文雄首相の演説会場に爆発物が投げ込まれた。私の住んでいるアメリカでは毎日のように銃犯罪が起きるのに対し、日本は治安がよくて暮らしやすい国だと思っていた。それが2022年7月の安倍晋三元首相銃撃事件の記憶もまだ生々しいうち、政治家へのテロ行為が起きたことには心が痛む。

アメリカでは国内の政治的対立が深まり、世の中がざわついている。21年の米連邦議会議事堂襲撃事件のように、トランプ元大統領と一部共和党の過激派が気に入らない選挙結果を暴力で覆そうとする、極端な動きが見られた。暴力ではなく投票で国の政治の方向を決められる民主主義がどれだけ大切なことかを、読者は改めて認識してほしい。

岸田首相とは会議で何度かお会いしたことはあるが、直接お話しする機会はなかったように思う。ただすれ違ったときの挨拶は、笑顔が素晴らしい印象だった。それもあって、ほかの政治家にもまして彼への親近感がわいた。この掲載号が発売するときにはG7広島サミットは閉幕しているはずだが、各国首脳にあの笑顔を見せることができれば、サミットは成功するだろう。

■岸田首相と安倍元首相の違いは何か

岸田首相と安倍元首相の違いは何か、と聞かれることがある。しかし、安倍元首相は傑出した指導力を持ち、経済面と国際政治面で理想を実現した異例の政治家なので、就任する首相をいちいち比較しては気の毒である、というのが私の意見だ。ただ、その指導力という点では、岸田首相はもう少し積極的に力を発揮してもいいように思う。

幼少時代、3年間ニューヨークで暮らして地元の小学校に通っていたという割には、アメリカ的な個人主義が見受けられない。なるべく敵をつくらず、いろいろな人の意見に耳を傾ける日本風のスタイルである。

首相就任後初めての所信表明演説では「早く行きたければ1人で進め。遠くまで行きたければみんなで進め」ということわざを引用していた。それを個人的な座右の銘とするのはいいかもしれない。しかし、首相は日本人をより幸せにするため、国民がどこに向かって進めばよいのかを指し示す地位にいる。また、それができるのがよい政治家だ。遠くに行くのであればどこまで行くのか、そして共感した国民がどうしたらついてこられるのかを具体的に示してほしいものである。

政治家が政策を運営する際には、官僚から助けを借り、各省間の調整を頼むことが必要となる。しかし、基本的政策が官僚の言いなりになってしまったのでは、政治家の使命は果たせない。それなのに、今現役の閣僚を含む複数の政治家からは、「財政・金融政策については、財務省や日本銀行の専門的知識が必要だ。政治家には理解が難しいので、専門家に任せる」と、自らの政策判断能力に匙(さじ)を投げるような発言を聞くことがある。

霞が関
写真=iStock.com/show999
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/show999

確かに、官庁や日銀には大学時代の成績のよい人材が集まり、おおむね日本の国益に利する方策を良心的に考えようとしている。しかし、彼らが長く勤めているうちに、政策に関する見方が自分の属する省や機関の利害を反映するようになる恐れがある。

例えば、バブル後の過剰な金融引き締めの傷がまだ癒えていなかった00年、日銀はそれまでのゼロ金利政策を解除してデフレを招いた。また、財政均衡にこだわる財務省の意向に従った民主党政権は消費税引き上げを決めて、景気回復をさらに遠ざけてしまった。

安倍氏はこうした経緯を間近で見て、「日銀や財務省も間違えることはある」と学んだと述べている。その後、政権を離れていたとき、自分でじっくり勉強し、スティグリッツやクルーグマンなど外国の学者の意見も聞きながら、自分の考えをまとめていった。岸田首相にも官庁や日銀の思惑に飲み込まれることなく、自分の考えを整理して政策を打ち出していってほしい。

■賃上げと増税をどう考えたらいいか

それでは、岸田政権が掲げる政策はどうだろうか。経済政策で目指している「成長と分配の好循環」は目標としてはよい。とりわけ賃上げは、安倍元首相も取り組んでいた重要課題だった。しかし、アベノミクスで企業の業績が改善しても、企業は収益をもっぱら海外投資に振り向け、国内投資や労働者への分配には消極的だった。

さらにデフレ環境下では、中小企業が消費税の増加分を価格に十分に転嫁できなかったことも、賃金の伸び悩みの一因ともなっただろう。賃金を抑制気味にして安くものを作り、それを競争力のある価格で外国に売るという体質が、日本の経済には今なお残っている。そんな環境下で、所得をより労働者のほうに持っていこうという岸田政権の基本方針は正しいと思う。

また、5年で1兆円とされるリスキリング支援や労働移動の円滑化を促進しようとしている。それらは日本企業の生産性向上に加え、労働者の賃金上昇につながるかもしれない。しかし、若者よりも中高年の労働者を重視する政策だけで日本に活力が戻るかは疑問だ。より重要なのは、若い世代がこれからの日本を自由に発想できる世界に変えていくことである。学校では記憶力でなく問題解決能力で評価するような教育を実施し、労働市場では年齢や雇用形態に関係なく、組織に対して積極的に意見を述べて経営改善できるような会社制度の民主化が望まれる。

そして、岸田首相は、ウクライナや台湾といった緊迫が続く国際情勢を考慮して、防衛費の大幅増額を打ち出した。これは国民の安全を守る朗報だと思う。防衛費をGDPの2%にすると宣言するだけでも、わが国の抑止力を強化することにつながる。

国防のための経費は、もちろん国民が負担するべきものだ。それを長期にわたって国債に頼ろうとすると、インフレが発生して国際収支が悪化し、国民は貧しくなってしまう。したがって、長期的には国民は増税を覚悟しなければならない。しかしながら、社会に供給余力があってデフレ圧力が残るとき、財務省の望むように増税で一挙にプライマリーバランスを回復しようとすると、GDPが縮小してしまって国民の負担をより一層増やしてしまう。短絡的な増税の実施や予告は経済の活力を損なう恐れがあるので、慎重な舵取りが望ましい。

23年4月末、岸田政権が指名した植田和男新総裁下において、初めての日銀金融政策決定会合が開かれた。そこでは、短期金利をマイナスにして長期金利をゼロ%程度に抑える、大規模な金融緩和策を維持することに決まった。アベノミクスの方向性を続けることになったわけで、新総裁を任命した岸田首相の選択は基本的に正しかったといえよう。

22年3月に始まった円安が、実際の景気に反映するまでには約2年はかかるとされる。今回の円安の恩恵を生かしつつ、岸田政権には新たな成長路線の実現を期待したい。

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浜田 宏一(はまだ・こういち)
イェール大学名誉教授
1936年、東京都生まれ。東京大学法学部入学後、同大学経済学部に学士入学。イェール大学でPh.D.を取得。81年東京大学経済学部教授。86年イェール大学経済学部教授。専門は国際金融論、ゲーム理論。2012~20年内閣官房参与。現在、アメリカ・コネチカット州在住。近著に『21世紀の経済政策』(講談社)。

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(イェール大学名誉教授 浜田 宏一 構成=川口昌人 写真=時事)

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