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「自分はターゲット外の商品」を売るにはどうするか…敏腕マーケターが「売り方」を知るために最初にやること

プレジデントオンライン / 2023年6月1日 13時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

ヒット商品を生み出すためには、どうすればいいのだろうか。マーケターの西口一希さんは「ヒット商品には誰かが明確に求めている便益があり、簡単に代替されない独自性がある。こうしたインサイトを導きだすためには、実際の1人のお客さまにインタビューと仮説を繰り返すことが重要だ」という――。

※本稿は、西口一希『マーケティングを学んだけれど、どう使えばいいかわからない人へ』(日本実業出版社)の一部を再編集したものです。

■「買う理由」を探るには、顧客1人ひとりを理解するしかない

お客さまの購買行動の裏にある心理や人を動かす隠れた心理(これを「インサイト」といいます)を探るために、私がもっとも大切にしているのは、具体的な1人のお客さまの理解です。私はそれを「N1分析」と呼んでいます。

1人のお客さまに対して、「その商品を知ったきっかけ」「その際に、どう感じたか」「なぜその商品を買ったのか」「なぜ購買を続けているのか」を時系列で掘り下げていく「N1分析」を行うことで、購買行動の裏にある深層心理を徹底的に理解するのです。

ただし、「1人のお客さまを分析してもプロダクトの便益と独自性を見極められない」という悩みも聞くことがあります。

もしも「N1分析」で便益と独自性を見極められないとしたら、インタビューでの掘り下げ方が足りないか、あるいはお客さま自身が自分の思いやニーズを言葉にできていないためかもしれません。

それでも、1人ひとりのお客さまに対するインタビューを、20人くらい行っていると、しだいに「こういうことがいいたいのかな」とわかるようになってきます。そのためには、インタビューの最中は頭の中をフル回転させながら仮説を考え続ける必要があります。「ひょっとすると、この人はこういう理由で商品を買っているんじゃないかな」とか、「いや、こういう理由かな」と常に仮説を考えながら話を聞くのです。

■優秀なマーケターに共通する「洞察する力」

たとえば、食物繊維がたくさん入ったヨーグルトの新製品に関する「N1分析」のインタビューをしたところ、便秘薬を飲み続けている人がいたとしたら、「繊維質を摂るために大量の野菜を食べるのが大変だ」と感じているのかもしれません。だとすると、その人の本当のニーズは「お通じに効くものを、少量だけ口にしたい」ということになります。そうであるなら、繊維質たっぷりのヨーグルトはその便益に見合ったものになるはずです。

お客さまの言葉の端々から、無意識に望んでいることを推察しながら話を聞くことが重要です。こうした話をすると、「N1分析からお客さまのインサイトを導きだすなんて、マーケティングをはじめたばかりの自分には難しい」という人もいます。

結果を出すマーケターも、生まれたときから優秀なマーケターだったわけではありません。どんな人もお客さまの理解を繰り返し、たくさんの仮説から、「お客さまに価値を感じてもらえるものは何か」と考え続けてきたのです。「違った」「これじゃない」といった失敗を繰り返しているうちに、「あ、これだ!」とお客さまが求めているものを見つけられるようになっていく。そうした経験を繰り返すなかで、マーケティングのセンスといわれる「勘所」が磨かれていくのです。

■重要なのは「便益」と「独自性」

私が考えるに、優秀なマーケターというのは、デジタルマーケティングの運用がうまいとか、広告のセンスがよいとか、数字分析がうまいなどということだけではありません。共通しているのは、「お客さま自身が気づいていない潜在的なニーズを洞察する力」です。「お客さまが言葉にできていない便益や独自性を見つけだす力」ともいえます。

その力を磨くには、お客さまがほしいと思うものを見つけだすまで何度も頭を使っては仮説を考え、お客さまと対話し提案し続けるしかありません。インタビューと仮説を繰り返し、試行錯誤を重ねることによってお客さまを洞察する力や理解する力が少しずつ身についていくのです。

お客さまが求めているものから製品やサービスを生みだしていくことを「カスタマーイン」といいます(この言葉は、一橋大学ビジネススクールの楠木建教授が提唱されている概念)。この反対が「プロダクトアウト」です。創業者自身が自分のほしいと思うものを開発するなどのように自分たちが提供したいものをつくるのがプロダクトアウトです。

ものづくりのスタートはこの2つのうちのどちらかになりますが、本来はどちらのスタートでもかまいません。重要なのは、ここでも便益と独自性というプロダクトに「価値」を感じてくれる「具体的な1人のお客さま(WHO)」が見つかるかどうかです。プロダクトアウトのケースは、創業者や開発者自身が最初のWHOになりますが、いずれにしても大切なことは、誰かが明確に求めている便益があり、簡単に代替されない独自性があるということです。

■「売れそう」という感覚はあてになるか

プロダクトアウトの場合は、自分たちがほしいと思うプロダクトをつくっているため、「この商品は売れそうだ」という信念のようなもので突き進むケースが多くあります。自分自身がそのプロダクトに対して便益と独自性を感じて、「売れそうかな」というのは自然な思いとして、よいと思います。ただし、実際に売れるかどうかは別の話です。

「売れる」かどうかは、自分と同じように感じる人が、どれぐらいいるかという話だからです。たとえ「この商品は売れそうだ」と感じたとしても、そのマーケター自身が必ずしもお客さま全体を代表している存在とは限りません。ですから、その反対に「売れるかどうかわからない」と感じた場合にも「代表性」はないということです。

結局、自分であれ他人であれ、そのプロダクトに対して便益と独自性を感じて、手に入れたいと思う人が具体的にいるかどうかがポイントです。まずはプロダクトに明確に便益と独自性を感じている人を見つけに行って、どんなことに価値を感じているのかを調べるのです。

■自分が買いたいプロダクトの成功確率は高い

とはいえ、プロダクトアウトかカスタマーインのどちらかにかかわらず、自分の感覚に代表性はないわけですが、自分がお客さまの1人として「買いたい」と思うプロダクトのほうが成功する確率は高いでしょう。なぜかというと、「自分と同じように感じるのは、どんな人だろう?」というのが想像しやすいからです。「自分がお客さまである」ということで、潜在的なお客さまの便益と独自性を理解しやすくなります。

一方、「自分は別に買いたいとまったく思わないけれど、Aさんが買いたいと思うもの」はわかりにくいですよね。だから「N1分析」をして、そのためにAさんから「どうして買いたくなったか」という話を聞いて、「なんで、どこをいいと思って」ということを掘り下げていくわけです。それで、「ああなるほど」と理解すれば、Aさんと同じような人を探しに行けるのです。

■「AD軟膏」の便益と独自性は何か

自分がまったく買いたいと思わなくても、買う人がいるプロダクトは世の中にたくさんあります。実際、私はこれまで自分が顧客ではないプロダクトのマーケティングに携わったことも、もちろんあります。むしろ、ほとんどがそうかもしれません。ロート製薬に在籍していたときに、「AD軟膏」という体のかゆみを感じる方向けの医薬部外品の皮膚用のクリームがありました。ただ、私にはそのような経験がないので、この商品のお客さまではないわけです。

ロート製薬本社=2020年6月25日、大阪市生野区
写真=時事通信フォト
ロート製薬本社=2020年6月25日、大阪市生野区 - 写真=時事通信フォト

そこで、必ず毎年買っている人がいたので、その方々のお話を聞いて「なんで、それを買うか」ということを調べていくと、「お風呂に入ったあとや、お布団に入ってしばらくして体が温まるとかゆくなって、眠れなくなることがあったが、AD軟膏を塗っておけば、ぐっすり眠れる」という話が聞けました。ほかのお客さまにも、このエピソードを話すと、「そうそう、そうなんです」と強い共感が出てきました。結果として、「お布団に入るとかゆくなるけど、AD軟膏を塗ると、すやすやぐっすり」みたいなコミュニケーションアイデア(プロダクトの便益と独自性をお客さまに伝え、購買行動を起こしてもらうための訴求のアイデア)につながるのです。

このようなコミュニケーションアイデアで、新規のお客さまもAD軟膏を購入され、これまでのお客さまも納得して購入されるようになったのです。どういう人が便益を感じて独自性をどこに感じているかが見えると、あとは、そのような方々に価値を見いだしていただけるようにするわけです。

さまざまなプロダクトのマーケティングに携わるなか、自分が対象となるお客さまと重ならないプロダクトのマーケティングに関わることも多々あります。いや、BtoBなどでは、ほとんどです。そのようなときこそ、そのプロダクトに便益と独自性を感じている人やクライアントを見つけだして、しっかり相手の話に耳を傾けることが大事なのです。

■インタビューから浮かび上がった共通項

ここで「インタビューと仮説」の重要性について、あるBtoBの企業のコンサルティング事例を紹介します。以前、ビルやマンションに使う配管パイプのメーカーから相談を受けたことがありました。通常、配管パイプは鉄や銅製のため重量があるので建築時の作業効率が悪いのですが、その会社は軽い素材で加工しやすい配管パイプを開発したのです。販売先は、建築の孫請けや下請け企業でした。

この配管パイプの主な便益は、軽量で扱いやすく、工事負担が少なく、現場の作業担当者の負担も軽減できることです。しかし価格が高く、当初の期待よりも受注につながっておりませんでした。そこで着目したのが、ビルやマンションの建設に関わる価値の流れです。孫請けの発注元の先には、さらにデベロッパーなどの施主がいます。そして、さらに上流にはビルやマンションの購入者(オーナー)がいます。

コンサルティングの依頼主である配管パイプの会社の人にインタビューしながら上流にいる施主やオーナーがもっとも気にする便益を深掘りすると、「ビルやマンションに数十年後も高い資産価値が維持されること」という共通項が浮かび上がったのです。となると、ビルやマンションの価値の維持に大切なポイントの1つに「設備」がある、という仮説が生まれました。設備の老朽化が進むと、価値が下がるからです。

■大事なポイントは「お客さまは誰か」

さらに、最も劣化しやすいのが「配管」だということもわかりました。「配管の耐久性の向上」が、お金の流れの最上流であるビルやマンションの購入者の便益となるならば、施主は多少値が張っても、この配管パイプを選ぶはずだと考えました。

西口一希『マーケティングを学んだけれど、どう使えばいいかわからない人へ』(日本実業出版社)
西口一希『マーケティングを学んだけれど、どう使えばいいかわからない人へ』(日本実業出版社)

そこで、この仮説にもとづいて、孫請けではなく、施主にこの配管パイプを提案したのです。すると、施主からは非常に好意的な反応があり、受注につながりました。建築現場の「軽い素材で加工しやすく、工事負担が少ない」という便益と独自性から見いだす価値だけでなく、より上流に位置する施主に「耐久性」という便益と独自性を提案することで、それが価値として見いだされたわけです。

私は最初に配管の会社からご相談いただいた時点では、建築・建設業界に詳しくありませんでした。依頼主にヒアリングを重ねて、便益の連鎖と価値の流れを掘り下げたことで、このようなコミュニケーションアイデアにたどり着いたのです。ここでも大事なポイントは「お客さまは誰か」ということです。お客さまが何を求めていて、さらにその先に何があり、誰がいるのかを考え続ければ、どんな業界でも、「WHOとWHATの組み合わせ」が見えてくるのです。

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西口 一希(にしぐち・かずき)
Strategy Partners代表取締役
1990年大阪大学経済学部卒業後、P&Gに入社。ブランドマネージャー、マーケティングディレクターとして「パンパース」「パンテーン」「プリングルズ」「ヴィダルサスーン」などのブランド担当。2006年ロート製薬に入社。執行役員マーケティング本部長として「肌ラボ」「Obagi」「デ・オウ」「ロート目薬」などの60以上のブランドを担当。2015年ロクシタンジャポン代表取締役。2016年にロクシタングループ過去最高利益達成に貢献し、アジア人初のグローバルエグゼクティブコミッティメンバーに選出、その後ロクシタン社外取締役戦略顧問。2017年にスマートニュースへ日本および米国のマーケティング担当執行役員として参画。2019年株式会社Strategy Partnersの代表取締役として事業戦略・マーケティング戦略のコンサルタント業務および投資活動に従事。戦略調査を軸とするM-Force株式会社を共同創業。著書に『たった一人の分析から事業は成長する 実践顧客起点マーケティング』(翔泳社)、『マンガでわかる 新しいマーケティング』(池田書店)、『企業の「成長の壁」を突破する改革 顧客起点の経営』(日経BP)などがある。

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(Strategy Partners代表取締役 西口 一希)

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