「高額保険に加入し、印鑑10個」「父親の退職金はほぼ蒸発」前頭葉血流低下で節約家だった70代母親に起きた異変
プレジデントオンライン / 2023年5月27日 11時15分
■嫌いだった家族
関西地方在住の小窪百恵さん(50代・既婚)の両親は、父親が25歳、母親20歳の時に、卸売業の職場で出会い結婚。母親は結婚を機に退職して専業主婦になり、母親は22歳で小窪さんを24歳で妹を出産した。
父親は、家庭の外では愛想が良かったが、家の中では不機嫌で、子どもたちにとって怖い存在だった。家族を連れて車で出かけるときも、前の車に「はよ行け! ボケ!」などと暴言を吐き、血の気が多く、他人とケンカになることもあった。釣りが趣味で、日曜日はほぼ毎週、一人で釣りに出かけていた。
一方母親は、都会育ちが自慢でプライドが高く、すぐに感情的になり、言葉がきつい人だった。子どもたちのしつけに厳しく、子育てでは子どもに寄り添うことや褒めること、頭をなでる、抱きしめるなどのスキンシップは一切なく、姉妹や友達と比較することが頻繁だったため、小窪さん姉妹の心の傷となっている。料理や洗濯は得意だが、掃除は苦手だった。
子どもの頃から小窪さんは自分の家庭が嫌いで、早く家を出たいと考えていた。高校を卒業後、販売の仕事をしていたところ、取引先の4歳年上の営業の男性と知り合い、20歳ごろに交際に発展。22歳で結婚し、家を出た。
「小さい頃は近場の旅行や、遊園地へ連れて行ってもらいましたが、気難しい父に我慢の母という感じであまり楽しかった思い出はありません。私たちが結婚して家を出ていくと、両親はケンカが多くなり、お互いツンケンしていました」
小窪さんは24歳で長男を、1年後に次男を出産。
息子たちが小学生になると、小窪さんは病院の検査員として午前中のみ働いていたが、息子たちが中学生になると、習い事にお金がかかるようになった。そのため、39歳の時に、家事の経験が活かせるヘルパー2級の資格を取得。午前中は病院、午後はヘルパーの仕事をした。
さらに、46歳で介護福祉士、47歳で介護支援専門員の資格を取得し、ケアマネジャーとして働き始めた。
■「ハモの湯引き」をめぐるちょっとした事件
2012年の初夏。47歳の小窪さんと45歳の妹と妹の夫、その娘が実家に集まっていた。
そのため74歳の父親と69歳の母親は、「夕食にハモの湯引きを作るね!」と、はりきった。夕方になると、小窪さんと妹も台所に立ち、それぞれ腕によりをかけたおかず作りにとりかかる。
小窪さんは、自分の料理をしながらも、父親がハモを切って、母親がお湯を沸かしたあと、大皿にシソの葉を敷いているのは見ていた。だが、その後は気にしていなかった。それぞれの料理が終わり、家族が食卓に向かい、母親が大皿をテーブルに置いた時、父親が大声で言った。
「おい! 生やないか!」
湯引きするはずのハモの切り身が、生のまま大皿に並べてあることに気付いたのだ。小窪さんはびっくりしながらも、「えっ? お母さん、お湯沸かしてたはずだけど……」と思い、母親に目をやる。
大声を出された母親は、さっと顔色が変わり、「すぐ、ゆでるわ」と焦った様子で皿を下げた。すかさず小窪さんが落ち着かせようと、「大丈夫、一緒にやろう」と言ったが、母親はなぜか、慌ててコートを羽織り、玄関に向かおうとする。その日は夏日を記録するほどの気温。外に出るにしても、コートなど必要ない。しかもコートは裏返しのままだ。
おかしいと思った小窪さんが、「どこ行くの?」と声をかけると、母親は、「氷買ってくる!」と言う。
小窪さんが、「大丈夫。ゆでた後、冷やす氷ならあるし、上着裏返しやで。上着いらないし、買いに行かなくて大丈夫やから……」と引き止めると、母親は何やら納得行かないような表情。
それでも小窪さんが母親をサポートし、ハモは無事に湯引きされ、みんなで美味しく食べることができた。だが、このとき小窪さんは、母親に強い違和感を抱き、もやもやが拭いきれなかった。
■物忘れ外来と甲状腺専門病院受診
嫌な予感は的中した。1カ月後、当時病院や図書館でボランティアをしていた母親は、図書館ボランティアでミスが増えていた。
心配した小窪さんが、「お母さんくらいの歳の人は、みんな安心のために物忘れの検査を受けているよ」と言うと、「ボランティアで行っている病院にも検査できるところがあることは知っているから、自分で予約する」と言うので任せた。
しかし、念のため小窪さんが確認すると、母親は物忘れ外来ではなく、脳外科の予約をしていたことが判明。予約を取り直した。
物忘れ外来受診の日、小窪さんは通院に同行。さまざまな検査を受けたところ、血液中のカルシウム値が高く、副甲状腺の1つが腫れていることが分かる。甲状腺疾患でも認知症のような症状が出るとのことで、物忘れの原因が認知症なのか副甲状腺異常なのかを調べるために、甲状腺専門病院を受診することに。
物忘れ外来の検査結果は、脳の梗塞や萎縮はないものの、記憶に関して少し低下があり、直後の質問の正答率は平均。30分後の質問の正答率は平均よりやや低い結果だったため、服薬無しで様子を見ることになった。
さらに1カ月たち、甲状腺専門病院を受診。結果、大きな異常はないが、カルシウム値が高く、副甲状腺の腫れがあるため、3カ月に1回の通院が決まる。
それから2年後の2014年7月。71歳になった母親の認知症の進行を疑い、認知症専門病院を受診。検査を受けると、前頭葉の血流低下と、脳に色の変化がみとめられ、アルツハイマー型認知症の初期かグレーゾーンとの診断。
現在は、健常者と認知症の中間にあたるグレーゾーンの段階を、「軽度認知障害(以下、MCI)」という。MCIは、認知機能である「記憶」「決定」「理由づけ」「実行」のうちの一部に問題が生じるものの、症状の程度が軽く、認知症までは進行していない状態だ。貼るタイプの薬の少量使用を開始する。
12月。母親は外出時にワインを飲み、どこかで転倒。しかし本人の記憶がなく、父親は別室ですでに就寝していたため気付かず、翌朝、父親が母親の額に大きな傷があることに驚いて発覚。62歳の時に持病のC型肝炎が悪化して退職した父親は、数年間の治療を経て肝炎は完治していたが、薬の副作用でメンタルが不安定になることがあり、時々訪問看護師を依頼していた。その日はちょうど訪問看護師を依頼してあったため、傷の手当をしてもらうことができた。
以降も母親は、保険証や鍵の紛失、物忘れ、過食などが続き、医師から進行予防のため、デイサービスの利用を勧められ、介護保険新規申請を依頼。
「母には、医師の勧めであることや、進行予防に役立つことを伝え、母も了解の上で申請を行い、調査を受けましたが、本人の中では、『なぜ私が?』という不満は残っていたようです。デイサービスへ行くようになっても、初めは何度も一人でケアプランセンター(居宅介護支援事業所)へ行き、担当のケアマネさんに文句を言っていましたし、日記にも悪口がたくさん書かれていました」
2015年1月。要介護1と認定された。
■“節約母”が“散財母”に
2015年2月。要介護1と認定された母親(当時72歳)は、週2でデイケアに通い始めた。その頃はまだ、実家のお金は母親が管理していた。
ところが2016年のある日、小窪さんが実家に行くと、両親が大喧嘩をしている。父親が温水器の買い換えのため、まとまったお金を用意するよう伝えたところ、母親がお金を用意できず、喧嘩になったという。さらに、実家に公共料金の督促状が届き、それを見つけた父親が、「預金口座から引き落とされるはずなのに、なんでこんなものが届くのか?」と母親を問い詰めていた。
すると母親は逆上。「そんなことを言うなら、もう私は知りません! 全部自分でやってください!」と言い残し、父親名義の通帳と印鑑を机に投げつけて自分の部屋に入ると、大きな音を立てて扉を閉めてしまった。
父親は通帳を開くと、絶句。定期預金は少し残っていたが、16年前に入っていたはずの父親の退職金がほとんど無くなっていた。
「私が子どもの頃は、あまり裕福ではなかったので、一生懸命母が節約をしていました。それなのに釣りが趣味の父は、考えなしに高価な釣竿を買ってきたりして、よく夫婦喧嘩をしていました。母は私たち姉妹が結婚した後から働き始め、50代終わり頃からは、父と同じ会社で働いていましたが、今思うと、その頃から休日には必ず外出し、服や高価な物を大量に買い、しょっちゅう旅行に行っていました。私は実家のお金にはノータッチだったので、『2人で働いて、父の退職金も入って、裕福になったのかな……』と思っていました」
すぐに小窪さんは母親と話をして、母親の口座を調べた。母親は、国民年金や企業年金など、毎月ではなく2カ月~半年に1回入金されるお金を毎月の給料と勘違いしたのか、ほぼ1カ月で使い切ってしまっていた。お金が足りなくなると、貯金を切り崩していたようだ。
小窪さんは母親に、「このままではお金がなくなってしまう」ということを伝え、母親にわかるように、「入ってくるお金」「引き落としのお金」「1カ月に使えるお金」を紙に書いて説明。そして、通帳とカードを預かり、毎月小窪さんが1カ月分のお金をおろして持参することになった。
「母は父に対してプライドがあるため、父とは別に、母と私だけで決めました。もちろん初めは母は不本意そうでした。母はすぐに忘れてしまうので、母が大事に隠しているお金ボックスに1カ月に使えるお金の金額を書いた紙を貼り、そこに私が毎月持参することも書きました。母を安心させるために、電話の度に、『○○日にお金を持っていくからね』と伝えました」
その後、おそらく物忘れがひどくなってから高額な保険に入っていたことが判明。しかし解約しようにも母親は印鑑がどこにあるかわからず、小窪さんが探すと10個ぐらい印鑑が出てきた。
もしかしたら母親は、50代の終わり頃にはすでに認知症を発症していたのかもしれない。両親のお金のことまで小窪さんは把握しておらず、父親も家計のことは母親に任せきりだったため、発覚が遅れてしまったようだ。
■別居と同居
母親の認知症は徐々に進行し、デイケアのない日に、1人でバスに乗って外出してしまうことがあり、心配した小窪さんは、平日はなるべくサービスを増やし、サービスのない週末は小窪さん自身や妹が訪問で、両親のサポートに努めた。
母親は要介護2になり、週2回の機能訓練を目的としたデイケアと、週3回の他者交流やレクリエーションを目的としたデイサービスの併用へ少しずつ変更していく。
この頃の小窪さんは、ケアマネジャーの仕事を辞めて、実家で両親と同居するか悩んでいた。これまでは通院時や週末だけ実家に来ていたが、80歳の父親が一人で認知症が進行した母親の介護をするのは、日に日に難しくなっていく。小窪さんの家から実家まで、電車とバスを乗り継いで2時間ほど。妹は持病がある上、小窪さんの家より遠方に住んでいるため、あまり頼れない。
そんな頃小窪さんは、父親が一人で母親の介護をしているときに思うようにならないと腹を立て、母親に手を上げてしまっていることに気がついた。
父親に聞くと、「暑いのにすぐに窓を閉めてしまうから叩いたった」という。小窪さんがたしなめると、「そんなこと言うても、言う事聞かへんし、偉そうに言い返してくるから腹立つわ!」と父親。
たしなめてもたしなめても、父親は我慢できずに手が出てしまう。
小窪さんは夫に相談した。夫は小窪さんの母親の認知症の進行を理解していた。しかし夫は生まれてこの方、一人暮らし経験がない。その日から小窪さんは、夫に家事を教え始めた。夫は仕事で毎晩帰りが遅いため、平日の夕食は宅食を手配することにした。
専門学校と大学進学時に家を出て一人暮らしをしている息子たちは、小窪さんたちの決断を知ると、「頑張れ〜」と声をかけてくれた。
2018年12月。小窪さん(53歳)は居宅介護支援事務所の上司に相談し、2019年3月末付で退職。
「ヘルパーの仕事を10年、ケアマネの仕事を5年してきた私自身、家族の方の介護離職がないように……と努めてきた側の自分が、介護離職することに少し不本意な気持ちを感じながらも、両親との同居を決めました」
4月。実家で両親との同居を開始すると、小窪さんは実家から通えるサービス付高齢者住宅でケアマネの仕事に就いた。
「両親のために、夫を残して実家へ帰ると言うと、『優しいね』『いい人だね』とよく言われましたが、ちょっと嫌でした。夫が自分の親の介護のために、妻を残して実家へ帰る場合はきっと、『なぜ奥さんは行かないの?』って思われるはずです。男女平等ではないですよね?」
夫は人生初の一人暮らしが不安なのか、『毎日が楽しい「孤独」入門』という雑誌を買ってきていた。(以下、後編へ続く)
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ライター・グラフィックデザイナー
愛知県出身。印刷会社や広告代理店でグラフィックデザイナー、アートディレクターなどを務め、2015年に独立。グルメ・イベント記事や、葬儀・お墓・介護など終活に関する連載の執筆のほか、パンフレットやガイドブックなどの企画編集、グラフィックデザイン、イラスト制作などを行う。主な執筆媒体は、東洋経済オンライン「子育てと介護 ダブルケアの現実」、毎日新聞出版『サンデー毎日「完璧な終活」』、産経新聞出版『終活読本ソナエ』、日経BP 日経ARIA「今から始める『親』のこと」、朝日新聞出版『AERA.』、鎌倉新書『月刊「仏事」』、高齢者住宅新聞社『エルダリープレス』、インプレス「シニアガイド」など。
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(ライター・グラフィックデザイナー 旦木 瑞穂)
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