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男たちには絶対にできなかった…ジャンヌ・ダルクが百年戦争で連戦連敗のフランス軍を立て直した意外な方法

プレジデントオンライン / 2023年6月2日 14時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Flory

ジャンヌ・ダルクは百年戦争でなぜ名を上げられたのか。歴史小説家の黒澤はゆまさんは「ジャンヌは戦争の素人だった。先入観にとらわれない女性ならではの発想で次々と効率的な戦術を築き、イギリスから勝利をもたらすことができた」という――。

※本稿は、黒澤はゆま『世界史の中のヤバい女たち』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

■序列に縛られない女だけが持つ切り札

iモード開発者の松永真理さんは、その著書『なぜ仕事するの?』のなかで、とある人事部長のこんな言葉を紹介しています。

「いまの時代、女性が優秀だなあと思うのは手持ちのカードのなかに切り札のジョーカーを持っているからなんです。男にはそれがないから、上司の顔色をうかがったり、自分の意見も言えなくて縮こまってしまう。ところが女性はいざとなればエースさえも切れる切り札を持っているんです。つまり、この会社がすべてではない、といえる強みがあるんですよ」

この会社という言葉を組織に置き換えてみれば、どの時代でも通用する論理かと思います。

生涯、組織・群れのなかでパワーゲームをプレイし続けなくてはならない男に対し、別の選択肢を持つ女性は組織の序列やルールから自由。ときに奔放に振る舞って「空気が読めない」と男側の反発を招いたとしても、彼女たちの働きは硬直化した組織に風穴をあけ変革を促してきました。

今回ご紹介するジャンヌ・ダルクも、そうした女性の持つ強みを生かして、最大限に能力を発揮した人です。よく知られた人物ではありますが、改めてその活躍ぶりを見ていきましょう。

■「女と戦争は素人こそ恐ろしい」を体現したジャンヌ

ジャンヌが「フランスを救え」という啓示を受けたのは1427年。この頃、英仏の間で前世紀から続いてきた百年戦争はいよいよ大詰めで、神様が16歳の少女にわざわざこんな啓示を下さなくてはならないほどフランスは大ピンチでした。

首都パリを含む北半分をイギリスに制圧され、最後の砦オルレアンは陥落寸前。王太子のシャルル7世は即位の目途もつかず、スペインかスコットランドへの亡命を考えていたほどだったといいます。

そんな窮地が、神様の啓示を聞いたという以外は何の実績も後ろ盾もない、頭のおかしな娘にフランスのすべての運命を託させることになりました。

しかし、ナポレオンは後に語っています。「女と戦争は素人こそ恐ろしい」ジャンヌはこの言葉を二重に体現することになるのです。

■フランス騎士団のお粗末な戦法

百年戦争を通じて常にフランスはイギリスに対し劣勢で、こと野戦に限って言えば戦えば必ず負けるといっていいほどでした。理由は、大まかに言って二つあります。

一つは、イギリスの秘密兵器、射程距離600メートルを誇るロングボウの存在。

二つ目はフランスの主力、騎士たちの非効率な戦い方。彼らは騎士道精神に則り、律儀に名乗りを上げてから攻撃を開始しました。おまけに封建領主、要はお殿様の集まりなので命令系統がなく、攻撃のタイミングはバラバラです。

そのため、フランスは百年戦争を通じて、

(1)名乗りを上げている間にロングボウを打たれる
(2)バラバラの突撃をかけている間にロングボウを打たれる

ということを繰り返していました。これでは勝てるはずがありません。

ところが、戦争のプロのはずの男の将軍たちが、この簡単な事実に気付きませんでした。固定観念に支配された組織というのは、古今東西を問わずそういうもので、外部から「ほら、こうしたら卵は立つでしょう」と言われなければ、解決策を見つけられないものなのです。

■「序列に自由」な強みを生かして戦術を改革

しかし、素人中の素人だったジャンヌは先入観からは自由。魔法のように、これらの問題を解いてしまいました。

まず第一の問題については、大砲を採用しました。大砲なら、射程距離は800~1000メートル。ロングボウをはるかに超えます。当然、反対意見はたくさん出ました。

その頃、大砲は何故か城攻めにのみ使われるものとされていたのです。

「こいつをあそこの人が固まっているところにぶち込むわよ」
「いけません。騎士道に反します」
「戦争は勝つためにやるんでしょうが。さっさとやりなさい!!」

こんなやり取りがあったかどうかは分かりませんが、ジャンヌが貴族の将軍様たちに対して、というか誰であろうがしかりつけるような口調で話したのは史実です。序列に自由というのは、彼女が持っていた強みの一つでした。

第二の問題に対しては、突撃前の名乗りのような無意味な男のかっこつけは固く禁止。

そして、彼女自身が攻撃の先頭に立つことで、指揮系統を一つにしました。彼女は剣よりも好きと語った自前の旗を片手に何万という兵たちに向かって叫びました。

ジャンヌ・ダルク イラスト
写真=iStock.com/Christine_Kohler
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Christine_Kohler

「On les aura!(あいつらやっつけちまおうぜ!)」

フランスの片田舎出身のジャンヌ独特の泥臭い、しかし、それだけに熱いこの掛け声は第一次世界大戦時のフランス軍のポスターの標語にもなりました。

そして奇跡が起きました。イギリスに7カ月もの間包囲され、窒息寸前だったオルレアンをたった1週間で解放。さらに、パテーに待ち伏せていたイギリス軍も鎧袖一触といった感じで打ち破り、パリ以南のイギリス側の勢力をほぼ駆逐しました。事実上、百年戦争はこの時に「勝負あり」になったのです。

■女性が男社会で能力を発揮する難しさ

1429年7月17日、シャルル七世はフランス王家の伝統通りランスの大聖堂で王位につきました。ジャンヌが歴史という大舞台に現れてから信じがたいことにわずか4カ月後のことです。王の裾にすがりついて喜びにむせび泣く乙女の姿を見て、誰もが涙したといいます。

ジャンヌの幸運は彼女が理解者、アーサー王の話でたとえれば、ガウェインたちに恵まれていたことにもありました。特にフランス王家よりも裕福だった貴公子ジル・ド・レと、ジャンヌも「優しく美しい私の公爵様」と称えたアランソン公の2人は大親友でした。

皆20~30代のまだ若い騎士たちでしたが、このだれかれかまわず怒鳴り散らす、エキセントリックな娘をおかしがりながらもしっかり支えました。確固とした自分自身の原理原則を持ちながら、自由に生きるジャンヌを、時に眩しく見ることもあったのではないでしょうか。

しかし、シャルルの即位によってジャンヌの歴史上の使命は終わったようです。舞台は神の戦いから、戦後処理も見据えた男たちの複雑なパワーゲームに移り変わっていました。ひょっとしたら、この時、ジャンヌは冒頭の女性だけが持つ切り札を切るべきだったのかもしれません。

時代の流れに取り残された少女は、コンピエーニュの戦いで捕虜となります。そして1431年、イギリスの卑劣な異端裁判の罠によって、ルーアンで刑場の露と消えたのです。まだ19歳でした。

彼女の栄光と悲劇は、女性が男社会で能力を発揮する鍵を示すと共に、そこで生き抜き続けることの難しさも伝えているようです。

■処刑から24年後にジャンヌの親友が語ったこと

ジャンヌが死んでから24年後、ジャンヌに下された異端の判決を無効とするために、復権裁判が開かれました。ジャンヌに仕えたナイトたちも名誉回復のため法廷に立ちます。

黒澤はゆま『世界史の中のヤバい女たち』(新潮新書)
黒澤はゆま『世界史の中のヤバい女たち』(新潮新書)

ただ、ジャンヌの親友の一人だったジル・ド・レはこの法廷に駆けつけることが出来ませんでした。ジャンヌが火刑になったことのショックに精神を病み、復権裁判に先立つ1440年、とんでもない事件をおこして火あぶりにされていたのです。罪状は数百人の少年に対するあまりにも猟奇的な殺人で、後にこの出来事を元に「青髯」の物語が出来ます。

もう一人の親友、アランソン公だけが法廷に立ちました。美貌の若者も、この頃には陰湿な王宮政治に消耗し、汚れた中年になっていました。

彼は少女の掲げる旗の下戦場を駆け巡った、二度と戻らぬ輝きに満ちた青春の日々を、我が事ながら神話の様に語っています。その言葉を以て締めとしたいと思います。

「私たちとジャンヌは戦場では同じ寝藁で眠ることもありました。月明かりのなか、彼女がそっと起きて、鎧を脱ぎ、白い肌をあらわにしたのを見てしまったこともあります。でも、誰も決して淫らな気持ちを抱くことはありませんでした。とても、とても、不思議なことに……」

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黒澤 はゆま(くろさわ・はゆま)
歴史小説家
1979(昭和54)年宮崎県生まれ。著書に『劉邦の宦官』『九度山秘録』『なぜ闘う男は少年が好きなのか』『戦国、まずい飯!』『戦国ラン 手柄は足にあり』などがある。好きなものは酒と猫。作家エージェント、アップルシード・エージェンシー所属。

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(歴史小説家 黒澤 はゆま)

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