日本アニメ『スラムダンク』に太刀打ちできない…なぜ韓国映画がいま大不振に陥っているのか
プレジデントオンライン / 2023年6月1日 11時15分
■今年観客動員数が100万人を超えた国内作品はわずか2本
映画大国の韓国で日本アニメの快進撃が大きな話題となる中、韓国内ではその裏で進む自国の映画業界の低迷が取り沙汰されている。「危機」「泥沼」「失踪」「全滅」……韓国メディアによる映画界の現状分析記事でよく使われるこうした単語からは、その危機意識が伝わってくる。
今年1月に公開された『THE FIRST SLAM DUNK』、3月に公開された『すずめの戸締まり』が5月21日現在、それぞれ観客動員数466万人、544万人を記録しながらロングランを続けている。対して、今年公開された国内作品のうち観客動員数100万人を超えたのは『交渉』と『ドリーム』の2本だけだ(5月現在)。それさえも、制作費を考慮すれば決して十分な結果を残したとはいえない。
■17億円かけた大作が目標動員数の半分にも及ばず
ドラマ『愛の不時着』で株を上げた俳優ヒョンビンと、韓国映画界を代表する俳優として名高いファン・ジョンミンのダブル主演作である『交渉』は、2007年にアフガニスタンで起きた韓国人拉致事件をモチーフにしたアクション映画だ。豪華キャスティングと派手なアクションシーンが売りで、制作費は150億~170億ウォン(約15億~17億円)に達すると報じられており、損益分岐点はおよそ350万人。だが蓋を開けてみたら観客動員数は172万人で、目標の半分にも及ばない低調な興行成績だった。
パク・ソジュン&IU主演の『ドリーム』は、予期せぬ事件から選手生命の危機に瀕したサッカー選手が、起死回生のために“ホームレス・ワールドカップ”韓国代表監督の座を引き受けたことから始まる笑いと感動のスポーツ映画だ。世界的な人気を得ている主演俳優2人に加え、『エクストリーム・ジョブ』(2019年)で1600万人を動員したイ・ビョンホン監督の新作ということで期待が高かったが、損益分岐点の220万人(制作費139億ウォン)まではほど遠い110万人という成績に留まった。
ほかにも『対外秘』(75万人)、『幽霊』(66万人)、『リバウンド』(69万人)など、100億ウォン(10億円)以上の制作費を投入した作品がそろって興行に失敗。こうした状況を見て、今年公開予定だった作品が相次いで先送りされる現象が起きている。
■コロナ禍以前に作られた90本が倉庫で眠っている
映画製作会社「ハハ・フィルムズ」のイ・ハヨン代表は、現在の韓国映画界は長期低迷の入り口に立たされていると主張する。
「業界では現在、80~90編あまりの作品が倉庫で眠っている。これは国内のスクリーンを2年間埋めることができる分量だ。それに加え、現在上映されているのはコロナ禍前に作られて“賞味期限”が切れた作品ばかり。急激に変化している観客の好みに追いつけず、一様に失敗している。今の状態が続けば、これまでは洋画と国内作品のシェアが50対50を維持してきたところから、洋画の比重が増えていく。一度韓国映画を離れた観客は戻ってこないだろう。今はまさにその入り口に立っている」
韓国の全国紙「朝鮮日報」は「投資金回収が長期間できずにいる状況で投資が途絶えている」とし、「新しい映画を製作できない問題も深刻だ」と指摘している。同紙は、映画監督の証言を借りて「製作資金の70~80%をファンド運用会社、20%以下をCJやロッテなどのメジャー配給会社が担当しているため、これらの会社が資金を提供しなければ映画製作そのものが不可能な状況」と説明した。(「朝鮮日報」4月15日「公開作が半分に激減、マーケットシェアは29%……韓国映画最悪の危機」)
■チケット代が大幅に引き上げられて客離れが起きた
すでに映画界では「事実上、新作の製作が中断された状態」という言葉も出ている。筆者の知人の映画関係者は「2025年には韓国映画が映画館で観られなくなる可能性がある」と嘆く。
「韓国では毎年70作あまりの商業映画が製作されてきたが、コロナ禍以後は縮小し、今年はせいぜい20本程度になる見通しだ。その中でも製作費が30億ウォンを超える中規模~大作映画は10本にも満たないとみられる。映画1本の企画から上映までにかかる期間は通常2~3年なので、今のような製作の“日照り”現象が続けば2025年には映画館から自国作品が姿を消すことになるかもしれない」
韓国映画の低迷理由として最もよく挙げられるのは、OTT(Over The Top/オンライン動画配信サービス)の普及と鑑賞料金引き上げ問題だ。新型コロナウイルス感染症によって映画館を訪れることができなかった3年間、OTTが急激に普及したおかげで映画を家で観る習慣が定着した。他方で、映画館はコロナによる不況が長引くと、チケット代を36%も引き上げてしまった。かつては大人1人で1万1000ウォン(約1100円)だったのが今では1万5000ウォン(1500円)。結果、観客はさらに厳しい目で映画館で観る映画を選ぶようになり、興行不振が続いているという分析だ。
![観客がいない映画館の客席](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/5/1200wm/img_65cfc36f2db3d9c4b02837a5b2df84a9145802.jpg)
■『パラサイト』ポン・ジュノ監督の新作はハリウッド映画
OTT市場が映画界に入ってくるはずだった資金や人材まで吸収していることも、窮状につながっている。これまでは映画に投資していた大手配給会社が、OTTのシリーズものなどのドラマコンテンツへの投資に旋回したケースはもはや珍しくもない。これに合わせて、著名な監督や俳優もOTTに進出したり、ハリウッドに進出したりしている。
今年のカンヌ国際映画祭で、韓国作品はただ1本もコンペティション部門にノミネートされなかった。一方、『パラサイト 半地下の家族』(2019年)でパルムドールを受賞したポン・ジュノ監督は現在、ハリウッド俳優ロバート・パティンソンと映画『ミッキー17』を撮影中だ。『別れる決心』(2022年)で監督賞を受賞したパク・チャヌク監督は、ロバート・ダウニー・Jr主演のHBOオリジナルシリーズ『シンパサイザー』に取り掛かっている。『怪しい彼女』(2014年)、『天命の城』(2017年)などでヒットメーカーになったファン・ドンヒョク監督は、Netflixのオリジナルシリーズ『イカゲーム』が大ヒットした後、続編に集中している。
■過去のヒット作を真似たような映画しか生まれないマンネリ
柳の下のどじょうを狙うあまり、似たような作品が量産されるマンネリ状態の蔓延も観客からそっぽを向かれるようになった理由のひとつだ。
「製作費が高くなり続けており、その分『絶対に失敗してはいけない』という意識も強くなってしまった。結果として、既存の成功パターンを踏襲したような映画ばかりが製作されているのが実情。製作費を下げるためにも新しいジャンルの開発を通じて新しい監督や新人俳優を送り出さなければならないが、業界全体に企画開発力が絶対的に足りていない」(前出 イ・ハヨン代表)
■ドラマ業界もまったく他人事ではない
さらに深刻な問題は、この現象が映画界だけに限ったことではないという点だ。あるドラマ制作会社の代表は「ドラマ界でも似たような低迷シグナルが出ている」と話してくれた。
「今の韓国ドラマの平均製作費は1話あたり10億ウォンをはるかに超えており、トップ俳優をキャスティングするとなれば1話で30億ウォンを超えることも珍しくない。しかし、放送局やOTTからの出資はむしろ減っている。過去には製作費の10%程度を支援してくれたのが、今は7%にも及ばない。巨額の赤字になることが見え透いた状況で製作を続けるのは、まるで時限爆弾を抱え込んで仕事をしている気分だ。結果としてここ数年、業界全体で制作本数は顕著に減っている」
韓国メディアによると、韓国ドラマも50本あまりが公開先のプラットフォームを見つけられずに倉庫で眠っているという。製作費の暴騰による経営上の負担を減らすべく、OTTや放送局などがドラマの放送本数を減らしているからだ。
この数年、アジアを越えて世界のメインストリームで高く評価されてきた「K-コンテンツ」だが、本国ではすでに陰りが見えてきたようだ。過去の「成功体験」だけに頼って「新鮮さ」を失ってしまったことが、これほど急速な転落を招いた……そんな自嘲めいた評価が韓国国内には広がり始めている。
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フリージャーナリスト
韓国ソウル生まれ。淑明女子大学経営学部卒業後、上智大学文学部新聞学科修士課程修了。東京新聞ソウル支局記者を経て現職。著書に『韓国 行き過ぎた資本主義』(講談社現代新書)、『韓国 超ネット社会の闇』(新潮新書)。
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(フリージャーナリスト 金 敬哲)
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