最後は安倍首相とプーチン大統領のガチンコ勝負だった…松井一郎氏が語る大阪万博の誘致決定の舞台裏
プレジデントオンライン / 2023年6月1日 10時15分
※本稿は、松井一郎『政治家の喧嘩力』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
■オールジャパンで掴んだ2025年大阪万博
2018年11月23日、パリで開かれたBIE総会で2025年の万博開催都市を決める投票が行なわれた。開催地はBIE加盟170カ国の無記名投票で決まる。総数の3分の2以上の票を得た都市が開催地に決まる。3分の2に達する都市がない場合は、最下位が脱落し、2都市に絞り込まれれば過半数を得た都市が開催権を獲得する。
私は吉村市長、世耕弘成経済産業大臣、誘致委員会会長で経団連名誉会長の榊原定征さんらとともに現地に赴き、投票が行なわれる場所とは別の一室で結果発表を待っていた。
突然、室内のモニターに投票結果が表示された。「日本85票、ロシア48票、アゼルバイジャン23票」
日本は半数を獲得したが、規定の3分の2には届かなかった。すぐに日本とロシアの決選投票が行なわれた。再びモニターに投票結果が表示された。
「日本92票、ロシア61票」
日本の勝ちだった。我々は抱き合って喜びを爆発させた。
我々はオールジャパンで誘致合戦を戦ってきた。その結果の勝利だったが、最後の最後に日本に勝利をもたらしたのは、ここ数年の安倍総理の外交力だったと私は考えている。
■決選投票は安倍首相とプーチン露大統領の対決
第一次安倍内閣の発足した2006年9月から第二次安倍内閣が発足する2012年12月までの6年余のあいだに6人の首相が1年ごとに就任と退陣を繰り返す短命内閣が続き、国際場裏における日本の存在感は落ちるところまで落ちていた。
ドイツでは、この間を含む2005年11月から21年12月までの16年間、政権を担ったのはメルケル首相1人だった。G7サミットでも、毎年首相が代わる日本はほとんど相手にされなくなっていた。
しかし、投票が行なわれた2018年11月の時点で、すでに6年近く安倍総理は政権を維持していた。当時の安倍総理は、もはや1年ごとに交代する昔の総理の扱いではなくなっていた。世界に貢献してきた安倍総理はサミットでもメルケルさんに一目置かれ、トランプさんにもシンゾーと呼ばれる、確固としたポジションを築いていた。
万博開催都市を決める決選投票は、つまるところ安倍総理とプーチン大統領のどちらが万博を招致するにふさわしいリーダーかを選ぶ投票だったといってよい。そして世界は安倍総理を選んだ。この選択が正しかったことは、それから3年3カ月後、明らかになった。2022年2月、プーチン大統領がウクライナへの軍事侵攻を命じ、「世界の課題を解決する」万博を招致する資格のないリーダーであることを自ら世界に暴露したからである。
■万博誘致はリスクの大きい賭けだった
こうして2025年の万博は大阪で開催されることが決まった。結果として成功したのだが、万博誘致は私にとって大きな賭けだった。私は2016年から世界各地を飛び回って誘致活動を行なってきたが、当然、それには相応の費用がかかる。
その当時から「誘致に失敗したら、どう責任をとるんだ」と私を批判する声は上がっていた。誘致に失敗したら責任問題に発展しただろう。旗を振った私や吉村市長の責任が追及され、我々の求心力低下は避けられなかったと思われる。
そうなると、翌2019年4月の統一地方選の大阪府議会議員選挙および大阪市議会議員選挙でも維新は打撃を受けただろうし、統一地方選に合わせた大阪府知事・大阪市長の「出直しクロス選挙」が実施できたかどうかわからない。2020年に実施された大阪都構想の賛否を問う住民投票が実現したかどうかもわからない。万博誘致は私や維新にとって、それほどリスクの大きな賭けだったのだ。
■国とは対照的に大阪の自民党は終始、万博に反対
しかし、歴史を振り返れば、国際的なイベント誘致に失敗したからといって、当事者の首長がバッシングを受けた例はあまり見当たらない。たとえば大阪市は2008年のオリンピック開催をめざして大々的な招致活動を展開したが、2001年のIOC(国際オリンピック委員会)総会で北京に敗れ、招致は失敗に終わった。この間、オリンピック招致の旗を振ったのは、1995年から2003年まで大阪市長を務めた磯村隆文さんだった。しかし、招致に失敗した磯村市長へのバッシングは起こっていない。
では、今回誘致に失敗していたら、私や維新へのバッシングが起こり、政局になるところだったのはなぜなのか。それは大阪都構想を含め、維新が議会での馴れ合い政治を終わらせ、本気で戦ってきたからだと私は考えている。だから相手も私が失敗したら、責任を取らせると手薬練引いて待ち構えていたのだろう。
対して、オリンピック招致に失敗した磯村さんは、共産党を除くいわゆる「オール与党」の推薦で市長選に当選し、2期8年の任期を全うしている。招致に失敗したからといって、バッシングが起こらず、政局にもならなかったのは、オール与党という馴れ合い政治の結果だったのではないか。
安倍総理をはじめ国の自民党は万博誘致を全面的に応援してくれたが、大阪の自民党は終始、万博に反対だった。誘致に成功したあとは、賛成のフリをしているだけである。誘致に成功すれば「安倍総理のおかげ」といい、失敗すれば「だから我々は反対したんだ。松井の責任だ」と私を糾弾するつもりだったのだろう。
![2025年大阪・関西万博開幕1,000日前イベント(写真=内閣官房内閣広報室/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/d/1200wm/img_1d6a376bbb1ce40f1e7b65a762a5b5e7695965.jpg)
私は今回も本気で戦い、かろうじて賭けに勝ったのである。
■大阪府の人口は、22年間で約12%減少すると推計される
2025年の大阪万博を成長の起爆剤とするなら、大阪・関西の持続的な経済成長のエンジンとなるのが、統合型リゾート(IR)である。
日本の人口減少が進むなか、大阪府の人口は、2018年度から2040年度の22年間で約12%減少すると見られている。大阪府における65歳以上の高齢者が占める割合は2015年度時点で26.2%だったが、2040年度には34.5%となる見込みである。このような人口減少と高齢化の進展は需要と労働力の減少をもたらすと懸念される。
そのような状況下、できない理由を並べ立てて、大阪の府内総生産(GDPの大阪府版)を引き上げる努力を放棄すれば、これまで積み上げてきた遺産を食いつぶしながら、大阪は衰退していくしかないだろう。持続可能な大阪をつくるには、持続的な経済成長を実現しなければならない。
![大阪、日本のスカイラインは夕暮れ時。](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/0/1200wm/img_504e62ed2a58fc73b9c8a00278cbf8681507010.jpg)
■IRでインバウンド増加を経済成長につなげる
それには、今後市場拡大など将来性が見込まれる成長産業に注力する必要がある。その将来有望でしかも経済効果が大きい産業が観光である。そして観光分野を基幹産業としていくための重要な手段がIRなのである。
IRとは、国際会議場や展示場などのMICE施設、ホテル、レストラン、ショッピングモール、エンターテイメント施設、カジノなどで構成される複合施設で、民間事業者が一体的に設置し、運営することになる。
ちなみにMICEとは、会議(Meeting)、報奨・研修旅行(Incentive Travel)、国際会議(Convention)、展示会・見本市、イベント(Exhibition/Event)の頭文字をとった言葉で、ビジネスイベントの総称である。MICEを目的とした利用者は団体客が多く、その消費額・宿泊数は一般観光客よりも多いため、世界各国でMICE誘致に力を入れている。
そうした世界水準のMICE施設の整備や滞在型観光の促進を一体的に行ない、インバウンドの増加を確実に経済成長に取り込んでいくための複合施設がIRである。
■IR整備法で義務づけられたカジノへの入場管理
このIRについて、大阪では賛否が拮抗している。反対している皆さんが懸念しているのが、カジノ絡みの問題である。たとえば「カジノができればギャンブル依存症の人が増える」「カジノができれば治安が悪化する」といった懸念を抱いている人は多い。
しかし、IR反対派のプロパガンダの影響を受け、誤解や情報不足からそのような懸念を抱いている人が少なくないのも事実である。大阪府・大阪市は丁寧な説明を続けて、誤解や情報不足に起因する懸念を解消していく必要がある。
カジノ設置に伴う「ギャンブル依存症」「治安悪化」という懸念については、国と大阪府市がそれぞれ厳格な対策を幾重にも講じている。
たとえば日本では、パチンコがギャンブル依存症を生み出してきた歴史がある。それにもかかわらずパチンコ店には、18歳以上であれば入場規制がない。入口で身分証明書を提示したり入場料を払う必要もなく、入店の回数に制限もない。しかし国の定めた「IR整備法」では、依存症防止のためにカジノへの厳格な入場管理が義務づけられている。
日本人と在日外国人(つまり外国からの観光客以外)がカジノに入場するには、マイナンバーカード等による本人確認と入場回数の把握が実施され、連続する7日間での入場回数は3回まで、連続する28日間での入場回数は10回までに制限されている。しかも1回につき入場料6000円を支払わなければならない。
■世界ではカジノによる急激な犯罪増加は見られない
さらに、本人・家族等の申し出による利用制限措置も規定されており、家族から申し出があれば、ギャンブル依存症者が施設を利用できなくすることもできる。
![松井一郎『政治家の喧嘩力』(PHP研究所)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/d/1200wm/img_7deadaf2edbc24d28d4fa49586b912fe332236.jpg)
このようにIRのカジノには、これまで公営競技(公営ギャンブル)で講じられてきた依存症対策に比べて、よりリスクをヘッジする厳格な規制がかけられていると我々は考えている。
また、「カジノができると治安が悪化する」という懸念に対しても、国と府市双方がさまざまな対策を講じている。たとえば「IR整備法」は反社会的勢力のカジノ事業参入を規制するとともに、施設への入場や滞在、カジノ行為を禁止するなど、反社会的勢力対策を講じている。
一方、大阪府はIR誘致を予定している夢洲への警察署設置や警察職員の増員などで警察力の強化を図ったうえで、IR事業者と協力して治安・地域風俗環境対策に取り組むことになる。
世界的には、カジノができたからといって急激な犯罪増加などは見られない。
メディアは反対派の懸念を伝えるだけではなく、こうした事実もちゃんと伝えてもらいたい。
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前大阪市長
1964年、大阪府八尾市生まれ。福岡工業大学卒業後、きんでん勤務。2003年に大阪府議会議員、2011年に大阪府知事、2019年より大阪市長を務める。大阪維新の会代表、日本維新の会代表などを歴任し、2023年4月に政治家を引退。
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(前大阪市長 松井 一郎)
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