1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 政治

受け入れた中東難民の2人に1人は無職で政府頼み…「EUで最も人道的」なドイツが難民拒絶に転じつつあるワケ

プレジデントオンライン / 2023年6月1日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/shironosov

■難民ベッドは工場や倒産したホテル、体育館にも

現在、ドイツにはシリア、アフガニスタン、イラクからの難民が続々とやってきて、それをそのまま入れているため、これらの国々からの難民は、他のすべてのEUの国を全部足したよりも多くなってしまった。そこにウクライナからの避難民を足すと、ドイツが受け入れた難民は昨年だけで130万人超。2015、16年の難民危機の時の数字をすでに超えている。

連邦政府は、入ってきた難民を容赦なく州に送り込み、州政府はそれを仕方なしに自治体に振り分けるため、困窮しているのは、結局、実際にその難民を受け入れている市町村だ。

難民は生身の人間だから、収容場所が整うまでどこかに積んでおくわけにもいかず、送られてきたその瞬間から、最低限の衣食住の手当はしなければならない。そしてその後も、学校、託児所の手配、さらに医療や心理ケア、ドイツ語習得のための講座と、さまざまな庇護が必要になる。

その結果、どの自治体でも、お金はもちろん、住宅、職員、教師などすべてが不足し、すでににっちもさっちもいかない状態だ。閉鎖した工場や倉庫や兵舎、倒産したホテルやスーパーマーケットから、学校の体育館にまでベッドを並べている自治体もあれば、老人ホームの居住者を違う階に移して場所を作ったり、集落のはずれの空き地にテントを並べたりして急場をしのいでいる自治体もある。

■難民認定を受けていなくても留まるケースが多い

現在、難民として認められやすいのは、シリア、アフガニスタン、トルコ、イラク、イランなどからの難民だが、その他の国からの申請者であっても、政治的、人種的、宗教的理由などで迫害されている事実が確認されれば、難民として認定される。そうなると初めて正式に庇護の対象となり、母国が再び安全な国になるまでドイツに滞在でき、働くこともできる。

つまり、認定されなければ、母国に帰らなければならないが、ただ実際問題として、一度入ってきた難民は、認められようが、認められなかろうが、永久に留まるケースが非常に多い。

一方、現在、ウクライナ人は扱いが別で、全員が自動的に、1年の滞在許可を得られる。ウクライナ難民はほとんどが女性と子供なので犯罪の心配も少ないし、女性はドイツで不足している介護職などに携わってくれるため、政府としては歓迎しているところもある。

滞在期限は1年とはいえ、難民ではなく、合法の移民扱いなので、すぐさま職業に就けるし、子供たちは普通に学校に通える。ドイツには元々、ウクライナ移民が多く住んでいたし、文化的にそれほどかけ離れているわけではないため、大して摩擦がない。多くのウクライナ人の滞在期間は、戦争の延長によりすでに1年を超えている。

■犯罪組織の口車に乗せられて来る人も

ウクライナは貧しい国で、政治の腐敗はつとに有名だった。だから、国民は政治に愛想を尽かしており、かねてより豊かな生活を求めてドイツに移住したい人たちが多かった。つまり彼らにとっては、ウクライナ人というだけで自動的にドイツ滞在が認められる今はまたとないチャンスなのだ。

G7広島サミットで、ウクライナのゼレンスキー大統領(左)と握手するドイツのショルツ首相=5月20日、広島県
写真=ThePresidentialOfficeUkraine/dpa/時事通信フォト
G7広島サミットで、ウクライナのゼレンスキー大統領(左)と握手するドイツのショルツ首相=5月20日、広島県 - 写真=ThePresidentialOfficeUkraine/dpa/時事通信フォト

しかも、戦争は簡単に終結しそうになく、人手不足のドイツのこと、職さえ確保できれば、1年ビザが永住ビザに切り替わる可能性は限りなく高い。それもあり、戦争勃発以来、ドイツのあらゆるところでウクライナ・ナンバーの車を見かける。中には高級車も少なくない。

しかし、問題はウクライナ人以外の難民だ。シリアやアフガニスタンのように難民受け入れが認められている国にせよ、違法に入国してくる北アフリカ諸国やバルカン半島からの難民にせよ、どちらも若い男性が圧倒的多数(そうでなければ、ハードな道中をドイツまでたどり着けない)。そして、彼らのほとんどが、内乱のためというより、貧困のために祖国を後にしている(本来、ドイツは経済難民は受け入れていない)。

しかも、彼らの多くは、ドイツは天国のような国で、仕事があり、皆が豊かになれるという犯罪組織の口車に乗せられて来ている。ドイツのテレビでは時々、元難民で、今では大学に通う優秀そうな学生や、まじめに技能を学び、しっかりとドイツ社会で働く模範的な若者の姿をルポとして放映するが、これは例外的にうまくいった例であり、幅広い現実を表しているわけではない。

■2人に1人が無職、年1500億円の費用がかかる

それどころか現状は、2015年、16年に入った中東難民でさえ、いまだに職に就いているのは半数ほどで、受け入れ後15年が過ぎた2030年になっても、彼らにかかる国の持ち出しは年間10億ユーロ(約1500億円)になる予測だという。中東難民を安い労働力として活用するはずだった政界、産業界の期待は、とっくの昔に外れている。

そこに今、難民の第2弾の大量流入が起こり、あちこちに、職がなく、エネルギーだけはあり余った若い男性たちが、パンク状態の収容施設で暮らしている。審査までの待ち時間は長く、必ずしも明るい希望があるわけでもない。自治体内では自由に動き回れるとはいえ、当然、ストレスや欲求不満は募り、捨て鉢になったり、精神に異常をきたしたりする人もいれば、犯罪に走る人も現れる。

実際に昨年から、難民によるナイフを使った殺傷事件が急激に増えた。仲間内の抗争だけでなく、小学生や中学生の女の子が殺傷される事件も、複数起こっている。難民収容所が置かれた田舎の小さな町などでは、女の子を持つ家庭で不安が高まっているし、女性が林の中を1人でジョギングするのを憚(はばか)る状態だ。今では、どこかに新しい難民収容施設ができるとなると、近所の住民の間でものすごい抵抗運動が起きる。入居直前に放火された施設さえあった。

■「人道的なドイツ人」が難民を拒絶する深刻さ

人道的でありたいという願望の強いドイツ人は、これまで全力を尽くして難民をサポートしてきた。ところが3月末、世論調査機関のアレンスバッハが公表したアンケートでは、回答者の6割が、「ドイツはこれ以上、無制限に難民を受け入れることはできない」とし、5割は、現在法律で認められている難民の権利を縮小すべきだと答えた。また、85%の人が、難民は雇用の改善にも社会の多様化にも役立たないと考えている。

2015年、メルケル前首相の無責任な「難民ようこそ政策」で、国中が大混乱に陥った時でさえ、国民はここまではっきりと難民を拒絶することはなかった。それどころか、その後、難民由来のさまざまな問題が膨らんできても、国民はなおも難民をサポートしたのだ。ところが、今、難民援助のモチベーションは、危険なほどに落ち込んでいる。

特に市町村の政治家は、役場の職員や住民の抱える問題を間近で味わっている。幼稚園や学校では、保育士や教師がドイツ語のできない子供たちのケアに追われ、役所はどんどん膨れていく解決不能の課題に押しつぶされそうだ。当然、予算も底をついている。

ベラルーシ、ゴメルの通りで、疲れた女性たちは寒さの中に座っている
写真=iStock.com/Sviatlana Lazarenka
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Sviatlana Lazarenka

■国民の善意も限界がきている

そうでなくても住宅事情の悪いドイツでは、家賃が高く、多くの人が住環境に満足していない。ところが、難民のためには小綺麗でコンパクトな住宅が突貫で建設され、税金も払っていない人たちが入居するわけだから、当然、国民の不満が募っている。

また、一部の託児所では、ウクライナの子供たちにも平等に門戸を開き、皆で「譲り合う」方式をとったところ、託児所自体が機能しなくなり、元々いた子供たちの母親が働きに行けなくなってしまうという悲劇まで起こった。

ただ、これまでは、それらに対する苦情は人道に反するとして、極力、抑えられていた。しかし、今、その不満が一気に吹き出している。国民の善意にも限界があるのだ。

5月9日、これら危急の問題について話し合うため、連邦政府と州政府の内務大臣が一堂に集った。ただ、連邦政府では緑の党が力を振るっており、彼らは基本的に難民はすべて入れる方針だ。それどころか、州レベルでも、緑の党や社民党が政権を握っている州では、規制の方向にベクトルは働かず、難民資格がない人間の母国送還さえ拒絶している。ましてや難民を減らすための解決策など出るはずもない。

■労働市場へ参入する前に課題はいくつもある

そんなわけで、多くの州首相から出ていた「難民審査を国境で行い、見込みのない人は入国させない」という案は立ち消えで、せっかくの会合はモラルと左翼思想に支配されたまま終わった。ただ一つ、連邦政府が渋々ながら決めたのは、州政府に対する10億ユーロの追加予算。しかし州政府は最初から、「こんなものでは足りない」と怒っている。

そもそも中央の政治家は、地方の苦難を認識しているのかどうか? 社民党も緑の党も、いまだにメルケル前首相の「われわれはやれる!」にこだわったまま、人道にすべてを紐付けた、無理な難民政策に固執している。その上、最近では、気候温暖化による環境破壊や、LGBTへの迫害も難民資格として認められるようになってきたので、認可のハードルは低くなる一方だ。

もちろん、ドイツの経済力があれば、100万人の難民ぐらい養おうと思えば養えるかもしれない。しかし、いくらお金を使っても、中東難民がドイツ語を速やかにマスターし、労働市場に参入できるかといえば、そうではない。彼らの多くにとっては、基本的人権や民主主義すら、当たり前ではないこともある。

■「4人に1人が満足に字が読めない」事実が示すもの

5月に公表された小学校4年生の学力テストの結果によると、4人に1人が、満足に字が読めなかったという。原因として、コロナによる長期の学校閉鎖や、コンピューターゲームなどが挙げられていたが、一番の原因は、ドイツ語を母国語としない家庭が増えていることではないか。普段、あまりドイツ語を使っていなければ、うまく読めなくても不思議はない。そして、これも長期的にはドイツの抱える問題となる。

いずれにせよ、今、しばし立ち止まって、難民の受け入れ方法について、もう一度議論し直しても、それが人種差別であるはずはない。どうにかして流入する難民の数を減らさなければ、このままでは国民の不安や不満が膨らんで、社会が不穏になっていくだろう。

しかし、実際のドイツ政治はその正反対で、政府は5月19日、外国人の帰化を簡易にする法案を発表した。皆がドイツ国籍になってしまえば難民問題が消えるというわけでもなかろうが、ショルツ政権のやることはよくわからない。ドイツは今後、エネルギー高騰による経済停滞が予測されているが、さらに難民問題も経済の足を引っ張る大きな要因となるかもしれない。

----------

川口 マーン 惠美(かわぐち・マーン・えみ)
作家
日本大学芸術学部音楽学科卒業。1985年、ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ライプツィヒ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。2013年『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、2014年『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)がベストセラーに。『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)が、2016年、第36回エネルギーフォーラム賞の普及啓発賞、2018年、『復興の日本人論』(グッドブックス)が同賞特別賞を受賞。その他、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『移民・難民』(グッドブックス)、『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)、『左傾化するSDGs先進国ドイツで今、何が起こっているか』(ビジネス社)がある。

----------

(作家 川口 マーン 惠美)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください