「日本はもうダメだ」と諦めるのは早い…半導体商社のトップが「少なくとも10年は大丈夫」と説明するワケ
プレジデントオンライン / 2023年6月8日 10時15分
※本稿は、高乗正行『ビジネス教養としての半導体』(幻冬舎)の一部を再編集したものです。情報は2022年9月の刊行当時。
■半導体メーカーのシェア低下は事実
近年、さまざまな分野で「日本はもうダメだ」という論調を聞きます。
GDPは減少し続け、米国に次いで世界2位だった栄光は過去のものとなってしまいました。
そして日本が衰退しているといわれるのは、半導体においても例外ではありません。
実際に1970年代から1980年代にかけては日本の半導体が世界を牽引し「日の丸半導体」とも呼ばれたものの、2000年代に入るとシェアを急速に減らしてしまいました。
こうした事態に陥った原因については、日米半導体協定やパソコンの台頭によるシェア減少などが挙げられます。
SIAの月次出荷金額の統計によると、2021年の年末から2022年にかけて、米国や欧州、中国、APAC(日本・中国を除くアジア太平洋州)が出荷額のピークを更新しました。
ですが、日本は2010年の10月のピークを今も更新できておらず、日本の半導体消費市場としての世界における地位低下が、日本の半導体メーカーのシェア低下に関連しているともいえます。
■影響力をもち続けることは不可能ではない
では実際に日本の半導体は世界に比べて遅れており、日本は世界の半導体業界に対する影響力を失っているのでしょうか。
結論から述べると、まずは今の時点において日本はかつての勢いを失っています。
しかし今後の状況としては、かつての日の丸半導体のような勢いを取り戻すのは難しいものの、半導体業界のなかで影響力をもち続けることは不可能ではないと考えられます。
■日本は水平分業化の流れに乗れなかった
これについて述べるためには、まず次の3つのポイントを整理しなければいけません。
・国際競争力の高いファウンドリ企業もファブレス企業もない
・半導体材料や半導体製造装置においては、今も高いシェアを誇る
・日本企業、外国企業を含め、いまだたくさんの半導体工場がある
まずは日本には国際競争力の高いファウンドリ企業もファブレス企業もない点です。
世界で水平分業化が進むなか、日本はその流れに乗ることができませんでした。
実際に日本の半導体は遅れていると論じるもののほとんどが、この点を指摘しています。
そういった意味では、日本の半導体が遅れているというのは間違った認識ではありません。
ではなぜ日本は水平分業化の流れに乗れなかったのでしょうか。
理由としては、日本企業の設計から製造までを一貫で行う垂直統合型へのこだわりがあったためと考えられています。
■日本企業の「過剰品質なものを作りたがる傾向」
日本企業にありがちな体質として、自社の目の届くところでしっかりと管理し、過剰品質といわれるくらいに高品質なものを作りたがる傾向がありました。
![自動車部品組み立て作業](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/a/1200wm/img_7a1118b33e34fc3419c8736aad02d07b256246.jpg)
そのためには一貫生産体制でなければならなかったのです。
実際に1970年代から1980年代にかけて日本が垂直統合型のビジネスモデルで世界を牽引できた裏側には、このようなこだわりがあったのも事実です。
けれども、それゆえに日本企業は水平分業化を取り入れることに大きく遅れました。
半導体の設計を行う会社や部門は、あくまでも電子機器メーカーの下請けという立場から抜けられず、ファブレス企業やファウンドリ企業に進化できなかったのです。
またベンチャー企業としてのファブレス企業は日本で誕生したものの、いずれも大きな成功を収めることはできませんでした。
■世界的に評価の高い半導体メーカーが少なくない
2022年現在、従来のような垂直統合型のビジネスモデルで日本に残っている半導体メーカーはソニーのみです。
キオクシア、ルネサスエレクトロニクスの2社は、半導体の設計、製造、後工程を1社で行うIDM方式の企業です。
これらの半導体生産量は少なくはなく、ソニー、キオクシア、ルネサスエレクトロニクスの3社だけで、日本の半導体生産額の半分前後を占め、3兆円から4兆円程度の売上があります。
日本には旭化成エレクトロニクスやセイコーエプソン、ローム、日清紡マイクロデバイス、シャープなどといった、世界的に評価の高い、優れた製品を生み出してきた半導体メーカーが少なくありません。
日本のメーカーが決して無力ではないのは確かです。
![日本の半導体のイメージ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/1/1200wm/img_012db6e416f8a5e6260f8c566172f28d399274.jpg)
■有力なファウンドリ企業が出てくる可能性は低い
ほかにも、自動車最大手トヨタグループの中核会社であるデンソーは、1960年代後半から自動車向けを中心に半導体の開発に取り組んでいます。
そして2020年にその売上が3200億円規模となり、2025年までには5000億円規模の売上を達成することを目標に掲げています。
デンソーは外部企業に半導体を販売しておらず、自動車向け機器の一部として使っているので外部から注目されにくい側面がありますが、研究開発と技術力に優れた企業であることが分かります。
しかし今後日本から有力なファウンドリ企業が出てくるのは一部の特殊な用途を除けば難しいと考えたほうがよいでしょう。
■半導体材料・製造装置では高いシェア
続いて日本が今も半導体材料や半導体製造装置において高いシェアを誇っているという部分です。
例えば半導体材料のシリコンウェハーであれば、信越化学工業やSUMCOを含めた日本のメーカーが世界シェアの62%近くを占めています。
またフォトマスクは凸版印刷と大日本印刷で20%程度のシェア、フォトレジストに至っては、東京応化工業やJSRなど複数の日本企業で91%ものシェアを占めているのです。
半導体製造装置においても日本の企業のシェアは決して少なくありません。
例えばウェハー洗浄装置において、前洗浄ではSCREENホールディングスをはじめとする日本企業が約90%のシェアを、後洗浄でも日本企業が70%近いシェアを占めています。
さらにコータ・デベロッパでは東京エレクトロンをはじめとする日本企業が92%のシェアを占めています。
![【図表1】世界全体の半導体製造装置企業の売上ランキング(2020年)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/4/1200wm/img_245acbe4a8d235fcfeec1aa0b7ac0d87424120.jpg)
■後工程装置では90%近いシェアがある
また、日本企業は半導体基板や、後工程装置のシェアでも世界のトップを走っています。
半導体基板メーカーにおいてはイビデンと新光電気工業の2社が特にCPU向けのパッケージ基板に強く、この2社がなければサーバー用プロセッサを製造できないとまでいわれています。
後工程装置ではテスタにおいて日本企業がシェアの過半数を占め、ダイサ(シリコンウェハーを切り分ける際に使われる装置)ではなんと90%近いシェアを独占しています。
もちろん貴ガスや酸化用皮膜のほか、露光装置や一部の検査装置など他国が圧倒的なシェアを占める材料や装置もあります。
けれども少なくとも材料分野や製造装置分野においては「日本企業はもうダメ」ということはまったくなく、半導体業界に対し強い影響力をもっているといえるでしょう。
■取り残されずにやっていくのは十分可能
そして最後のポイントは日本企業、外国企業を含め、日本にはいまだにたくさんの半導体工場がある点です。
もちろん最先端プロセスを導入する半導体工場はありませんが、既存のプロセスを採用した半導体工場は数多くあります。
キオクシア、ソニーといった日本の半導体メーカーだけでなく、海外の半導体メーカーの工場が、日本の各地にあります。
半導体の製造にはきれいな水や空気が必要なこともあり、日本は比較的半導体を製造しやすい条件がそろっているのです。
つまり少なくともこの先5年から10年くらいの間に関しては、日本でも半導体が盛んに作られると考えられています。
この点に関しては日本が特別に世界から遅れているとはいえないでしょう。
このようなことから、日本の半導体は世界と比べて遅れているかという問いに対する答えは、遅れている部分もあり、かつてのような栄華を取り戻すのは難しいけれども、半導体市場から取り残されずにやっていくことは十分に可能、ということになります。
半導体を取り巻く状況を無視した状態で、一元的に「遅れている」「遅れていない」と論じるのは、少々短絡的ともいえます。
![高乗正行『ビジネス教養としての半導体』(幻冬舎)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/b/1200wm/img_6b4ec87d4021cd62c9617008364eeee578641.jpg)
最近では、トヨタ自動車やソニーグループ、NTTなどの大手企業が出資し、2022年8月に設立された日系の半導体メーカー、ラピダスが日本国内で最先端のプロセスで半導体の製造を発表しました。
さらに、台湾のファウンドリ大手TSMCも熊本県に第1工場に続き第2工場を建設する予定と伝えられています。また、半導体設計や生産に必要な人材の教育についても、日本国内で官民が積極的に投資を行う動きが見られます。
これらの取り組みを考えると、日本はハード・ソフト面共に前向きな姿勢であり、半導体市場において存在感を持ち続けることができるといえるでしょう。
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チップワンストップ 代表取締役社長
1969年生まれ。京都市出身。神戸大学理学部地球惑星科学科卒、神戸大学大学院経営学研究科経営学修士取得。1993年日商岩井(現 双日)に入社後、情報産業部門でIT分野の事業開発に従事。1998年より米国駐在、シリコンバレーにベンチャーキャピタル子会社設立、副社長。2001年2月、チップワンストップを設立し、代表取締役社長に就任。2011年12月、世界最大の半導体ディストリビューターの米国アロー・エレクトロニクス・インクの100%子会社となり、米国本社副社長、日本法人会長兼社長も兼務。外国系半導体商社協会(現 一般社団法人日本半導体商社協会、DAFS)理事及び日本半導体ベンチャー協会(現 一般社団法人日本電子デバイス産業協会、NEDIA)副会長を歴任。2009年から社団法人神奈川ニュービジネス協議会理事・副会長、2012年から公益社団法人経済同友会幹事。
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(チップワンストップ 代表取締役社長 高乗 正行)
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