浪人生は一発合格より地位が低く、地方に飛ばされやすい…医師の世界を支配する「学歴至上主義」の実情
プレジデントオンライン / 2023年6月10日 13時15分
※本稿は、榎木英介『フリーランス病理医はつらいよ』(ワニブックスPLUS新書)の一部を再編集したものです。
■医師は出身大学の医局に忠誠心を誓う
ツイッターを見ていると、日夜「学歴マウント」合戦が繰り広げられています。
特に医学部の「序列」話は盛り上がります。マウント合戦はいわゆる偏差値の序列で行われていることであり、いわゆる「シグナル」(自分が優れているかを示す)に過ぎません。
その辺りは劣等感やプライドの話で、それが重要ではないとまではいわないものの、単なる気分の問題であり、気にしなければどうにでもなります。実際に医学部の「序列」が医師としての人生にどう影響を与えるかということのほうが重要です。
果たして医学部の序列や学閥は存在するのでしょうか。
「医師はインテリヤクザ」と揶揄されるほど仲間意識が強いです。何に仲間意識を持つかといえば、それは出身大学に対してです。実は若干違っていて、忠誠心を誓うのは、大学の医局に対してです。
■他の大学出身者が「入局」するケースも
内科や外科という大雑把な括りではなく、特定の大学の循環器内科や心臓血管外科などといった診療科が忠誠心の対象となります。それは武士の「御恩と奉公」みたいなもので、医局は労働力を差し出す代わりに勤務先、スキルアップのカリキュラム、学位取得などキャリアパス含め面倒を見てくれます。
なお、いろいろな病院にある常勤医師の控え室も「医局」といいますが、ここではその話はしません。混同しませんように。
大学の医局では、当然その大学を卒業した医師が多いものの、他の大学を卒業してから入ることも可能です。いわゆる「入局」です。
多くの場合、勤務したい土地の大学医局に入局します。いわゆる旧帝大をはじめとする有力大学が中心市街に多く立地するため、どうしても「弱小大学」出身者が有力大学の医局に入るケースが多いのですが、居住地域や有名教授に憧れて移動するケースもそれなりにあります。そういう意味で機会は開かれていますが、入局後は若干扱いに違いが出るようです。
■多浪や再受験は地方の病院へ「派遣」
あくまで伝聞的な話ですが、たとえば京都大学や東京大学の医局に入ると、有力な関連病院には自校出身者が「派遣」される傾向があり、他大を出て入局した人が地方の病院を転々とするといった話は聞いたことがあります。
また、自校出身でも、多浪や再受験などで入った人も、都会から離れた病院に「派遣」されることがあるといいます。これは再受験で「鉄門」、東大理3に入って医学部を出た人に聞いた話。これは実力、ポテンシャルを見ているのか、身内贔屓的なものなのかは判断が分かれるところではあります。
なお、ここで括弧をつけて「派遣」と書いたのは、労働者の派遣は、本来は厚生労働省の許認可が必要であり、自分の医局に所属する医師を関連病院に勤めさせるのは、あくまで本人や病院の自主性によるものという建前があるためです。医局からの医師派遣は、あくまで「バーチャル」なものであり、本当に派遣しているわけではありません。
卒業生や医局員が勤務しており、人事的に医学部の講座(外科とか内科とか。いわゆる医局)の意向を受けて医師が勤務する病院を関連病院といいます。「関連病院」の定義は明確なものではなくて、卒業生が勤務しているわけではありませんが、要請を受けて医師を派遣することもあり、結構曖昧だったりします。
■関連病院の数は大学によって大きな差がある
あと、病院全体がある大学の関連病院というところもありますが、科によって違うということも普通にあります。
この「関連病院」の数は、旧帝国大学など古い大学になればなるほど多い。東大や京大などは、広域に関連病院を持っています。中国地方の岡山大学などは圧倒的です。中国地方から四国まで、病床数の多い病院の多数を関連病院にしています。
ちなみに私の出身の神戸大学は、戦中にできた大学で、すでに80年近い歴史がありますが、近畿には京大や阪大、京都府立医大そして岡山大学など、より長い歴史を持つ大学があるため、兵庫県を中心とした比較的中規模病院が関連病院の大半で、数も比較的少ないといわれています。それでも数十はあるので、困ることはないようです。
ところが、私が8年近く勤務していた近畿大学には、関連病院はほとんどありません。分院である近大奈良病院などに限られています。もちろんそれでは困るので、他の大学出身者が主体の病院に頼み、医師を派遣させてもらったりしています。
■「学閥」の影響が弱まり始めたワケ
最近一部の病院に元教授などを勤務させて、病院全体を関連病院にしようとしていると聞きます。
関連病院が少ない場合は、他の大学の医局に入ることが選択肢になります。
こうした人材派遣機構としての医局ですが、近年弱体化しつつあります。それは2004年から始まった新臨床研修制度の影響です。マッチングにより市中の病院でも臨床研修ができるようになり、研修修了後もそのまま市中病院に勤務し続ける人たちです。私の知人にも、特定の大学の医局とは無関係に勤務する病院を決め、仕事を続けている人たちが多くいます。
そうなると、出身大学や医局などの「学閥」的なものの影響は弱まります。もちろん同窓意識がありますので、たとえ医局に所属していなくても、病院幹部と出身大学が同じ、初期研修をその病院でやったといったつながりがあれば就職しやすいとは思いますが、医師不足の状態だと、一部の有名大病院を選ばなければ、学閥とは無関係に採用されることも多くあります。
■医学部出身者の「主人」のような振る舞い
研究の世界における医学部の存在について考えてみます。生命科学の分野で、医学部出身者は「主人」のように振る舞っています。
理学部から医学部へとやってきた私ですが、同じ生命科学の研究をやっているのに、そのカルチャーはだいぶ異なっていました。生命科学もある程度は上意下達の傾向が強いのですが、医学部はさらに強烈で、教授は絶対、逆らっても意見を言ってもいけないという文化には戸惑ったものです。
医学部にも理学部や農学部、薬学部卒の研究者が働いています。医師ではないという意味で、「non-MD」と言われます。基礎系ではnon-MDの教授がいたりします。医学部でも研究自体は理学部や農学部でやっていることとさほど違っていない部分もあるからです。手法は共通しています。違いがあるとすれば、研究が少なくとも将来的には患者さんの治療に役立つことを目指していることです。
ともあれ、同じようなことをやっていて、ときにnon-MDの研究者の方が研究手法や業績が優れていたとしても、医学部内ではnon-MDはMDに従属しており、発言権がないことも多いです。
■「医学の帝国」ができるメカニズム
なぜか。それは医師免許の存在が大きいからです。医師免許を持った研究者は、たとえ基礎研究ばかりやっていて、患者さんを診療したことがないとしても、医学部で学び、国家資格を得たことに強いアイデンティティを持ちます。
そして医学には権力とお金が集まる。政治的に力を持つのです。例えば医学部を持つ総合大学の学長の多くが医学部出身であることを見ればよくわかります。附属病院の収入と職員の数というパワーで、総合大学のトップに君臨してしまいます。
同族意識、権力と金、政治力。これこそが医学部及び医学部出身者を特権階級たらしめ、他の学部や医師免許を持たない研究者に高圧的に振る舞う「医学の帝国」ができるメカニズムです。
だから医師免許がないnon-MDを、「なんだかんだ言っても患者さんのこと知らないよね」「病気のこと知らないよね」と見下したりします。
医師の教授のもとで働く非医師の研究者たちが、あたかも奴隷のように扱われ、成果を強要され、雇い止めされていく姿を何度も見ました。
こうした中、学問としても医学が優位に立ち、たとえばショウジョウバエを使った研究を「なんの役に立つのか」と見下したり、ましてや植物の研究など存在価値がないと思ってしまいます。
■大学の諸問題の原因は「医学部化」ではないか
まだ生命科学という学問のうちならいいのです。そうした意識のまま総合大学の学長になれば、人文社会科学系などの学問にも医学部と同様の評価軸を持ち込み、役に立たないならなくしてしまえ、と高圧的に出ることもあります。
研究不正、製薬メーカーとの癒着、学長の大学私物化……。いろいろな大学で起こるこうした問題は、医学部内部の問題が全学部に発展する、いわば「医学部化」によって起こっているのではないでしょうか。
私は2つの文化、理学部と医学部を「越境」したので、こうしたことがよくわかるのですが、ずっと医学部にいる人たちにはわからないかもしれません。
こうした状況をどう変えればいいのでしょうか。正直いって答えが見つかりません。私はこうした医学の帝国から追い出され、「辺境」で細々と生き抜く人間です。医学界を変える力など持ちようがありません。
ただ、声を出すことを諦めてはいけないと思っています。たとえ1ミリでも前へ。行動し続けようと思っています。
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病理専門医、細胞診専門医
1971年生まれ。95年東京大学理学部生物学科動物学専攻卒。同大学院博士課程中退後、神戸大学医学部医学科に学士編入学。04年卒。医師免許取得。06年博士(医学)。大学病院や一般病院に勤務したのち、在野の立場で科学技術や医療の問題に取り組んでいる。2020年フリーランス病理医として独立。著書に『博士漂流時代』(DISCOVERサイエンス、科学ジャーナリスト賞2011受賞)『嘘と絶望の生命科学』(文春新書)、『フリーランス病理医はつらいよ』(ワニブックスPLUS新書)など。
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(病理専門医、細胞診専門医 榎木 英介)
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