なぜインド人は世界の一流企業で出世するのか…「勤勉で真面目」な日本人が評価されなくなったワケ
プレジデントオンライン / 2023年6月5日 13時15分
■教育は成功への近道
――インドでここまで教育に熱心な人が増えたのはなぜでしょうか。
インドでは、「教育が成功への近道」という考え方が信じられています。私の塾生が合格を目指すインド工科大学(IIT)はトップ大学であり、合格するのは日本の東京大学や、米国のMITやハーバード大学よりも難しいとも言われています。その合格率は1%以下と競争は熾烈(しれつ)です。
その代わり、IITに合格すれば、給料の良い会社へ入社することができ、その子供だけでなく、親や親戚に至るまで、貧困のサイクルから抜け出すことができます。だから親は自分の子供をIITなどのトップ大学に行かせたいと切望し、インド各地には多くの進学塾が存在しているのです。また、今ではSuper 30のやり方をまねた進学塾も多く登場しています。
個人だけでなく州政府などもSuper 30のコピー版を作っています。この動きはインドの貧しい家庭の若者にとって、たいへん良いことなので、求められればいつでも彼らに協力するつもりです。ただ、これらの中には、金儲けのためだけの「偽Super 30」もあるのは残念なことです。
■「貧しくても意志さえあれば成功できる」
私がSuper 30を創立した当初は、世間の人々は「うまくいくはずがない」とあまり私を信じていませんでした。なぜなら私には、お金も名声も支援者もほとんどなかったからです。
しかし、私はその壁を自分の意志の力で克服して、輝かしい成果を出してきたのです。貧しい路傍の物売りやオートリクショー(小型3輪タクシー)の運転手などの子供たちがIITに入学し、卒業後には欧米や日本など世界で活躍したことで、Super 30に対する世間の見方は大きく変わり、現在のような高い評価を受けるようになりました。
二十数年前には、貧困層はIITの存在すら知らず、自分の子供をIITに入学させるなど夢のまた夢だったのです。それが今では、最貧困層の人たちでも自分の子供をIITに入れたいと願うようになってきたのです。つまり、お金はなくても意志があれば成功できるという考え方が広く拡散、浸透してきたのです。Super 30の活動は、そのような大きな社会的変化をもたらしたことが重要な成果だと確信しています。
■名だたる企業のCEOにインド出身者が多い理由
――インド人が欧米社会で大きな成功を収めている例が多くあります。グーグルのスンダー・ピチャイやマイクロソフトのサティア・ナデラ、IBMのアービンド・クリシュナなど世界的な大企業のCEOはインド出身です。なぜインド人にはそれができるとお考えですか。
世界で成功するには、まず努力して高い教育を受けることが非常に重要です。成功者の多くは貧しい家庭の出身で、資本も後ろ盾もなく、一生懸命に勉強し、かつ働くしかありません。それ以外のオプションがないのです。だから、IITをはじめ、MIT(マサチューセッツ工科大学)、ハーバード大学や東京大学など世界のトップ大学に進学し、実力を蓄えるのです。彼らは常にハングリーで向上心を持ち続けているのです。
――インド以外にも貧しい国は多くありますが、インド人の成功者が多く存在している理由はなんでしょうか。
これまでインドでは多少のお金が有っても、それを使い人生を楽しむ機会や環境、商品やサービスなどがあまりなかったのです。そこで優秀で勤勉なインド人たちは、欧米先進国の豊かな社会での生活を求めて世界に出て行き成功したのです。そして、自分たちの子供には世界でトップレベルの教育を受けさせたいと考えるようになりました。
■日本人も必要最低限の英語は習得すべき
――世界で活躍するには英語でのコミュニケーション力が必要だと思います。日本人は英語が苦手で苦労している現状があります。その点についてどうお考えでしょうか。
インド人は日本人よりも英語に触れる機会は多いのですが、英語がほとんど使えない子供たちはSuper 30にもいます。その一方で、IITでの授業や講義は基本的に英語で行われます。彼らは真剣に努力して英語の壁を克服して授業についていき、卒業後は世界各国で活躍できているのです。
歴史を振り返ると、これまで日本人は、あまり英語が得意でなくても、大きな成果を出してきました。日本が作る製品は性能が良く、アニメ文化も素晴らしい。また、日本は多くのノーベル賞受賞者を生み出してきました。その意味では、日本人に英語は重要ではないとも言えます。
ただ、時代は変わりつつあります。私から日本人への切なるお願いとしては、ある程度使える英語力は身に付けておいてくださいということです。英語は世界共通のコミュニケーション言語で強力なツールです。英語が理解できれば世界から最新の重要な情報が手に入ります。
私は英語が決して上手ではありませんが、これまでなんとか、海外の人たちとコミュニケーションを取り、必要最低限の交流を重ねて、仕事をしてきました。だから日本の皆さんも、必要最低限の「使える(workable)英語」は習得する努力と時間を惜しまず投資してほしいと考えています。
■Super 30の運営経費は講演料で捻出
――ところで、Super 30を運営するのに必要な経費はどのように捻出しているのですか。
私がSuper 30とは別に設立したラマヌジャン数学塾(Ramanujan School of Mathmatics)という、こちらも貧しい子供たち向けの学習塾がありました。そこで多くの塾生から少額の授業料をもらい、その収入をSuper 30の運営に充てていました。しかし、2020年以降の新型コロナウイルス感染症の蔓延でラマヌジャン数学塾は閉鎖を余儀なくされ、収入の道は閉ざされました。
そこで、それ以降はさまざまな企業や銀行、団体などから依頼される従業員向けの講演やスピーチの依頼を受けて、その講演料でSuper 30の運営資金や、家族の生活費を賄っているのです。
実は私は現在、Super 30の拡大を計画しています。これまでは選ばれた30人だけにSuper 30の高度な授業を提供してきましたが、近いうちにSuper 30は閉鎖し、新たに学校を設立する計画を練っています。より多くの貧しい若者にSuper 30の優れた授業を提供したいと考えているのです。
新しい学校は、7年生から12年生までの6年間(日本の中学と高校の一貫校に相当)の全寮制学校で、毎年1学年で100人の受け入れを想定しています。つまり、全体では6学年で600人規模の学校を作ろうとしているのです。
■2025年に600人の無料学校を設立予定
――600人の若者を教育、指導するとなると、運営はますます大変そうです。
この新しい学校は、2年後の2025年の開校を目指していますが、ここでも授業料は無料にするつもりです。無料で600人もの生徒を受け入れるのは、とんでもなく大きく困難なチャレンジですが、私は、貧しくとも有能な多くの子供たちのために、なんとしてもそれを実現したいのです。これまでも私は難しいチャレンジを受け入れ克服してきました。今回もこの大きなチャレンジに正面から立ち向かうつもりです。
学校設立に必要な費用は、できる限り自分たちで用意したいと思っていますが、もし、それで十分でない場合は、今回は外部からの支援を受けることも検討しています。
うれしいことに、ある州政府が無料で用地提供を申し出てくれています。また、ある企業が校舎建設の支援を申し出てくれています。この計画は6カ月以内に正式に発表し、支援者についても公表する予定です。もし、日本の企業や団体が、この学校建設のための支援、協力などを提供していただけるのであれば、本当にありがたいことです。日本の優秀な学校や大学などとの交流や連携には関心がありますし、彼らからの教育面での支援などさまざまなことが必要となるかもしれません。
■日本人は世界に良い影響を与える責任がある
――最後に、Super 30を大きな成功に導いたアナンドさんから、日本の若者に対してアドバイスをお願いします。
日本の若者はインドに比べてとても恵まれた状況にあると思います。だからこそ、もっと頑張って勉強や研究、仕事をして世界に貢献してほしいと思うのです。
一般的に、インドでは日本人は勤勉な努力家で、親切で心も豊かだと評判です。だから世界の模範となれると思うのです。日本人の勤勉さ、真面目さが今の日本を作り上げており、アジアだけでなく、世界の多くの国は、日本や日本人を、成功者、ヒーローだと思っています。だからこそ、他の国の人たちに対して、そのことを示し良い影響を与える責任があると思うのです。
今の日本人はさまざまな機会に恵まれており、その機会を十分に活用して頑張って努力し、新しい歴史を切り開いてほしいと心から思っています。世界の人たちは、それを見守っています。
■日本人はインド人のハングリー精神を見習うべき
ゼロから始めたSuper 30を、さまざまな障害を克服して成功に導き、その成果をさらに多くの貧しい若者に広げていこうとするアナンド・クマール塾長の強い勇気と大きな志には感服するほかない。その一方で、日本の若者の恵まれた「ゆでガエル状態」とも言える現状を見るにつけ、彼らがインドの元気な若者と密に交流し、Super 30の生徒が持つようなハングリーでグローバルな開拓精神を学び成長する価値は十分にあると感じた。また、それが、今の日本の沈滞からの脱出、再生への近道ではなかろうかと強く感じさせられた。
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科学技術国際交流センター(JISTEC)上席調査研究員
1951年生まれ。広島大学工学部卒業し、76年日商岩井(現・双日)入社。20年間海外営業を担当し、インドネシア、スリランカに駐在。広報室、人事総務部、日本貿易会出向を経て、12年より日本在外企業協会『月刊グローバル経営』編集長。15~18年 科学技術振興機構(JST)インド代表を経て、22年より現職。世界の優秀な若手人材を日本に招聘するJSTの「さくらサイエンスプログラム」の推進に携わる。
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(科学技術国際交流センター(JISTEC)上席調査研究員 西川 裕治)
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