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「殺すぞ!」ぐらいは日常茶飯事…路線バス運転士が「バス停にいるクルマ」から受ける罵倒のバリエーション

プレジデントオンライン / 2023年6月3日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/coward_lion

路線バスの運転士は、さまざまなトラブルに遭遇する。路線バスに12年間乗務した須畑寅夫さんは「バス停に止まっていた車にクラクションを鳴らしたところ、若い男性から『てめえ殺すぞ!』と怒鳴られたこともある。しかし、同僚からは『よかったね。その程度で済んで』と言われた」という――。(第1回)

※本稿は、須畑寅夫『バスドライバーのろのろ日記』(三五館シンシャ)の一部を再編集したものです。

■バス停に駐車している車を注意すると…

バス停にハザードランプ(*1)の点滅した乗用車が停まっていた。ハザードを点けているのだから一時的な停車だと考え、クラクションを鳴らすことでバスの存在をドライバーに伝えようとした。

ふだんバスがクラクションを使用することはほとんどない。最近は、クラクションによるトラブルが増えており、バス停やロータリーの降車場に一般車が停まっていても、クラクションを鳴らさずに対応するのが基本のマニュアルなのだ。とはいえ、停車されたままではどうすることもできないため、一度軽く鳴らす。反応がない。少し間を置いて、もう一度鳴らす。それでも反応がなく、3回目を鳴らそうとした瞬間だった。

金髪の若い男が鬼の形相でケータイを片手にクルマから降りてきた。私は運転席の窓を開ける。

「わかってるわ! 電話中なんだよ! 何度も何度もクラクション鳴らしやがって。てめえ殺すぞ!」

男はそう叫んだ。叫び終えると手に持ったケータイを再び耳に当て、「おおっ、ごめんな。変なやつにからまれちゃってな」と電話相手と通話を続けている。この状況で電話をし続けるのもすごいが、「変なやつにからまれちゃってな」というのはこっちのセリフだよ。

(*1)ウインカーと兼用で使われる、クルマの前後左右に設置されているランプ。正式名称は「非常点滅表示灯」。道路交通法施行令では、「夜間、幅が5.5メートル以上の道路に停車、駐車するとき」と「通園・通学バスが停車して幼児や小学生が乗降しているとき」に点滅が義務付けられている。進路を譲ってくれた後続車に対して「ありがとう」の意を伝える「サンキューハザード」は、ドライバー間で自然発生的に広まった行為であり、法的義務は一切ない。

■「よかったね。その程度で済んで」

「すみません。バスが停められないので、動かしていただけないでしょうか」私は低姿勢を保った。そもそも一般ドライバーの中には、道路をバス停が占有したり、法定速度を守って走る路線バスを憎々しく思っている人(*2)がいる。だから、一般ドライバーには謙虚な姿勢で対応するのが大切なのだ。

「申し訳ございません。よろしくお願いします」と、再度私は若い男にそう言う。「しつこいんだよ、おまえ」とこちらに捨てゼリフを吐いたあと、すぐに「ごめんな、あとでかけ直すわ」と電話相手に向かって謝罪してから、男はクルマを移動させた。

営業所(*3)に戻った私は、この話を在籍20年のベテランドライバーの有山さんにした。「よかったね。その程度で済んで」有山さんが意味ありげにそう言う。

「有山さんもこういう経験があるんですか?」
「私のはもっとひどいよ」

有山さんはそう口火を切ると、数年前の体験を語ってくれた。有山さんがいつもどおり運行していると、バス停に堂々と白いライトバンが停められていた。運転席に人が乗っているのが見えたので、私と同じように「どかしてください」という意味で軽くクラクションを鳴らした。すると、ライトバンから、いかにも“その筋”の男が降り、バスの運転席まで小走りで来た。

(*2)路線バスを憎々しく思っている人:法定速度を守っていると、車間距離をギリギリまで詰めてバスの後ろにピタッとつけたり、わざとエンジンをふかしてきたりする人が結構いる。しばらく後ろにピッタリつけて走っていたかと思うと、追い抜き際に窓を開けて「おせーんだよ!」と怒鳴られたこともある。
(*3)営業所:私の所属する営業所には150台ほどのバスが駐車でき、毎朝営業所から出発して各路線の運行に向かい、夜になって運行が終わると営業所に帰ってくる。営業所には大型の洗車機が用意され、建物の中には運転士の仮眠室や休憩室も完備。昨今は、バス運転士になりたい人を対象とした「バス営業所見学ツアー」が開催されることも。

■激怒した男をなだめたことも

事情を説明しようと有山さんが窓を開けると、いきなり男は有山さんの胸ぐらをつかみ、「てめえ、何してんだ!」と怒鳴った。さらには、胸ぐらをつかむ手に力を込めて、窓から有山さんを引きずり下ろそうとする。怒鳴ったり、罵声を浴びせたりする人間はときたまいるが、いきなり胸ぐらをつかむなどふつうの人がすることではない。有山さんはひたすら謝り、なんとか相手の怒りを収めたそうだ。

怒る男性の握り拳
写真=iStock.com/Andranik Hakobyan
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Andranik Hakobyan

「だからね、須畑さんは『殺すぞ』程度で済んでよかったんだよ」

理科の教師でもやっていそうな、銀縁メガネで線の細い有山さんは、なぜか勝ち誇ったようにそう言って笑った。では、バス停にクルマが停まっていたり、クルマに進路を塞がれていたりしたとき、どうするのが正解なのか。

会社のマニュアルによると、パーキングブレーキ(*4)をかけてシートベルトを外し、前扉を開けて停車している一般車両のところまで行き、ドライバーに「バスを停められない(通行できない)ので少し動かしていただけませんか」とお願いする、とある。たしかにここまで丁寧にやれば間違いないと思うが、クルマを移動してもらうためにわざわざバスを降りていく運転士はいないだろう。

(*4)パーキングブレーキ:バスが駐車する際、「プシュー」という空気が抜ける音がする。これはパーキングブレーキを作動させたときの音。旧型の路線バスは一般的な乗用車と同じで、ワイヤーでタイヤにブレーキをかけるサイドブレーキを採用している。これは「プシュー」と鳴らない。一方、昨今のバスは、ドラムに溜めている圧縮空気を解放することでブレーキを作動させ、タイヤを止めているのだ。

■エンジンを吹かしてプレッシャーをかける人も

たいていは、窓を開けて、停車中のクルマのドライバーに届くように大きな声で、「クルマを移動してください」と声がけする。知り合いの運転士の中には、わざとバスのエンジンを吹かしてドライバーにプレッシャーをかけるという人もいる。この手法は相手に伝わればいいが、やりすぎるとトラブルになりかねない。

バス停に停車しているクルマに人が不在の場合もある。まず車両の前か後ろにバスを停車させる。バスには車外マイクと車内マイクがついているので、バス停で待っている人には車外マイクで移動をお願いし、降車する人には車内マイクで案内する。どちらにせよ、バス停からズレた場所での乗降扱い(*5)になるため、前後左右の安全確認が必須である。

このように、バス停に一般車が停まっていると、利用者を危険にさらすことになりかねない。一般車のドライバーの方々、バス停にクルマを停めないでください。そして、どうかクラクションを鳴らされた程度で怒らないでください。

(*5)バス停からズレた場所での乗降扱い:片側が2車線以上ある道路では、停車しているクルマの横にハザードランプを点けて停車し、安全を確認してから乗降を行う場合もある。そんなときに限って、料金支払いに手間取る乗客がいて、後続車にクラクションを鳴らされたりする。道路交通法では、バス停から10メートル以内の場所では一般車両の駐停車が禁止されている。ご注意ください。

■路線バスがお昼時でも混雑するワケ

私が路線バスを運転している地域は、お昼時でもかなり混雑する。

住宅街を走る路線バスの多くは、朝や夕方の時間帯は通勤・通学の人で混雑するが、お昼時は空いているのが一般的だ。ではなぜ、この地域はお昼時でも混雑するのか? それは、この地域には、路線バスに何度でも乗車できる「敬老パス(敬老特別乗車証)(*6)」を持っている人=高齢者が多いからである。

バス停に並ぶ人々
写真=iStock.com/oliver de la haye
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/oliver de la haye

敬老パスは、高齢者福祉サービスの一環として自治体が補助金を出して発行している。だから、申請すれば格安で購入できる。敬老パスを手にしたお年寄りたちは、お昼時に、買い物や病院や公共施設などに行くために、さらには家にいても暇だからという理由で路線バスに乗ってくる。お客同士にも顔見知りがいて、「昨日今日と梅沢さんの顔を見ないねえ」などとほのぼのした会話が展開されることも少なくない。

ある日の穏やかな昼下がり、始発である桜木町のバス停(*7)で乗車手続きをしていたところ、お客たちが次から次へと敬老パスを提示して乗車してきた。その数、じつに40名。なんと乗客全員が敬老パスの利用者であった。

(*6)敬老パス(敬老特別乗車証):たとえば横浜市では、市内に住む70歳以上の希望する人が、所得金額に応じて、年額3200円~2万500円で交付を受けられる(障害者は無料)。これで、市営バスや民間のバス、市営地下鉄は乗り放題。2022年10月からは紙製の敬老パスは廃止され、ICカードに変更された。これにより、利用実績を正確に把握するのだという。どれほどの高齢者がバスを利用しているかが浮き彫りになるだろう。
(*7)ここはいくつかのバス会社のバスが乗り入れており、ラッシュ時には3分刻みでバスが出ていく。前のバスが出発に時間を要していると、それにより自分のバスの運行時間に遅れが生じてしまうことも。

■「ねえ、運転手さん、さっきの人を待ってあげて。」

私はみなさんが座席に腰を下ろしたのを確認し、ゆっくりとバスを発車させる。朝や夕方のラッシュアワーにくらべて、お昼時は運転士の私もリラックスして運転できる。会社や学校に遅刻したらいけないとイライラしている乗客がいないからだ。

お年寄りの乗降に時間がかかり、定刻よりやや遅れたものの、順調に運行していた。すると、200メートルほど続く直線道路の途中で、歩道にいるおばあさんが杖を振って、こちらに合図を送るのが見えた。この先50メートルほどのところにバス停がある。おばあさんはバス停に向かう途中で、バスを見つけ、合図を送ってきたのだ。だが、当然こんなところで停車することはできない。おばあさんを追い越してバス停に停車した。

私は、バス停の近くでバスに乗ろうと急いでいるお客の姿が見えたら、できるだけ待つようにしている。だが、50メートルは微妙な距離だった。しかも今日は定刻よりも少し遅れている。これ以上遅れるわけにはいかない(*8)という思いもあり、おばあさんには申し訳ないがスルーさせてもらおうと、ドアを閉めたときだった。

「ねえ、運転手さん、さっきの人を待ってあげて。私の友だちの春ちゃんなの」

乗客の一人に背後からそう声をかけられた。こうなるともう待つしかない。いったん閉じた扉を再び開けて、春ちゃんを待つ。

(*8)これ以上遅れるわけにはいかない:路線バスにおける「定刻」とは、「その時間より早くには出発しない」ことを意味する。だから、数分遅れることはしばしばあるが、いくらでも遅れていいわけではない。乗客の中には急いでいる人もいるし、次のバス停で待っている人もいるからである。

■謝罪もなく和気藹々と降車していった

こういったとき、たいていの人はバスを待たせるのは悪いと走ってきてくれる。だが、なかにはバスが待っていてくれるとわかった途端、走るのをやめてゆっくり歩いてくる人もいる。

春ちゃんは杖をつきながら、焦るふうでもなく、ずっと一定のペースで歩いてくる。こちらも気が気ではなく、何度も振り返ってその姿を確認するものの、ゆっくりした歩みは変わらない。タクシーじゃないんだから勘弁してくださいよ。

優雅に歩いてきた(*9)春ちゃんは「すみません」の一言もなく、敬老パスを見せながら乗り込むと、友人のおばあさんの隣に座った。すでに発車時刻を5分すぎている。私は腑に落ちない思いを抱えながらも、バスを発車させた。

須畑寅夫『バスドライバーのろのろ日記』(三五館シンシャ)
須畑寅夫『バスドライバーのろのろ日記』(三五館シンシャ)

春ちゃんは、隣のおばあさんに「昨日、歌舞伎座で海老蔵(当時)の歌舞伎見てさあ」などと話してご満悦である。降車ブザーがピンポーンと鳴り、次の停留所に停車した。座席を立ち上がったのは、春ちゃんと友だちのおばあさんだった。春ちゃんが乗車した停留所からこの停留所までは200メートルほどの距離しかない。この距離をバスで移動するために、春ちゃんはバスを待たせたあげく、一言のお礼も謝罪もなく、お友だちと和気藹々(わきあいあい)と降車していった。

この停留所は有名な美術館前にある。これから優雅に美術鑑賞をするのであろう。きっとシニア割引で。春ちゃんは、敬老パスで乗車し、1つ先の停留所で降車したにすぎない。これは当然の権利であり、春ちゃんは大切なお客さまである。だけど、どうにも腑に落ちない思いがしてしまうのはなぜなのだろう。

(*9)優雅に歩いてきた:同僚運転士は、バスを待たせてゆっくりと歩いてきた若い女性客に、車外マイクで「発車しますよ。お急ぎください」と言った。するとその女性は、お客さまセンターに電話し、「運転士に急がされた」とクレームを入れたという。同僚運転士は助役から厳重注意を受けることになった。

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須畑 寅夫(すばた・とらお)
元路線バス運転士
1962年、神奈川県生まれ。大学卒業後、中学教師、塾講師、高校教師を経て、47歳のとき、心配する妻を説得してバスドライバーに。以来、59歳で「ある出来事」により退職するまで私鉄系バス会社にて路線バス運転士を務める。

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(元路線バス運転士 須畑 寅夫)

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