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トラブル防止のため身体接触はNG…泥酔客を起こすために路線バス運転士が使う「苦肉の策」とは

プレジデントオンライン / 2023年6月4日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gremlin

泥酔した客が終点に着いても起きない場合、路線バス運転士はどう対応するのか。路線バスに12年間乗務した須畑寅夫さんは「トラブル防止のため、乗客の体に触れることは禁じられている。このため私は冷房を最強にして吹き出し口を乗客にあてるという方法を使っていた」という――。(第2回)

※本稿は、須畑寅夫『バスドライバーのろのろ日記』(三五館シンシャ)の一部を再編集したものです。

■運転士を悩ませる多様な支払い方法

昨今、路線バスの支払い方法は多様になってきた。これがまた運転士を悩ませる。

多くの人は、交通系ICカードか現金で支払う。定期の場合は、交通系ICカードにデータが入っている電子定期券と、昔ながらの紙の定期券も残っている。さらに、敬老パスで乗車する人、障害者手帳(*1)を提示して乗車する人、福祉手帳を提示して割引で乗車する人、職務乗車証で乗車する人(バス会社や関連会社の社員)、社員の家族乗車証(*2)で乗車する人、回数券や株式優待券で乗車する人……と、じつにさまざまな人が、さまざまな支払い方法で乗ってくるのだ。

そのたびに運転士は乗車券を目で見て確認しなければならない。その種類の多さに運転士は神経をつかう。混雑時には一苦労である。とくに注意が必要なのが、紙の定期券だ。後払い時、期限切れの定期券をサッと一瞬見せただけで足早に降車していくケースがあるのだ。「あっ」と思った瞬間にはもう降りられてしまい、混雑しているとそのまま見失ってしまう。

(*1)障害者手帳:障害者手帳が提示された場合、横浜市は無料となるが、神奈川県のそれ以外では半額となる地域が多い。端数は10円単位で繰り上げられるため、210円区間なら110円。
(*2)社員の家族乗車証:同居する家族なら何人でも対象となる。が、以前「家族です」と言いながら、総勢16人の乗客が1枚の家族乗車証を利用してきたことがある。大家族の可能性もあるが、半分ほどは高校生くらいの子だったので、おそらく友だちなどが便乗したのだろう。その場合はもちろん違反である。私は念のため、無線で営業所に確認をとった。助役は少しだけ考えてから、「まあ、今回はしょうがないか」と言った。

■有効期限を隠して定期券を提示した30代の女性

朝のラッシュアワー、終点の横浜駅のロータリーに到着すると、いつものように行列をなして乗客が降車していった。交通系ICカードの場合は、電子音が鳴ったかをチェックすればいいのでラクだが、電子音と電子音の合間にときおり紙の定期券を提示する人がいる。チェックするポイントは、有効期限が何月何日までか。当然、本日6月8日よりも先の日にちになっていなければならない。

すると、30代くらいに見える女性がそっぽを向いたまま、サッと定期を提示して、せかせかとバスを降りようとした。定期券の有効期限の「月」の部分の数字が、ちょうど指で隠れていて確認できなかった。私は以前にもその女性が逃げるようにバスを降りていったことを記憶していた。このくらいの世代で、交通系ICカードではなく紙の定期券を利用しているのは珍しかったので記憶に残っていたのだ。

私は不正の可能性が高いと判断し、すぐ車外マイクで降車していった女性に呼びかけた。

「お客さま、確認できなかったので、もう一度見せていただけませんか?」

そう言っても無視していなくなってしまう人もいるが、彼女は青白い顔をして戻ってきた。

「すみません。有効期限が切れていることに気づきませんでした。うっかりしていました」

そう言って詫びると、既定の料金(*3)を払った。もちろん彼女が本当にうっかりしていた可能性もある。しかし定期の有効期限は5月15日だった。3週間以上にわたって、定期を持っているにもかかわらず、一度もバスに乗っていないとは考えづらく、「意図的」だったと疑わざるをえない。

(*3)既定の料金:このような不正をすると鉄道会社では2~3倍の料金を請求するらしいが、東神バスは正規料金のみ収受する。良心的な対応だが、同時に侮られる可能性もある。

バスターミナル
写真=iStock.com/ookinate23
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ookinate23

■手書きで数字をくわえた定期券を使い…

ただ、「うっかりしていた」と言われれば信じるしかない。私にできるのは、料金をいただいたうえで期限切れの定期券を回収することだけだ。彼女は「ずっと旅行に行っていたから、定期を使っていなかったんです」と話した。その言葉は私への言い訳というより、降車を待つ乗客たちへの自己弁護のように聞こえた。

さらにひどいケースにも出会った。定期券の偽造である。今はパソコンやコピー機でもスキャンやデザインができるし、プリンターの性能も昔とくらべて格段によくなっていると聞く。だから、本気で定期券を偽造されれば、偽物と見破るのは難儀(なんぎ)かもしれない。ただ、定期券の偽造などというみっともない行為をする人は、たいてい仕事が粗い。

私が出会ったお客は、2月15日までの定期券に、「2」の横に手書きの「1」をくわえて、「12」に偽装しているものだった。いまどき、小学生でもこんなマヌケな偽造(*4)はしないだろう。その定期券を提示されたとき、私は一瞬で違和感を覚え、差し出された定期券を取り上げた。

「これはなんですか?」と尋ねる。男は20代くらいの痩せ形で、黒縁メガネをかけて、小綺麗な白シャツを着ていた。一見すると、やり手のビジネスパーソンに見えなくもないが、死んだ魚のような目をしている。何を考えているのかわからない、私が苦手なタイプだった。

(*4)マヌケな偽造:偽造がいくらお粗末でも犯罪に変わりない。バス会社によっては、有価証券偽造・同行使罪で3カ月以上10年以下の懲役に処される。過去にもコンビニのコピー機で定期券を偽造した15歳の少年が逮捕された例がある。たかがバス料金で人生の経歴に傷を付けることはじつに馬鹿らしい。

■不正を指摘しても反省しない20代の男性

「はあ」と男は言った。動揺しているふうでもない。

「これ、ダメですよね」

私は定期券に書き加えられた「1」の部分を指差す。

「ええ」
「いや、ええじゃなくて。こんなことをしたらダメじゃないですか」
「そうですね」

男は偽造がバレたことにショックを受けた様子もなく、淡々と応答を重ねるばかりだった。

「ここに住所と連絡先を記載してください。後日、営業所から連絡しますので」
「はあ」

男は、渡した紙に素直に個人情報を記載した。その内容も嘘である可能性は否めないが、定期券の利用者なので個人情報は会社に控えてあるだろう。何を考えているのかわからない男は、逆ギレするでも落胆するでもなく、見つかったときと変わらぬ表情でその場から去っていった。

後日、彼には期限が切れた日(2月16日)から、不正が発覚した今日(5月20日)までの乗車料金が、営業所から督促状(*5)によって請求されることになる。彼の乗車区間の料金は1乗車210円なので、往復で1日420円。約3カ月で計算すると、3万7800円だ。定期を購入していればその3分の2程度で済んだだろうに……。

このように交通系ICカードや現金以外での支払いでは、運転士による人為的チェックをかいくぐって不正乗車を画策する人がいる。われわれはそうはさせじと厳しくチェックする。運転士と不正乗車客との終わりなき闘いは続く。

(*5)営業所から督促状:料金回収を担当していたのは助役や事務職員で、回収専門の担当者はいなかった。悪質と判断したケースでは、乗客の自宅に行って取り立てていた。また支払いを拒んだりした場合は、それ以降、定期券を売らないといった対策をとっていた。

■不正乗車客を見抜く“運転士の直感”

とはいえ、意図的ではなく、本当にうっかりしている人(*6)も少なからずいる。

レンタルビデオの会員証を真面目な顔で見せてくるお客には「レンタルは何泊になさいますか? って違うでしょ」と“ノリツッコミ”したくなったこともあった(私はユーモアのある人間ではないので、実際には思うだけである)。長年運転士をしていると、本当にうっかりしている人と、意図的にしている人の見極めがついてくる。

バスのハンドルを握るドライバー
写真=iStock.com/Igor Vershinsky
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Igor Vershinsky

よくテレビの警察密着番組で、「職務質問のプロ」という警察官が違法薬物所持者を見破ったりしている。あれと同じで、意図的に不正をしようとしている人は、どこかしら挙動が怪しい。バスドライバーの直感が働くのだ。たいていの場合、直感の正しさが証明される。どうやら、バスドライバーをしているうち、へんな特殊能力が身についてしまったようだ。

(*6)うっかりしている人:私はこういう人に対しては、その場での注意と、当日分の料金徴収にとどめていた。もちろん偽造などの悪質性が認められる場合は即座に会社に報告。

■どれだけ声をかけても起きない深夜の泥酔客

東神バスでは、夜11時以降に始発バス停を出発する路線バスを「深夜バス」と呼ぶ。深夜バスは、車両も運行ルートも通常と同じだが、料金が2倍になる。深夜バスを利用する人のほとんどは遅くまで仕事をしていた人か、飲酒をして帰宅が遅くなった人だ。深夜バスで一番厄介なのが、熟睡した酔っ払い(*7)である。

バスの座席
写真=iStock.com/KEN226
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/KEN226

その日、深夜0時15分、終点のバス停に到着して、乗客全員の降車を済ませたと思ったら、車内ミラーに大口を開けて眠っている太ったサラリーマンの姿が見えた。私は車内の忘れ物チェックをしながら後方に向かい、「お客さま、終点ですよ」と声をかけた。しかし、起きない。もう一度大きな声で、「お客さま! 終点です! 起きてください!」と言う。けれど、起きない。飲み会の帰りなのか、酒臭い息が漂ってくる。

こういったとき、運転士はお客の体に触れることができない。女性の場合、セクハラと勘違いされる場合があり、男性の場合も財布泥棒などと勘違いされてトラブルになる危険性があるからだ。そこで私は少々乱暴ではあるが、男性が座る座席を蹴っ飛ばした。経験上、こうするとだいたい起きるのだが、それでも男性は起きない。なかなかの強敵だ。

私は運転席に戻り、冷房を最強にし、冷風の吹き出し口を男性の顔面に向けた。その上で、座席を揺すったり、蹴っ飛ばしたり、「起きてください!」と叫ぶ。

(*7)酔っ払い:酔っ払いで怖いのは嘔吐。バス車内で嘔吐があった場合、バス運転士は「嘔吐物処理キット」を使用して、速やかに嘔吐物を処理しなければならない。嘔吐物処理キットには、マスクや手袋、靴カバー、ビニールエプロン、嘔吐物凝固剤や消毒剤などが同封されており、応急処置ができる。路線バスでの嘔吐物処理は滅多にないが、夜行バスや観光バスでは珍しいことではない。私も深夜バスの乗務では年に1~2回の頻度でゲロ対応に当たっていた。

■対応が難しい「泥酔した女性客」

数分すると男性はブヒッと鼻を鳴らして目を覚まし、あたりを見回しながら「うー、寒い」と言い降車していった。冷房全開は目覚ましには効果的(*8)なのである。さらに強者もいた。

8月の金曜日、うだるような暑さの夜だった。メイクが濃く派手な服装をした若い女性は、終点に着いても熟睡したままだった。全英オープンを制した人気女子プロゴルファーに似ている。女性を起こそうと近くまで行くと、私は1メートルほど手前で足が止まってしまう。なんと、服がはだけて胸元から下着がのぞいており、ミニスカートもまくれ上がって下着が丸見え(*9)のうえ、口からよだれを垂らしている。この状態で彼女を起こしたら、私はあらぬ疑いをかけられてしまうのではないか。

不安を覚えた私は、営業所に無線(*10)を入れた。「ただいま終点に到着しましたが、若い女性のお客さまが泥酔していて、目覚めません。服がはだけてしまっているもので、どう対応したらいいでしょうか?」

営業所にいた泊まり当番の助役からは、「わかりました。今すぐ人を向かわせるから、お客さまに触れず、そのまま待っていてください」という指示があった。私は指示どおり、その場で待つことにする。女性のほうは見ない。

(*8)目覚ましには効果的:窓ガラスを爪で引っかきギリギリ音を出したり、耳元で手を叩いたりする運転士もいたが、クレームにつながるのでやりすぎは禁物。
(*9)下着が丸見え:休憩室の雑談の中で「今日、一番後ろの座席の女の子、パンツが丸見えだったぞ」などという下世話な話をしている運転士もいる。じつは最後列中央の座席は、運転席の車内ミラーから“丸見え”になることがある。くれぐれもご注意ください。
(*10)新人のころ、研修で、運行中わからないことがあったり、判断に迷ったりしたときは営業所に無線を入れるように指導された。何年バス運転士として勤めようが、女性の取り扱い方という点では、男という生物は永遠に初々しい新人なのだ。

■無事解決したのになぜか残念そうな事務員

須畑寅夫『バスドライバーのろのろ日記』(三五館シンシャ)
須畑寅夫『バスドライバーのろのろ日記』(三五館シンシャ)

すると女性はハッという感じで目を覚ますと、びっくりした様子であたりを見回している姿が車内ミラーに映った。それに気づいた私は2メートルほど離れた場所から「お客さま、大丈夫ですか?」と声をかけると、女性は自らの格好に気づき、あわててヨダレを拭い、服装を整えた。「すみません。あまりにも眠かったので」と言うと、料金を支払って、せかせかと降りていった。

無事に解決してよかったとバス車内の点検をしていたところ、営業所から事務員(*11)が駆けつけてきた。「女性はどこですか?」と鼻息あらく言われたので、「先ほど目が覚めて、無事にお帰りになりました」と返答する。「えっ、そうか……」

事務員はなぜか残念そうに言った。何を期待して急いで駆けつけてきたことやら。

(*11)営業所から事務員:東神バスでは、夜間、何かあったときに備え、助役と事務員と整備士の3名が泊まりで常駐していた。深夜にも事件は起こる。あるとき、深夜バスのドライバーが終点の2つ前のバス停で乗客がすべて降りたと思い、終点まで行かず営業所に戻ってきた。これ自体もルール違反なのだが、さらにマズイのは酔っぱらって座席に横になって寝ていた乗客がバスに残っていたことだ。乗客を起こし、丁重に詫びたうえ、社用車で自宅まで送り届けることになった。

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須畑 寅夫(すばた・とらお)
元路線バス運転士
1962年、神奈川県生まれ。大学卒業後、中学教師、塾講師、高校教師を経て、47歳のとき、心配する妻を説得してバスドライバーに。以来、59歳で「ある出来事」により退職するまで私鉄系バス会社にて路線バス運転士を務める。

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(元路線バス運転士 須畑 寅夫)

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