コタツから出た大量のゴキブリを「ペット」と呼ぶ…「統合失調症で認知症の患者」に訪問看護師が掛けた一言
プレジデントオンライン / 2023年6月24日 15時15分
※本稿は、西島暁子『魂の精神科訪問看護』(幻冬舎)の一部を再編集したものです。
■何度も警察沙汰になっていたBさん
Bさんは統合失調症で病識がなく、関わるのが非常に難しかったケースの一つです。
被害妄想が強く、高校生のときの同級生に対して強い妄想を抱いていました。
Bさんいわく、同級生が夜間自宅に乗り込んで、さまざまな嫌がらせをするというのです。もちろんそのような事実はいっさいありません。
しかしBさんはそうした妄想を抱いたあげく、恨みつらみを書き連ねた手紙を同級生に送りつけたり、さらには夜中や明け方に同級生の家に押し掛けてドアをガンガン叩きながら怒鳴り散らしたり、非常に迷惑な行為を繰り返していました。
こんなことをすれば当然、相手は警察を呼びますから、これまでに何度も警察沙汰になって警告を受けていました。
しかしどれほど警察から警告を受けようとも、本人には病識がないため、まったく止めることはなかったのです。
■ドロドロに伸びきったそばをすすった
主治医や看護師、保健師などが地域の保健所に集まり、困難ケースとして会議をするほど、Bさんは関わるのが難しいケースでした。
ただ、私のことは罵りながらもかろうじて受け入れてくれていたようです。Bさんにとっての唯一の話し相手として、私に気を使ってくれることもありました。
しかし、Bさんの見当違いな気遣いに非常に困らされたことも時にはありました。
ある時、Bさんは私にそばをごちそうしようと、訪問時間の何時間も前に注文して待ち構えていました。
冷やしたぬきそばを一緒に食べよう、という電話があって行ってみると、何時間も前に注文したそばがテーブルの上に置かれていました。
■治療が良い方向に向かい、症状が劇的に緩和
このようなときに下手に断ると逆上させてしまうかもしれません。そのため、私は妄想を延々話し続けるBさんの隣で、ドロドロに伸びきったそばをすすりました。その時のことは今でもよく覚えています。
Bさんに関してはその後、治療が良い方向に向かい、生活を落ち着かせることに成功しました。
一度、ご家族の協力のもと医療保護入院をしたところ、医師が非常に合う薬を処方してくれ、症状が劇的に緩和されたのです。
いまは医師や医療機関が代わっても、必ずその薬を処方してもらえるよう、私たちがしっかりチェックしています。
その後Bさんは問題行動もなく、安定して過ごすことができています。
■トイレは10年単位で汚れが蓄積し、便座も真っ黒
60代のCさんは生活保護を受けながら、風呂なしの古いアパートで独り暮らしをしていました。
もともとの病名は統合失調症ですが、何年も患うなかで、最終的に病名が認知症に変わった患者さんでした。
統合失調症になって何年も経つと、脳が萎縮してくることがあります。
特に未治療の場合など、認知機能低下となり、次第に認知症と同じような症状になるケースが少なくありません。Cさんもまさしくそのようなケースでした。
最初は統合失調症として訪問をスタートしたCさんですが、5年ほど経った頃から認知症の症状がひどくなり、自分ではほとんどなにもできなくなってしまいました。
そのため生活面のケアも含めて週に3日ほど訪問を継続していたのです。
生活保護で暮らしていたCさんの自宅は今にも崩れそうなアパートでした。トイレは10年単位で汚れが蓄積し、便座も真っ黒な状態でした。
![トイレは10年単位で汚れが蓄積し、便座も真っ黒](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/c/1200wm/img_bcca18b8cdcef9882902bb8e898aa806193201.jpg)
■ネズミが出てもニコニコしながら「リスを飼っている」
訪問時にネズミが出ることもありました。明らかにネズミだと分かる生き物が部屋をチョロチョロと横切るのですが、Cさんはニコニコしながら、リスを飼っていると言っていました。
精神科患者には1年中こたつを置いている人がいるのですが、Cさんも年中こたつを出していました。
そしてこたつ布団をちょっともち上げると、中からザーッと大量のゴキブリが飛び出してきたこともありました。
■大量のゴキブリを見ても穏やかに「ペット」だと言う
そのようなときも、Cさんは相変わらず穏やかにペットだと言うため、かわいいペットですねと話を合わせて、できるだけ気にしないようにするしかありませんでした。
最終的に、住んでいたアパートは火事になって全焼してしまったため、Cさんは引っ越さなければならなくなりました。
引っ越し後は私たちの担当を外れてしまいましたが、一つだけCさんにかわいそうなことをしたと今でも後悔しています。
![かわいいペットですねと話を合わせた](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/0/1200wm/img_60e773fe2fdd9ab42562ffd2aa6faf65321800.jpg)
■生活保護が打ち切りに
Cさんは生活保護を受けていましたが、何年間もずっと自宅に引きこもっていたため、まったくお金を使うことなく、数百万円ものお金をタンスにしまっていたのです。
Cさんにとっては、隠すというよりも、本当に使わなかったお金をただタンスに入れておいたという感覚なのかもしれません。
しかしなにかの書類を探しているときに、偶然私たちがそのお金を見つけてしまいました。
生活保護の担当者も交えてCさんの自宅で会議をしていたときのことで、お金が見つかったため、Cさんの生活保護はすぐに打ち切りになってしまいました。
もちろん、基本的に貯蓄のある人は生活保護を受給できませんから、打ち切りは仕方のないことです。
しかしなんの楽しみもなく過ごしてきて、お金が残ったまま認知症になってしまったCさんの最後のタンス預金のせいで、生活保護が打ち切りになってしまうのを、私はなんとも言えない気持ちで見守るしかありませんでした。
■団地のドアの前に、便や尿などの排泄物を置く
Dさんは病識がない80歳代の女性でした。残念ながらうまく医療や福祉につなげることができず、1カ月程度で関わりが終了してしまったケースです。
こうした、いわゆる困難ケースの場合、訪問依頼が来たからといって必ず訪問できるようになるとは限りません。
ひたすら拒否され続けて、どうしても看ることができない人もいるからです。
Dさんはそのようなケースの一人でした。
Dさんは、住んでいる団地のドアの前に、便や尿などの排泄物をビニール袋に入れて置くという不可解な行動を取っていました。
![団地のドアの前に、便や尿などの排泄物を置く](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/7/1200wm/img_275d15bbf8f09433c1d21ea19a738cbc343544.jpg)
そうした奇怪な行動のために近隣からの苦情も多く、地域包括センターからの依頼で訪問診療と訪問看護が入ることになりました。
■近所のファミレスやスーパーを捜索する
Dさんは病識がないだけではなく、それまでまったく精神科医療にかかったことがない、未治療の状態で過ごしてきたということでした。
Dさんは訪問看護に対する拒否が強く、私たちが行くタイミングを見計らって必ず外出してしまい、なかなか会うことができませんでした。
近所のファミリーレストランやスーパーにいるなど、行動パターンはだいたい把握することができたので、Dさん宅の訪問時には、まず周辺の捜索から始めることがほとんどでした。
訪問して不在を確認すると、まず30分ほど周囲を捜索します。
どれほど探しても会えない日が多いなかで、運良く本人と会えた日は、少しでも様子を聞くためにできる限りの努力を重ねました。
■80代とは思えないスピードで歩いて行ってしまう
あるときは、猛暑日に炎天下を歩いているDさんを発見することができました。
すぐに声を掛けて、お茶でも飲みながら少しだけ話をしたいと近くの喫茶店へと誘ったのですが、Dさんは私たちと目も合わせず、ひたすら逃げていこうとします。
しかし何度断られても必死に食らいつきながら、一緒に横を歩いて少しでも様子を確認しようと試みました。
ところがDさんは私たちからなんとかして逃げようと考えているようで、とても80代の高齢者とは思えないようなスピードでどんどん歩いて行ってしまいます。
私たちはできれば自宅の様子を見ながら話を聞きたいと考えているのですが、Dさんはどんどん自宅から遠ざかっていってしまいます。
真夏の炎天下で高齢者が歩き続けるとなると、今度は熱中症や脱水症状が心配になります。
そこで私たちは水分を取るよう懇願するのですが、それでもDさんは決して立ち止まろうとはしません。
![熱中症になるリスクを考えて断念](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/c/1200wm/img_1cfede4f2a36679ec80c5be905adab41326582.jpg)
そのまま追い掛けていっても、Dさんは話をしてくれるどころか、限界まで歩き続けてしまうため、私たちは熱中症になるリスクを考えて、Dさんと話すのを断念しました。
Dさんについてはこうしたことがこのあとに何度もあり、結局どうやっても介入することができませんでした。
■中で亡くなっている可能性もある
このようにどうしても訪問できない人もなかにはいますが、基本的に私たちはちょっとやそっとでは訪問を諦めません。
精神疾患をもつ患者さんに関わることは簡単ではありませんが、どうしても服薬だけはきちんと継続してほしいため、なんとしても関われるように粘り強く努力をするのです。
私はスタッフに情報を一つでも多く取ってくるようにと話しています。例えばチャイムを鳴らして出なかったからといって、そこで諦めることは決してありません。
なぜなら中で亡くなっている可能性もあるからです。
そのため少しでも情報を得るために、インターホンを鳴らして最低でも15分はその場にとどまって粘るように心掛けています。
中で亡くなっているとまではいかなくても、薬が効いて熟睡してしまってインターホンに気づかない可能性もあります。
■換気扇からのたばこ臭で気配が分かることも
そのためインターホンを何度も鳴らしたり、ドアをノックしたり、名前を呼んだり、1階の部屋ならば裏に回って窓からのぞいたりなどできることはすべてやり尽くします。
玄関ドアの郵便受けをのぞいてみたら、本人の足だけチラリと見えることもあります。
換気扇からのたばこ臭で在宅の気配が分かることもあります。
そのようなとき、起きるまで必死に郵便受けのすき間から呼び掛け続けることもあります。
![西島暁子『魂の精神科訪問看護』(幻冬舎)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/6/1200wm/img_2651a9e69a491539da98ed13c010a260156602.jpg)
そのように粘り強くアプローチしているうちに、出てきてくれることもあります。
あるいはアルコールを飲んでいて、酩酊(めいてい)状態でなかなか起きられなかったということもあります。
そのようなときはなんのアルコールをどれほどの量飲んでいるか、しっかり観察して、できるだけの情報を得るようにしています。
まさにやれることはすべてやり尽くすのが、私の精神科訪問看護のモットーなのです。
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ナースサポート.アリス 代表取締役
1975年東京都生まれ。 1995年帝京大学医学部入学、1996年都立府中看護学校入学。2012年にナースサポート.アリスを設立。2012年5月にソレイユ訪問看護ステーションをオープン。著書に『魂の精神科訪問看護』(幻冬舎)がある。
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(ナースサポート.アリス 代表取締役 西島 暁子)
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