スーパーの魚売り場とは正反対…「店員が多すぎる魚屋・角上魚類」が繁盛する3つの理由
プレジデントオンライン / 2023年6月7日 15時15分
※本稿は、ながさき一生『魚ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
■繁盛している「角上魚類」は何が違うのか
昨今の魚離れの状況の中、業績好調を維持し続けている魚屋があります。その1つが関東や信越地区を中心に22店舗を展開する「角上魚類」です。
角上魚類は、新潟県長岡市寺泊に本社を構える魚屋で、店舗によって年末ともなれば午前3時前から行列ができる人気店です。テレビでも度々取り上げられ、その日に揚がった新鮮な魚介が安い値段で売られている様子が伝えられています。
このように、角上魚類が繁盛しているのはなぜなのでしょうか。これは、売上が芳しくないとされる一般的なスーパーの魚売り場と比較をすると一目瞭然です。ここからはそのポイントを3つに分けてお伝えしましょう。
■魚に詳しい店員と会話しながら買い物する
①対面コーナーが充実している
第一に角上魚類は、対面コーナーが充実しています。対面コーナーとは、魚を置いて店員がお客と相対しながら販売をする売り場です。
角上魚類は、どの店舗にも必ずこの対面コーナーがあります。そこでは、日々違う魚が、基本的に丸魚の状態で、パック詰めされずに置かれています。
対面コーナーの良いところは、魚に詳しい店員とコミュニケーションを取りながら買い物ができるところです。分からないことがあれば聞いたり、店員側からもおすすめの魚や食べ方の提案を受けたりすることができます。日々、違う魚が入荷する点も楽しく、嬉しいところです。
一方で、一般的なスーパーの場合は、魚がパックに入れられて、ただ置かれているだけです。これでは、魚の知識が相応にないとどうやって食べて良いかが分かりません。また、様々な魚の中から今日は何を買うべきなのかが分かりません。
■店内の見える範囲だけで店員が20人近くいる
②店員の数が多い
第二に角上魚類には、店員が多くいます。もうそれは、どの店舗に行っても異常なくらい多くいる印象です。
赤羽店を例に話をしましょう。赤羽店は、高架下のビーンズ赤羽というショッピングセンター内にあり、八百屋や肉屋と共にテナントとして入居しています。そのため、スーパーと同じような売り場で、広さも一般的なスーパーと変わりません。
にも関わらず、見える範囲だけでも店員が常時20名程いる状況で運営されています。店員には、品出しをしている者や対面コーナーに立つ者もいますが、多くは対面コーナー奥の調理スペースで注文を受けた魚を捌いています。
一方で、一般的なスーパーの場合は、店員が少なく、売り場から見える範囲で3名~6名程というお店がほとんどです。これでは、多くのお客からの捌く要望には答えられませんし、様々な魚を置くことが難しくなります。
■土地代は抑えて、あえて人件費をかけている
③郊外出店が多い
第三に角上魚類は、郊外出店が多いのも特徴的です。
関東では、東京23区内の店舗は赤羽店と南千住店の2店舗のみ。あとは、都内だと小平店や日野店など郊外の店舗です。都道府県別では埼玉県が最も多く、7店舗を出店していますが、どこも東京のベッドタウンです。
角上魚類は、関東圏に進出しながらも、地価があまり高くないところにのみ出店していることが分かります。
これらのことを踏まえて、角上魚類を経営的に分析しましょう。対面コーナーにせよ、店員の数にせよ、角上魚類はあえて人件費を掛けるやり方をしていることに気がつきます。
そして、土地代など、そのほかの経費は抑えています。
人件費抑制が叫ばれる昨今、一般的なスーパーの店員数が少ないのもその流れでしょう。しかし、角上魚類はその逆を突いて売上を伸ばしているのです。
■昔ながらの魚屋は「お魚コンシェルジュ」だった
街にスーパーが台頭してくる前の時代。全国の商店街には魚屋が立ち並び、その頃は魚が売れていました。
では、その頃と今では何が違うのでしょうか。そして、前の節で述べた人件費を掛けられると魚屋の売上が伸びるのはなぜなのでしょうか。
まず、商店街の魚屋と角上魚類にはある共通点があります。それは、対面販売を行っているという点です。
![鮮魚店で働く人](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/4/1200wm/img_946c0124ee9ea22558a0e1dfa72cc6a0330465.jpg)
街の魚屋は、狭い間口の店先に魚を並べ、お客と話をしながら売る対面販売が基本となっていました。そして、やってきたお客に「今日は何がおすすめか」「どのように食べると美味しくいただけるか」などの話をしていたのです。今風の言葉で表現するなら、「お魚コンシェルジュ」の役割を果たしていたのが昔の魚屋でした。
しかし、スーパーが台頭してくると街から魚屋が消え、「お魚コンシェルジュ」がいなくなっていきました。この頃から魚の消費がどんどん減って魚離れが進んでいきます。
■日本人は食べる魚は500種類以上
実は、この「お魚コンシェルジュ」は、鮮魚の流通にとって非常に大事な役割を果たしていたのです。どういうことかをお話をしましょう。
魚の生産方法は、今も天然から魚を漁獲する方法が半分以上となっています。そうすると、毎日入荷状況が変わってきます。
今日安く仕入れられた魚が明日高くなるかもしれませんし、違う魚が安く入荷してくるかもしれません。また、普段見ない魚が入荷してくることもあるでしょう。
さらに、魚は種類が豊富で、日本で主に食べられている魚種だけでも30種類は超え、時々食べるものも含めると500種類を超えてきます。さらには、加工品も様々なため、魚全般の知識は莫大(ばくだい)なものとなります。
多種多様なものが日々違う状況で入荷する。これこそが、魚という生鮮食品の最たる特徴です。このような扱いの難しい食材は、置いておくだけでは売れません。
私たちは普段、電球のようなわかりやすい商品であれば特に考えずに買いますが、パソコンのような複雑な商品の場合は調べたり、店員に聞いたりして買うのが普通です。魚の場合は、お店に置いてあるものが激しく変わるため、調べて知識をつけるよりもその場で店員に聞いた方が早い状況です。
このような状況だからこそ、「お魚コンシェルジュ」の立ち位置は重要で、今でも「魚は対面販売が一番売れる」と言われる所以なのです。
■スーパーにはなかなか真似できない
「なるほど。だったらスーパーでも対面販売をやればいいではないか」と思われるかもしれませんが、これには難しいところがあります。
なぜなら、他の食品はこれと真逆な状況だからです。例えば、肉であれば、種類は牛・豚・鳥の3種と少なく、冷凍流通が主で、日々の仕入れがダイナミックに変化しません。
このような場合は、日々画一的な対応を組み立てる方が効率的です。
![スーパーで魚を選ぶ人の手](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/9/1200wm/img_b9f1454313bb8b2d51cc5f619c2f43c3141308.jpg)
また、スーパーのような大規模に展開する形態では、なるべく業務を画一的にして横展開していく方が効率的です。
魚は本来、臨機応変な対応をした方が売れる商材です。これは画一的なものを大量に提供する方が効率的という、肉などの他の食品やスーパーという形態とは真逆です。しかし、時代が進むにつれてマス消費が進み、流通を画一的に整える動きが広がり、魚もそれに合わせなければいけなくなりました。
このような画一的な流通では、なるべく人為的な部分を排除し、マニュアル化やシステム化を進めた方が効率的です。その結果、人件費が削減されていくのです。
■魚小売の理想は「間口が狭い店内で対面販売」
では、対面販売のような臨機応変な対応をするにはどうすれば良いでしょうか。これには、マニュアルでもシステムでもなく、人が対応するしかありません。
そして、臨機応変な対応が可能になれば、魚は売れるようになります。これが、「人件費をかけられると魚屋の売上が伸びる」の理由です。
![ながさき一生『魚ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/a/1200wm/img_ea192175c76ad886765f527fced3461099173.jpg)
魚屋の効率的な経営で削るべきは人件費ではなく、土地代をはじめとした人件費以外の部分なのです。
このことは、角上魚類が売上を伸ばし続けてきたことが証明しています。そして、昔の魚屋もそうでした。
間口が狭い中で、しっかりと人がついて販売する。このスタイルは、魚の小売という形態において非常に効率的だったのです。
しかし、食品流通全体がシステマチックなマス流通に向かう中で、このような体制を確立することが難しくなってきたのが現在の姿です。
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東京海洋大学非常勤講師、おさかなコーディネータ
株式会社さかなプロダクション 代表取締役。一般社団法人さかなの会 理事長・代表。1984年、新潟県糸魚川市の漁師の家庭で生まれ、家業を手伝いながら育つ。2007年に東京海洋大学を卒業後、築地市場の卸売企業に就職し、水産物流通の現場に携わる。その後、東京海洋大学大学院修士課程を修了。2006年からは、ゆるい魚好きの集まり「さかなの会」を主宰。2017年に「さかなプロダクション」を創業し独立。食としての魚をわかりやすく解説する中で、ふるさと納税のコンテンツ監修や、ドラマ「ファーストペンギン!」の漁業監修を手がける。著書に『魚ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)などがある。
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(東京海洋大学非常勤講師、おさかなコーディネータ ながさき 一生)
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