「厚底王者ナイキもウカウカできない」2000億円市場に選手を自社育成しシェア獲得狙う"新参ブランド"の名前
プレジデントオンライン / 2023年6月2日 11時45分
■ナイキ厚底革命以降の熾烈極めるブランド・ウォーズ
世界のマラソンシーンのターニングポイントとなった年がある。それは、2017年。ナイキが“厚底シューズ”を本格投入したのだ。
それ以降、高速化が一気に進み、他のメーカーも薄底から厚底に完全シフト。カーボンプレートが搭載された厚底シューズが、アスリートや市民ランナーのスタンダードになった。
魔法のシューズが短期間で世界に普及したのは、シューズのクオリティーが素晴らしかったからだけではない。人々をあっと驚かせる“走り”を披露したランナーの存在も大きかった。その筆頭格は、ケニアのエリウド・キプチョゲだ。厚底で42.195kmの非公認レースで2時間切りに挑戦し、新モデルを着用で男子マラソンの世界記録を2度も打ち立てた。
日本人でも大迫傑が日本記録を2度も塗り替え、東京五輪では6位入賞を果たした。大迫はナイキ本社を拠点にするオレゴン・プロジェクトというチームで強くなった選手。ナイキは同社で育成した選手が同社モデルを着用してファンと顧客を拡大していく、というシステムを初めて確立したといえる。
近年も、ナイキ傘下の米国バウワーマントラッククラブに遠藤日向(住友電工)、吉居大和(中大)らナイキを着用する有力な日本人選手が練習に参加している。
他メーカーもこうした自前での選手育成に積極的だ。例えば、米国だけでもアディダス、ニューバランス、ブルックス、リーボック、オン、ホカ、アンダーアーマーなどがクラブチームで選手を育成している(※日本は実業団という独自のシステムがあるため、メーカー運営のクラブチームはほとんどない)。
国内メーカーも負けていない。アシックスは2021年、ケニア・イテンに「ASICS CHOJO CAMP」を設立した。その目的は大きくふたつ。ひとつは選手を強化して、世界で戦えるランナーを輩出すること。もうひとつは選手にさまざまなモデルをテストしてもらい、新プロダクトの開発に生かすためだ。
■プーマのエリートチームに立教大の選手が参加
各社の活発な動きの中でもっと大胆に日本市場に切り込もうとしているのがプーマだ。サッカーのイメージが強い同社だが、2021年にランニング部門を本格強化。同時に世界トップレベルの選手が集う「PUMA ELITE RUNNING TEAM」を立ち上げた。
国内のランニング市場でプーマの認知度はさほど高くないが、今年の箱根駅伝は55年ぶりに出場した立教大が同社のユニフォームを着用。さらに箱根駅伝のシューズ着用者はプーマが前年の1人から7人に増えた。ナイキなどには遠く及ばないが、取材をしていると今後さらに着用者が多くなる可能性があると感じる。
立教大をサポートしているプーマは国内のランニング市場を見据えて、今年3月に立教大の選手をアメリカのノースカロライナで開かれた「PUMA ELITE RUNNING TEAM」に招待した。
「2024年の箱根駅伝出場を目指す立教大のサポートの一環として実施しました。同大学の監督、エース級の選手たちに海外でのトレーニング、レースを経験してもらうことで、競技に対する新たな気づきやモチベーションの向上、帰国後に他選手たちへプラスの波及効果などを生むとの考えです」(プーマジャパン広報)
プーマは単に商品を提供するだけではなく、トップ選手との経験や、メンタル面での影響を考えて、トータル的にサポートしているというわけだ。
![米国遠征を行った立教大の上野裕一郎監督と関口絢太選手、國安広人選手。](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/f/1200wm/img_4f43d90f36583e4021e959e119c78cc9493194.jpg)
「担当者は合宿に同行するなど選手と共にする時間を極力多くし、信頼関係を結びながら、双方がひとつのチームとなり、記録や結果に結びつくようにサポートしています。立教大とプーマ担当者は、単なるメーカーとチームという関係を超えた存在となっていると確信しています」(同上)
プーマのユニフォームを着用する立教大や、同社のシューズを履くランナーたちが活躍することで、同ブランドの価値が高まっていく。スポーツメーカーは高品質のシューズを作るだけでなく、魅力的な選手を育成する時代に突入している。
日本ではこれまで、大学で活躍した選手は実業団チームに入ってさらに高みを目指して練習するというパターンが多かったが、今後はそれとは別のルートができるかもしれない。
![現地でレースに出場](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/d/1200wm/img_8d7c8b4da03b53e132ef720b4a624f02464626.jpg)
■オンは“穴場”の中距離をサポート
プーマだけでなく、スイスのスポーツブランドであるオンもユニークな視点で日本の市場に食い込んでいる。2010年の創業からわずか12年で世界60カ国以上、6500店舗で取り扱われるほどの人気を誇るも、日本ではタウンシューズとしてのイメージが強いだろう。
今年の箱根駅伝で着用していた選手はいなかったが、今年度は合同会社TWOLAPSが運営する「今年、一番強い中距離走者を決める大会: TWOLAPS MIDDLE DISTANCE CIRCUIT」とパートナーシップ契約を締結。中距離レース(800m・1500mなど)から国内シェアを高めていく戦略を実践中だ。
オンはグローバルな取り組みとして、「On Track Nights」という陸上競技場を舞台にしたレースをウィーン、パリ、ロンドン、ロサンゼルス、メルボルンの5カ所で開催中。オン・ジャパン共同代表の福原裕一氏は、「ぜひ日本でも同じフォーマット、同じ熱狂でやりたい」という構想を持っている。
なぜ長距離・マラソンではなく中距離なのか。オンの狙いは明確だった。
「駅伝とマラソンに注力しているブランドは少なくありません。われわれは後発ブランドなので、今から同じようにやるとしてもリソースの問題もあり、互角には戦えない部分があります。その点、中距離レースをサポートすることで、良い意味で軸をズラした戦い方ができる。まずはミドルに取り組み、結果を残す。最終的には駅伝やマラソンにも影響を与えたいと考えています」(福原氏)
MIDDLE DISTANCE CIRCUITを運営するTWOLAPSの代表であり、男子800m元日本記録保持者・横田真人氏がオン・ジャパンのアスリートストラテジー アドバイザーという役職に就任した。その影響はすでに出ている。
![TWOLAPSの代表であり、男子800m元日本記録保持者・横田真人氏](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/1/1200wm/img_512790e0d4a68ea24016144a9fca7691491356.jpg)
今季のトラックレースでは中距離種目を中心にオンのウエアやシューズを履いている選手が目立っているのだ。これは昨季にはほとんど見なかった光景だ。Onを着用する選手が活躍することで、陸上界にも愛用者が増えていくことだろう。
スポーツメーカーは良い商品を作るだけでなく、自らの手で“ブーム”をつくっていく必要がある。年間2000億円規模を誇る国内のランニングシューズ・アパレル市場。プーマやオンの“本格参戦”でますます激化し、群雄割拠の時代に入ったと言えそうだ。
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スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)
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(スポーツライター 酒井 政人)
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