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「氷山のない北極海」はいったい誰のものなのか…温暖化が「北極での米ロ対立」を招いている根本原因

プレジデントオンライン / 2023年6月4日 9時15分

北極海の一部、バレンツ海に位置するロシア領アレクサンドラ島付近で、衛星写真にとらえられたデルタⅣ型弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(黒い穴の右に見える縦長の艦体) - 写真=Satellite image ©2021 Maxar Tech/AFP/時事通信フォト

地球温暖化の影響で、北極海の氷が急激に減少している。海上自衛隊幹部学校教官の石原敬浩2等海佐は「北極海をめぐる状況が激変し、アメリカとロシアの軍事対立の最前線となりつつある」という――。

※本稿は、石原敬浩『北極海 世界争奪戦が始まった』(PHP新書)の一部を編集したものです。

■北極で軍事力を強化するロシア

2022年8月、北大西洋条約機構(NATO)のストルテンベルグ事務総長は「北極におけるロシアの軍事力強化はNATOにとっての戦略的な挑戦だ」と述べ、強い警戒感を露(あら)わにしました。当然ですが、その背景には2022年2月以来のウクライナ戦争の影響があり、ロシアの脅威や核戦争への懸念があります。

NATOはこの直前にマドリードで首脳会議を開催しました。日本からも初めて岸田首相が参加し連携の強化を打ち出します。NATOは12年ぶりに新たな『戦略概念』を採択し、ウクライナに侵略したロシアを事実上の敵国と認定します。「最も重大で直接的な脅威」という表現です。ついでに述べておきますと、この会議には日本の首相以外にも韓国、オーストラリア、ニュージーランドの首脳も招待されており、NATOの「アジア太平洋パートナー」として、対中国を念頭に連携強化が話し合われています。

まあ、欧米vsロシア(ソ連)・中国との対立構造、いつか見た風景、冷戦時代の対立構造を彷彿(ほうふつ)とさせるものです。

■冷戦期における米ソ対峙の最前線

冷戦期、北極海はまさしく米ソ対峙(たいじ)の最前線でした。上空では核ミサイル・爆弾を搭載した米空軍のB-52爆撃機やソ連のベアといった戦略爆撃機が空中で待機し、水中では弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(戦略潜水艦:SSBN)が哨戒(しょうかい)する軍事的緊張の最前線だったのです。この軍事力の展開、24時間365日パトロールが継続し、その間に核兵器搭載機の墜落事故や潜水艦の衝突等、様々な危機がありました。冷戦後、いったんその緊張度は下がりましたが、2000年代後半からのロシアの強圧的態度、クリミア半島併合、ウクライナ戦争で徐々に緊張が高まっています。

パレードに参加する原子力潜水艦
写真=iStock.com/Bborriss
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Bborriss

一方、冷戦時代における数少ない国際協調の成果も北極にはあります。米ソに加えカナダ、デンマーク(グリーンランド)、ノルウェーという北極海沿岸国の間で結ばれた1973年のホッキョクグマ保存条約。この協定では、無規制なスポーツ狩猟を禁止し、航空機や砕氷船からのホッキョクグマの狩猟を禁止しています。さらに加盟国に、ホッキョクグマが生息する生態系を保護するための適切な行動をとることを求めています。

北極は上空と海中では核兵器による軍事的な緊張関係を維持しつつ、氷上ではホッキョクグマ保護のために合意するという、不思議な空間でした。

■海氷や氷山が航海中にほとんど見えない

一方、ウクライナ戦争が現在進行形であっても気候変動、温暖化問題は待ってくれません。

20世紀初め、イギリスの地理学者ハルフォード・マッキンダーが、ユーラシアの内陸部を「ハートランド」と呼び、その重要性を説きました。地政学の原点といえるお話ですが、その時に使った地図で描かれた北極海は、夏でも氷が融けない凍ったままの海だったのです。過去の探検家、航海者があれだけ挑んでも通航できない困難な海、それが当時の常識だったのでしょう。

2020年夏、船齢100年を超えるロシアの帆船がベーリング海峡から北極海経由で大西洋まで航行したことがニュースになりました。過去の実績から、常に氷で閉鎖されているいくつかの海峡を通航するときは氷との遭遇を覚悟していたそうですが、北極海航海中ほとんど海氷や氷山を見かけることはなかったと報じられています(Atle Staalesen,“There was no ice on the water,says captain of tall ship Sedov about Arctic voyage”, The Barents Observer, October 13, 2020.)

まさに気候変動、地球温暖化が進行している証左といえるでしょう。北極は地球上の他の地域の4倍速で温暖化が進行中という研究もあります(Mika Rantanen et al, ”The Arctic has warmed nearly four times faster than the globe since 1979”, Communications Earth & Environment volume 3, Article number: 168, 2022)

このように、地理的にも、国際政治的にも大きな変化に直面する北極は、まさに地政学的大変化の最前線にあるといえるでしょう。

■防衛省でも気候変動タスクフォースを立ち上げ

最近では日本でも気候変動を単なる環境問題ではなく、安全保障問題と捉える動きが出てきています。たとえば、防衛省でも2021年から気候変動タスクフォースを立ち上げ、2022年8月には防衛省・自衛隊が気候変動に対処していくための「防衛省気候変動対処戦略」を公表しています。『防衛白書』の令和4年版では「気候変動が安全保障環境や軍に与える影響」という節を設けて、世界各国の動きを説明しています。

しかし欧米ではより早く、多くのシンクタンクが気候変動と安全保障を結びつけて議論を進めていました。その一つに米国の「気候変動と安全保障センター」(The Center for Climate & Security)のサイトがあり、各国の気候変動と安全保障の先行研究を整理したページがあります。

小さな氷の上にいる2頭の親子と思われるホッキョクグマ
写真=iStock.com/SeppFriedhuber
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SeppFriedhuber

そこでは、気候変動と安全保障を関連づけるこういった種類の研究が公表されたのは、1990年の米海軍大学による研究成果「地球的気候変動の米海軍への影響」が最初とされています(The Climate Security Chronology lists, Climate Security Y101)

■データ収集で先行したのが海軍だった理由

何ゆえに、米海軍大学なのでしょうか。気象関連機関や環境問題の研究所ではなく? と不思議に思われる方もいるでしょう。しかしそれは偶然の産物でも突然の発見でもありません。長年にわたる継続観察の結果、必然だったのです。冷戦時代における米ソの核戦力の柱、その一つは戦略潜水艦であり、そのパトロール海域が北極海だったからです。

核ミサイルを発射するためには、北極の氷を割って浮上する必要があります。そのためには、どの海域において、どの時期は、どれくらい氷の厚さがあるか、というデータを収集し、作戦海域を決定する必要がありました。季節や海域ごとに、膨大な資料の積み重ねが不可欠です。

■アル・ゴアの働きかけで潜水艦データを公表

気候変動問題を世界に広め、運動を指導してきたリーダーとして有名なのが米国副大統領であったアル・ゴア(Albert Arnold Gore Jr.)さんでしょう。『不都合な真実』という題名の映画が世界で上映され、大きな社会問題となり、環境活動家として2007年にノーベル平和賞を受賞しています。

石原敬浩『北極海 世界争奪戦が始まった』(PHP新書)
石原敬浩『北極海 世界争奪戦が始まった』(PHP新書)

そのゴアの著作『不都合な真実』に海軍と気候変動、北極海問題を知る鍵が記載されています。「潜水艦は警報に接し速やかに浮上、ミサイル発射を行わなければならないが、氷を割って浮上するには厚さ3フィート(約1m)以下でなければならない」「過去50年間米海軍はそのデータを収集してきたが、それは極秘(Top Secret)だった」と状況を説明します。そして北極海の氷が減少し、厚さも薄くなってきているという事実を、科学者をはじめ、世間に知らせるべきであると考え、海軍とCIA(米中央情報局)に働きかけ、作戦に支障のないかたちでデータを公表させたのです。

このように、気候変動の最前線でありながらも軍事活動、核戦略の最前線でもあるため、南極のように世界で仲良く科学調査、といかないところが北極の難しさです。

■北極圏・北極海の定義とは

改めて地域の確認を行います。北緯66度33分より北の地域が北極圏と呼ばれる地域です。地球の自転軸は、太陽の周りを回る公転面に対して23度27分傾いています。90度−23度27分=66度33分、という計算の結果の数字です。

この数字が何を意味するかというと、夏には太陽が沈まない白夜、冬には太陽が昇らない極夜という現象が見られる、ということです。それよりも北にある地域が北極圏、ということです。

そのため年中気温が低く、氷と雪に囲まれた環境的に厳しい場所ですが、先住民族をはじめ、およそ400万人の人々が暮らす地域です。ホッキョクグマ、ホッキョクキツネ、トナカイ(カリブー)など北極特有の生物が棲(す)む、オーロラ輝く特別な世界です。

サンタクロースの故郷で、清らかで沈黙の世界のイメージとなるのでしょうが、実際には先に述べたとおり、軍事的緊張の最前線。イメージギャップがありすぎです。

■沿岸国5カ国+周辺国3カ国

北極点を中心に広がる、北アメリカ・ユーラシア両大陸に囲まれた海域は北極海と呼ばれ、沿岸にはカナダ、米国、デンマーク(グリーンランド)、ノルウェー、ロシアの5カ国があります(「北極海沿岸国」)。これらにフィンランド、アイスランド、スウェーデンを加えた8カ国のことを「北極圏国」と呼んでいます。これらの国々がまあ、北極問題に関するレギュラー、準レギュラーというところでしょうか。

南極には南極大陸が「で〜ん」と存在するのに対し、北極はユーラシア大陸と北米大陸に囲まれた海「北極海」が真ん中にある、これが最大の違いです。そして海には海特有のルールがあり、それに伴った利害・利権の対立もあります。

北極海は平均深度1330m、最大深度5440mの深い海で、海底にはロモノソフ海嶺(かいれい)という、ユーラシア大陸から北極点経由・北米大陸まで続く海の中の山脈あり、盆地ありの複雑な地形をした冷たい海です。

海ならば海のルールで決める、これがのちのち国家間の対立、紛争問題に影響します。その際、どういう視点、立場に立って「海」を考えるかで、扱いが大きく変わります。

■環境問題から安全保障問題へ

気候変動・地球温暖化問題、これは当初、環境問題として扱われてきました。しかし、旱魃(かんばつ)や洪水など異常気象が難民問題や治安問題と結びつくと、安全保障上のリスクとして議論されるようになってきます。

国連気候変動枠組条約は1992年に採択され、1995年にベルリンで第1回締約国会議(COP1)が開かれました。1997年に京都で開かれたCOP3では、締約国に温室効果ガスの排出量削減を義務づけるよう求めた国際協定「京都議定書」が採択されました。

しかしながら、産業革命以来の温室効果ガスの多くは欧米先進国が昔から排出してきたものであり、アジアや中東、アフリカの新興国も一律に削減という話はすぐにはまとまりません。しかし現実問題として、度重なる中東やアフリカでの旱魃、食糧不足や水不足が原因となり内戦が激化、大量の難民が欧州に押し寄せました。気候変動が安全保障問題として強く意識され、議論されるようになります。

■人間の活動が元凶なのは「疑う余地なし」

気候変動、地球温暖化の原因が人間の活動に伴うものなのかどうか、トランプ大統領が否定的であったのは有名な話です。世界的な議論でも、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第1次報告書では「気温上昇を生じさせるだろう」という弱めの表現でした。しかし1990年以降、様々な観測結果が出てシミュレーション方法も発達し、研究・検証が進みます。2021年の第6次報告書では「疑う余地がない」と断定的な表現となりました。

では、温暖化で北極海の氷がどのように変化してきたのでしょうか。

NASAのホームページに、気候変動の項目があり、その先に進むと北極の特集ページがあります。そこでは宇宙から見た北極海の氷の状況、数十年の変化を数分で見えるようにし、動画で閲覧できるようにしてくれています。衛星による北極海の氷の観測を開始した1979年からの氷の状況変化がよくわかります。

■10年ごとに約13%ずつ氷の面積が減少

様々なデータから、北極海の氷面積は10年ごとに約13%ずつ減少していると報告されています。

また、単に面積が減少しているだけではなく、多年氷(夏でも融けることなく複数年継続する氷)が急速に減少しているのです。氷は何年も凍ったままであれば圧縮されて融けにくく硬い氷になるのですが、多年氷がどんどんと減少し、密度の薄い1年氷が増えています。こういった温暖化の影響で、夏の北極海の海氷は2050年までに消滅することが確実視されているともいわれています(Gloria Dickie, “Loss of Arctic summer sea ice  ‘inevitable’ within 30 years, report says”, Reuters, November 8, 2022)

こういったニュースや議論において、特に北極では温暖化のマイナス面よりも、それに伴って氷が融けることにより航海が可能になる、資源開発ができる、という期待のほうが大きく働いています。沿岸国のみならず域外国もその時に備えて、科学的あるいは資源探査活動を実施する、権益確保のために軍事力を展開する、あるいは基地を整備する等の動きを進めています。そういった各国の活動、その摩擦が安全保障上の問題となりつつあるのです。

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石原 敬浩(いしはら・たかひろ)
海上自衛隊幹部学校教官
2等海佐。1959年、大阪生まれ。防衛大学校(機械工学[船舶])卒業、米海軍大学幕僚課程、青山学院大学大学院修士課程修了(国際政治学)。護衛艦ゆうばり航海長、護衛艦たかつき水雷長、護衛艦あまぎり砲雷長兼副長、練習艦あおくも艦長、第1護衛隊群司令部訓練幕僚、海上幕僚監部広報室などを経て、現職。慶應義塾大学非常勤講師。

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(海上自衛隊幹部学校教官 石原 敬浩)

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