「子宮頸ガンの疑い」子宮全摘手術を予定していた44歳が、翌年45歳で子どもを産むまで
プレジデントオンライン / 2023年6月12日 8時15分
※本稿は、中本裕己『56歳で初めて父に、45歳で初めて母になりました 生死をさまよった出産とシニア子育て奮闘記』(ワニ・プラス)の一部を再編集したものです。
■子宮全摘手術への葛藤
今後の人生を考えて、子宮筋腫の肥大化による血栓の危険性と、「子宮頸ガン疑い」が同時に消える「子宮全摘手術」を現実として考え始めていた妻。
そのときの心境はどうだったのか。
「お医者さんに、『いや産みたいんで……』という年でもないし、妊活も不妊治療も真剣に考えてこなかったから、そこで『子どもは欲しいので全摘だけはしたくないです』とは言えなかったの。ただ、そこで初めて、『二度と子どもは持てない』『100%無理なんだな』とわかって、ズーンと落ち込んだ。子宮筋腫が大きくなり出した40歳前から、なんとなく予感はしていたけど、なにもしてこなかったから」
「あとはなによりも、臓器を1つなくすという恐怖。ホルモンバランスがおかしくなるだろうし。その一方で、病気になるほうが怖いし、ガンになるのも怖かったから。手術を先延ばしにすることにあまり意味はないだろうなって」
子宮全摘手術を勧めた医師に、妻は「わかりました。そっちの方向で考えます」と答えていた。
■2020年3月の手術を決断
クリニックから紹介を受けていた日本医大付属病院では、子宮全摘手術の日程が詰まっていて、早くて来年(2020年)の3月以降ということになった。
ところが、11月のある日、「手術のキャンセルが出たので、いますぐ予約できます。どうしますか」と連絡が入った。妻が振り返る。
「えっ! うわーっと悩んだ。仕事もあったし、手術をしたらすぐには復帰できないだろうから、どうしようかと。主人と相談しますと言って、待ってもらったの」
すぐに手術しなくても、命に関わるような状態ではなかった。
だが、もし、キャンセルで空いた手術日にお願いしていたら……。我が子と対面することはなかったのだ!
このとき妻から相談を受けた記憶は鮮明にある。この先の2人の人生も短くはないだろうし、なにより妻には長生きしてほしいと思ったので、「3月には子宮全摘手術を受ける」と決断した妻に反対する理由はなかった。
私もこれまでの人生を振り返って、子どもができにくい体質なのかな、という自覚もあり、でも精子の状態など生殖能力の検査をしたことはなかったため、「妊娠の可能性が少しでもあるなら、体のリスクを犠牲にして、子宮を温存しよう」とはとても言えなかった。
妻は自分の母親にも報告した。「病気のリスクがなくなるし、重かった生理もなくなるから」と告げると義母は、「あなたがそう決めたのなら」と賛同したという。
■誰にも相談できなかった
さばさばしているように見えた妻だが、「今だから言えるけど……」と前置きして、こう明かした。
「すごく重たい思いを抱えていたんだけど、周りの友だちには誰も相談できなかった。だって同年代で人知れず不妊治療をしている友だちは多いだろうし、そういう人はそろそろ不妊治療をあきらめる時期だろうし。なにもしてこなかった私が、『子宮を全摘することになったの』と同情を買うようなことはとても言えなかったのよ」
その「重たいもの」をいったん忘れるように、2019年末の年越しタイ旅行で、夫婦ともに弾けまくって遊んだ。その結果、奇跡的に赤ちゃんに恵まれたというわけだ。
タイ旅行から帰ってきて、妻は体の異変に気づいたという。
まず1月に生理が来なかった。このときは「子宮全摘だ、と言われてストレスで来ないのかな」と思ったという。
次に生理が来るべき周期の2月20日を過ぎても、来なかった。
「これはおかしい。今まで1カ月飛ばしで来たことはあっても、こんなことは初めて……」
■妊娠判定を見て動揺
そして、なんだか胸が張ってきたような体調の変化も感じていた。
「あれ、ちょっと待てよ。もしかして⁉」
もしも妊娠だとしたら、かなり時間が経過していると、あわてて妊娠検査薬のキットを買いに隣町のドラッグストアまで行ったという。なんとなく、近所で見られたくない心理だったのだろうか。
「かなりドキドキして、念のため検査薬は2つ買ったの。1つ目は手がブルブルふるえて失敗。2つ目で妊娠判定が……『出たー!』」
ひどく動揺したらしい。
子どもができてから、妻はよく私に、「変化を楽しもう」と言っていたのだが、それは変化が好きじゃないことの裏返しだった。
「いまさら生活が変わるのかと、不安でいっぱいになった。嬉しくてたまらないのだけど、頭の整理がつかない。年齢も年齢だし、元気な子を産めるのだろうか、自分の子宮で大丈夫なのか……。摘出しなければいけないような状態だったわけだし、もうハラハラドキドキが止まらなくなって、口から心臓が出てくるってこういうことかと思ったわ」
それでも、妊娠検査薬の判定ミスなど万が一のことがあるかもと思い、夫の私にも親にも言えず、かかりつけの婦人科で診てもらったのだという。
医師は「妊娠検査薬で出たのならほぼ間違いないでしょう」と言ったあと、検査を始めた。
「エコーで、勾玉(まがたま)みたいな形をした2センチの赤ちゃんがくっきり映っていて、先生から『声も聴けますよ』と、エコーから聴かせてもらうと、『ドクドクドク』ってすごい速さの心臓の音が聴こえてきた。その瞬間、わーっと涙が……」
■地下鉄のホームで号泣
![妊娠6カ月ごろ。](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/1/1200wm/img_c13c6ada3d2ec7a5820dc108e64d1c42234854.jpg)
「大丈夫でしょうか? この子」と聞く妻に医師は、「元気だし、エコーを見た限りではなんの問題もないですよ」と出産にGOサインを出した。ただ、高齢出産のうえ、子宮筋腫があるという事実は動かしようがない。
医師は、「出産年齢よりも、筋腫がちょっと心配だよね。あなたの場合はハイリスクなので、日本医大付属病院で出産まで診てもらいましょう」と紹介状を書いてくれた。
クリニックで妊娠がわかった帰り道、地下鉄のホームにいた妻の目からは、滝のような涙が出て止まらなかった。
「私が、生活が変わっちゃうんじゃないかとかクヨクヨ考えているあいだに、このお腹の子は、しっかり生きていた。そう考えると、こんなママでごめんなさいという気持ちになっちゃったの」
■子宮頸ガンの疑いも子宮筋腫も同時に消えた
ここから先の、日本医大付属病院での妊娠経過観察から、東大病院での帝王切開手術による出産、妻が妊娠中に患わずらった心筋炎の危機は、書籍で綴ってきたとおりだが、驚くべきことに、出産によって妻の体の中の懸念が2つとも消えていたのだ!
![中本裕己『56歳で初めて父に、45歳で初めて母になりました 生死をさまよった出産とシニア子育て奮闘記』(ワニ・プラス)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/0/1200wm/img_1030b5cf5e00a16f2d95314a95adb75c181824.jpg)
子宮頸ガン疑いである「軽度異形成」については、出産前の検診で「消えていますよ」とあっさり告げられた。これは自然治癒する例もあるのだという。それも、お腹の子が助けてくれたのだろうか。
そして、心配の種だった大きな筋腫については、帝王切開手術のときに、筋腫から出血があったため、「取っておきました」と、こちらも産科の執刀医にあっさり報告を受けたそうだ。
妻の詳しい話を聞き終えた私は、しばらく呆然とした。
晩婚で、時にケンカもしながら2人で楽しく暮らしてきた。
老後のことを考えるより、次の休みにどこへ行って、なにを食べるかを大切に、今を生きてきた。子どもができるか、できないか、それは授かりものだと思っていた。そのときそのときの今が楽しく生きられればいい。
その考えに後悔はないが、これから先も、もっと自分の、妻の、体の声も聞きながら生きていけば、悪しき前兆を食い止めたり、楽しさが倍増したりするのかもしれない。
今をもっと大事にしよう。
我が家では、まさに神様から授かったとしか思えないタイミングで、妻が子を宿した。
しかし母体と子どもが命の危険にさらされた。その危険な状態が劇薬となって、妻の体から懸念材料を消し去ってくれた。人間の持つ力の底知れぬパワーを思い知らされる。
そのパワーはかけがえのない今を毎日、笑って過ごすことから生まれる。
妻よ、我が子よ、本当にありがとう。
![生後4日、初めての母子対面。](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/3/1200wm/img_c38a92b7d96d410e72bd026c1ac09e7f501650.jpg)
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産経新聞社 夕刊フジ編集長
1963年、東京生まれ。関西大学社会学部卒。日本レコード大賞審査委員。浅草芸能大賞専門審査委員。産経新聞社に入社以来、「夕刊フジ」一筋で、関西総局、芸能デスク、編集局次長などを経て現職。広く薄く、さまざまな分野の取材・編集を担当。芸能担当が長く、連載担当を通じて、芸能リポーターの梨元勝さん、武藤まき子さん、音楽プロデューサー・酒井政利さんらの薫陶を受ける。健康・医療を特集した新聞、健康新聞「健活手帖」の編集長も兼ねる。48歳で再婚し、56歳で初めて父親になる。
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(産経新聞社 夕刊フジ編集長 中本 裕己)
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