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あなたが東大に入ってどうするの?…地方女子に「地元の大学」を選ばせる見えない圧力の正体

プレジデントオンライン / 2023年6月8日 8時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/jaimax

東京大学の学生男女比はおよそ8:2で、性別の偏りが長年の課題になっている。中でも、地方出身の女子学生には、首都圏出身の学生や地方出身の男子学生では感じにくい、特殊な「壁」があるという。ジャーナリストの浜田敬子さんが取材した――。

■女子学生が少ないのは「能力差」ではない

「東大女子2割の壁」――。東大の全合格者に占める女子学生の割合がなかなか2割を超えない現状を表した言葉が生まれるほど、「2割」問題はこの10年ほど、東大にとって大きな課題だった。2023年には女子学生の割合が22.7%になったが、過去最高だった21年度の21.1%を更新しただけでも、メディアで話題になるほど「2割の壁」は厚かった。

大学側も手をこまねいていたわけではない。在校生に母校を訪問してもらったり、女子高生向けの説明会を開催したり、女子学生対象に家賃の補助制度を設けたりと対策は打ってきた。それでも女子学生比率は18〜19%で推移してきた。

他大学と比べても圧倒的に女子学生が少ないという現状の要因は、単なる「能力の差」ではないことは大学側も認識している。

「この性別の偏りは純粋な能力差として理解することはできません。男女がほぼ同数いるはずなのに、これほど明確な偏りが生じる原因は、個人の能力差以外の部分にあります」(2019年7月、当時の松木則夫・東京大学男女共同参画室長インタビューより

■なぜ地方女子は東大を目指さないのか

能力以外に女子が東大を目指さない理由とは何か。

その実態の一端を明らかにしたのが、地方女子たちの大学進学の選択肢を増やそうと活動する東大生のプロジェクト「#YourChoiceProject」(以下、#YCP)の「なぜ、地方の女子学生は東京大学を目指さないのか」という調査だ。

女子の中でもさらに少ない地方出身女子。首都圏の中高一貫進学校と比較すると、より東大を目指すことを躊躇したり、そもそも進路の選択肢にすら考えなかったりするという実態をデータで明らかにした。

■「女の子は勉強することを期待されていない」

#YCPは2021年11月、地方出身の東大生たちが立ちあげ、「誰もが生まれついた地域やジェンダーにかかわらず、自分の意思で進路を選択できる」ことを目指している。

これまで当事者として、地方の女子には当人だけでなく親世代や学校側の意識格差、周りに東大進学者がいないといったロールモデルの不在からくる情報格差があると感じてきた。首都圏の高校生や地方の男子は感じない、大学受験での「障壁」が地方女子にはあると指摘する。

「私は関西出身ですが、自身の経験からも、女の子は勉強することを『期待されていない』と感じてきました。成績が優秀でも女子というだけで、関西の私大を親が勧める。最初から東大など首都圏の難関大学が進学先の選択肢に入っていないと感じてきました」(法学部4年・川崎莉音さん、小林聖心女子学院卒)

#YourChoiceProject代表の法学部4年、川崎莉音さん(兵庫県出身)
撮影=プレジデントオンライン編集部
#YourChoiceProject代表の法学部4年、川崎莉音さん(兵庫県出身) - 撮影=プレジデントオンライン編集部

「私が卒業した高校では数年に1度ぐらいしか東大を受験する人がいなくて、『東大を目指しにくい』雰囲気がありました。東大生はテレビのクイズ番組に出てくるようなすごい人、自分たちとは違う特別な人というイメージが定着していたことも、その雰囲気の要因になっていたと思います」(工学部3年・古賀晶子さん、福岡雙葉高卒)

#YourChoiceProject運営の工学部3年、古賀晶子さん(福岡県出身)
撮影=プレジデントオンライン編集部
#YourChoiceProject運営の工学部3年、古賀晶子さん(福岡県出身) - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■地方女子は少数派、周りからは理解されず

しかしこれまでは、当事者として感じてきた課題はなかなか周囲には理解されにくく、地方女子問題は顕在化してこなかったという。

「そもそも東大に地方女子が少ないので、この課題に対して当事者意識を持っている人も少ない。だから問題意識を話しても共感してくれる人も少なかった」(文学部4年・江森百花さん、静岡県立静岡高卒)

#YourChoiceProject共同代表の文学部4年、江森百花さん(静岡県出身)
撮影=プレジデントオンライン編集部
#YourChoiceProject共同代表の文学部4年、江森百花さん(静岡県出身) - 撮影=プレジデントオンライン編集部

首都圏の中高一貫男子校の出身者に、地方女子の置かれた現状について話した時には、「そんなの思い込みだ。データはあるのか」と反発されたこともあるという。そうした反発を受けたこともあり、団体立ち上げ当初には迷いもあった。地方にいたほうが人口流出にもつながらないのでは。当事者として地方女子の課題を感じてきたが、考えすぎではないのか……。

■裏付けるデータを求め、全国の進学校を調査

「だからこそ、自分たちの課題意識を裏付けるデータの必要性を強く感じてきました。なぜ東大に2割しか女子がいないのか。それは単純に能力の差ではないことを理解してもらうためにも必要だと思ったのです」(江森さん)
「ジェンダーの問題というだけで、対話の扉を閉ざしてしまう人もいます。当事者だけの問題にせず議論を深めるためにも、データが必要でした」(川崎さん)

2017年に東大が女子学生への家賃補助の制度を始める時には、「男子差別だ」とSNS上などで強い反発が起きたことは記憶に新しい。この一件も、進学において地方の、特に女子がどれだけ不利な状況であるかを理解していないからこそ起きたものだ。

調査は、#YCPが主体となり、2023年2〜4月に「偏差値が67以上」「東大合格者が例年5人以上出ている」などを目安に全国の進学校97校の高校2年生の男女を対象に実施。3716人が回答したが、その結果を首都圏男子、首都圏女子、地方男子、地方女子として分析した。

■地方女子は東大進学にメリットを感じにくい

調査結果からは、まさに地方女子の当事者が感じてきた課題がデータとして浮かび上がってくる。「偏差値の高い大学に行くことは自分の目指す将来にとって有利だと思うか」という設問に対して、首都圏では男女にそれほど差がないのに、地方女子と地方男子では顕著な差がある。学歴が自身のキャリアにそれほどプラスに働かないと地方の女子は感じているのだ。

【図表1】偏差値の高い大学に進学することを有利と感じる程度(1~5)
地方女子は東大進学にメリットを感じない傾向にある

さらに地方女子にはいくつかの「呪縛」があることも浮かび上がってくる。キーワードは「地元」「安全」だ。

例えば「偏差値の高い大学に行くこと」と「資格のある職業に就くこと」のどちらが自身の将来にとって重要かを尋ねた設問で、資格重視の割合は首都圏男子が13.2%、首都圏女子で20.8%、地方男子で17.9%だったのに対して、地方女子は28.5%と高い。

先の福岡出身の古賀さんも、「理系で成績が良ければ、とうぜん九州大学か地元の医学部に行くよね、という雰囲気があった」と話し、メンバーの知り合いの中には、東大に行きたかったけれど親の反対もあって、地元の国立大学の医学部に進学した女子もいるという。

■地元・安全志向は30年以上前から変わらない

浪人を回避する傾向も顕著だ。「志望する大学に行くためなら浪人したいと思うか」という質問に対して、首都圏出身では男女に差がなかった一方、地方女子と男子の間には大きな差がある。そもそも大学を選ぶ段階で、地方女子の約半数が「偏差値の高さ」より「合格の可能性」を重要視すると答えている。

【図表2】合格可能性の高さと偏差値の高さの重要度比較
地方女子は安全志向が顕著

親の影響も大きい。「保護者からできるだけ偏差値の高い大学に行くことを期待されている」ことに対して、首都圏では男女差がなかったが、地方では男子に比べて女子への期待度が低い。さらに調査からは地方女子ほど、親の期待が自身の進路選択に大きな影響を及ぼしていることも分かった。

チャレンジせず、できるだけ安全圏で、さらに実家に近い大学に行くことを期待されている地方女子。同じ地方でも親たちが、できるだけ地元で、資格の取れる大学への進学を望むのは女子に対してだ。私は30年以上前に、山口県の県立高校から東京の大学に進学したが、その当時と地方女子をめぐる状況がそれほど変わっていないことにかなりショックを受けた。

■同じ学力でも首都圏女子より自己評価が低い

深刻なのは、こうした親たちの期待が当事者たちの意識にも大きく影響し、地方の女子たちの自己評価が首都圏の男女や地方男子に比べて低くなっていることだ。調査からは「同じ程度の学力」にもかかわらず、地方女子が首都圏の女子や地方男子に比べて、自分の評価が低いことも明らかになっている。

東京大学男女共同参画室特任助教で、教育社会学の研究者でもある中野円佳さんはこの調査の意義についてこう話す。

「教育社会学の研究では、女子の浪人の少なさや特定領域での少なさなど、男女の進学先に偏りがあることは長年研究されてきました。特に地方女子の場合、親が自宅から通える大学に進学することや資格を取得することを勧める傾向があり、学校側の進路指導や女子自身の意向もチャレンジせず現役での進学に重点を置くなど、大人の期待とそれに影響を受けた本人の希望が絡まって、難関大学を選択しづらいことは、最近の論文などで指摘されてはいました。ですが、今回の調査のように、特定の偏差値以上の高校生に絞って調査をしたデータは、東大の女子学生がなぜ少ないのかを検証する上で説得力を持つと思います」

■地方女子に足りないのは「身近なロールモデル」

#YCPのメンバーたちも、自分たちの当事者としての課題意識がデータとして可視化されたことは、今後地方の高校生たちに対する活動を考えていく上でも大きいと話す。

「自己評価の低さは、身近にロールモデルがいないこととも関係しています。高校生に対して一番アプローチしやすいのは大学生ですし、大学生からのアドバイスであれば高校生は聞きやすいので、地方の女子高校生の進路支援をサポートしていく予定です」(川崎さん)

#YourChoiceProjectは男子学生も含めて計20人のメンバーで活動している
撮影=プレジデントオンライン編集部
#YourChoiceProjectは男子学生も含めて計20人のメンバーで活動している - 撮影=プレジデントオンライン編集部

6月からは東大の女子学生たちが学習や進路選択をサポートする「#MyChoiceProject」をスタートさせる。月に1回、オンラインで受験勉強の相談に乗ったり、同じ目的を持つ地方の女子高校生を繋げたりする他、東大OGによるキャリア講座も予定している。

■「男性だらけの風景」を変えようとしている

東大は2021年4月に理事の半数を女性にし、同年から女性リーダー育成に向けた施策「UTokyo男女+協働改革#WeChange」をスタート。女性教員の増加率を過去10年の2倍とし、2027年度までに新規に着任する教授・准教授1200人のうち300人を女性とすることを目指している。

先の中野さんは大学側の施策についてこう話す。

「地方の女子学生が増えない背景には、親の期待や社会のバイアスなどさまざまな要素が絡み合っているので、大学側ができることは限られているのが現実です。ですが、まず大学側ができることとして、女性教員を増やし、多様性のあるキャンパスを作り、風景を変えていこうとしています。男性教員や男子学生ばかりのキャンパスは魅力的だと思わない女性も多いので。さらに、多様な学生に来てもらうためにも、将来的には入試の見直し議論も必要だということは、シンポジウムなどの公の場で理事などが言及しています」

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浜田 敬子(はまだ・けいこ)
ジャーナリスト
1966年生まれ。上智大学法学部国際関係法学科卒業後、朝日新聞社に入社。前橋支局、仙台支局、週刊朝日編集部を経て、99年からAERA編集部へ。2014年に女性初のAERA編集長に就任した。17年に退社し、「Business Insider Japan」統括編集長に就任。20年末に退任。現在はテレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」などのコメンテーターのほか、ダイバーシティーや働き方改革についての講演なども行う。著書に『働く女子と罪悪感』(集英社)、『男性中心企業の終焉』(文春新書)。

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(ジャーナリスト 浜田 敬子)

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