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水道水をボトルに入れるだけで2000倍の価格になる…世界中に「ペットボトル水」が広がった本当の理由

プレジデントオンライン / 2023年6月7日 17時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mediaphotos

「ペットボトル飲料水」という市場は、この30年で爆発的に成長した。アメリカ人心理学者のトッド・ローズさんは「水道水より安全で衛生的とされ1990年代に一気に広がったが、それは思い込みに過ぎない。ボトル入り飲料水現象は、現代のチューリップ・バブルだ」という――。

※本稿は、トッド・ローズ(著)、門脇弘典(訳)『なぜ皆が同じ間違いをおかすのか 「集団の思い込み」を打ち砕く技術』(NHK出版)の一部を再編集したものです。

■20人死亡の墜落事故を招いた「模倣の罠」とは

2010年8月のある暑い日の午後、イギリス人パイロットと客室乗務員を含む21人を乗せた小型のターボプロップ双発旅客機が、コンゴ民主共和国の首都キンシャサの青い空に飛び立った。

折り返しのルートを飛行し、約260キロ離れたバンドゥンドゥに向かう。途中の飛行場に何カ所か寄ってから、最終目的地のバンドゥンドゥ空港の近くまで来たところで、客室乗務員が物音に気づいた。客室の後方で、かさかさと何かが動いている。

近くに行ってみると、そこにいたのは生きたクロコダイルだった。まるで笑っているような顔でこちらを見上げている。おびえた客室乗務員は、パイロットに知らせようとしたのか、コクピットに駆け込んだ。

その様子を見ていた1人の乗客は、ただごとではないと感じて席を立ち、乗務員を追った。ほかの乗客たちも同じ行動をとり、次々と前方に集まった結果、機体のバランスが崩れた。

パイロットの努力もむなしく、旅客機はとうとう空港から数キロの家屋に頭から突っ込んだ。この墜落事故で生き残ったのは、事故後に証言した1人の乗客(そして当のクロコダイル)だけだった。

■「大勢の人が間違った行動をとるわけがない」という思い込み

悲劇にはちがいないが、どこかコメディ映画のようにも聞こえる話だ。乗客たちを突発的な「物まねゲーム」に駆りたてたものは、いったいなんだったのか。

その答えは、共通の行動は次から次に起こりやすいことと関係している。客室乗務員はクロコダイルにおびえてコクピットに走った。それに最初に気づいた乗客は、おびえるようなことが機体の後方で起こったと自然に推測して追いかけた。

では、それ以外の乗客は?

彼らは全員、前の人の行動をまねしたにすぎない。何が問題なのかわかっていなかったため、客室乗務員のあとを1人また1人と追いかけていくのを見て、残りの乗客は自分も同じことをしなければと感じた。

これほど大勢の人が間違った行動をとるわけがないという思い込みから、あわてて個人の判断を捨てて集団の権威に従ったのだ。

■現実はクイズ番組のようにはいかない

他者をモデルにして自分の行動を決めることは、死活問題にもなり得る。時間が切迫しており、不確かさや不明瞭さがある状況ならなおさらだ。そして、欠けている情報は社会的な手がかりで埋めるとうまくいくことが圧倒的に多い。

たとえば、映画〈ジョーズ〉の舞台になったケープコッドで水遊びをしているときに周囲の人が急いで岸に上がりはじめたら、近くにホホジロザメがいると考えて自分も浜辺に向かうのが得策だろう。

このように、自分のなかに根拠があり、脳が無理なく処理できるなら、その推測はいたって論理的だ。実際、大衆が正しく行動できるときもある。

〈フー・ウォンツ・トゥ・ビー・ア・ミリオネア〉は、挑戦者が四択問題に正解するたびに賞金が増え、全問正解すると100万ドルを獲得できる長寿クイズ番組だ。

回答に困ったときのお助けシステムの1つに、「アスク・ザ・オーディエンス」がある。これは、スタジオの観客が正しいと思う選択肢にライブ投票するもので(いまは手元の装置を使うが、メッセージングソフトで自宅から投票できた時期もあった)、その正答率は91パーセントにのぼる。ここでは大衆が文句なしに賢いと言える。

■他人の真似が「集団的幻想」を作り出す

残念ながら、現実の生活ではそううまくいかない。大衆の英知を働かせるには、1人ひとりが個人として判断する必要があるからだ。互いの選択がわかり、他者のまねをするだけになったら、英知はたちまち愚かさに変わってしまう。

自分の判断を疑い、他者への同調を選べば、もはや個人ではなく群れの一員になってしまう。この過ちの種は、気づかないうちに物まねの連鎖として芽吹き、ほかの知識をすべて覆い隠して集合的幻想をあとに残していく。

群衆
写真=iStock.com/Hydromet
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Hydromet

物まねの連鎖が始まるのは恐ろしいほど簡単だ。経済学者のアビジット・バナジーが開発したモデルによれば、連鎖反応の先頭にいる人物はかならず自分の知識に従っている。

2番目の人物も同じく自分の知識に従っているが、3番目の人物は前の人の行動をただまねしている場合が多いという。前の2人が同じ行動をとったときは、とりわけその傾向にある。

前の人々の行動を見てから、その行動をまねして自分の判断を放棄することは、個人として理に適っているとバナジーは指摘する。なぜなら、自分の知識に100パーセントの確信がないからだ。

■「模倣の罠」にハマらない人はいない

この腎臓は健康だという「知識」が移植希望者にないのと同じ。裏づけになりそうな情報が自分のなかにあっても、社会から得られた情報と天秤に掛けてみる。それで何十人もの人が同一の行動をとっているのがわかれば、自分にない情報を彼らが持っていると短絡的に考えたくなるものだ。

しかし、一度始まった物まねの連鎖は危険で、非生産的でもある。連鎖がまたたく間に起こり、移植されるべき腎臓の廃棄のような大規模な過ちにつながることも少なくない。

この罠にはまらない人はいない。どれほど賢明な人でも、無縁ではいられないのだ。

■チューリップ・バブルの教訓

スコットランド人ジャーナリストのチャールズ・マッケイが1841年に出版した『狂気とバブル なぜ人は集団になると愚行に走るのか』では、まさに物まねの連鎖が扱われている。

「人間は群れで考える」ものであり、「狂気には群れごと走るが、正気にはゆっくりと1人ずつ戻るしかない」とマッケイは主張する。その例にあげられるのが、有名な「チューリップ・バブル」だ。

1634年にオランダの上流階級のあいだで、珍しいチューリップの球根をコレクションすることが絶対視されるようになった。本質的には価値はまったくないのに、この花の「所有熱はまたたく間に、財産の多くない社会の中流階級や商人、商店主をもとらえた」という。

近年の研究によれば、バブルが最高潮に達した1635年には「球根の平均価格は同じ重さの金を上まわり、珍種の球根になると1個だけで現在の5万ドル以上の値段で飛ぶように取引された」。

やがて価格が伸び悩み、下落しはじめると「信頼は失われ、売り手も買い手も皆一様にパニックを起こした」とマッケイは書いている。

チューリップは大きな熱狂を呼んだが、そのあとにはさらに大きな不況が待っていた。政府は一時的心神喪失がはびこっていたことを認め、「今回の狂乱の渦中に結ばれた全契約は無効とされるべきである」と宣言したのだった。

チューリップマニアの風刺
「チューリップマニアの風刺」(画像=ヤン・ブリューゲル/フランス・ハルス美術館/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons)

■バブルは弾けなければ、バブルと気づけない

ところが、今度はマッケイ自身が同じ罠にはまることになる。

彼の著書が出た数年後のこと、イギリスの新たな鉄道網の株式に投資家が群がりはじめた。安定した企業の配当利まわりが約4パーセントだった時代に、この株式は10パーセントの利まわりを見込まれていた。

チャールズ・ダーウィン、ジョン・スチュアート・ミル、ブロンテ姉妹など、当時を代表する知識人もそこに加わった。マッケイも加勢し、その鉄道網は総延長16万キロをはるかに超えると断言した。鉄道建設に雇われた男性は、最多だった1847年にはイギリス軍の約2倍に達した。

これは投機が過熱している兆候だと気づくのに十分な情報があったが、マッケイは熱狂に身を任せてしまう。鉄道株を推す新聞記事を何本も書き、株価が下がりはじめてもなお読者に請け合いつづけた。

科学技術、自由市場、経済発展の熱烈な支持者であるマッケイが、彼の言う「鉄道網の飛躍的拡大が実現し、国家と投資家の両方に利益をもたらす」という幻想を核とした投機熱に浮かされたのは必然だったのかもしれない。

ところが、コストがかさんだこともあり、最終的な利まわりは10パーセントどころか平均2.8パーセントにとどまった。国会が敷設を承認した総延長も1万3000キロにすぎなかったことも明らかになった。

その結果、鉄道株に投資した何千もの人が莫大(ばくだい)な損失をこうむった。

■「ペットボトル飲料水は安全」という幻想

この投機熱が冷めて3年がたった1849年、マッケイは著書を大幅に改訂した。しかし、自分が火に油を注いだことには言及しなかった。当時のイギリス人の例に漏れず、数年前のこととはいえ、みずからの節穴ぶりと流されやすさを認めたくなかったのだろう。

どこかで似た話を聞いたことがあると感じたなら、それは金融市場の激変の大元にはかならずと言っていいほどこの種の連鎖反応があるからだ。

市場の非合理的な活況(1990年代後半のドットコムバブル)から崩壊(2008年ごろのサブプライム住宅ローン危機)まで、その多くはバブルが弾けて終わる。しかし、なかにはずっと長く残りつづけて新常態を生み出し、よりいっそう破壊的な状況に人々を誘い込むものもある。

たとえばペットボトルの水。1日に200ミリリットルのコップ8杯分の水を飲むと健康にいいと言われるが、それはよしとしよう。ここで問題にしたいのは、魅入られたかのようにペットボトル飲料水を迷わず手に取る傾向が近年高まっていることだ。そこには、濾過された水道水よりも安全で衛生的という考えがある。

ペットボトル飲料水への熱狂は、アメリカで1994年に始まった。この年、環境保護庁が飲用の井戸水に関して注意喚起したことがきっかけになった。井戸のポンプから大量の鉛が検出される事態が続出したため、ステンレス製のポンプに取り替えるまではボトル入りの水を飲むよう井戸所有者に促す内容だった。

水を飲む女性
写真=iStock.com/kieferpix
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kieferpix

■井戸水の代替品が、巨大市場に成長した

ところが、しばらくすると、ペットボトル飲料水は濾過した水道水一般よりも安全だという考えが世間に広まった。

そこに炭酸飲料やボトルウォーターのメーカーは大きな商機を見出し、新ブランドや4月の木々の葉っぱといった新フレーバーを投入して、タダ同然のもの(空から降るのだから)を消費者に売り出しはじめた。

いまやペットボトル飲料水ブランドの世界トップ2社の時価総額は、どちらも10億ドルを超える。井戸水の一時的な代替策だったものが、2026年には4000億ドルに達すると予測される巨大な急成長市場になったのだ。

だが、本当にペットボトルの水はより安全で衛生的なのだろうか? たしかに、2015年に水道水汚染が発覚したミシガン州フリントの住民なら、そう断言できるだろう。

しかし、そういった例外を除けば、水道水でなんの問題もない。アメリカでは、濾過された水道水の99パーセントは飲用に適している。それどころか、多くの人がペットボトルから飲んでいるのは、まさに水道水なのだ。

■もともと水道水なのに…

ペットボトル飲料水の半分以上は処理した水道水と大差なく、業界の2大ブランドであるアクアフィーナ(ペプシコ社)とダサニ(コカ・コーラ社)はデトロイトの水道水を浄水してボトル詰めしたものを売って巨額の利益をあげている。ボトル入りの水を買うことは、この壮大な詐欺に手を貸すことにほかならない。

それでも消費者は懲りていないようだ。2019年のアメリカにおけるペットボトル飲料水消費量は約2000億リットルで、炭酸飲料の合計を上まわった。古いガソリンスタンドやスーパーで一般的に売られている1ガロン(約3.8リットル)ボトル入りの水の価格(ペットボトル1本あたり平均1.5ドル)は、水道代の2000倍にもなる。

それすら最低レベルの価格帯だ。最高級品になると、雲を頂いた日本の神聖な山々の火山岩で濾過されたとか天使の涙を選(よ)りすぐったなどと言われ、コップ約3杯分で5ドル前後からの値段がつけられる。

カナダのアクアデコは12ドル。ハワイの爽やかなコナ・ニガリで贅沢したいなら、402ドル。本当の通だったら、24カラットの純金ボトルから飲むアクア・ディ・クリスタロ・トリビュート・ア・モディリアニに6万ドル出すのも惜しまないだろう。

■「集団の思い込み」はガムのように粘着する

ボトル入り飲料水現象は、現代のチューリップ・バブルだ。

トッド・ローズ(著)、門脇弘典(訳)『なぜ皆が同じ間違いをおかすのか 「集団の思い込み」を打ち砕く技術』(NHK出版)
トッド・ローズ(著)、門脇弘典(訳)『なぜ皆が同じ間違いをおかすのか 「集団の思い込み」を打ち砕く技術』(NHK出版)

詐欺同様の根強い商売に何千億ドルが消費されることは置いておくとしても、大量のプラスチック生産にともなう地球環境への影響はとてつもなく大きい。ボトル入りの水をコップ1杯分つくるのに必要なエネルギーは、同量の水道水の2000倍にのぼる。

アメリカだけでも、飲料水用ペットボトル全体の70パーセントがゴミとなって土壌を汚染し、水路をふさぐ原因になっている。海に流れ出たプラスチックは、カリフォルニアとハワイのあいだの海面にテキサス州の2倍の大きさの渦を巻いているという。

ボトル入りの水をめぐる熱狂などに見られる幻想の連鎖は、人間に染みついている他者との感情的つながりに乗じて発生するのでガムのように粘着質だ。そのため、罠にかかるときは意外なほどあっけないが、一度とらわれると引き剥がそうとしても非常に難しい。

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トッド・ローズ 心理学者
心理学者。シンクタンク・ポピュレース共同設立者・代表。ハーバード教育大学院心理学教授として個性学研究所を設立。著書に『ハーバードの個性学入門 平均思考は捨てなさい』(早川書房)、『Dark Horse「好きなことだけで生きる人」が成功する時代』(共著、三笠書房)がある。

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(心理学者 トッド・ローズ)

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