「やりたいことをせずに生きてきてしまった」89歳で開業した91歳心療内科医が人生を後悔する患者にかける言葉
プレジデントオンライン / 2023年6月16日 11時15分
※本稿は、藤井 英子『ほどよく忘れて生きていく』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
■89歳でクリニック開業
本が数冊、そして資料のファイルが複数入り、ふくれ上がった革の鞄を見て、「そんなに重い鞄で毎日往復されているのですか?」と驚かれます。それを肩にかけ、さらに手荷物を持っていると「お持ちしましょうか」と聞かれるのですが、私は自分のことは自分でやりたい性分。お気持ちだけありがたく受け取ります。
そんな私ですが、89歳でクリニックを開業する際には、たくさんの方に力を貸してもらいました。私が家族に今後の話をし、「よろしくお願いします」と伝えると、子どもたちは、それぞれの形で、さまざまな面で私に協力してくれました。
次男は勤めていた会社を早期退職して、事務的な仕事を総轄しクリニックを運営してくれることになりました。医師である長男は、私に何かあったときのリスクを考えて、いざというときのために周辺の医療機関に挨拶まわりをしてくれて、三男は内装まわり全般を、その妻はカーテンを縫ってくれました。院内の冷蔵庫は三女、観葉植物は四女、テレビを贈ってくれた孫もいました。次女は毎日の食事やお弁当を作ってくれて、遠方にいる長女はいつも決まった時間に孫とともに電話をくれます。子どもや孫たちが、それぞれの方法で、私の新しい挑戦の毎日を支えてくれています。
年齢を重ねてすべてを自分でやろうとするのは不可能ですから、「自分にできることだけは自分でやる」「誰かの力を借りる」という両輪が大切だと感じます。
誠意を込めて「よろしくお願いします」を、いつもまっすぐに言える人でいたい。私も日々、練習です。
■学んでもっと好きになる
私は、医師をしながら、時間をつくってさまざまな学びを生活に取り入れてきました。子どもの習いごとの時間帯、ただ待っているのはつまらないと、英会話のレッスンに通い、結果、英検を受験するほど没頭しました。娘の同級生と試験会場で会ったことも、いい思い出です。専業主婦時代は、通信過程で栄養学や心理学を学び、その後の育児や診療に役立ちました。学びとはおもしろいものです。当時、あれこれと手を出した自分をほめたいですね。
■何歳になっても学びは続く
四柱推命も学びました。「お医者さんが、四柱推命ですか」と驚かれましたが、7人の子どもたちがどんな運命を背負っているのか、知りたいと思ってのことでした。習うとこれもおもしろく、奥深い世界でした。私自身は、元来、悪い占いは気にしない性格ですから、実際は、運勢がよくても悪くても、どちらでもいいのですが、自分の人生の指針を決めて、それに向かって動く材料にはなりました。
娘は誕生日が1日遅ければ大金持ちの運勢だったと、「なぜ1日我慢してくれなかったの」と言い、笑い合ったものです。そんな娘も今では4人を育てる働き者のお母さん。振り返れば、子どもたち7人が7様の、どこも似ていない人生を歩んでいて、とても味わい深い思いです。
過去に学んだことは、その先の人生のどこかで自分を助けてくれたり、思わぬ転機を運んだりします。何より、学ぶって楽しいこと。私が今勉強したいのは「生薬」。もっとくわしくなりたくて、勉強材料を集めているところです。
■子どもの「やりたいこと」のために借金をしたことも
四柱推命の話をしましたが、私は、やりたいと思うことは何でもやってみる性格。それが何につながるか、利益があるかどうかとか、あまり考えることなく、とにかくやってみたい気持ちを止めないことを大切にしてきました。
それは子どもに対しても同じで、子どもがやりたいと望むことはできるかぎり、何でも挑戦させてきました。挑戦することは、生きる強さにつながると思っていましたから、家族の挑戦をどんなときも歓迎してきました。そろばん、ピアノ、エレクトーン、バイオリン、柔道、ハンドベル、絵画教室、塾……もちろんお金がかかりましたが、なんとかやりくりするのが私の役目。医学部と歯学部への進学にも大金が必要で、夫婦で借金をして子どもたちのやりたいことをやらせる子育て時代でした。
今、クリニックを手伝ってくれている次男が、開院の際に、手持ちの事業資金について話しているときに、はじめてそのことを実感したようで、「子どもたちのやりたいことを最優先してやらせてくれていたことを、はじめて知った」と言っていました。
■人生を後悔する患者にかける言葉
時折、診察室を訪れる方の中には、「やりたいことをやらずに長い人生を過ごしてきてしまった」と後悔の念を語られる方がおられますが、そんなとき、私は「やらなかった後悔は忘れて、今を見てください」とお伝えしています。
いつだって、私たちの目の前には「今」しかありません。今、やりたいことを、やってみましょう。お金を使うなら、物よりも、経験や思い出に使いたいと思います。
やりたいことならば、「役に立つかな」と、考える必要はありません。
■自分で「調べて」自分で「決める」
私の夫は77歳のときに、大腸がんで亡くなりました。1度目の手術のあとで転移し、私は、転移したがん細胞を取り除く手術を勧めましたが、結局、夫はそれを選択しませんでした。私もそれ以上、説得することはしませんでした。それがよかったのかどうかわかりませんが、すべては夫の選択。私はそれを受け止めて、夫を見送りました。私は、それが夫であったとしても、患者さんがご自身の病気の治療をどうするのか、最終的に決定するのは患者さん本人だと思っています。
本人が自分の治療について決断するためには、日ごろから、「どんな症状が出てきたらどんな病院へ行けばいいのか」「自分の病気にはどういう治療法があるのか」について、広く知識を持っておく必要があります。
今は何でも簡単に調べられる時代です。私も、わからないことがあるとすぐにネット検索しますが、情報過多のこの時代に必要なのは、調べることそのものよりも、情報を得て選択する力ではないかと思います。情報を鵜呑(うの)みにするのではなく、信頼できる医師や治療法を自分で調べ、自分で選択することです。
自分が選んでいないのなら結果に対して後悔することもあるでしょうが、自分で選んだものに対しては信頼と納得感を持って接することができます。
また、同じように相手がきちんと考えて決めたことを最大限尊重すること。私たちは自分の人生を自分の責任において選んで生きているのだなぁと、この年になり、つくづく思わされます。
■臆することなくパソコンを取り入れた
普段から料理をしたりピアノを弾いたり、絵を描いたりする環境があると、自然と脳の健康が保たれます。
私はというと、患者さんの診察の際、カルテを入力したり、健康のヒントをお届けするブログを書いたりは、デスクトップのパソコンでささっとやってしまいます。
高校生だったころ、「タイピング」を習いに行きました。昭和22年くらいだったと思います。「英文タイプ教えます」という看板に、「新しくて素敵な響き」と思ったのを覚えています。お習字に行くのと同じような感覚でしたが、その後大学に入ると、タイピングができることで重宝され、周囲のお役に立てたものです。
ですから、パソコンが広まったとき、私は70歳前後でしたが、臆することもなく自然に取り入れることができました。以降、ずっとパソコンを使って仕事をしています。
24型のモニターとプリンターは、大切な仕事の相棒です。
■孫とはLINEでやりとり
今持っているスマホも、老人向けのものではなくiPhoneです。孫とLINEで写真のやりとりをしたり、他愛ない会話を楽しんだりしています。
パソコンだったり、スマホだったり、ブログだったり。「ハイカラだな」「できたら素敵だな」「やってみたいな」と思うことを次々とやってみた結果が、今の生活です。
ちょっと難しいかもと思う前に、手をつけてみることも、新しい趣味のきっかけになるかもしれません。脳を若々しく保つために、手先を動かすことをおすすめします。
■誰かへ「贈り物」をする
相手が喜ぶ顔を思い浮かべるとき、人は喜びを感じるものです。相手の喜ぶ顔を思い浮かべながらプレゼントを選ぶという行為は、脳も心も活性化させてくれます。
「この人は何をプレゼントしたら喜んでくれるかしら」
「このこしあんは、甘党のあの人が気に入るに違いない」
そうやって相手の顔を思い浮かべながらあれこれ考えるとき、人は未来を見ています。心がワクワクして脳が喜ぶ瞬間です。
■喜ばれなくてもがっかりする必要はない
未来を思い浮かべるときは、自分や人が笑顔になる姿を思い浮かべましょう。
普段のやりとりでも、「今この人はどうしてほしいのだろう」と、ちょっと考えてから言葉を発したり、行動したりすることも、幸せな未来予想図になりますね。もちろん、脳の活性化につながりますし、相手に対してやさしさを持って接することもできるようになります。いいことづくしです。
また、相手からしてもらうことや言葉を贈り物としてとらえてみると、自然と、ポジティブな気持ちで受け取れるようになりますね。
ただ、心得ておいてほしいのは、プレゼントをすることは、相手のためということもありますが、自分のための行いでもあるということです。プレゼントを相手に手渡したとき、実際に喜ぶかどうかは相手の自由です。喜ばれなかったからといってがっかりするなど、つまらないことです。
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心療内科医、藤井医院院長
医学博士。1931年京都市生まれ。京都府立医科大学卒業、同大学院4年修了。産婦人科医として勤めはじめる。結婚後、5人目の出産を機に医師を辞め専業主婦に。育児に専念する傍ら、通信課程で女子栄養大学の栄養学、また慶應義塾大学文学部の心理学を学ぶ。計7人の子どもを育てながら、83年51歳のときにふたたび医師の道へ。脳神経学への興味から母校の精神医学教室に入局。その後、医療法人三幸会第二北山病院で精神科医として勤務後、医療法人三幸会うずまさクリニックの院長に。漢方薬に関心を持ち、漢方専門医としても現場に立ってきた。89歳でクリニックを退職後、「漢方心療内科藤井医院」を開院。精神保健指定医。日本精神神経学会専門医。日本東洋医学会漢方専門医。
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(心療内科医、藤井医院院長 藤井 英子)
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