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ウクライナをFOIPに取り込むべきだった…「G7広島サミット」で岸田外交がただひとつ失敗したこと

プレジデントオンライン / 2023年6月7日 14時15分

G7広島サミットで2国間会談を行ったウクライナのゼレンスキー大統領(右)とインドのモディ首相(2023年5月20日) - 写真=dpa/時事通信フォト

■映像で世界に流れた「小さなすれ違い」

G7広島サミットでは、G7メンバー間の「団結」が劇的に示された。また、拡大招待国8カ国(オーストラリア、韓国、インド、ブラジル、ベトナム、インドネシア、コモロ、クック諸島)とG7の間の交流も良好だった。さらにウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領とナレンドラ・モディ印首相の握手に象徴されるように、非G7メンバー間の交流も活発だったようだ。

あえて言えば、ただ一点だけ、不穏な関係があった。ゼレンスキー大統領とブラジルのルイス・イナシオ・ルラ・ダシルバ大統領は、ついに2国間の会合を持たなかった。ゼレンスキー大統領が全体会議場に入ってきたとき、あえて目をそらして机の上の書類を注視しようとし続けるルラ大統領の姿が、テレビのニュース画像に映っていた。

■「グローバル・サウス」はどこに行ったのか

今回の広島サミットで、議長国・日本は、事前に設定した重要課題に「いわゆるグローバル・サウスへの関与の強化」をあげていた。日本国内のメディアでも、「議長国日本はグローバル・サウスを取り込めるか」といった議論が華やかだった。

しかし日本以外の他のG7諸国は、G7広島首脳コミュニケやウクライナに関するG7首脳声明をはじめとする一連の成果文書・声明等で、「グローバル・サウス」という概念を使うことに反対した。結果的にこれらの文書・声明においては、「パートナーとの連携」という表現が多用されることになった。G7全体としては、4月のG7外相会合における姿勢がそのまま引き継がれた形だ。

非欧米諸国との連携が重要であることは間違いない。しかしその対象を、各国の多様な立ち位置を無視した「グローバル・サウス」という大雑把なくくりで考えた日本の方針は、果たして的を射ていたのか。本稿ではそれを考えてみたい。

■今のG7は単なる「先進国の集まり」ではない

現在のG7は、かつて日本でそう呼ばれたような「先進国首脳会議」という自己定義を行っていない。むしろ、「法の支配、民主主義、人権」などの基本的価値観を共有する諸国の、地域横断的な討議の枠組みというのが、構成諸国自らによるG7の定義である。つまり今のG7とは「価値の共同体」であって、「先進国首脳会議」ではない。

交通量の多い道路に立つ女性
写真=iStock.com/Balaji Srinivasan
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Balaji Srinivasan

一方、2000年代以降の急速な経済発展によって、国際社会における存在感を相対的に高めているのがBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)だ。現在は中国の存在感が圧倒的だが、それぞれ世界の各地域の有力な新興国である。ブラジルは、中南米の雄としてBRICSの一角を占めている。そしてインドは、すでにブラジルの二倍近い国内総生産(GDP)を持ち、数年のうちには世界第3位の経済大国になると目されている。

■BRICSの中でも異なる国際政治へのスタンス

同じBRICS構成国とはいえ、各国のG7とのパートナーシップの性質は異なっている。BRICS諸国の中から広島サミットに招待された、インドとブラジルの2国においてすら違う。G7首脳がウクライナ支援で結束するなか、インドのモディ首相は広島に到着した直後のゼレンスキー大統領と真剣な表情で握手を交わし、同大統領との2国間討議に臨んだ。一方、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が頻繁に語る「多極的な世界秩序」概念に沿ってBRICSを位置づけがちな左派系のルラ大統領は、ゼレンスキーとの2国間討議を行わずにサミット会場を去った。

インドとブラジルそれぞれの首脳の、ゼレンスキー大統領に対する態度の違いは、そのまま「グローバル・サウス」概念の取り扱いを巡るG7メンバー間の差異にもつながっている。成功裏に終わった今回のG7広島サミットのなかで、最もデリケートなすれ違いが見えた部分だったといえる。

■「グローバル・サウス」とはそもそも何なのか

「グローバル・サウス」という言葉は、20世紀後半のいわゆる南北問題の議論の中で、欧米以外の新興国・発展途上国を包括的に指す概念として生まれたものだ。その後のアジア諸国などの急速な経済発展もあり、この言葉は国連開発計画(NDP)などの開発援助機関によって、「途上国同士の協力」という文脈の中で使われるようになった。

そして近年、国連を重視し、途上国同士の連帯を強調しようとする諸国(インドはその代表である)の意向を受けて、外交の場面でも「グローバル・サウス」の概念が用いられるようになった。とりわけ欧米諸国の左派系の学者の間では、「(欧米主導の)新自由主義的なグローバル化の暴力に抗する動き」の象徴といった、ある種のイデオロギーを伴う概念として使われている。(篠田英朗「G7外相会議で林芳正外務大臣がこだわりを見せた『グローバル・サウス』という言葉が示すもの」現代ビジネス、2023年4月25日)

一方、アメリカのジョー・バイデン大統領は、就任前から「民主主義諸国と権威主義諸国の対峙(たいじ)」という国際社会観を披露している。世界の諸国を二つに分けて見せるのは、19世紀の「モンロー・ドクトリン」、冷戦時代の「トルーマン・ドクトリン」、対テロ戦争時の「ブッシュ・ドクトリン」のいずれにも相通じるもので、アメリカの基本的な世界観の反映だと言える。(篠田英朗「『バイデン・ドクトリン』とは何か? 中国の脅威を前に、もはや超大国間『競争』は避けられない」現代ビジネス、2021年7月8日)

■「先進国と途上国の懸け橋」というと聞こえはいいが…

一般に、このバイデン政権の姿勢は、日本では評判が悪い。アメリカに特有の短絡的・イデオロギー的世界観に見えるのだろう。逆に「グローバル・サウス」という包括的な概念が日本で受けがいいのは、アメリカ的な世界観とは異なる視点で世界を見た上で、「先進国と途上国の懸け橋になる」という、日本社会には受けのいい夢を語りやすいからだ。

だが世界を「北」の経済先進国と「南」の新興国・発展途上国に分け、後者の諸国を全て「グローバル・サウス」なる実体性のない抽象概念に押し込めるほうが、実際にはよりいっそう短絡的な単純化の度合いが高いと言える。「(日本は)民主主義と権威主義の懸け橋になる」とは言いにくいが、「北と南の懸け橋になる」とは言いやすいかもしれない。だが、それは、日本人の一方的な願望に基づく発想でしかない。

BRICSにおけるインドとブラジルの例と同様に、「グローバル・サウス」とひとくくりにされる各国の国際政治上の立ち位置はバラバラだ。米中対立という図式の中でそれなりの「中立」を志向しているとみられる国同士であっても、それぞれの属する地域においてしばしば対立構造が存在し、決して一枚岩というわけではない。「グローバル・サウス」というふわっとした概念を掲げることで中立的な諸国を丸ごと取り込みたい、という願いを抱いているとすれば、それはあまりにも安易に過ぎる。

■G7は「課題ごとのパートナーシップ」を重視

今回のサミットで発出されたG7広島首脳コミュニケでは、「パートナーシップ」という言葉が繰り返されている。経済安全保障、食料安全保障、エネルギー等のさまざまな議題において、繰り返し「パートナー」との連携がうたわれる。

ここで「パートナー」として想定されているのは、まさに個別の問題領域ごとにG7と協働してくれる、諸国や国際機関のことだ。どの国や機関と協働するか、どこに力を入れるかは、それぞれの問題領域によって都度変わるだろう。

それぞれの分野ごとに戦略的な目標を達成するため「パートナーシップ」を結んでいくという考え方は、日本が掲げた「グローバル・サウスへの関与の強化」を全体的に進めていくという発想とは、方向性が異なる。例えばロシアもその一員であるBRICSについて、ロシアを含んだ形で全体的に「関与を強化」していくことは、実際には不可能である。中国の存在も大きすぎるし、南アフリカのシリル・ラマポーザ政権は、中国やロシアと共同軍事演習を行うような立ち位置だ。

■岸田首相の考えはどこにあるのか

バイデン大統領は米中対立の時代を大前提にして、自らに近い諸国を民主主義諸国の陣営と特徴づけ、その結束を高めようとしている。ゼレンスキー大統領が率いるウクライナは、ロシアと戦争をしながら北大西洋条約機構(NATO)と欧州連合(EU)への加盟を目指しており、血眼になってこの「民主主義諸国の陣営」に食い込んでいくことを重視していると言える。

「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」構想を好んで語っていた安倍政権時代であれば、日本もこの民主主義陣営の中で枢要な位置を占めることをもっと重視していたかもしれない。だが岸田首相の姿勢は、そこまで明確でないように見える。外交政策においては大枠で安倍政権の路線を引き継いでいるはずの岸田政権だが、安倍政権とはひと味違う「新しい資本主義」なるものを唱えて発足した同政権が、より「価値の共同体」色の薄い「グローバル・サウス」概念を参照したがるのは偶然ではないだろう。

■「自由で開かれたインド太平洋」はどこへ行った

岸田首相がFOIP構想の推進にあまり熱心ではない、と言うつもりはない。しかし、自由主義的価値観を基盤とし、海洋国家のネットワークを通じて諸国の連携を強めていこうというFOIPの方向性は、今回のG7広島サミットの成果文書にはさほど反映されなかった。

ケニア・モンバサ港
写真=iStock.com/1001slide
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/1001slide

例えば、5月初めに岸田首相がケニアを訪れた際には、同国のウィリアム・ルト大統領との会談の中でFOIPの枠組みが強調された。アフリカ大陸はインド洋に面しており、東アフリカの重要国ケニアはモンバサ港などの地域屈指の貿易施設を持ち、海洋の安全保障にも力を入れている。会談のなかでFOIPが強調されたのは、当然だった。

さらにG7広島サミットには、アフリカ連合の議長国を務めるコモロのアザリ・アスマニ大統領が招待された。コモロはケニアからも遠くない、インド洋に浮かぶ島国だ。広島サミットにおいても、FOIPの中でコモロ、あるいはアフリカをきちんと位置づけることが自然だったはずだ。

■FOIPから排除されたアフリカとウクライナ

ところがG7広島サミットで発出された一連の文書において、アフリカは徹底的にFOIPの枠組みから排除された。G7広島首脳コミュニケの中の、自由で開かれたインド太平洋の重要性を語るセクションで特筆されたのは、やはり議長国が招待された東南アジア諸国連合(ASEAN)と太平洋諸島フォーラム(PIF)だけだった。岸田政権が「関与の強化」をうたった「グローバル・サウス」に間違いなく含まれているはずのアフリカが、「インド太平洋」には関係のない地域、と言わんばかりの扱いを受けたのである。

さらに言えば、3月に岸田首相がキーウを訪問し、ゼレンスキー大統領と共に発出した日・ウクライナ共同声明でも、FOIPの概念は次のように強調されていた。「両首脳は、欧州・大西洋とインド太平洋の安全保障の不可分性を認識し、自由、民主主義、法の支配といった基本的な価値や原則を共有する重要なパートナーとして、国連憲章にうたう目的及び原則に従い、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を維持・強化すべく共に協力する意図を再確認した」

「ユーロ大西洋」地域は、ウクライナが面する黒海から、地中海・紅海をへて、インド洋・太平洋に至る。岸田・ゼレンスキー共同声明でうたわれた世界観は、G7としてFOIPの重要性を強調する際にも、ゼレンスキー大統領をG7サミットの席に迎え入れる際にも、参照することができるものだったはずだ。だが実際には、ウクライナもアフリカと同様、FOIPと関連付けた形では言及されなかった。

■「グローバル・サウス」が曇らせる日本外交の戦略的視点

ケニアやウクライナで得た「成果」を無視する形で、FOIPは何よりもASEANおよびPIFとの連携の話だ、という定義づけが前面に打ち出された理由はよくわからない。日本の外務省の担当部局の仕切りだったのかもしれないし、ウクライナと微妙に距離を取るブラジルの意向に配慮したのかもしれない。

しかし、「ウクライナやアフリカも取り込んだFOIP」という世界観を、G7広島サミットという機会に日本が披露することに、なにか不具合があったとでも言うのだろうか。ブラジルだけがそこから孤立してしまう、ということなら、そもそもいったい何のためにブラジルを招待したのか。

G7広島サミットだけで見れば、こうした話はただの微妙なすれ違い程度に見えるかもしれない。しかし、国際社会や日本外交の一連の大きな動きの中で考えてみれば、これは日本という国家における、戦略的見取り図の一貫性の問題ともいえる。「グローバル・サウス」といった十把ひとからげの言い方は、個々の相手国に対するアピール力を欠くだけでなく、日本側の精緻な戦略的視点を曇らせる効果しか持たないのが実情ではないか。

■自画自賛的な夢に浸る余裕はもはやない

日本は1人当たりGDPで、今やG7の7カ国の中では最下位である。ほんの20年前にはトップであったのだから、日本の地盤沈下の激しさは相当なものである。日本には必死の生き残り策が必要になっており、G7という貴重な外交的財産も、その生き残り策のなかで位置づけられなければならない。

傲慢(ごうまん)なアメリカ人をたしなめつつ、先進国と途上国との間の懸け橋になり、世界全体から尊敬される国になる――。そんな類いの夢物語に浸っている余裕は、現実の日本にはない。日本に求められているのは、G7の連携も最大限に活用した、戦略的な切り込みの鋭さである。結局はそれこそが、「法の支配に基づく国際秩序の堅持」にもつながっていくはずだ。

日本が今後その方向で、今回のG7広島サミットの成果を発展的に活用していくことを願ってやまない。

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篠田 英朗(しのだ・ひであき)
東京外国語大学教授
1968年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大学大学院政治学研究科修士課程修了、ロンドン大学(LSE)大学院にて国際関係学Ph.D取得。専門は国際関係論、平和構築学。著書に『戦争の地政学』(講談社)、『集団的自衛権で日本は守られる なぜ「合憲」なのか』(PHP研究所)、『パートナーシップ国際平和活動:変動する国際社会と紛争解決』(勁草書房)など

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(東京外国語大学教授 篠田 英朗)

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