「退職金2000万円を全額貯金に回す生き方でいいのか」医師・和田秀樹がそう問いかける深いワケ
プレジデントオンライン / 2023年6月15日 8時15分
※本稿は、和田秀樹『幸齢者』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■高齢者は「ぜいたくが似合う年代」
15年前、モナコの映画祭に行ったとき、私はいまでも忘れられない光景に遭遇しました。映画祭を目当てに次々自動車で乗りつける高齢の男性たち。見れば、多くが高級スポーツカーのフェラーリ。それがまた様になっているのです。「格好いいなあ」と、心底うらやましくなりました。
ぜいたくなライフスタイルをさりげなく実行し、少しも嫌味がない。こういうことができるのは高齢になってからの“特権”なのかもしれません。
若者が高級車を乗り回していると、「どうせ親が金持ちで、遊んで暮らせる身なんだろう」「あぶく銭を稼いだ成金か」といった目でしか見られませんが、高齢者がごく自然にそれをやってのけると、「渋いなあ」と感嘆の声が上がります。
そう、高齢者は本当は「ぜいたくが似合う年代」なのです。
■人生の「楽しさ」で考える
ところが日本では、そのようなぜいたくな暮らしぶりを実践する高齢者は少数派です。お金がないからではありません。心持ちの違いなのです。
日本の場合、たとえば退職金を2000万円もらいました、となったとき、「このお金は老後の蓄えにしないといけない」と考えて、全額を定期貯金に回す人がいまでも多いのではないでしょうか。
その行為自体は否定しません。否定はしませんが、でも、「40年間働いてきた自分へのご褒美だ」とフェラーリやポルシェを購入する人生のほうが、“楽しい”とは思いませんか。
■「がまん」を続ける高齢者
人間、基本的に年をとると、それまでの社会常識にがんじがらめに縛られなくてもよくなるはずです。まして、セカンドライフとなったならば。
定年退職すれば、「○○社の社員」「公務員」という縛りがなくなります。現役時代にはしたくてもできなかったことも、一個人として堂々と行ってよくなります。
ところが、現実には、その後も相変わらず人目を気にしながら過ごす高齢者が多いようです。心から好きなことをやろうとせず、現役時代と同じように自分を抑えて、「がまん」を続けるのです。
■幸せな高齢者とそうでない高齢者を分けるもの
がまんは、生活全般に及びます。
医者から「血圧やコレステロールを下げなければいけない」と指導を受けたことで、塩分や油脂の多い、おいしい料理を食べることを控える。老後資金を過度に心配し、お金を使わずにひたすら倹約に努める。着たい服があっても、「高齢者らしくない」と後ろ指をさされることを気にして、地味な服ばかり選んで着る。
つまるところ、高齢者は悪目立ちしないようにがまんをしないといけない――そう思い込んで老後の時間を生きている人が、日本人には多いように思えてなりません。
でも、人生を折り返し、定年も越え、なお、がまんばかりしているのは果たして幸せなのでしょうか。私はそうは思いません。幸せな高齢者というのは、要するに好きなことができている人だと思います。
■日本には「マインドリセット」が必要だ
かつて日本では節制が美徳とされました。その当時を生きていた人は、遊ぼうとしても心にブレーキがかかって存分に遊べなかったことでしょう。
一方で、いま60代、70代の方々は、日本が豊かだった時代も知っているわけです。あのバブルの時代も経験しています。そのため、人生を楽しむ能力は決して低くないと思います。
私は、いまこそ「マインドリセット」が必要だと思うのです。高齢者になったらがまんをするのではなく、好きなことをしていい。高齢になるというのは、すなわち自由になることなんだ、ととらえていただきたい。
メンタルが変わると、生き方が変わります。世の中が違って見えてきます。そうすれば、残りの人生がより充実したものになることは間違いありません。そうして70代にもなったならば、むしろ、奔放(ほんぽう)なくらい自由に生きたほうがいいと思います。
それが80代、90代を豊かにする秘訣です。
■「70代の生き方」が後半生を決める
知的な面でも同じです。家に閉じこもって本を読むのではなく、外に出て、同年代の友人たちと議論したり、映画や演劇の感想を語り合ったり、あるいはブログやホームページのようなアウトプットの場を設ける。そのほうが、脳ははるかに刺激され、若々しさを保つことができます。
![和田秀樹『幸齢者』(プレジデント社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/c/1200wm/img_ec78572e57e3aa8428f5477429d7fc83203085.jpg)
もちろん、それでも生物としての“老い”には逆らえません。
80代後半になれば、どんな人でも筋肉の衰えを自覚しますし、半数の人に認知症の症状が現れます。体の頑張りも利かなくなっていきます。
「そのようになる前」が大切です。人生の分岐点はまさに“ここ”にあります。
たとえば80代になっても、知的好奇心を失うことなく、多彩な人間関係を保っている人がいます。そういう人は、70代を自由奔放、活力いっぱいに過ごした人です。
定年後の60代、あるいは70代をどう過ごすかは、ことほどさように人生の後半生を大きく左右する重要な選択になるのです。
■80歳を越えてもバイタリティ溢れる人々の共通点
人間は年齢を重ねていくうちに、脳の前頭葉が衰えていきます。
前頭葉の機能が衰えると、思考が鈍くなってしまううえ、無関心や意欲・創造性の低下を引き起こします。さらに新規のシチュエーションへの対応能力、感情コントロール能力も落ちてきます。
でも前頭葉は、使い続けている限り、そう急激には衰えません。70代になったからといって自分にがまんを強いることなく奔放に生きていけば、前頭葉が衰えるスピードを遅らせることができるのです。
じつは前頭葉は、40代から萎縮(いしゅく)が目立ち始めます。早くも40代のうちから意欲や創造性をなくしてしまう人が世の中にはたくさんいる一方で、70歳、80歳を過ぎても画期的なアイデアを次から次へと思いつき、溢(あふ)れんばかりのバイタリティで実現してしまう人も、現実に存在しています。
脳は使えば使うほど活性化し、年をとったからといってすべての人の前頭葉が衰えてしまうわけではありません。むしろ、意欲がある人は、それまでの人生経験を生かし、いっそう創造的な活動をすることも可能です。
■死に至るまでに「2つの道」がある
当然のことながら、人はそれぞれ年齢も体型も違います。性格や考え方も違います。生活の環境や仕事も家族構成も違う。一人ひとりは、まったく違う人生を歩むまったくの別人です。
しかし、すべての人に共通することがあります。それは、全員が「やがて死んでいく」ということです。これだけは避けようがありません。
死に至るまでには、2つの道があります。1つは、幸せな道です。最期に「いい人生だった。ありがとう」と満足しながら死んでいける道です。もう1つは、不満足な道です。「ああ、あのときに」とか「なんでこんなことに」と後悔しながら死んでいく道です。
どちらの道を選びたいか? それは聞くまでもないでしょう。
最期に満足しながら死ぬために大切なこととは? 突き詰めるとそれは、たった1つに集約できます。老いを受け入れ、できることを大事にする、という考え方です。
これが「幸せな晩年」と「不満足な晩年」の境目になると思っています。
■「ないない」で生きるか、「あるある」で生きるか
「幸せ」とは、本人の主観によるものです。つまり、自分がどう考えるかによって決まるものです。
たとえば、自分の老いを嘆き、あれができなくなった、これだけしか残されていないと、「ないない」を数えながら生きる人がいます。かたや、自分の老いを受け入れつつ、まだこれはできる、あれも残っている、と「あるある」を大切にしながら生きる人がいます。どちらの人が幸せなのでしょうか?
私のこれまでの臨床経験では、「あるある」で生きる人のほうが幸せそうに見えました。家族や周囲の人とも、楽しそうにしている人が多かったように思います。
■日本に「希望」が欲しい
いま日本では、65歳以上を「高齢者」、75歳以上を「後期高齢者」と呼んでいます。でも、なんだか機械的な響きで、ちょっと切なくありませんか。
ここまで頑張って生きてきたのですから、もっと明るくて希望の持てる呼び方にすべきだと、私は常々思っています。
そこで、私は声を大にして提案したいのです。これからは「高齢者」ではなく、「幸齢者」と呼びましょう。
![心臓型の杖を持つ老夫婦を持つ10代の手](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/e/1200wm/img_8eabb9fd4b87585cd5a9302fc8899645479349.jpg)
■70歳からは「高齢者」より「幸齢者」
70歳を越え、楽しく充実した暮らしを送り、毎日に幸せを感じている人は「幸齢者」。こんな呼び方なら、温かみや年をとることへの希望も感じられるでしょう。
幸せな晩年を過ごして、人生を全うしたい。私たちが目指すべきは、年齢を重ねてなおがまんし続ける日々を送る高齢者ではなく、こうした「幸齢者」なのではないでしょうか。
私は、これからの日本に、この言葉と考え方を広めたいと強く願っています。
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精神科医
1960年、大阪市生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。ルネクリニック東京院院長、一橋大学経済学部・東京医科歯科大学非常勤講師。2022年3月発売の『80歳の壁』が2022年トーハン・日販年間総合ベストセラー1位に。メルマガ 和田秀樹の「テレビでもラジオでも言えないわたしの本音」
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(精神科医 和田 秀樹)
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