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日本は「平均寿命」も「健康寿命」も世界一長い…では"不健康期間"ワーストランキングの順位は?

プレジデントオンライン / 2023年6月13日 13時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mykeyruna

日本人の平均寿命が長いことは知られているが、健康寿命はどうなのか。内科医の名取宏さんは「日本人は平均寿命も健康寿命も世界一長い。死亡のリスク因子を把握して気を付ければ、より健康に長生きできる確率は上がるだろう」という――。

■「世界中で日本だけが遅れている」というデマ

医学のふりをしているけれども実際には根拠のない「ニセ医学」には、さまざまなバリエーションがあります。最近よく目にするのが、「世界中で日本だけが遅れていて、日本人が犠牲になっている」というパターンです。

たとえば、よくあるデマに「世界では使われなくなった抗がん剤が、在庫処分のために日本だけで使われている」というものがあります。抗がん剤は現在も進歩を続けていて、世界的にも標準医療です。30年前ならいざ知らず、いまどき抗がん剤治療を否定する医師はヤブ医者でしょう。こうしたデマがつくられる目的の一つは、がん患者さんを標準医療から遠ざけ、高価な自費診療に誘導することだと思います。

食の安全に関するデマもよくあります。「日本の食品添加物や残留農薬の安全基準は、世界で最も低く、日本人の健康が脅かされている」と主張する人たちがいるのです。実際には他の先進国と同じく、日本の食品は厳しく管理されていて、日本だけがとくに危険な状況ということはありません(※1)。個人の好みで無添加・無農薬の商品を利用するのは構いませんし、そうした商品を扱う業者の多くは根拠なく食品添加物の危険性を煽(あお)ったりはしません。しかし残念ながら一部の人たちによるデマが再生産され、なかなかなくならないのです。

※1 おいしい健康「食品添加物の安全性と情報リテラシー」

■江戸時代の食事は理想ではなく寿命も短い

現在の日本の食事が危険だというデマを信じる人たちは、「江戸時代の食事が理想的」などとよく言います。しかし、当時の平均的な食事は塩分や炭水化物が過剰である一方、たんぱく質や微量栄養素が不足しがちで、健康的ではありませんでした。ビタミンB1欠乏症である「脚気(かっけ)」によって、多くの人が亡くなることさえあったのです。今の日本の平均的な食事のほうがずっと健康的であることは間違いありません。

そして、江戸時代の日本人の平均寿命は40歳くらいだったそうです(※2)。乳幼児死亡率の高さが平均寿命を引き下げていた面もありますが、それを割り引いても現代の日本人のほうが長生きであることは間違いありません。ある研究では江戸時代の10歳の男子の平均余命は50.7年、女子は47.2年だとしています。令和3年の日本では10歳の男子の平均余命は71.7年、女子は77.8年です(※3)。江戸時代と比べ、現代日本では大体20〜30年間も長生きできます。

昔の日本と比べるだけでなく、世界各国と比べても日本の平均寿命は高い水準にあります。男性の平均寿命はスイスやノルウェーに抜かれる年もありますが、女性はおおむね世界1位を維持しています。この日本人の長い平均寿命を、日本人は在庫処分の抗がん剤を押し付けられ、残留農薬や食品添加物まみれの食事を食べているというデマを信じている人たちはどう捉えているのでしょうか。

※2 長澤克重「19世紀初期の庶民の生命表」
※3 厚生労働省「令和3年簡易生命表の概況」

■世界一健康寿命が長いのは男女ともに日本人

日本人は健康に悪い生活を強いられているというデマを信じている人たちは、よく次のように言います。「確かに日本人の平均寿命は長いが、それは寝たきり老人を無理やり生かしておくからであって、健康寿命は短いのだ」。

ところが多くの人がインターネットを使える現代では、「日本人の健康寿命は短い」といった説はすぐに検証可能です。健康寿命とは、病気やケガがなく健康に過ごせる期間のこと。いくつか算出方法がありますが、国際比較をするときにはWHO(世界保健機関)による数字を使うのが一般的です。そこで利用可能ななかで最新の2019年のデータから、世界における健康寿命ランキングの表を作成してみました(※4)

【図表1】世界の健康寿命ランキング(2019年、WHO)

健康寿命ランキングの1位は、男性でも女性でも、両方を合わせても日本です。上位国の差はわずかですから細かい順位の違いは重要ではありませんが、日本人はただ寿命が長いだけでなく、健康に過ごせる期間も世界トップレベルに長いことは間違いありません。

※4 WHO「Healthy life expectancy(HALE)」

■平均寿命と健康寿命の差の「不健康期間」

どうにかして日本人の健康状態、ひいては日本の医療や農業、食事などをおとしめたい人たちの最後のよりどころは、平均寿命と健康寿命の差、つまり「不健康期間」です。「日本の健康寿命と平均寿命の差は、世界で最も大きい。つまり、日本人は寿命が長いだけで不健康だ」という主張をすることがあります。でも、やはりこれもデマです。

2019年の不健康期間は、日本人男性で8.9年間、日本人女性で11.4年間、日本人の男女合計では10.2年間です。長いと思う人もいるかもしれませんが、先進国の間では平均的な数字であり、世界一ではありません。不健康期間が長い順にランキングを作ってみました。不健康期間は短いほうがいいので、ワーストランキングですね。

【図表2】世界の不健康期間ワーストランキング(2019年、WHO)

不健康期間ワーストランキングでは日本は上位には入らず、だいたい40位程度です。僅差なので細かい順位は重要ではありませんが「日本の健康寿命と平均寿命の差は、世界で最も大きい」という主張が何の根拠もないデマであることを示すには十分でしょう。

ちなみに不健康期間が短い国は、平均寿命も健康寿命も短いのです。不健康期間が5年間と短くても、平均寿命60歳、健康寿命が55歳というのではよくありません。平均寿命が長い国ほど、不健康期間も長くなりがちです(※5)。この傾向から考えると、平均寿命が1位の日本の不健康期間は世界ワースト1位であってもおかしくないはずなのに、実際には40位くらいなので、かなり優秀であると私は考えます。

※5 「平均寿命と健康寿命の差の要因に関する国際比較研究」CiNii Research

■日本人の平均寿命と健康寿命が長い理由

ここまでをまとめると、日本の平均寿命も健康寿命も世界トップのレベルであり、不健康期間も平均寿命が長い国のなかでは短いほうです。標準医療を否定してニセ医学を勧めたい人たちにとっては、非常に不都合な事実ですね。では、なぜこれほどまでに日本人の平均寿命や健康寿命は長いのでしょうか。

やはり発展途上国と先進国を比べると、先進国のほうが平均寿命も健康寿命も長くなります。なお、発展途上国の障害や死亡のリスク因子ランキングは、1位が小児の低栄養、2位が安全でないセックス、3位が安全でない水、4位が屋内空気汚染、5位が安全でない衛生設備(下水道など)、6位が手洗いの不足、7位が高血圧、8位が母乳育児支援不足、9位が粒子状物質(大気汚染)、10位が鉄欠乏でした(※6)

日本は戦争や紛争がなく平和であり、上下水道が整備されていて衛生状態がよく、子供の栄養状態も良好で、教育も行き届いており、ワクチンの定期接種も広く行われています。ただし、これらの要因は先進国の間でおおむね共通しています。先進国のなかでも日本人の平均寿命や健康寿命は長いので、ほかにも理由があるはずです。

さまざま要因が関係していて一概には言えませんが、よく指摘されているのが、日本の平等で効率的な医療システム(国民皆保険制度)による良好な医療アクセスです(※7)。一部のお金持ちだけがよい医療を受けられる国では、どれだけ医療が進歩しても国全体の健康指標の改善はたかが知れています。日本に寝たきり老人が多いことは事実でしょう。しかし、それは希望すれば寝たきりになっても医療を受ける選択肢が十分に確保されているという平等な医療制度の反映でもあります。

※6 「Global, regional, and national comparative risk assessment of 79 behavioural, environmental and occupational, and metabolic risks or clusters of risks, 1990-2015: a systematic analysis for the Global Burden of Disease Study 2015」
※7 「Japan: universal health care at 50 years」

■健康に長生きしたい日本人が注意すべきこと

そのほか、日本人には、障害や死亡のリスク因子が比較的少ないことも一因です。たとえば、心血管疾患やがんのリスク因子である肥満の有病割合は、アメリカ合衆国で40%以上、カナダやイギリスでも30%以上であるのに対し、日本ではわずか4%という報告があります(※8)。肥満が少ないのは、食文化や身体活動性のおかげだと考察されています。

では、日本では何がリスク因子になっているのでしょうか。世界中の地域や国ごとにリスク因子を調査・分析した研究によれば、日本における主要なリスク因子は上位から、高血圧、喫煙、空腹時高血糖、塩分の多い食事、慢性腎臓病、全粒穀物の摂取不足、高コレステロール血症、果物の摂取不足、肥満、アルコールの過剰摂取です(※6)。他の先進諸国では上位の高コレステロール血症や肥満が下位である一方、塩分の多い食事が上位にあります。

健康で長生きをしたい日本人は、これらのリスク因子に注意すればいいでしょう。高血圧や糖尿病があったら治療して、喫煙していたら禁煙し、飲酒していたら節酒して、塩分控えめで果物の多い食事をとり、適正体重を維持します。当たり前の内容なので本に書いてもあまり売れません。なお、食品添加物や残留農薬を主要なリスク因子と見なす専門家はいません。

※8 「Lower prevalence of obesity in Japan due to environmental factors」

■なかなか実現するのは難しい「ピンピンコロリ」

平均寿命を変えず健康寿命だけを延ばす方法は、私の探した範囲内にはありませんでした。死ぬ直前までピンピンと健康に生きてコロッと逝く、いわゆる「ピンピンコロリ」は理想的な死に方とされることもありますが、意図的にピンピンコロリで死ぬのは難しそうです。健康寿命を延ばすよい生活習慣は同時に平均寿命も延ばすでしょうから、ちょっと考えれば当たり前でしょう。

「ピンピン」の期間を長くすることは高血圧や糖尿病といった慢性疾患の管理や生活習慣の改善で、ある程度は可能です。問題は「コロリ」です。健康な状態から突然死すれば不健康期間はゼロになります。ですが、突然死の原因である心血管疾患や脳血管疾患は、寝たきりの原因にもなるのです。「ピンピンコロリで死にたいから」と高血圧を治療せずに放置して脳出血を起こしたとして、希望通りコロリと死ねるとは限らず、後遺症を残して生き延びることだってあります。高血圧が認知症のリスク因子であることも無視できません。

というわけで、コントロールできないことをあれこれ思い悩んでも仕方ないので、私は無理のない範囲内で健康的な生活を心がけて、あとは運を天に任せるのがいいのではないかと考えています。日本人の平均寿命も健康寿命も、十分に長いのですから。

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名取 宏(なとり・ひろむ)
内科医
医学部を卒業後、大学病院勤務、大学院などを経て、現在は福岡県の市中病院に勤務。診療のかたわら、インターネット上で医療・健康情報の見極め方を発信している。ハンドルネームは、NATROM(なとろむ)。著書に『新装版「ニセ医学」に騙されないために』『最善の健康法』(ともに内外出版社)、共著書に『今日から使える薬局栄養指導Q&A』(金芳堂)がある。

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(内科医 名取 宏)

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