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老人施設で歌う曲が童謡や文部省唱歌からフォークソングに…施設離れの「シン70代」に怯える介護業界の声

プレジデントオンライン / 2023年6月11日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Cecilie_Arcurs

高齢者施設に入りたくても空きがなくケアを受けられない「介護難民」が今後さらに深刻になる。これまでそう予想されてきたが、コロナ禍で状況が変化した。施設の入所利用率が落ち込み、採算ライン割れが続出。赤字で倒産する施設も増えている。そして今、介護業界が注視しているのが「ニューセブンティ」と呼ばれる団塊の世代の動向だ。ジャーナリストの浅井秀樹さんが介護関係者を取材した――。

■コロナ禍で介護施設の入所利用率が低下、経営ピンチ

「高齢者施設は最近、売り手市場から買い手市場になりつつある」

国際医療福祉大学教授の高橋泰さん(医療経営管理分野)はそう指摘する。

例えば、常時介護が必要で、在宅生活が難しい高齢者が利用する特別養護老人ホーム(特養)はこれまで入所希望者が多く、入るまでに何年も待つ人が少なくなかったが、「空きが出始めている」(高橋教授)。

また、介護老人保健施設(老健)の場合、福祉医療機構が2023年2月に公表した資料によれば、入所利用率が2021年度に88%(前年比2.3ポイント減)に落ち込んでいる。老健は入所利用率が「95%くらいないと採算が合わない」(同上)こともあり、赤字施設割合が33.8%に拡大している(前年度28%)。経営状況が急激に悪化している施設が増えているのだ。

高齢者は確実に増えているのに、なぜ入所利用率が低下しているのか。

同機構担当者はその要因について「コロナの影響」を挙げる。コロナ禍で病院に行く人や入院する人が減ったことが施設入所者減につながっているのだ。また、施設でクラスターが多発したこともあり、それを回避したい意向もあっただろう。

厚生労働省老健局の担当者は「(入所利用率低下の理由は)明確にコロナかどうかはわからない。ただ、地域の状況にもよるが、ショートステイ(日帰り)の利用がコロナで激減している」と話す。

入所利用率低下が経営に暗い影を落としているのは東京商工リサーチのデータでも明らかだ。2022年の老人福祉・介護事業者の倒産は2000年以降で最多の143件。このうち、コロナ関連倒産は63件だという。施設にとっては介護報酬でサービス料金が固定される一方で、光熱費や食材などの価格上昇を転嫁できず、国からのコロナ関連の支援縮小も背景にあるという。

■介護の「2025年問題」の鍵を握る団塊の世代

いわゆる「2025年問題」は高齢者の医療や介護の需要増大に、施設や人手の供給が追い付かない状態が、2年後の2025年以降に深刻化すると予測されている問題だ。戦後の1947~49年までに生まれた第1次ベビーブーマーの団塊の世代のすべてが後期高齢者である75歳以上となるのが2025年。要介護の需給バランス予想から「介護難民」が発生し、団塊世代がすべて85歳となる35年が介護問題で最大のターニングポイントと専門家は指摘していた。

ところが前述したように、最近の介護施設の入所利用率はコロナ禍などの影響で低下している。今後はどうなるのか。鍵を握るとみられるのが、この団塊の世代なのだ。

未来ビジョン研究所長の阪本節郎さんは高齢者施設への考え方や対応が、団塊の世代とそれ以前で違う可能性があるとみている。つまり、施設側は団塊の世代にフィットしたビジネスモデルに変更する必要が出てくる。

「いまの団塊の世代を含む70代はこれまでの高齢者とまったく異なる『ニューセブンティ』というべき存在です。団塊の世代はいまの若者文化のルーツとなるものを作りだしてきた」(阪本さん)

音楽ならロックやポップス、ファッションならジーンズやミニスカート、長髪などそれまでの世代とは一線を画す流行を作った団塊の世代。家同士のつながりを尊重する見合い結婚に対し、個人の自由を重視する恋愛結婚が増えて逆転したのが1970年前後。結婚スタイルが変わったのも彼らがきっかけだと阪本さんと考えている。

ビーチで笑いがはじけるシニア女性のグループ
写真=iStock.com/bee32
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bee32

同研究所が中高年を対象にしたインターネット調査によると、「70代はいくつになっても若々しく、前向きな大人でありたい人」が多く、いまの健康を向上させて生活をさらに充実させ、楽しみたい人の意識が強いという。たけしやタモリなど70代で活躍している芸能人の存在もあり、「じゃあ、自分たちもとなる」(同上)ということらしい。

こうした団塊の世代が高齢者施設の主な利用者となると、施設も変わっていかざるをえず、すでにそうした動きは始まっている。

たとえば「デイケアサロンDANAM新宿」(東京都新宿区中落合)は従来のデイサービスと違うデイケアサロンとなり、カフェにでも行く感覚の空間だという。この施設で使うコーヒーカップは一般施設に多いプラスチックでなく、陶器製のおしゃれなカップだ。

「80代で要介護となっても、団塊の世代は(旧来の)デイサービスだと行きたがらないでしょうが、施設がカフェのような雰囲気なら抵抗がなくなるのではないか」(同上)

さらに、団塊の世代より年配の高齢者では、世話をする子どもなどが中心になって施設を選ぶが、団塊の世代になると、自ら施設を選ぶようになるという。阪本さんは、施設側にとって、団塊の世代が要介護者というより、お客さんになるとみている。施設の運営は、これまでのような介護家族を意識したものから、利用者本位に変わると予想する。

団塊の世代は「にぎやかな人たちで、仲間が大好き」(同上)という特徴もある。いま属性の異なる人が住むシェアハウスが増えているが、施設にもこうしたテイストが合うかもしれないという。さらに、「女性は旦那よりもお友達といっしょにいたい人もいる」(同上)ため、同世代シェアハウスもあるかもしれないとも。

■施設で歌う曲は童謡、文部省唱歌からフォークソングへ

高齢者施設で利用者が一緒に歌うのは、90代なら「どんぐりころころ」などの童謡で、80代は昔の文部省唱歌となり、いまは歌謡曲に変わりつつあるという。そのうち、フォークソングなども出てくるかもしれない。

そうした利用者側の意識や行動の変化に対応できない施設は、生き残れなくなるかもしれないのだ。

歌の練習をする、シニア女性と中年女性
写真=iStock.com/monzenmachi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/monzenmachi

団塊の世代が健康を維持し、楽しく人生を送り、カフェのような高齢者施設のデイサービスに行ってみるのもいいとなると、日本の高齢化社会は様変わりとなる。阪本さんは、社会保障費の増大という日本の課題が解決できる可能性に期待する。

コロナ後の高齢者施設がどう変貌するのか。それは団塊の世代の動向次第というところがある。「施設離れ」が続けば施設の経営状況がますます悪くなり、倒産も増えるに違いない。そうなると十分な供給体制が整わず、施設に入りたくても、すぐ入ることができない人が量産されるおそれがある。

もし、施設の需要が従来予想のような右肩上がりに戻っても先行きは不透明だ。前出・高橋さんによると、施設の建設コストがひと昔前に比べ2倍になっているほか、用地買収なども含めると整備に5年近くかかる。需要予測を見てからの対応では間に合わない。需要予測もなく、採算のめども立たないままなら、施設整備は進まず、結局、介護難民が起こる可能性が高まる。

厚労省の担当者は「日本全体では高齢者が増えていくが、在宅でなるべく暮らせるようにしましょうとメッセージを出しており、そういう人の割合は増えてくる」と話す。

とはいえ、長生きすれば、誰でもお世話になる可能性がある高齢者施設の問題はひとごとでない。一般的に85歳以上は半数以上が要介護状態となり、貧富差で受けられる介護の「勝ち組」と「負け組」が出てくるとも言われる。

どのように自衛すればいいのか。

高橋さんは、団塊の世代の動向を含め、施設の需給状況をこまめにチェックすることが大事という。また、入所者の年代が以前よりも高齢になり、施設に入っても滞在期間が短くなっている兆しがあることを踏まえ、できるだけ在宅で長く過ごせるよう心がけつつ、利用者本位で過ごせる施設の目星をつけておく必要がある。

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浅井 秀樹(あさい・ひでき)
フリーライター
金融・経済系の国内出版社や海外通信社などの報道現場で数十年にわたり取材・執筆。数年所属した『週刊朝日』が2023年5月末で休刊し、フリーとなる。金融・経済のほか、政治や社会・福祉などの分野でニュースや社会的課題、新潮流などを紹介する記事を手がける。

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(フリーライター 浅井 秀樹)

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