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日本以下だった出生率がV字回復した…ハンガリーの「異次元の少子化対策」がもたらした"深刻な副作用"

プレジデントオンライン / 2023年6月12日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/track5

■名目GDP比で5%という少子化対策

深刻な日本の少子高齢化であるが、コロナショックを受けてそれが一段と促されてしまった。厚労省が今月発表した2022年の人口動態統計(概数)によると、出生数は77万747人で、初めて80万人を下回った。合計特殊出生率も1.26で過去最低となった。

こうした事態を受けて、岸田文雄政権は少子化対策の強化について議論を始めた。3月末に内閣府の外局である「こども家庭庁」が『こども・子育て政策の強化について(試案)』という文書を、こども政策担当大臣の名で発表した。その内容や財源を巡っては、与野党間のみならず、与党内でも様々な議論が続けられている。

日本のみならず先進国、そして中国でも、少子化対策の必要性が叫ばれて久しい。そうした中で、欧州連合(EU)の加盟国であるハンガリーによる「異次元の少子化対策」が日本で注目を集め、称賛する声が聞かれる。

具体例を挙げると、ハンガリー政府は子育て世代への無利子貸付や住宅購入補助、子どもがいる母親の所得税の優遇といった諸政策を用意し、子育てを支援してきた。

これらの少子化対策に伴うハンガリー政府の支出は、名目GDP(国内総生産)の5%に及んでいる。経済開発協力機構(OECD)の統計によると、日本の子ども・子育て支援に対する公的支出の対GDP比率は2020年時点で1.7%だった(OECD平均2.1%)。単純比較はできないが、ハンガリーの少子化対策の規模の大きさが分かる。

■出生率はV字回復したが…

その結果、2011年には1.23にまで低下したハンガリーの出生率は、2020年には1.56まで上昇した。

とはいえ、これをどう評価するかは、様々な意見があるだろう。ハンガリーのように大規模にやって初めて出生率は上昇するともいえるし、ここまで大規模にやっても人口の安定的維持に必要な出生率2以上には達しなかったともいえる。

それに、今後も大規模な少子化対策を継続したとして、出世率はさらに上がるかどうかはわからない。一方で、少子化対策に伴う出費は膨らみ続けるから、歳入が確保できなければ国債の発行で財源を賄う必要がある。したがって、効果が不透明な少子化対策のツケを将来世代に押し付けていいのかという素朴かつ重要な疑問も出てくる。

■住宅価格は5年で2倍に跳ね上がる

一方で、ハンガリー政府によるこの「異次元の少子化対策」は、看過できない副作用をハンガリー経済にもたらしている。

具体的には、住宅価格の高騰だ。2015年を基準(100)とした場合、ハンガリーの名目住宅価格は2022年に253.6と2.5倍も上昇した(図表1)。一方、物価変動の影響を除いた実質住宅価格も175.0と1.75倍上昇した。

【図表1】ハンガリーの住宅価格(フォリントベース)
出所=欧州連合統計局(ユーロスタット)

同じ基準で他のEU諸国と名目住宅価格の変化を比べても、ハンガリーの住宅価格の上昇が突出している(図表2)。EU27カ国の平均は2015年対比で1.6倍であり、この水準を上回る国はハンガリー(2.5倍)を入れて14カ国あるが、オランダ(1.9倍)以外は、ポルトガル、チェコ、リトアニアといったヨーロッパの小国が並んでいる。

【図表2】2022年のEU27カ国の名目住宅価格(2015年対比、各国通貨ベース)
出所=欧州連合統計局(ユーロスタット)

長年にわたる中銀による金融緩和を受けて、各国の不動産価格は上昇が続いた。特にヨーロッパでは、欧州中銀(ECB)が2010年代半ばに資産購入策を開始したことに加え、マイナス金利政策に踏み込んだことで、ユーロ通貨圏と非ユーロ通貨圏を問わずに低金利環境が定着、不動産・住宅価格の上昇に拍車がかかった。

■原因は、多子世帯ほど手厚い住宅購入支援

そうした中でも、ハンガリーの住宅価格の上昇は目覚ましかった。その最大の理由が、政府による「異次元の少子化対策」にあったことは紛れもない事実である。

具体的には、ハンガリー政府がCSOK(Családi Otthonteremtési Kedvezmény)と呼ばれる住宅購入支援策を実施したことが、住宅価格の上昇を一段と促したのである。

内容が多岐にわたるため詳細は割愛するが、このスキームでは、いわゆる親2人子2人の標準世帯が一定規模の住宅を購入する場合、新築物件では260万フォリント(約105万円)の、中古物件では143万フォリント(約60万円)の補助金が、政府から支給される。こうした補助は、多子世帯であればあるほど拡充される制度設計になっている。

例えばハンガリーの政策金利の水準は2023年4月時点で13%であるが、子どもが3人以上いる世帯の場合、25年間1000万フォリント(約400万円)までの借り入れに関しては3%の固定金利が適用される。借入の一部の適用にとどまっているとはいえ、政策金利との見合いで考えれば、3%が極めて低い水準であることに変わりはない。

ハンガリー、ブダペスト
写真=iStock.com/ZoltanGabor
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ZoltanGabor

さらに新築住宅に関しては、購入に際して発生した付加価値税の負担分が500万フォリント(200万円)まで払い戻されるとともに、適用される付加価値税率も27%から5%にまで引き下げられる。ほかにも様々なインセンティブが用意されているが、少子化対策であるから、基本的に多子世帯ほど手厚い補助を施すように制度が設計されている。

日本でも住宅ローン減税というかたちで住宅購入支援策が行われており、現行の制度では、借入金の規模次第で最大455万円の支援を受けることができる。一方で、ハンガリーの場合、少子化対策としての性格から、あくまで多子世帯ほど手厚い支援を受けることができるように設計されているという点で、日本の支援策と性格が異なる。

■子育て支援策が、子育て世代を苦しめる

ハンガリーの家計部門の借入残高は2021年時点で名目GDP(国内総生産)の20.3%にとどまっており、EU平均値(58.0%)を大きく下回っている。ハンガリーでは住宅ローンの98%がフォリント建てであり、期間も5年超の長期である。そして、5年超の長期物のローン残高に適用される返済金利は、まだ5%程度で収まっている。

新規の住宅ローン金利に関しても、5年超の金利が4月時点で平均8.2%と、政策金利の水準のみならず、消費者物価(4月は前年比24.0%上昇)に比べても大幅に低い。一方で、住宅需要は徐々に圧迫されており、四半期ベースの名目住宅価格は2023年7~9月期にピークアウトするなど、住宅市場は徐々に調整色を強めている。

そうはいっても、ハンガリー政府による「異次元の少子化対策」の下で、住宅購入支援策は今後も継続するだろう。したがって、今後も住宅需要はそれほど冷え込まず、住宅価格の下落は限定的かもしれない。もしそうであるなら、借入の規模が小さいために逆資産効果も限定的となり、個人消費の下押し圧力も弱いものにとどまる。

とはいえ、金融引き締めで金利が上昇すれば、資産市場が調整色を強め、価格が下落することは当然のことだ。住宅価格が下落しなくとも、それは財政支出で住宅価格を維持しているに過ぎない。その財政出動の原資は税金であるし、税金で賄えない分は、自ずと国債の発行に頼らざるを得ない。こうした住宅価格維持はいずれ限界を迎える。

■「少子化対策のコスト」を将来世代に押し付けるべきではない

住宅価格が下がらなければ、次世代の住宅購入が難しくなるという新たな問題が出てくる。次世代が住宅を購入できなければ、その世代の子育ても困難となり、結局は出生率を押し下げる方向に働くかもしれない。次世代の住宅購入を支援するための政策を強化すれば、財政を悪化させ、そのツケを次の世代が払うことになりかねない。

称賛されることが多いハンガリーの「異次元の少子化対策」だが、同時にハンガリーの経験は、大規模な少子化対策が持つ一種の矛盾を示す好例ともいえそうだ。住宅に関して言えば、購入支援策を採って需要を刺激するよりも、子育て世代に対する廉価な住宅供給に努めたほうが、合理的で有効なサポートになったのではないだろうか。

有効な少子化対策が大規模に行われることは結構なことだが、結局は、コストの大部分を将来世代に押し付けるようなことがないように制度を設計する必要があるのだろう。

(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)

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土田 陽介(つちだ・ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。

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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)

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