「海なし県」なのにマグロ消費支出額1位静岡に肉薄2位の県名…3位の東京より刺身好きな内陸県の謎の食卓史
プレジデントオンライン / 2023年6月13日 11時15分
■同じ日本人だが、地域で食の好み驚くほど違う
好きな食べものは、肉か魚か野菜か、あるいはコメかパンか麺か。前回は、家計調査データを使って食品間の嗜好の違いを地域別にあきらかにした全国分布マップを作成した。
今回は、さらに主要なおかずである肉、魚、野菜について、品目別にはどんな食嗜好を各地域が有しているかを同じような地域分布図で見て行こう。
結論から言うと、日本列島の東西で食の好みは大いに異なり、関西人にとって肉は「牛肉」、魚は「たい」、野菜は「はくさい・なす・さつまいも」だが、関東人にとっては、肉は「豚肉」、魚は「まぐろ」、野菜は「ねぎ・トマト・じゃがいも」というように非常に対照的なものとなっている。
また、関西と関東の差だけでなく、東北、北陸、中高高地、中四国、九州とそれぞれの地域でかなりまとまった食に対する傾向が表れている。こうした点を、肉、魚、野菜の順番で、以下、それぞれ見ていこう。
■肉と言えば西日本では牛肉、東日本では豚肉
肉の好みの地域分布については、2019年12月に“「西の牛、東の豚」という嗜好分布の意外な背景”と題した本連載の記事で東西の肉の好みの差について、その起源まで含め、詳しく分析した。細かい内容はそちらを参照していただくとして、ここではその時にはお見せできなかった地域分布マップを紹介しながら、その内容を概括的におさらいしよう。
前回連載記事の分布図のように、それぞれの県庁所在市で県が代表されると仮定し、家計調査の年間支出金額のランキングが一番高い品目から、生鮮肉のうち好んでいるのは牛か豚か鶏かを色分けしたマップを図表1に掲げた。
描いた統計地図を見ると、北陸地方や東海地方より東の東日本では豚肉が一般に好まれており、関西圏と中京圏では牛肉が特に好まれ、西日本は基本的に鶏肉が好まれていることが明らかであろう。
■中華まんは、「肉まん」か「豚まん」か
これは、実際の家計の支出から見た肉の嗜好であるが、ここには掲げていない意識調査の結果からは、鶏肉消費の本場の九州でも「肉といえば鶏肉」とまでは考えられておらず、むしろ、「肉といえば牛肉」という意識であることが分かる。さらに細かく言えば、北陸や東京圏は、牛肉より豚肉の消費が目立っているのに、そうした地域では、意識上は「肉といえば牛」という西日本の嗜好を示している。実際の消費を越えて意識上は牛肉優位の考え方が根強いといえよう。
「肉といえば牛肉」である関西では豚肉製の中華まんを「豚まん」と称している。「肉まん」と呼ぶと牛肉の中華まんと誤解するからだ。一方、「肉といえば豚肉」の関東では、単に「肉まん」と呼ぶ習慣である。中華まんの呼び方にも肉の東西構造が反映しているのである。
「西の牛肉、東の豚肉」というコントラストが成立した理由としては、豚肉料理が東京から同心円状に普及したからという説が一般的である。
そもそも仏教の影響などで、日本では先行して肉食になじんでいた中国や朝鮮半島と異なって肉畜飼養は一般化していなかった。明治維新以降、日本で肉食が解禁されて、まず普及したのは牛鍋などに代表される牛肉であった。屋台の牛飯(牛どん)や兵隊食として牛肉の大和煮缶詰が普及したのも大きかった。欧米における牛肉食の影響であろう。残飯のエサで飼育される豚の肉が不浄感から嫌われたということもあっただろう。軍隊食から普及したカレーライスの肉も明治期にはまだ牛肉だけだった。
こうして、牛肉食は全国に広がっていったが、牛肉食の普及や軍隊食への導入により牛肉の価格は大きく上昇していった。
そうした中、大正7(1918)年頃に、箸で食べる2つの画期的豚肉料理であるカツカレーとカツ丼が東京で相次いで誕生した。さらにカレーライスにも豚肉が一般的に使われるようになった。値段の張らない手ごろな肉料理を求めるニーズに応え、俗に「明治の三大洋食」と呼ばれるコロッケ、トンカツ、カレーライスが大正時代に豚肉料理として庶民の間に広がったのである。
こうして生まれた豚肉文化が、その後、東京から北関東や東北に伝わって、「東の豚肉」分布が出来上がったと考えられる。そしてまた、西日本では東日本と異なり馬より牛を運搬や農耕で使用する傾向があり老廃牛の肉に舌が慣れていたことも豚肉文化が広がりにくかった背景のひとつとして認められよう。
今回掲げた分布図から、消費の実際上では、九州から中四国に及ぶ地域で鶏肉好きが明らかであるが、その理由について定説はないようだ。私見では、エサ代の占める割合は牛や豚と比較して大きな鶏肉生産にとって輸入飼料の輸送代がばかにならないため、飼料の輸入基地のある九州から遠い地域では鶏肉が高くつくという事情が影響していると考えている。
■東日本は「まぐろ さけ」、西日本は「たい ぶり あじ」
次に、好きな魚が地域的にどのように異なっているかを図示してみよう(図表2参照)。
分布図に選んだ魚は、「赤身」の魚の代表として「まぐろ」、「白身」の魚の代表として「たい」、背中の青い「青魚」の代表として「あじ」と「ぶり」、そしてこれらには分類されないが日常よく食べられている「さけ」(※)という5種類の魚である。
(注)さけの身が赤いのはまぐろなどとは異なって餌として摂取された甲殻類の赤みによるのであり、筋肉の種類からは実は白身魚である。しかし身が赤いので白身魚とは見なされることが少ない。
こうして作成した分布図を見ると、大きく、東日本では、「さけ」と「まぐろ」、西日本では、「たい」と「あじ」、そして北陸と四国などでは「ぶり」が好まれていることが分かる。
さけは、東日本の中でも、日本海側で目立っており、まぐろは、太平洋側で目立っている。おおまかには、それぞれの魚が回遊、遡上(そじょう)し、水揚げも多い地域かどうかの差が反映している。
日本の考古学のサケ・マス文化論では、遺跡の分布から見て縄文時代には東日本の方が西日本より圧倒的に人口密度が高かったが、これは東日本の河川を遡上する豊かなさけ類資源が一因とされている。現代でも東日本でさけが好まれているのは、縄文時代以来の長い伝統によるものと考えられるのである。
■関東の海なし県は軒並み「マグロ好き」
まぐろについてランキングの上位を見ると、山梨、栃木、埼玉と関東の内陸県が上位に多く入っていることに気がつく。これは、冷蔵・冷凍技術が今ほど発達していなかった時代から、他の魚と比べて、まぐろは刺身用の魚が運びやすかったからだと考えられる。
例えば、消費支出額ランキング1位の静岡に次ぐ、2位山梨の甲州市のHPにはこう書かれている。
江戸時代や明治時代に山梨県に届けられる魚は、魚尻点のため、特別新鮮なわけではありません。そのため、寿司屋の技術で魚を酢で〆たり、漬けにしたりして、生の状態に近い魚を味わっていたのだそうです。そのため、山梨県には寿司屋が多くあるのだそうです(総務省が2015年に公表した経済センサス基礎調査によると、山梨県が人口比で全国1位なのが「すし店」の数。10万人当たり30.3店舗)
日本人はマグロが大好きとされているが、マグロを好んでいるのは、実は、東日本の太平洋側、特に関東圏に偏っているといえる。
■正月の縁起物のサケかブリかの境界線は「長野県」
ぶりは北陸、三重と四国で好まれている。北陸と三重は定置網のぶり漁がさかんで、特に北陸は寒ブリが特産であるためだが、四国では養殖が盛んで、特産の果実を与えて爽やかな風味のブリが賞味されている。愛媛の「みかんブリ」、徳島の「スダチブリ」、そして香川の「オリーブブリ」などである。
西日本のたいとあじの場合は、たいは近畿と西九州で特に好まれ、あじは中国、東九州で特に好まれている。
九州は、たいもあじも好き、それに対して、近畿のたい好きは、たい以外がそれほど好きでない結果という差がありそうだ。たいの主要漁場が九州や瀬戸内海、あじの主要漁場が東シナ海である点がこうした好みの地域分布に関係していよう。
マグロやさけを好む地域が東日本に偏っているのと同じように、白身魚や青魚については「九州では寿司ネタとしても白身魚がやっぱりマグロより上位」、「青魚文化は西にあり」といったように西日本優位の地域性が顕著なのである(野瀬泰申『食は「県民性」では語れない』角川新書)。
なお魚の好みと言えば、正月の縁起物の魚(年取り魚)について、東日本のサケ(新巻鮭、塩引き)と西日本のブリ(生、塩干)が東西で明確に分かれている点も忘れてはならないだろう。境界に位置するのは長野県であり、長野市はサケであるのに対し松本市はブリである。岡谷・諏訪はブリで茅野の山間はサケという。また新潟でも蛇行する信濃川の右岸と左岸でサケとブリが分かれるという説もあるそうだ。
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統計探偵/統計データ分析家
東京大学農学部卒。国民経済研究協会研究部長、常務理事を経て現在、アルファ社会科学主席研究員。暮らしから国際問題まで幅広いデータ満載のサイト「社会実情データ図録」を運営しながらネット連載や書籍を執筆。近著は『なぜ、男子は突然、草食化したのか』(日本経済新聞出版社)。
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(統計探偵/統計データ分析家 本川 裕)
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