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「ガイジンは自分で頑張るしかない」のか…フィリピン人妻が子育てで直面した「日本のお役所仕事」の難解さ

プレジデントオンライン / 2023年6月21日 14時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SRT101

日本語の苦手な外国人が日本で生活するのは大変だ。フィリピン人の妻ミカさんを持つ文筆家の中島弘象さんは「子供が産まれ、妻は行政からさまざまな支援を受けたが、漢字の読み書きができることが前提になっている。『ガイジンは自分で頑張るしかない』と放置するままでいいのか」という――。

※本稿は、中島弘象『フィリピンパブ嬢の経済学』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

■役所から届く書類は全て日本語

子供が生まれると、行政から様々な支援が受けられる。乳幼児健診や予防接種、子供の医療費は基本的に全て無料だし、児童手当としてお金まで貰える。

「日本すごいね。子供のために色々やってくれる。本当にありがたい」

ミカはこうした日本の手厚い制度に驚き、喜んでいた。

しかし、素晴らしい支援サービスがあっても、それを知らなければ利用することは出来ない。そうした情報の多くは日本語で書かれている。

「私、漢字読めないから、お願いだから読んでよ」と、役所から届く子育てに関する書類を渡される。

子供に関する書類は僕も初めて見るものばかりだから、何度も読まないと理解できない。

いつ、どこで、何が行われて、何を持っていかなければいけないのか。

日本で生まれ育っていればなんとなく想像できるかもしれないが、フィリピンで生まれ育ったミカにとっては、例えば健康診断を受ける場所が「保健所」とあれば、まず日本の「保健所」というものがどういうものか、ということから理解しなければならない。

書類を僕が読み、口頭でミカに伝えるが、そもそも僕が充分理解しておらず、説明不足になってしまうこともあったし、説明してもミカが理解できなかったりすることもあった。

■外国人にとってはハードルの高いことばかり

日本語以外の問題もある。

会場までの移動手段、日本人職員とのやり取り、日本の子育て支援の仕組みの理解など、外国人のミカが1人で子育てをするには難しい事ばかりだ。

当然、日本人の夫である僕がサポートをしなければならないのだが、健診や予防接種は平日に行われることが多く、その度に会社を休む事も出来ない。

それ以外にも、子供が発熱したりすると仕事中に「今日何時に帰ってくる? 子供の熱が高いから病院行きたい」と連絡があったり、朝、会社に行こうとする時に「子供の体調がおかしいから病院行きたい。今日会社休める?」と急に聞かれることもある。

「ちょっとした熱だけで休めないよ」と僕が言うと、

「私のことだったら我慢するけど、子供のことでしょ? 心配じゃないの?」と言われる。

彼女が自分で病院を予約して行くことができれば解決することも、全てサポートしなければならなかった。

■医師は早口で難しい単語を使い、問診票は日本語

「ミカが自分で子育てやれるようにならないと困るよな」と母に愚痴ると、

「私もはじめはミカちゃんが1人でなんでもできるようにならないと困るよって思ったよ。でもミカちゃん連れて行って思ったけど、いろんなことが外国人にとって親切じゃないもん。ミカちゃん1人で子育てなんて無理だよ」

そう言って、僕の母がミカの子育てをサポートしてくれた。

健診や予防接種、子供の体調が悪い時も、パートを早く切り上げて病院に連れて行ってくれる。いつもミカの側にいてくれる母だからこそ、外国人が日本で子育てをする大変さがわかったのだという。

「病院でも先生早口だし。ミカちゃん日本語わからないのに、日本語の問診票渡されて『書いておいてね』しか言われないし。この前なんて、ミカちゃんの順番ずっと抜かされてて私が看護師さんに言って気づいてもらえた。ミカちゃんだけだったらわからないことだらけだよ。そういうの近くで見てたら私がミカちゃん守らないとって気持ちになってきたもん」

ミカは一生懸命子供の症状を話すが、医師には伝わらず、医師が話す言葉もミカには通じない。お互いに認識が違う状態で話が進んでしまう。ミカに赤血球や白血球という日常で使わない単語を言っても、はじめて聞く言葉ばかりでは理解のしようもない。

日本語の健康診断シート
写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

「お母さんいてほんとに助かった。お母さんいなかったら私なにもできないよ」

ミカはそう言っていた。

■親切な保健師が渡した冊子も日本語だった

新生児健診は、産後しばらくして、保健師が家まで様子を見に来ることになっていた。まだ姉の家に住んでいたのだが、あまりに住んでいる人が多すぎたので、僕の母がミカと子供を車で迎えに行き、僕の実家で保健師の訪問を受けることにした。

実家で待っていると、インターホンが鳴り、玄関に女性の保健師が2人並んでいた。

「何か困ってることありますか? 子育て大変ですか?」と、ミカと赤ちゃんの様子を見ながら親切に聞いてくれた。

ミカが子供の様子、自分の体調や気持ちのことを伝える。

「問題なさそうですね。何かあったらここに電話してくださいね」子育て相談の連絡先が書いてある冊子を渡して帰って行った。

保健師が帰った後、冊子を見ても、日本語で書かれていてミカは読めない。

「読んでって言っても、ミカちゃんこれじゃわからないね」と母が笑いながら言う。

「はい、お母さん。漢字わからないです」と苦笑いしながら答えるミカ。

「大丈夫。私が読んで教えるから」

保健師は親切に対応してくれたが、ミカは日本語で書かれた書類を読むことができない。もし困ったことがあっても、冊子を読んで連絡することは難しかった。

■日本人でも聞きなれない工程をこなす外国人妻

生後2カ月頃から始めなければならない予防接種も、母が小児科に電話をして予約を取ってくれた。前日に僕が予診票を書き、当日は母がミカと子供を連れて行く。

「めちゃ泣いた。びっくりしたみたい。動かないように押さえてるんだけど、本当に私の心も痛かった。痛いよね、ごめんねって」

初めての注射に、痛がる赤ん坊の姿を見て、ミカも心を痛めていた。

だが、何度も予防接種を受けていると、ミカの手際も良くなってきた。診察室に入り、腕を出し、暴れないように抑え、打ち終えると「よしよしよし。頑張ったね」と抱っこをして泣き止ませる。

「また来月注射あるよ。次は1日に4本だって」

終わったと思ったら、またすぐに次の予防接種の日が来る。

「痛いけど頑張れ! 病気にならない為だから、頑張れ」

病院で大泣きしては疲れて寝ている子供に、ミカはこう声をかけていた。

予防接種はBCG、日本脳炎、ポリオなどの四種混合に、B型肝炎、Hib感染症、小児用肺炎球菌など、日本人でも子育てしたことがなければ聞きなれないものが多い。それぞれ接種の時期と、次の接種まであけなければならない間隔が決められているから、計画を立てなければ適正時期に接種できなくなってしまう。当日に風邪でもひいていれば、その日は打てなくなるから、またすべてのスケジュールを変更し、以後の予約をしなおさなければならない。こうした管理も、母とミカで話し合って決めていた。

■「お母さんに手伝ってもらってばっかりで恥ずかしい」

姉家族の家から引っ越し先に選んだ場所も、母からの支援を受けやすい僕の実家の近くにした。僕が仕事でいない日中には、車での送迎、子供に関する相談、買い物に出かけるときに家で子供を見てもらう、など何から何まで母が手伝ってくれた。ここまで母が手伝ってくれると本当に助かる。

「お母さんにこんなに手伝ってもらって大丈夫かな? なんか恥ずかしいな」

母に助けてもらって有難い気持ちと、ここまでやってもらって申し訳ないという気持ちがミカにはあった。僕もさすがに母に頼りすぎではと心配していると、

「いいの、いいの。むしろこんなに子育てに参加させてもらってありがたいわ。もし日本人のお嫁さんだったら、そっちの家庭のやり方もあるし、私もここまで口出しできないよ。また子育てができるなんて思わなかった」

母はミカに「ミカちゃん。これはこうだよ」と教える。ミカも「あ、そうなんですか? わかりました。ありがとね。お母さん」と答える。母も教えたことを素直に受け入れてくれると嬉しいし、ミカも日本の子育ての仕方について母から学べて助かるという。

子供にとってミカは必要不可欠な存在で、ミカがいないとすぐに不安になって泣く。それと同じように、ミカにとって僕の母は、日本で子育てする上で、必要不可欠な存在になっていった。そして、母もミカと一緒に孫を育てるのを楽しんでいる。そうやって2人でコミュニケーションをとりながらミカと母は、僕がいない間、二人三脚で子育てをしていた。

■予防接種や子育てイベントの日程も全て翻訳する

その後の子供の発育、発達を確認する乳幼児健診は、1歳半、3歳にも行われた。

「子育てでいらいらすることはありますか?」

「子供育ててストレス? ないよ。大変だけど、ストレスは無いよ。毎日、子供見てて楽しい」

事前に送られてくる予診票を僕が読んで、ミカが答えていく。

普段の生活で、夫婦で子育ての悩みについて話し合う機会は少ないが、こういう時、ミカがどういうことを考えているかが僕にもわかる。

健診も母に連れていってもらった。身体測定、歯科検診、視覚検査などを行い、子育てのアドバイスも貰える。母も一緒に話を聞き、ミカが日本語を理解していない時は、ゆっくり簡単な言葉に直して説明する。

「ちょこっと体小さいけど、後は問題ないって。安心した」

健診の時に、ミカも子育ての相談ができる。「心配ないですよ」と聞くだけで、安心する。

健診や予防接種以外でも、母はミカと子供をよく外に連れて行ってくれた。

市の広報紙に書かれている子育てイベントをチェックしては、ミカと子供を誘って連れて行く。絵本の読み聞かせや、子供たちのダンス、体操教室など、楽しそうに遊んでいる動画が僕のスマホにも送られてくる。

運動会
写真=iStock.com/clumpner
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/clumpner

家のカレンダーには予防接種や健診、子育てイベントの予定がぎっしりと英語で書かれている。これもミカが読めるようにと、母がスマホで翻訳して書き込んでいた。

「明日はダンスのイベントだね。持ち物はお母さんがLINEしてくれてる。朝迎えに来るから、準備して待たないとね。来週は予防接種。毎週忙しいね」

ミカも事前に予定を把握して準備をしていた。母のおかげで、ミカはこうした子供が無料で利用できる施設に行ったり子育てイベントに参加できた。

周りからは、ミカが母に頼りすぎ、母がミカにお節介を焼きすぎと見えるかもしれないが、お互いに良い距離感のようだし、何より2人とも子供のためにと思ってのことだ。

「子供の為なら何でもやるよ」と、今でも2人とも口を揃えている。

■「市の無料子育て施設で外国人を見たことがない」

「今日来てた外国人の夫婦。どちらも日本語がわからなくて、すごく大変そうだった。職員さんとも会話ができないし、あっちに行ってって言われたところがわからなくて、ずっとウロウロしてたもん」健診の帰りに母が僕にこういう。

母も、家族にミカという存在が加わったことで、周りの外国人たちを気にするようになった。パート先に外国人のお客さんが来ると、ゆっくりと話し、日本語で書いてもらう書類があるときは、日本語の読み書きができるか事前に聞くようになった。

そんな母から見て、行政の子育て支援が、外国人たちに伝わってないように思えるという。

「広報紙に書いてある子育てイベントとか、市の無料で使える施設で、外国人を見たことない」

ミカも母に連れられて参加したイベントの帰りに「外国人私だけだった」とよく言っていた。

僕たちの住む地域にも沢山の外国人が住んでいる。買い物で街中に出かければ、外国人を見ない日の方が少ない。だが、子育てイベントや市の無料子育て施設を利用している外国人は少ない。

素晴らしい支援制度があっても、外国人には情報が行き届いてないのだ。

■外国人の友人から日々寄せられる相談の数々

困ったことがあれば市役所等に相談に行けば、と思うかもしれないが、市役所や行政の窓口は、外国人にとって敷居の高い場所だ。日本語の問題もあるし、市役所の開いている時間や、何をどこで相談すればいいかがわからない、という人もいる。

実際、市役所まで行っても、日本語が通じずに相談ができなかったり、外国人ということで冷たい態度をとられたように感じた経験をしたり、そうされるのではと不安を持つ人もいる。

だから、外国の人たちが困ったときに真っ先に頼るのは、日本に住む同国人の友人や先輩だ。言葉も通じるし、気持ちもわかるから相談しやすい。

タガログ語が少し話せる程度の僕にも、フィリピン人の友人たちからの相談が来る。

「家に届いた書類が何か教えて欲しい」「バスに忘れ物をしたからバス会社に電話をして欲しい」「マイナンバーカードを作りに行ったが役所の人と言葉が通じず作れなかったから、役所までついてきて欲しい」「携帯電話の契約をしたいからついてきて欲しい」

「腹痛で病院に来たから電話越しに通訳をして欲しい」など、日常生活の色々な所で助けを求められる。

日本語が不自由で日本の生活に慣れていない彼らは、誰かに頼らなければ日本で生活することは難しい。わからないことだらけなのだ。

だが、僕も行政の制度に詳しいわけではない。正しい情報を伝えられているかどうかもわからない。頼られた人の能力によって、その外国人の日本での生活のしやすさが変わってくる。

ミカは僕の母という身近に頼れる人がいたから、子供も日本の手厚い子育て支援サービスの恩恵を受けることができている。

「私、お母さんいなかったら、本当に何にもわからない。子供が可哀そうなことになる」

もし、こうした頼れる人がいなければ、日本での子育ては厳しかっただろう。子供がここまで元気に育つことができたかすらわからない。

■「日本人と結婚しているのに日本語できないの?」

行政側も外国人の存在を無視しているわけではない。行政の職員や外国人支援をしたいという日本人から「外国人の人たちがどんなことで悩んでいるか教えてほしい。どんな支援をすれば喜ぶのかも知りたい」という相談が来ることもある。

外国人住民の増加に合わせ、行政は、無料日本語教室、多言語での就職相談、多言語での案内表示、市役所での通訳、また、同じ地域に住む外国人の出身国を知ってもらおうと、彼ら、彼女らの国の食べ物や文化を紹介したりと、お互いにより住みやすくなるよう努力している。

そうした支援で助かっている外国人住民も多いのだろうが、まだまだ情報が行き届いておらず、日本で苦労しながら生活している外国人も少なくない。また、多くの日本人、行政側も、外国人が日本でどういう生活をして、どういうことで困っているかを知らない。

日本語が苦手なフィリピン人の友人たちに頼まれて通訳をしようとすると「ご本人様、日本語できないんですか?」と聞かれることもある。

僕も妻が外国人で日本語での会話が得意でないこと、読み書きが出来ないことを伝えると、「日本人と結婚していても日本語できないんだ」と驚かれることもある。

「日本に住んでいるなら、問題なく日本語は話せるし、読み書きも問題なくできるよね」という認識の人も少なくない。

ミカは、買い物や母との会話などで日常的に使う言葉は話せるが、踏み込んだ話になるとわからないことが多い。漢字を使用した読み書きも、勉強をしたことがないからできない。長く住んでいるだけで日本語ができるようになるわけではない。

■「外人は自分で頑張るしかない」のか

困っている外国人に支援が行き届いていないのは、行政だけの責任ではない。

外国人として日本に住むミカはこう言う。

中島弘象『フィリピンパブ嬢の経済学』(新潮新書)
中島弘象『フィリピンパブ嬢の経済学』(新潮新書)

「わからないこと沢山あるけどしょうがないよ。だって私は外人でしょ。日本は自分の国じゃないでしょ。だから私みたいな外人は自分で頑張るしかない。自分で選んで日本に来たんだから」

日本に来たのも、日本で子供を育てるのも自分で選んだ道。だから日本の生活で困っても、国や行政に何かをお願いするのではなく、自分で頑張らなければいけないという。ミカ以外のフィリピン人たちからも「外人は自分で頑張るしかない」と同じような言葉を聞く。

もちろん自分の力で日本語を学び、難しい敬語も使え、漢字でメールのやり取りができる人もいる。日本でビジネスを始めて成功する人もいる。一方、自分の力だけで頑張れない人もいる。特に外国人は、日本語だけでなく、日本の習慣や仕組みの理解、在留資格など日本人よりもクリアしなければいけない問題が多い。そんな時に助けを求める先が、同国人の友人や先輩だけでなく、行政の窓口も選択肢の一つとして出てくるようにならなければいけない。

日本には今、約296万人(2022年6月末現在、出入国在留管理庁HP)の外国籍の人が住んでいる。日本に外国人が増えだしたのは、昨日今日始まったことではない。何十年も前から、外国人との共生は課題として挙げられている。

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中島 弘象(なかじま・こうしょう)
文筆家
1989(平成元)年、愛知県春日井市生まれ。中部大学大学院修了(国際関係学専攻)。会社員として勤務するかたわら、名古屋市のフィリピンパブを中心に取材・執筆等を行う。前著『フィリピンパブ嬢の社会学』は映画化が決定した。

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(文筆家 中島 弘象)

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