なぜ「iPhone」をこの世に送り出せたのか…ジョブズが持っていた「運でも才能でもない」驚くべき能力
プレジデントオンライン / 2023年6月15日 15時15分
※本稿は、竹内薫『AI時代を生き抜くための仮説脳』(リベラル新書)を再編集したものです。
■運や才能がなくてもイノベーションを起こす方法
ビジネスで大成功を収めたり、大きな利益を生むには、時に運や才能も必要なのかもしれません。もっといえば、「たまたま立てた仮説がうまくいった」「本能的にやってみたらうまくいっちゃった」こんなことだってあるのが世の中だからです。
ですが、そうした運や才能とは縁がないけれど、それでも自分の力で少しでも未来を変えたいと考えているビジネスパーソンであれば、やはり仮説力を磨くに越したことはありません。なぜなら、仮説というのは立て方によっては大きなイノベーションを起こす力を持っているからです。
ここで一つ、そのよい例をご紹介しましょう。
多くの皆さんが使っているスマホの「iPhone」。これを世に送り出したのはいわずと知れたアップル社のスティーブ・ジョブズですよね。ジョブズによって2007年に発表されたiPhoneですが、いったいどのようにして生まれたのか、ご存じでしょうか。
ジョブズがiPhoneをこの世に送り出すことができたのは運でしょうか、それとも才能でしょうか。私はこのどちらでもないと考えています。ジョブズとは、「未来を創造するための仮説」を立てる天才だったということです。
■ジョブズの頭の中
仮説というと、皆さんはどうしても「未来を先読みする」「事前に予測を立てる」という観点から発想するものとお考えではないでしょうか。ですが、仮説とは必ずしもそうではなく、「世界がこの先こうなるから、こう変えられる」という立て方もあるのです。
ジョブズは当時のインフラ状況や最先端のテクノロジーなどを細かくリサーチしながら、「近い将来、携帯電話が情報にアクセスするための重要なデバイスになる」という仮説を立てたのです。これこそが、「未来を創造するための仮説」なのです。
ジョブズのように、世の中の状況を観察しながら現状を分析して、自分たちの持っている知識や技術を駆使しながら、「5年後、10年後にはこんなことができる」「だから社会をこんなふうに変えられる」と考える、こうした仮説の立て方もあるということを皆さんにお伝えしたかったのです。
ジョブズは決して何かしらの未来を予見したわけではなく、彼の頭の中にある仮説、それをこのリアルな世界という制限の中でストーリーとして落とし込んでいき、実現していきました。
未来を創造するための仮説とは、未来がどうなるかという受け身ではなく、「未来をこう変えることができる」という攻めの仮説だということです。これが、アップルを筆頭とした「GAFA」が世界的な企業にまで成長した要因でもあるのです。
■なぜ日本で「GAFA」のような企業が生まれないのか
未来を創造するための仮説について、もう少しだけ触れておきましょう。なぜ、日本では「GAFA」のような世界的なIT企業が生まれないのか。これは長らく議論されているトピックです。
そこにはさまざまな理由があるとは思いますが、私は多くの日本企業は「未来を創造するための仮説」ではなく、「未来を予測するための仮説」を立ててしまっているからだと推察しています。
では、なぜ未来を予測するための仮説ではいけないのか――。それは、未来など誰にも予測できないからです。私たちは未来を予見できるわけでも、予言者でもありません。つまり、未来を予測するというのは「非科学的」だということになるわけです。
皆さんは驚かれるかもしれませんが、実は科学の世界にはある統計があって、「科学技術の未来予測は8割外れる」のです。科学技術の世界では、仮説をもとにさまざまな実験や検証がなされているわけですが、それでも8割は間違った仮説を立てているということです。
「未来はこうなるだろう」と予測をするために仮説を立てるのではなく、「未来をこう変えていくためにはどうすればいいのか」という意思のもと、そのためにはいま自分たちにどういう武器や道具が揃っているのか、クライアントや消費者のマインドはどうなのかということを深く考えて、次の1歩を踏み出す、あるいは次の1手を打っていくための仮説を立てるということが、仮説脳の本質なのです。
■大企業ほど「創造的イノベーション」が生まれにくい
仮説というのは、企業(組織)の規模が小さければ小さいほど構築しやすい性質を持っているというのが私の持論です。これがどのようなことか、順を追って説明しましょう。
わかりやすい例でいえば、企業の事業計画があります。どんな規模の企業であっても、年度初めにはほぼ例外なく事業計画を立てると思います。この事業計画というのは、まさにいくつかの仮説に沿って立てていくわけですが、ある程度まで企業の規模が大きくなっていくと、もちろん、どの企業も最初は小さな組織から始まるわけですが、やがて企業が成長し、大きくなっていくにつれて、ある指針に沿って事業計画が立てられると、みんなが何の疑いもなくそれに乗っかってしまうのです。
結果、どうなるか。GAFAがここまで世界を席巻した要因である「創造的イノベーション」が起こりにくくなってしまいます。創造的イノベーションが起こせない企業には衰退しかありません。
![アイデア発想のイメージ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/6/1200wm/img_36e07be4be1b64f1a2bd6ae8d8d02647404595.jpg)
■すべては「仮説」から始まる
もし、「いま、うちの会社は事業がうまくいっている」ということであれば、いまのうちから早めに「なぜ、この事業はうまくいっているのか」「この事業がうまくいかなくなる可能性はあるのか」といった仮説を立てて検証しておくことをおすすめします。
おそらく、うまくいっている事業というのも、ある仮説から始まっているはずです。でも、うまくいっているときというのは、新たな仮説を立てることをやめてしまいます。
やがて、「業績が低迷してきた」「新しい事業を始めなければ」といったことに直面します。しかし、そのときになって事業計画の見直しや方向転換をするための新たな仮説を構築しようとしても、やたら時間がかかったり、周囲の圧力で事業の方向変換そのものが難しくなるというわけです。
これは船の舵取りと同じで、大きな船は進路を変えるために何百メートルも手前から舵を切らなければいけないので時間がかかりますが、小型の船であれば自由に小回りが利くので、あっという間に方向転換が可能だということです。
実際に、GAFAでさえ最も活気があったのはベンチャーとして立ち上げたばかりの少人数のときで、当時の創業メンバーたちはそれこそ自由に仮説を投げ合っていたのでしょう。もしかすると、なかには突拍子もない仮説だってあったかもしれません。それでも、「俺たちが世界を変えてやる」という大義のもとで、「究極の仮説」にたどり着けたのがGAFAだったということです。
■既得権益や同調圧力が成功の種を殺す
「企業規模が大きいと究極の仮説は立てられないのか……」そんなふうに思った方もいるかもしれませんが、悲観することはまったくありません。
なぜなら、どんな大きな企業であっても、それは小さな組織の集合体であり、事業部単位、プロジェクト単位などの小さな組織であれば、創造的イノベーションを起こすような仮説の投げ合いができるからです。
重要なのは、企業における既得権益や同調圧力によって、優秀な人たちの立てる究極の仮説を殺さないことなのです。
■原因は財務省の頭の古さ
日本でGAFAが生まれなかった理由として、別の視点からの仮説を提示したいと思います。アメリカではベンチャーに投資する、いわゆるエンジェル投資家がいて、その巨大な資金がアメリカの企業の新陳代謝を支えています。でも、日本にはエンジェル投資家があまりいないのです。なぜでしょうか。その理由は税制にあります。
![竹内薫『AI時代を生き抜くための仮説脳』(リベラル新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/c/1200wm/img_6c3fc65e116d10aa206f3ea8b89a4d73308857.jpg)
ベンチャーに投資しても、その多くは潰れてしまうので、本来は、なかなか投資の対象にはなりにくいのです。でも、ベンチャーに投資すれば節税になるのであれば、資金を投入する人も増えるでしょう。
アメリカをはじめとして、ベンチャーが大きく育っている国には、必ずといっていいほど、税制上の優遇措置があるのです。日本は、経済産業省がエンジェル税制をつくりましたが、財務省の抵抗が強く、なかなか実効性のある制度になりませんでした(私も利用したことがありますが、手続きも煩雑で、期間も短く、控除の金額も低く、多くのエンジェル投資家を呼び込むことはできませんでした)。
つまり、日本でGAFAが育たなかった理由の一つは、財務省の頭の古さにあった……。かなり有力な仮説だと思います。最近、ようやく控除金額の上限が引き上げられたようですが、時すでに遅しですよね。
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サイエンスライター
1960年、東京都生まれ。東京大学教養学部教養学科(科学史・科学哲学専攻)、東京大学理学部物理学科卒業。マギル大学大学院博士課程修了(高エネルギー物理学理論専攻)。理学博士。大学院を修了後、サイエンスライターとして活動。物理学の解説書や科学評論を中心に100冊あまりの著作物を発刊。物理、数学、脳、宇宙など、幅広いジャンルで発信を続け、執筆だけでなく、テレビやラジオ、講演など精力的に活動している。
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(サイエンスライター 竹内 薫)
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