47階は1泊300万円なのに、3階はゲーセン…東急歌舞伎町タワーの「謎すぎるフロア構成」を解読する
プレジデントオンライン / 2023年6月20日 11時15分
■最初は「一度見てみたい」人が集まるけれど…
今年4月に開業して、そのかなり不思議な振り切り度合いが話題を呼んだ東急歌舞伎町タワー。地上48階、地下5階のそのタワーはエンターテインメントに特化したビルである一方で、訪れた人にとっては「2階の屋台村以外、行く場所がない!」との声も出ています。
ビルの大半は、劇場やライブホール、プレミアム仕様の映画館など、普段行かないようなお高めのエンタメ施設と、日本人には手が届きそうにない高級ホテルが占めています。開業直後は「一度見てみたい」という需要があっても、そのうち急速に下火になるのではと心配された向きもあるかもしれません。
そんな歌舞伎町タワーの存在意義について「謎だ」と考える読者のために、東急歌舞伎町タワーのビジネスモデルは「意外とこの時代と場所に合っていて面白いのだ」という解説をしてみたいと思います。
■高級ホテルが全体の6割を占める
東急歌舞伎町タワーがどういうフロア構造になっているのかを簡単におさらいしましょう。まず全体の6割を占めるのはタワー上層階にあるふたつの高級ホテルです。
最上層の「BELLUSTAR TOKYO, A Pan Pacific Hotel」は1泊8万円台からで、47階には1泊300万円超(277平米)の部屋もあるという最高級ホテル。その下にある「HOTEL GROOVE SHINJUKU, A PARKROYAL Hotel」は「エンタメ感あふれた」と表現されつつも、やはり1泊3万円台からの高級ホテルです。
ちなみに私は旅行が趣味で、そこそこお高めのホテルに泊まることが多いシニア層のひとりですが、普段の宿泊費は1泊3万円程度が目安です。この価格だと上層階のベルスターについては私はちょっと対象外かなと思いました。
さて、その下の階には映画館の「109シネマズプレミアム新宿」。これは8スクリーンのシネコンですが、価格は一般の場合4500円からの超プレミアムシート専用の映画館です。
その下には新宿ミラノ座が生まれ変わった900席の大劇場「THEATER MILANO-Za」があり、地下1階から4階まではライブハウス「Zepp Shinjuku(TOKYO)」があります。このライブハウスは深夜になると「ZEROTOKYO」というクラブ営業になるのも特徴です。映画館、劇場、ライブハウスのエンタメ施設は合計で9フロア、全体の約2割を占めます。
残る施設は5階が会員制の高級ウェルネスクラブ、4階がダンジョン攻略体験施設、3Fがナムコのゲームセンターです。1階はいくつか飲食店がありますが、ロビーや車寄せ、入場者の待機エリアの面積の方が広く、結局のところ見学に訪れた庶民がお金を落とせる場所は、メディアでよく取り上げられる2階の屋台村「新宿カブキhall~歌舞伎横丁」しかないというわけです。
■「丸ビル」という成功事例と比べてみよう
この歌舞伎町タワーはコンセプト的にめちゃくちゃ尖った建物と言われるのですが、ある意味、従来の常識破りの建物でもあります。東京の観光名所の大先輩である東京駅の丸ビルと比べてみましょう。
丸ビルはそれまで大企業の本社しかなかった東京の丸の内を繁華街と観光地に変えた画期的な建物でした。中層階はオフィスタワーでありながら、地下1階から4階までは人気のショップを集めたショッピング街、5・6階は気軽に入れてプチ高級なレストラン、そして35階と36階は東京の展望が楽しめる最高級レストランが入居しています。
その結果、丸ビル開業後は昼間からショッピング目的の人たちが丸ビルに流入を始め、夜はダイニングを楽しむ人たちで賑わいます。隣接する新丸ビルが完成し、近隣の丸の内のビル群もつぎつぎと同じコンセプトで生まれ変わったことで、丸の内は銀座と並ぶ繁華街になり、東京の新しい観光名所となったのです。
その丸ビルという成功事例と照らし合わせて考えると、歌舞伎町タワーの集客力が偏っていることに気づかされます。目的をもって訪れる人にとっては目的地になりうる一方で、無目的な人はそこに滞在できる場所がほとんどありません。
■富裕層が泊まるビルなのにブランドショップが入っていない
もうひとつ気づくことは客層のミスマッチです。1泊3万円以上、1泊8万円以上のホテルというのはこれから日本で拡大する成長業態だと思います。富裕層が東京を訪れた場合、10万円の部屋に10連泊しながら東京を楽しむといった時間の過ごし方は当たり前です。ただそのような時間とお金の使い方をする顧客層の大多数はインバウンドの外国人です。
17階から上のホテルにお金持ちの外国人が集まってくるにもかかわらず、その下にあるのは日本人が集まる映画館と劇場とライブハウスです。これはミスマッチではないでしょうか。
もちろん大金持ちの外国人が歌舞伎町タワーに滞在すれば、高級なスパを楽しみ、2階の屋台村のエキゾチックな様子を楽しんだ後、地階のナイトクラブで踊って過ごすという行動は予想できます。しかしここではショッピングはできない。なぜブランドショップないしはドン・キホーテがビルの中に入っていないのか? とツッコミたくなるかもしれません。
おなじミスマッチのお話をすると、推しのアーティストのライブを見に東京に来た地方のファンは、ライブが終わったら近所にあるAPAホテルに泊まるのではないでしょうか。このタワーのホテルは日本人の庶民の推し活に使えるホテルだとは思いづらいところがあるのです。
■歌舞伎町そのものが巨大な集客力を持っている
このように謎を広げていくと、その答えもだんだん見えてきます。このタワーは自己完結させる必要がないのです。目的がある人が立ち寄る場所であっても、ここは完結する場所ではない。ここが丸ビルとのコンセプトの違いです。
あらためて考えれば、丸ビルにしても六本木ヒルズにしても東京ソラマチにしても、それまで観光地としての機能は何もなかった場所に突如、ランドマークを出現させるプロジェクトです。ですからそこにはある種の完結性が必要になります。ショッピングモールがあり、さまざまな客層が楽しめるレストランがあり、展望台がある必要がある。だから客はビルの中を回遊しながら活動を完結できる。これが一般の巨大ランドマークプロジェクトの考え方です。
しかし東急歌舞伎町タワーは前提が違います。そもそも歌舞伎町そのものが世界に誇る巨大な集客力をもった場所なのです。そこには歓楽街があり、日常の賑わいがあります。入り口にはドン・キホーテがあり、近隣には伊勢丹やビックカメラやユニクロ、H&Mがある。ちょいと足を延ばせばゴールデン街があって、裏側に向かって歩けばキャバクラやホストクラブも充実しています。
そもそも集客力があり、回遊性がある街なのですから、このタワーに必要なものは完結性ではありません。これまで歌舞伎町になかったものを作ればいいのです。
■2階は戦略的にかなり面白い
そのような視点であらためて俯瞰(ふかん)してみると、歌舞伎町という街の中に東急が歌舞伎町タワーを作った設計意図が見えてきます。
確かにこの街には映画館はあっても、プレミアムシートの数は足りない。新宿警察署に睨まれずに夜通し遊べるナイトクラブもみつからない。地方からの宿泊客が泊まれるホテルはあっても、外国人の富裕層が泊まるランクのホテルはこれまで西新宿の端にしかなかったわけです。
そう考えてみるとタワー全体の設計の中でも、2階の歌舞伎横丁だけは戦略的にかなり面白い、特筆すべき設計です。中央にDJのステージがある屋台村は、それぞれ北海道から九州・沖縄までご当地居酒屋屋台のエリアに分かれていて、そこに韓国と中国の居酒屋がくっついています。見た目はエキゾチックで、インバウンドの外国人が求めるジャパンを具現化したようなビジュアルで、しかも椅子は座りづらい箱型の椅子。
このフロア、1300席のキャパシティがあるのですが、役割としてはこのタワーで唯一、富裕層の外国人宿泊客も、ライブを観に来た大学生も、タワーと関係なく歌舞伎町を訪れた観光客もすべてを受け入れなければならない機能を期待された設備です。
■歌舞伎町にない機能を補完している
だから集客力のある賑やかさを持ちながら、椅子は堅くて座りづらくなければならないのです。客の滞在時間はできるだけ短く、インスタ映えする体験を記録したらすぐに新しい客に席を譲ってくれたほうがいいのです。
さて、話をまとめてみるとこのタワー、最初の直感とは真逆で、実は緻密(ちみつ)に考え抜かれた戦略を具現化した建物だと言えそうです。ここは立ち寄る理由がある場所であっても完結する場所ではないと割り切ったことで、東急歌舞伎町タワーは歌舞伎町を補完する機能に存在価値を振り切ることができました。「ないものがここにあるタワー」が完成したわけです。
この先、東急歌舞伎町タワーがどう発展していくのか、そして歌舞伎町がどう変わっていくのかは未知数ではありますが、戦略コンサルタントの視点で眺めれば、面白い戦略の実例がまたひとつ登場したと、楽しみな存在に見えてきたのです。
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経営コンサルタント
1962年生まれ、愛知県出身。東京大卒。ボストン コンサルティング グループなどを経て、2003年に百年コンサルティングを創業。著書に『日本経済 予言の書 2020年代、不安な未来の読み解き方』など。
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(経営コンサルタント 鈴木 貴博)
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